Share

第52話 :戦士の矜恃

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-08-07 12:11:12

──────

エレンの視点

──────

「はぁっ!!」

恐ろしく速い踏み込み。Sランク冒険者の記憶とやらが、ラムザスの身体能力を限界以上に引き上げている。

だが、足りない。浅い。

ラムザスは私の背後へと回り込み、必殺の間合いから剣を振り下ろす。

私は、無駄な動きを一切せずに、ただ、一歩、横にずれた。

それだけで、奴の攻撃は、空しく私の隣を通り過ぎていった。

「なっ…!」

振り下ろされた剣が、床に叩きつけられる、その一瞬。

私は、その剣の腹を、踏みつけた。

「ちぃ!!」

獣のような唸り声を上げ、ラムザスは筋力に任せて、剣ごと私を振り上げようと試みる。床が砕け、重い剣が持ち上がる。

だが、その程度で私の均衡を崩せるとでも?

私は持ち上げられる力に逆らわず、むしろ利用する。踏みつけた脚を軸に、コマのように鋭く回転。宙に舞い上がった身体は、重力を感じさせないまま、しなやかに宙返りを描いた。

そして、ラムザスが目を見開く先、数メートル離れた場所に、音もなく着地する。一滴の埃すら立てずに。

「その、人を馬鹿にしたような目!! 気に入りませんね!!!」

また、獣のように真っ直ぐ突っ込んでくる。

私は身体を逸らし、肩を揺らし、首を傾けるだけで、ラムザスが振り下ろす剣の嵐を、その全てを回避してみせた。

「な、なぜ当たらないのです!?」

困惑したように、ラムザスが呟く。

余程、不思議でならないのだろう。身体能力で劣るこの身に、なぜ自分が追い詰められているのか。

私からすれば、そんなものは問題にさえならない。だが、戦士の記憶を持っただけで、本物の戦士と同等と思い込んでいるその傲慢さは、戦士という存在そのものへの、耐え難い侮辱だ。

記憶はない。だが、私の魂と本能が、誰よりも戦士としての経験を覚えている。

故に、こんな紛い物に負けることは、万が一にもありえない。

「お前には、戦士の矜恃が、誇りが、本物の死線をくぐり抜けてきた経験が、存在しない」

「くぅ!!! 馬鹿にして!!!」

顔を真っ赤に染め上げたラムザスは、完全に冷静さを失っていた。

Sランク冒険者の記憶を持つ、ただの男じゃない。その強大な知識と能力を持て余した、ただの愚か者だ。

「おおおおぉ!!!!!」

ラムザスの絶叫と共に、再び剣の嵐が私に襲いかかる。

だが、その太刀筋は、相手の二手三手先を読んでいない。ただ、借り物の力を、がむ
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第74話:ラムザスの手記

    ──────エレンの視点──────記憶の塔を捜索していたのだが……おかしい。あれほどの激闘を繰り広げたというのに、ラムザスの気配を、まるで感じない。(どこに隠れている……?)私たちは、同じ階を手分けして探していた。そして私は、この階で最も重要な場所であろう、ラムザスの私室と思われる部屋の前に、たどり着いた。扉を開ける。部屋は、驚くほど整然としていた。だが、そこには人の生活の温かみというものが、一切感じられない。まるで、標本が並べられた、冷たい研究室のようだ。そして、机の下に、一冊の古びた手記が落ちていた。(焦って落として行ったのか?)私は、その日記を手に取り、ページをめくる。> ……ようやく、この計画を実現可能なラインにまで持ってくることができた。> あの国から追い出され、惨めな思いもしたが……これはかえって、幸運だったのかもしれませんね。> 記憶の抽出、及び注入装置が、ついに安定して起動した。> これにより、人は、どんな可能性をもその手にすることができる。> 叶えたい夢を、叶えることができる。> 私は、その手助けをすることができたのだ。> ……まあ、もちろん、それ相応の代償は払ってもらいますがね。> この装置を完成させるには、人体実験は必要不可欠なのですから。> 私は、一人の人間に、限界まで他者の記憶を流し込む実験を行った。> さらに、全ての記憶を抜いた上で、様々な人物の記憶を継ぎ接ぎのように入れてみた。> ツギハギの記憶は、人格に、どんな影響を与えるのか……。> 結果は、上々。> あまりに膨大な記憶を流し込まれた人間は、思考の海に溺れ、廃人と化す。> ツギハギの記憶を与えられた人間は、自我が崩壊し、まともな会話さえ成り立たない。> そこで私は、精鋭チームを立ち上げた。> そのチームは、被験者の廃人化を防ぐ、という重要な責務を担っている。> それは、**“拷問”**である。> 意識をこの現実に縛り付けるには、痛みこそが、最も有効な錨となる。> 彼らも、偉大な研究の礎となれるのであれば、本望でしょう。> 「…………イカれてるな」私は、奴の歪んだ思考の一端に触れ、思わずそう呟いていた。記憶の実験。これほどまでに、残酷なものだったとはな……。私は、さらにページを進める。> 私の研究に、興味

