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#52:記憶を奪う村人たち

Penulis: 渡瀬藍兵
last update Tanggal publikasi: 2025-08-07 12:11:12

「おい! 止まれ!!」

 橋を渡りきった、その先だった。

 川辺の道を塞ぐように、四人の男が立っていた。顔は布で隠している。薄汚れた服の下には、ひどく痩せた身体が浮き、握った武器だけが不釣り合いにぎらついていた。

「と、盗賊……?」

 エレナの声が小さくこぼれる。

「あんたら、少しツラを貸してもらおうか!」

「そ、そうだぜ!! 抵抗しようとか、くだらねぇこと考えてんじゃねぇぞ!」

「テメェらに許される答えは、はい、だけだ」

 粗い声が、順に投げつけられる。

 だが、様子がおかしい。恫喝の言葉は盗賊のそれでも、男たちの目は妙に血走っていた。獲物を見定めるというより、何かに追い詰められた獣のように、焦点の合わない光を宿している。

「……エレナ様。お下がりください」

 シイナが前へ出た。

 その一歩だけで、エレナと男たちの間に線が引かれる。腰のベルトへ伸びた手つきは静かで、すでに戦闘の準備は終わっていた。

「へへへ、盗賊ったぁ、昼間から盛況じゃねぇか!」

 グレンが獰猛に笑う。

 その隣で、シオンは何も言わなかった。ただ、両手のトンファーを抜く。金属が擦れる短い音が、川音の上に冷たく重なった。

「皆さん臨戦態勢ですねぇ! 念のため下がります!」

 ミストが明るく告げ、するりとエレナの隣まで退く。

 その動きは軽い。けれど、立ち位置は正確だった。前衛の邪魔にならず、エレナを庇える距離。いつもの調子の声とは裏腹に、目だけは男たちを見ている。

「ま、待ってください!」

 エレナが声を上げた。

 男たちのぎらついた目。痩せた身体。乱暴な言葉の奥に、ただの盗賊とは違う歪みが見える。けれど、その声はミストの静かな言葉に遮られた。

「エレナ様、分かりますよ。彼ら、何やら事情がありそうですよね」

「なら……!」

「シイナ君たちも、きっと気づいています。でも今は、彼らを落ち着かせないといけません」

 エレナはもう一度、男たちを見た。

 布の隙間から覗く目は、こちらを見ているようで見ていない。怒りとも恐怖ともつかない光が揺れ、指先は武器の柄を強く握りすぎて白くなっている。話を通すには、まだ遠い。

「宥めるのは、そのあとに」

 ミストがそう言った瞬間、男たちが一斉に飛びかかった。

 足音が土を蹴る。

 シイナの片手が、低く払われた。地面から走った鉄が蛇のように伸び、先頭の男の足首を絡め取る。勢いのまま倒れかけた身体を、別の鉄帯が胴ごとさらい、近くの木へ叩きつける寸前で縛り上げた。

 残る三人も、ほとんど同時だった。

 グレンへ向かった男は、踏み込みごと腕を弾かれ、武器を取り落とす。シオンの前に出た男は、トンファーの軌道に足を崩され、膝から地面へ落ちた。最後の一人が横へ回り込もうとしたところで、鉄の輪が足元から跳ね上がる。

 数秒。

 男たちは全員、木の幹に括り付けられていた。

 暴れるたびに鉄帯がぎしりと鳴り、枝葉がわずかに揺れる。武器はすべて地面に転がり、川辺には先ほどまでの怒号が嘘のような静けさが戻っていた。

「やれやれ」

 シイナが短く息を吐いた。

「なんでこんなことしたんだよ?」

 グレンが、木に括り付けられた男たちを見上げるようにして尋ねた。

 鉄帯は幹ごと男たちを締めている。身じろぎをするたび、鈍い金属音が枝葉のざわめきに混じる。

「……言ったって、どうせ無駄だ」

 先頭の男が吐き捨てる。

 声に力はなかった。抵抗というより、もう何かを諦めきった後の乾いた響きだ。

(何かを諦めてるような、そんな声……)

