Masuk「おい! 止まれ!!」
橋を渡りきった、その先だった。 川辺の道を塞ぐように、四人の男が立っていた。顔は布で隠している。薄汚れた服の下には、ひどく痩せた身体が浮き、握った武器だけが不釣り合いにぎらついていた。 「と、盗賊……?」 エレナの声が小さくこぼれる。 「あんたら、少しツラを貸してもらおうか!」 「そ、そうだぜ!! 抵抗しようとか、くだらねぇこと考えてんじゃねぇぞ!」 「テメェらに許される答えは、はい、だけだ」 粗い声が、順に投げつけられる。 だが、様子がおかしい。恫喝の言葉は盗賊のそれでも、男たちの目は妙に血走っていた。獲物を見定めるというより、何かに追い詰められた獣のように、焦点の合わない光を宿している。 「……エレナ様。お下がりください」 シイナが前へ出た。 その一歩だけで、エレナと男たちの間に線が引かれる。腰のベルトへ伸びた手つきは静かで、すでに戦闘の準備は終わっていた。 「へへへ、盗賊ったぁ、昼間から盛況じゃねぇか!」 グレンが獰猛に笑う。 その隣で、シオンは何も言わなかった。ただ、両手のトンファーを抜く。金属が擦れる短い音が、川音の上に冷たく重なった。 「皆さん臨戦態勢ですねぇ! 念のため下がります!」 ミストが明るく告げ、するりとエレナの隣まで退く。 その動きは軽い。けれど、立ち位置は正確だった。前衛の邪魔にならず、エレナを庇える距離。いつもの調子の声とは裏腹に、目だけは男たちを見ている。 「ま、待ってください!」 エレナが声を上げた。 男たちのぎらついた目。痩せた身体。乱暴な言葉の奥に、ただの盗賊とは違う歪みが見える。けれど、その声はミストの静かな言葉に遮られた。 「エレナ様、分かりますよ。彼ら、何やら事情がありそうですよね」 「なら……!」 「シイナ君たちも、きっと気づいています。でも今は、彼らを落ち着かせないといけません」 エレナはもう一度、男たちを見た。 布の隙間から覗く目は、こちらを見ているようで見ていない。怒りとも恐怖ともつかない光が揺れ、指先は武器の柄を強く握りすぎて白くなっている。話を通すには、まだ遠い。 「宥めるのは、そのあとに」 ミストがそう言った瞬間、男たちが一斉に飛びかかった。 足音が土を蹴る。 シイナの片手が、低く払われた。地面から走った鉄が蛇のように伸び、先頭の男の足首を絡め取る。勢いのまま倒れかけた身体を、別の鉄帯が胴ごとさらい、近くの木へ叩きつける寸前で縛り上げた。 残る三人も、ほとんど同時だった。 グレンへ向かった男は、踏み込みごと腕を弾かれ、武器を取り落とす。シオンの前に出た男は、トンファーの軌道に足を崩され、膝から地面へ落ちた。最後の一人が横へ回り込もうとしたところで、鉄の輪が足元から跳ね上がる。 数秒。 男たちは全員、木の幹に括り付けられていた。 暴れるたびに鉄帯がぎしりと鳴り、枝葉がわずかに揺れる。武器はすべて地面に転がり、川辺には先ほどまでの怒号が嘘のような静けさが戻っていた。 「やれやれ」 シイナが短く息を吐いた。 「なんでこんなことしたんだよ?」 グレンが、木に括り付けられた男たちを見上げるようにして尋ねた。 鉄帯は幹ごと男たちを締めている。身じろぎをするたび、鈍い金属音が枝葉のざわめきに混じる。 「……言ったって、どうせ無駄だ」 先頭の男が吐き捨てる。 声に力はなかった。抵抗というより、もう何かを諦めきった後の乾いた響きだ。 (何かを諦めてるような、そんな声……) 「そ、そうだぜ。もう、そんなことを話せる時間なんて、とっくに過ぎてんだよ!」 隣の男が続ける。 言葉だけは荒い。だが、布の下で震える顎と、縛られた腕の力みが、その虚勢を裏切っていた。 