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第53話:約束

    ──────エレンの視点──────「それで……エレンさん、あなたがどうしてこのメモリスに?」シイナが、冷静な、しかし探るような目で、私にそう尋ねてくる。ふむ……どう答えたものか。そして、数秒の思考の末に、私は最も合理的な答えを口にした。「私も、エレナの護衛だ。君たちとは違って、影ながら……ではあるがな」「なるほど……」だが、シイナの瞳は、まだ完全には納得していない。「エレナは、次期聖女だ。そんな彼女の身に、万が一にも危険が迫らないように、私がいる」(そう言ったものの、私の判断ミスで、彼女をあの苦痛の中に置き、深い眠りにつかせてしまったのだが……)いかん。己の未熟さに、腹が立ってきてしまった。「なるほど、そうでしたか。確かに……エレナの安全を考えると、それが一番確実でしょうね」シイナが納得したように頷いた、その時だった。「なぁなぁ」グレンが、私とシイナへ、気の抜けた声を掛けてくる。「聖女って、そんなに重要なのか?」その言葉に、シオンはおろか、私を除く全員が、呆気に取られた顔で固まった。「…いいですか、グレン。聖女様というのは本来、ベルノ王国では国王と並ぶ…いえ、それ以上の権力を持つのですよ」「へぇ〜?」「あなたは、もう少し、ご自身の国の歴史について勉強してきなさい」シオンが、心底呆れたように、辛辣な言葉をグレンへ向けて言い放つ。「えーっとですね、グレンさん!」見かねたように、ミストが割って入った。「ベルノ王国において、聖女とは、幾度も国の危機を救ってくださった、偉大な存在なのです!」「お、おお?」「つまり! ベルノ王国において、聖女とは、国の“象徴”なんですよ! 騎士にとっての“剣”……みたいなものです!」その言葉に、なるほど!!と、グレンがようやく理解を示す。ミストも、随分と分かりやすい例えを引っ張り出したものだ。「めっちゃ重要じゃねぇか!???」「……ああ。だから、本来なら俺たちのようなパーティに加わる……というのは、例外中の例外な