「そ、そうだぜ。もう、そんなことを話せる時間なんて、とっくに過ぎてんだよ!」

 隣の男が続ける。

 言葉だけは荒い。だが、布の下で震える顎と、縛られた腕の力みが、その虚勢を裏切っていた。

「なるほど。どうやら話も通じないようですね」

 シオンが静かに言った。

 次の瞬間、トンファーが横へ振り抜かれる。

 鈍い破砕音。

 男たちのすぐ隣に生えていた木の幹が、内側から爆ぜたように砕けた。裂けた樹皮が飛び、折れた枝がばらばらと地面へ落ちる。風はなかった。それでも、砕けた木の葉だけが遅れて揺れていた。

 男たちの顔から、血の気が引いていく。

「先ほどの返しになりますが……」

 礼儀正しい声。けれど、温度はない。

「あなた方に許されたのは、答えることだけです。それ以外の言葉は不要ですよ」

 川辺の空気が、薄く張り詰める。

 男たちは身を縮ませた。それでも、誰も口を開かない。青ざめた顔で、唇を噛み、縛めの中に肩を押し込む。

「や、やるならやれぇ!! どうせ生きたところで、もう村はおしまいなんだァ!」

 先頭の男が叫んだ。

 その叫びに、エレナが一歩を踏み出す。

「もしよろしければ、一度お話を聞かせていただけませんか? 私でよければ、力になります」

「エレナ様! あまり近づきすぎないでください」

 シイナの声が飛ぶ。

 エレナは足を止めなかった。

 ただ、男たちへ向けていた視線を一度だけシイナへ移す。柔らかな顔立ちのまま、けれど、その声にははっきりとした芯が通っていた。

「シイナさん、彼らの様子を見てください。何かがあったのは明らかです。困っている人には手を差し伸べる。それが、私の信条ですから」

 普段のエレナなら、もう少し言葉を選んだかもしれない。

 だが、目の前にいるのは助けを求める方法すら失った者たちだった。乱暴な言葉を吐き、武器を向け、なお、その奥に追い詰められた影を隠しきれていない。

 そういう相手を前にした時だけ、エレナの声は迷わない。

「……失礼しました」

 シイナが小さく頭を下げる。

 そのやり取りを見ていた男の一人が、布の奥で目を瞬かせた。

「あ、あんた……どこかで見たことが……」

 エレナは男たちの前で立ち止まり、静かに名乗った。

「私は、ベルノ王国の聖女見習い、エレナ・フィーレ・ヴィクトリアスです」

「エ、エ、エレナ様ァ!?」

 男たちの声が、ほとんど同時に裏返った。

 先ほどまでの威勢は、跡形もない。縛られていることすら忘れたように身を乗り出し、鉄帯がぎしりと音を立てる。

「ど、どうしてエレナ様がここへ!?」

「それはまた後で。今はあなた方の身に何があったのか、教えていただけませんか?」

 エレナの問いに、男たちは互いの顔を見合わせた。

 布で隠した顔。痩せた頬。ぎらついていた目の奥に、初めて迷いが浮かぶ。

「……どうする?」

「エレナ様は、民の話を話を聞いてくださるって噂だが……」

「で、でも、エレナ様が今の状況を何とかできるのか?」

「……言ってみよう。忘れたのか? 一度、俺たちはエレナ様を訪ねようとしていたはずだ」

 最後の男の言葉に、先頭の男が顔を伏せる。

「金貨なんて、持ってないですけど……」

「何を仰っているんですか?」

 エレナは、すぐに首を横へ振った。

「あなた方から金貨、いえ。銅貨一枚も取るつもりはありません」

  そう言って、エレナはシイナへ視線を向けた。

 言葉はない。

 だが、シイナはすぐにその意図を汲み取った。片手を軽く動かすと、男たちを木へ縛りつけていた鉄帯が音もなく緩み、地面へほどけるように沈んでいく。

「……!」

 拘束を解かれた男たちは、しばらく動けなかった。

 逃げることも、再び武器を取ることもない。ただ互いの顔を見合わせ、やがて一人、また一人と、顔を隠していた布に手をかける。