「なるほど。どうやら話も通じないようですね」 シオンが静かに言った。 次の瞬間、トンファーが横へ振り抜かれる。 鈍い破砕音。 男たちのすぐ隣に生えていた木の幹が、内側から爆ぜたように砕けた。裂けた樹皮が飛び、折れた枝がばらばらと地面へ落ちる。風はなかった。それでも、砕けた木の葉だけが遅れて揺れていた。 男たちの顔から、血の気が引いていく。 「先ほどの返しになりますが……」 礼儀正しい声。けれど、温度はない。 「あなた方に許されたのは、答えることだけです。それ以外の言葉は不要ですよ」 川辺の空気が、薄く張り詰める。 男たちは身を縮ませた。それでも、誰も口を開かない。青ざめた顔で、唇を噛み、縛めの中に肩を押し込む。 「や、やるならやれぇ!! どうせ生きたところで、もう村はおしまいなんだァ!」 先頭の男が叫んだ。 その叫びに、エレナが一歩を踏み出す。 「もしよろしければ、一度お話を聞かせていただけませんか? 私でよければ、力になります」 「エレナ様! あまり近づきすぎないでください」 シイナの声が飛ぶ。 エレナは足を止めなかった。 ただ、男たちへ向けていた視線を一度だけシイナへ移す。柔らかな顔立ちのまま、けれど、その声にははっきりとした芯が通っていた。 「シイナさん、彼らの様子を見てください。何かがあったのは明らかです。困っている人には手を差し伸べる。それが、私の信条ですから」 普段のエレナなら、もう少し言葉を選んだかもしれない。 だが、目の前にいるのは助けを求める方法すら失った者たちだった。乱暴な言葉を吐き、武器を向け、なお、その奥に追い詰められた影を隠しきれていない。 そういう相手を前にした時だけ、エレナの声は迷わない。 「……失礼しました」 シイナが小さく頭を下げる。 そのやり取りを見ていた男の一人が、布の奥で目を瞬かせた。 「あ、あんた……どこかで見たことが……」 エレナは男たちの前で立ち止まり、静かに名乗った。 「私は、ベルノ王国の聖女見習い、エレナ・フィーレ・ヴィクトリアスです」 「エ、エ、エレナ様ァ!?」 男たちの声が、ほとんど同時に裏返った。 先ほどまでの威勢は、跡形もない。縛られていることすら忘れたように身を乗り出し、鉄帯がぎしりと音を立てる。 「ど、どうしてエレナ様がここへ!?」 「それはまた後で。今はあなた方の身に何があったのか、教えていただけませんか?」 エレナの問いに、男たちは互いの顔を見合わせた。 布で隠した顔。痩せた頬。ぎらついていた目の奥に、初めて迷いが浮かぶ。 「……どうする?」 「エレナ様は、民の話を話を聞いてくださるって噂だが……」 「で、でも、エレナ様が今の状況を何とかできるのか?」 「……言ってみよう。忘れたのか? 一度、俺たちはエレナ様を訪ねようとしていたはずだ」 最後の男の言葉に、先頭の男が顔を伏せる。 「金貨なんて、持ってないですけど……」 「何を仰っているんですか?」 エレナは、すぐに首を横へ振った。 「あなた方から金貨、いえ。銅貨一枚も取るつもりはありません」 そう言って、エレナはシイナへ視線を向けた。 言葉はない。 だが、シイナはすぐにその意図を汲み取った。片手を軽く動かすと、男たちを木へ縛りつけていた鉄帯が音もなく緩み、地面へほどけるように沈んでいく。 「……!」 拘束を解かれた男たちは、しばらく動けなかった。 逃げることも、再び武器を取ることもない。ただ互いの顔を見合わせ、やがて一人、また一人と、顔を隠していた布に手をかける。 陽に晒された顔は、思っていた以上に痩せていた。頬はこけ、唇は乾き、目の周りには疲労の濃い影が落ちている。