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第52話 :戦士の矜恃

    ──────エレンの視点──────「はぁっ!!」恐ろしく速い踏み込み。Sランク冒険者の記憶とやらが、ラムザスの身体能力を限界以上に引き上げている。だが、足りない。浅い。ラムザスは私の背後へと回り込み、必殺の間合いから剣を振り下ろす。私は、無駄な動きを一切せずに、ただ、一歩、横にずれた。それだけで、奴の攻撃は、空しく私の隣を通り過ぎていった。「なっ…!」振り下ろされた剣が、床に叩きつけられる、その一瞬。私は、その剣の腹を、踏みつけた。「ちぃ!!」獣のような唸り声を上げ、ラムザスは筋力に任せて、剣ごと私を振り上げようと試みる。床が砕け、重い剣が持ち上がる。だが、その程度で私の均衡を崩せるとでも?私は持ち上げられる力に逆らわず、むしろ利用する。踏みつけた脚を軸に、コマのように鋭く回転。宙に舞い上がった身体は、重力を感じさせないまま、しなやかに宙返りを描いた。そして、ラムザスが目を見開く先、数メートル離れた場所に、音もなく着地する。一滴の埃すら立てずに。「その、人を馬鹿にしたような目!! 気に入りませんね!!!」また、獣のように真っ直ぐ突っ込んでくる。私は身体を逸らし、肩を揺らし、首を傾けるだけで、ラムザスが振り下ろす剣の嵐を、その全てを回避してみせた。「な、なぜ当たらないのです!?」困惑したように、ラムザスが呟く。余程、不思議でならないのだろう。身体能力で劣るこの身に、なぜ自分が追い詰められているのか。私からすれば、そんなものは問題にさえならない。だが、戦士の記憶を持っただけで、本物の戦士と同等と思い込んでいるその傲慢さは、戦士という存在そのものへの、耐え難い侮辱だ。記憶はない。だが、私の魂と本能が、誰よりも戦士としての経験を覚えている。故に、こんな紛い物に負けることは、万が一にもありえない。「お前には、戦士の矜恃が、誇りが、本物の死線をくぐり抜けてきた経験が、存在しない」「くぅ!!! 馬鹿にして!!!」顔を真っ赤に染め上げたラムザスは、完全に冷静さを失っていた。Sランク冒険者の記憶を持つ、ただの男じゃない。その強大な知識と能力を持て余した、ただの愚か者だ。「おおおおぉ!!!!!」ラムザスの絶叫と共に、再び剣の嵐が私に襲いかかる。だが、その太刀筋は、相手の二手三手先を読んでいない。ただ、借り物の力を、がむ

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第51話:紛い物

    ──────エレンの視点──────「お、お姐さん……とんでもなく強いんだね……」背後から、ソウコの呆然とした声が聞こえる。「いやはや……本当にお強くて」ラムザスは、吹き飛んだ衝撃でついたであろう服の汚れを、優雅に払いながら立ち上がった。「骨が折れますよ」その言葉を合図に、私とラムザスは、一瞬で互いの間合いをゼロにした。「そらそらそらそらぁ!!!!!」「ふっ!はっ!せいっ!!!」激しい火花が、薄暗い通路を閃光のように照らし出す。互いの剣がぶつかり合う度に、金属の悲鳴が甲高く木霊する。振り下ろされる炎の斬撃を、二本の短剣で受け流し、弾き、いなす。何度も、何度も、私たちは剣を打ち合った。私は、この打ち合いに、純粋な興奮を覚え始めていた。(この男……まだ何かを隠しているな。攻撃のひと振りひと振りに、妙な余裕を感じる)だが、甘い。お前の剣筋、呼吸、重心の移動……その全てを、私の魂が記憶していく。ラムザスが、今までで一番の大振りで剣を振り下ろした、その瞬間。私は、二本の短剣をX字に交差させ、その一撃を正面から受け止めた。ギィンッ、と耳障りな音が響き、足元の石畳に亀裂が走る。「ぬぅ!?」「詰めが、甘い!!」私は、受け止めた力を利用し、奴の剣を勢い良く上へと弾き飛ばした。がら空きになった、その胴体。私は、その腹部と膝に、寸分の狂いもなく、短剣の柄を叩き込んだ。「がはっ……!!!」くの字に折れ曲がったラムザスの身体。私は、そのまま押し出すように、その腹に強烈な膝蹴りを叩き込む。きりもみ回転しながら吹き飛んだラムザスの身体は、私たちが目指していた出口の壁を、轟音と共にぶち抜いていった。「えぇ……。あの人が、まるで相手になってない……」誰かが、信じられないといった様子で呟く。「ソウコ。お前に頼みがある」「えっ? なに??」「お前は、動きが速い。その脚なら、容易くは捕まらないだろう。エレナの仲間を呼んでくるんだ」「あっ…! あの人たちだね……! わかった……!」「よし、行け!!」その言葉を受け、ソウコは身体に雷を纏って駆け出した。だが、その刹那。壁の瓦礫の中から、ラムザスが猛烈な速度で飛び出し、ソウコの前に立ちはだかる。妙だ。急に動きが変わった。さっきまでの、どこか芝居がかった大振りな動きじゃない。