 陽に晒された顔は、思っていた以上に痩せていた。頬はこけ、唇は乾き、目の周りには疲労の濃い影が落ちている。盗賊というより、追い詰められた村人の顔だった。

「エレナ様……あなたと知らずに、無礼な真似をいたしました。申し訳ございませんでした……っ……!」

 先頭の男が膝をつく。

 続けて、他の男たちも崩れるように地面へ頭を下げた。土に手をつき、額が触れるほど深く身を伏せる。

「い、今、俺たちの村が大変なことになってるんです!! エレナ様のお力で、どうにかできないでしょうか……!?」

「顔を上げてください」

 エレナの声が、川辺に静かに落ちた。

 先ほどまでの戸惑いはない。柔らかく、穏やかで、それでいて不思議と逆らいがたい響きがある。聖女として人々の前に立つ時の声だった。

「あなた方が頭を地につける必要はありません。まずは、私に事情を聞かせてください」

 男たちが、おそるおそる顔を上げる。

 エレナはその一人ひとりを見てから、言葉を続けた。

「村、と仰いましたね。今、その村で何が起きているのですか?」

「……俺たちにも、分からないんです」

 先頭の男が、掠れた声で答える。

「村の者が、次々と痩せ細ってしまって……。夜も昼も呻いて、起き上がれなくなって、しまいには血を吐く者まで出てきて……なんだか、とにかく大変なんです……」

「それだけじゃない」

 別の男が、震える手で土を握った。

「村の特産だったミルクも、もうろくに取れない。牛がみんな死んじまったんだ。売るものもなくなって、稼ぎもなくて……最後に動ける俺たちが、何かしなけりゃって……」

 声は途中で細くなった。

 乱暴な言葉で覆い隠していたものが、少しずつ剥がれていく。そこに残るのは、焦りと疲労と、どうにもならない現実。

「……その症状は、確かにただ事じゃないな」

 シイナが低く呟く。

 だが、すぐに視線を鋭くする。

「だが、俺たちを襲おうとした理由はなんだ? 金品が目的というわけでもなかったよな」

 男たちは気まずそうに目を伏せた。

 少しの沈黙のあと、一人が口を開く。

「それは……記憶都市メモリスが近いだろう? あんたたちから、いらない記憶をもらって……メモリスで売ってもらえたらと思ったんだ」

 エレナの眉が、わずかに動く。

 男は唇を噛み、それでも言葉を続けた。

「売った金は……悪いが、俺たちに渡してもらうつもりだった。村を助けるには、もうそれくらいしか思いつかなかったんだよ」

「記憶の……売買……?」

 エレナが小さく繰り返す。

 聞き慣れない言葉だった。記憶を売る。記憶を買う。そんな行いが、すぐ近くの都市では当然のように存在している。

 だが、シイナはそこで短く首を振った。

「エレナ様、メモリスの詳しい話はまた後ほど。今は、彼らをどうされますか?」

 シイナの視線が、男たちからエレナへ移る。

「村の状況を聞く限り、ただ事ではありません。原因が病であれ、何か別の異常であれ、エレナ様にまで伝染したとなると……」

「心配には及びません」

 エレナは静かに答えた。

 白い聖衣の裾が、川辺の風に揺れる。

「この身は、穢れや病に対して強い耐性を持っています。苦しんでいる方々がいるのなら、見過ごすことはできません」

 男たちが息を呑む。

 エレナは一歩、彼らの方へ進んだ。

「あなた方の村へ参ります。案内してください」

「……分かりました」

 シイナは一度だけ頷き、男たちへ向き直る。

「案内を頼めるか?」

「も、もちろんです!! こっちです!」

 先頭の男が慌てて立ち上がる。

 まだ足元は覚束ない。それでも彼は、先ほどまでとは別人のように必死な顔で道の先を指した。

 男が走り出す。

 エレナたちは、その背を追って川辺の道を駆け出した。

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