盗賊というより、追い詰められた村人の顔だった。 「エレナ様……あなたと知らずに、無礼な真似をいたしました。申し訳ございませんでした……っ……!」 先頭の男が膝をつく。 続けて、他の男たちも崩れるように地面へ頭を下げた。土に手をつき、額が触れるほど深く身を伏せる。 「い、今、俺たちの村が大変なことになってるんです!! エレナ様のお力で、どうにかできないでしょうか……!?」 「顔を上げてください」 エレナの声が、川辺に静かに落ちた。 先ほどまでの戸惑いはない。柔らかく、穏やかで、それでいて不思議と逆らいがたい響きがある。聖女として人々の前に立つ時の声だった。 「あなた方が頭を地につける必要はありません。まずは、私に事情を聞かせてください」 男たちが、おそるおそる顔を上げる。 エレナはその一人ひとりを見てから、言葉を続けた。 「村、と仰いましたね。今、その村で何が起きているのですか?」 「……俺たちにも、分からないんです」 先頭の男が、掠れた声で答える。 「村の者が、次々と痩せ細ってしまって……。夜も昼も呻いて、起き上がれなくなって、しまいには血を吐く者まで出てきて……なんだか、とにかく大変なんです……」 「それだけじゃない」 別の男が、震える手で土を握った。 「村の特産だったミルクも、もうろくに取れない。牛がみんな死んじまったんだ。売るものもなくなって、稼ぎもなくて……最後に動ける俺たちが、何かしなけりゃって……」 声は途中で細くなった。 乱暴な言葉で覆い隠していたものが、少しずつ剥がれていく。そこに残るのは、焦りと疲労と、どうにもならない現実。 「……その症状は、確かにただ事じゃないな」 シイナが低く呟く。 だが、すぐに視線を鋭くする。 「だが、俺たちを襲おうとした理由はなんだ? 金品が目的というわけでもなかったよな」 男たちは気まずそうに目を伏せた。 少しの沈黙のあと、一人が口を開く。 「それは……記憶都市メモリスが近いだろう? あんたたちから、いらない記憶をもらって……メモリスで売ってもらえたらと思ったんだ」 エレナの眉が、わずかに動く。 男は唇を噛み、それでも言葉を続けた。 「売った金は……悪いが、俺たちに渡してもらうつもりだった。村を助けるには、もうそれくらいしか思いつかなかったんだよ」 「記憶の……売買……?」 エレナが小さく繰り返す。 聞き慣れない言葉だった。記憶を売る。記憶を買う。そんな行いが、すぐ近くの都市では当然のように存在している。 だが、シイナはそこで短く首を振った。 「エレナ様、メモリスの詳しい話はまた後ほど。今は、彼らをどうされますか?」 シイナの視線が、男たちからエレナへ移る。 「村の状況を聞く限り、ただ事ではありません。原因が病であれ、何か別の異常であれ、エレナ様にまで伝染したとなると……」 「心配には及びません」 エレナは静かに答えた。 白い聖衣の裾が、川辺の風に揺れる。 「この身は、穢れや病に対して強い耐性を持っています。苦しんでいる方々がいるのなら、見過ごすことはできません」 男たちが息を呑む。 エレナは一歩、彼らの方へ進んだ。 「あなた方の村へ参ります。案内してください」 「……分かりました」 シイナは一度だけ頷き、男たちへ向き直る。 「案内を頼めるか?」 「も、もちろんです!! こっちです!」 先頭の男が慌てて立ち上がる。 まだ足元は覚束ない。それでも彼は、先ほどまでとは別人のように必死な顔で道の先を指した。 男が走り出す。 エレナたちは、その背を追って川辺の道を駆け出した。────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