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第50話:戦士の怒り

    ──────エレンの視点──────「な、なんだ!!!この化け物はぁ!!!?」「こんな……!!こんな戦い方があるか……!!」通路の先で、研究員たちが恐怖に歪んだ顔で叫んでいる。化け物、か。そう見えるだろうな。「はぁっ!!!!」俺は、目の前でたじろぐ男の頭を掴むと、その顔面へと、容赦なく強烈な膝蹴りを叩き込んだ。ゴシャッ!!!鼻骨が砕け、前歯が弾け飛ぶ感触が、膝を通して伝わってくる。「がはぁ……っ……!」男の身体を、そのまま前方の集団へと蹴り飛ばす。それは、まるで肉の砲弾。「ぐわぁ!!!」蹴り飛ばされた男は、後方の研究員たちを巻き込み、もんどりうって弾け飛んだ。その一瞬の隙を突き、背後から俺の首を狙う、殺気の気配。振り下ろされる剣の軌道を、紙一重で見切り、その剣を持つ腕を内側から掴む。そして、そのまま、肘の関節を、くの字の反対側へとへし折った。ゴキャッ!!!!「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!お、俺の腕がァァ!!!」ありえない方向に曲がった腕から、剣が滑り落ちる。俺は、その落下位置を予測すると、こちらへ向かってくるもう一人の男目掛けて、つま先で蹴り上げた。「がっ……!!!」宙を舞った剣が、男の太ももに深々と突き刺さり、その場に縫い付ける。俺が歩いた道は……血と悲鳴で彩られた、地獄と化していた。もう、50人は軽く無力化しただろうか。あれほど耳障りだった無機質なアナウンスも、いつの間にか聞こえなくなっていた。***そして、俺ははたどり着いた。施設の最奥、ひときわ大きな鉄の扉の前へと。中から、微かな呻き声が聞こえる。躊躇なく、扉を蹴り破る。そこは、先程の牢屋よりもさらに広く、薄暗い空間だった。壁一面に並んだ檻の中には、虚ろな目をした、数多くの人間が捉えられている。その中に、見覚えのある小さな姿を、私は見つけた。「おい」一番近くの檻にいたソウコに、声をかける。「うわぁぁぁ!!!!!!!!」

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第49話:報復

    ──────エレンの視点──────世界が、反転する。エレナの悲鳴を最後に、彼女の意識が闇に落ちる。入れ替わりに、この身の主導権を握った俺の五感を、灼けつくような激痛が貫いた。だが、それすらも些事だ。魂の底から溢れ出す、この怒りに比べれば。目の前の男が、まだ下卑た笑みを浮かべている。この子の痛みも、恐怖も、尊厳も、全てを玩具として弄んだ、屑。「よくも……よくも、やってくれたな……!!!」俺の口から漏れたのは、エレナのものではない、低く、地の底から響くような声。「へっ?」男が、間抜けな声を上げる。思考より先に、右腕が動いた。対魔人用の鎖がじゃらりと音を立て、男の喉元を鷲掴みにする。「ぐっ!!!」「黙れ。喋るな……!!」指に力を込める。「……貴様の声は、虫唾が走る……!!」男の顔がみるみる青ざめ、白目を剥き、ひくひくと痙攣を始める。だが、この程度の苦しみで、エレナが受けた痛みの代価になるものか。「この程度で気絶することなど……!!! 許さん!!!!」俺は掴んだ男の頭を、そのまま背後の石壁へと、力任せに叩きつけた。ゴッ!!!!肉が潰れる音と、石が砕ける、凄まじい重低音が牢に響き渡る。「か……ぺ……っ」男が崩れ落ちると同時、鎖が繋がれていた壁の留め具が、衝撃で砕け散っていた。「ちっ……。俺の身でさえ、これほどの痛みか……」エレナが耐えた痛みが、時間差で俺の全身を苛む。だが、それすらも、腹の底で煮えくり返る怒りの、薪にしかならない。片腕の自由を得た今、もう片方の枷など飾りにもならん。手枷の、僅かな隙間に指をかけ、捻る。カチン、と乾いた音がして、俺を縛っていた最後の枷が、床に落ちた。さあ。これで、自由の身だ。「おい。起きろ、屑」床に転がり、顔面を血でぐしゃぐしゃにした男は、ぴくりとも動かない。俺は、その腹部へ、容赦なく強烈な蹴りを叩き込んだ。「ぐぁぁぁっ……!!」ヒュー……ヒューと、呼吸もままならな

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status