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第53話:約束

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-08-08 11:30:00

──────

エレンの視点

──────

「それで……エレンさん、あなたがどうしてこのメモリスに?」

シイナが、冷静な、しかし探るような目で、私にそう尋ねてくる。

ふむ……どう答えたものか。

そして、数秒の思考の末に、私は最も合理的な答えを口にした。

「私も、エレナの護衛だ。君たちとは違って、影ながら……ではあるがな」

「なるほど……」

だが、シイナの瞳は、まだ完全には納得していない。

「エレナは、次期聖女だ。そんな彼女の身に、万が一にも危険が迫らないように、私がいる」

(そう言ったものの、私の判断ミスで、彼女をあの苦痛の中に置き、深い眠りにつかせてしまったのだが……)

いかん。

己の未熟さに、腹が立ってきてしまった。

「なるほど、そうでしたか。確かに……エレナの安全を考えると、それが一番確実でしょうね」

シイナが納得したように頷いた、その時だった。

「なぁなぁ」

グレンが、私とシイナへ、気の抜けた声を掛けてくる。

「聖女って、そんなに重要なのか?」

その言葉に、シオンはおろか、私を除く全員が、呆気に取られた顔で固まった。

「…いいですか、グレン。聖女様というのは本来、ベルノ王国では国王と並ぶ…いえ、それ以上の権力を持つのですよ」

「へぇ〜?」

「あなたは、もう少し、ご自身の国の歴史について勉強してきなさい」

シオンが、心底呆れたように、辛辣な言葉をグレンへ向けて言い放つ。

「えーっとですね、グレンさん!」

見かねたように、ミストが割って入った。

「ベルノ王国において、聖女とは、幾度も国の危機を救ってくださった、偉大な存在なのです!」

「お、おお?」

「つまり! ベルノ王国において、聖女とは、国の“象徴”なんですよ! 騎士にとっての“剣”……みたいなものです!」

その言葉に、なるほど!!と、グレンがようやく理解を示す。

ミストも、随分と分かりやすい例えを引っ張り出したものだ。

「めっちゃ重要じゃねぇか!???」

「……ああ。だから、本来なら俺たちのようなパーティに加わる……というのは、例外中の例外なんだ」

シイナが、やれやれと首を振りながら、そう付け加える。

「そうですよ! だから、教会専属の騎士である、エレン様がこうして護衛についている、という訳ですね!」

ミストの言葉に、私は静かに頷いた。

「それで、シイナ。エレナからある程度の情報は聞いているが、どうして衛兵と行動を共にしているんだ?」

最後に彼らと別れる直前、衛兵たちは、領主の指示でソウコを捕らえると言っていたはずだ。

それが、なぜ今、こうして協力関係にある?

「実は……領主にも、色々と訳があった……というのが、現状、話せることの全てなんです。全てを明らかにするには、まず、ラムザスという男を捕まえなければなりません」

「なるほどな。ラムザスなら、先程まで私と戦っていたぞ。君たちが来たことで、逃げられてしまったがな」

「やはり……あの男が、ラムザス……」

「では、急ぎ捕縛しましょう」

シイナの言葉に、その場にいた全員が、静かに頷いた。

「その前に、ソウコ」

「う、うん?」

「よくやった」

私の言葉に、少年は心底、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「この先は危険だろう。今、この場にいる衛兵たちは、我々の味方だ。だから、君たちは彼らについて行くんだ」

シイナが、解放された被験者たちへそう指示を出す。

私の背後で、ざわざわと不安のさざ波が広がった。

『ほ、ほんとうに大丈夫なの……』

『また捕まるんじゃ…』

『もう……拷問なんていやだよ……』

それぞれが、そんな不安を口にする。

その時だった。

「みんな!! エレナさんの仲間が、大丈夫だって言ってるんだ! だから、信じよう!」

ソウコが、他の被験者たちに向かって、声を張り上げた。

「し、しかし、私たちはそのエレナという人を見た訳ではない……。すまないが……」

「でも、ボクの事は信じられるでしょ……?」

「っ……!!」

「エレナさんは、ボクの心に寄り添おうとしてくれた。すごく、短い時間しか話せなかったけど……あの人ほど、信じるに値する人はいないと思うんだ!」

エレナ。

君が寄り添い、助けようとした少年は、しっかり君の影響を受けているようだぞ。

思わず、私の口元が、ほんの少しだけ綻んだ。

「もし、仮に君たちが再び捕らえられたら……」

私は、不安げな瞳で私を見つめる被験者たち一人ひとりと、目を合わせる。

「エレナの名のもとに、私が必ず、救いに行こう」

私の真剣な瞳に、彼らの心が動いたのが分かった。

「あなたは…私たちを連れ出してくれた…。ソウコも……あなた方を信じている……。それなら……」

「わかった…。信じよう」

どうやら、彼らの意思も固まったようだ。

「では!! こちらへ!!」

衛兵のリーダー格が、彼らを誘導して、この場を去ろうとする。

「お仲間の皆さんも、必ず無事で帰ってきてください!」

ソウコが最後に、私たちへそう叫び、衛兵に連れられていった。

「エレナに、今のことを話してあげないとな」

シイナが、どこか嬉しそうにそう呟く。

「ああ、そうだな! あいつがすげーんだって、俺にも伝わってきたぜ。だから、俺たちもラムザスってやつをとっ捕まえようぜ!」

「そうですねぇ! 洗いざらい吐いてもらわないとですよぉ!」

だが、シオンだけは、その瞳に深い影を落としていた。

「…………。」

恐らく、さっきの被験者たちの中に、彼の元パーティメンバーはいなかったのだろう。

ラムザスを探す時に、私がその気配を感じ取れるといいのだが……。

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