LOGIN晴天の下、コロッセオの石壁が白く焼けていた。
円形に広がる観客席は、すでに熱を帯びている。歓声、足踏み、誰かの野次。試合前のざわめきが幾重にも重なり、闘技場の中央へ降り注いでいた。 その中心で、赤毛の騎士が胸を張る。 「オレはベルノ王国、天征騎士団・|空《ソラーレ》所属、グレンだ!」 叫びは、宣誓というには荒々しかった。けれど、ただの自己紹介でもない。代々騎士団に受け継がれてきた名乗りの型を、意味の半分も噛み砕けていないまま、勢いだけで真正面から叩きつけてくる。 それがグレンという男には、妙に似合っていた。 「グレン。噂は聞いている。天征騎士団所属の優秀な炎使いだと」 エレンは静かに応じた。 天征騎士団。天より征伐の鐘を鳴らす、ベルノ王国の精鋭部隊。その中でも|空《ソラーレ》は、|陸《テラ》、|海《マーレ》と並ぶ三つの中核部隊のひとつだ。 ベルノ王国において、鐘はただの象徴ではない。国の歴史そのものに刻まれた音であり、騎士団の名にも、その誇りは深く根を張っている。 「へへ、アンタの噂も聞いてるぜ! 天征騎士団とは別に、唯一騎士の称号を得た人物だってな!」 「はっ。だが、私は騎士などという、お行儀のいい戦い方はしないぞ」 エレンが口元だけで笑う。 その手にある剣は、確かに武器だった。だが、エレンにとって剣とは戦うための手段のひとつでしかない。腕を使う。足を使う。間合いを使い、視線を使い、ときには声すら使う。 勝つために使えるものなら、何でも使う。 そこに騎士の美学はない。ただ、戦士として積み上げてきた理だけがある。 「ああ! 知ってるぜ!」 「……なに?」 エレンの眉がわずかに動いた。 「アンタ、前回の|接続者選抜戦《リンカーズ・セレクション》に出てたろ! オレは見てたんだ、あの時! アンタの戦いぶりを! 無駄のねぇ動きを!」 グレンの声が、さらに熱を増す。 「だからオレは、ずっとアンタと戦ってみたかったんだ!」 「……ふむ」 エレンは、ゆっくりと構えを解いた。 警戒を捨てたわけではない。むしろその逆だ。剣先をわずかに下げただけで、身体のどこにも隙は生まれていない。観客席から見れば気を抜いたように見えても、闘技場の中央に立つグレンだけは、その意味を肌で理解していた。 「オレは、前回のアンタを見て、憧れた……!」 「騎士が、私の泥臭い戦い方に憧れるとはな。おかしなことだ。騎士とは本来、私のような戦いを唾棄する連中だと思っていたのだが」 「へへ、確かにアンタの戦い方は、他の連中には受け入れらんねぇだろうな! でも!」 グレンが、腰の剣を引き抜いた。 抜き放たれた刃が、太陽の光を受けて鋭く輝く。 「オレぁ違うぜ!!」 闘技場の空気が、そこでひとつ跳ねた。 「アンタからは熱を感じた! ただ熱いだけの熱じゃねぇ。何がなんでも勝利を掴み取るっていう、泥臭くて、しぶてぇ熱だ!」 その言葉に、エレンはすぐには返さなかった。 観客席から、苛立った怒号が飛ぶ。 「さっさと始めろぉ!!」 「っと。これ以上喋ってると、観客席から石でも飛んできそうだな!」 「ああ。騎士の戦い方、学ばせてもらおう」 『エレン、頑張ってね! 私は邪魔しないように、深層から見てるよ!』 その声を最後に、エレナの気配が身体の奥へと沈んでいく。 同じ身体に宿るもうひとつの魂が、戦いの邪魔にならぬよう、深く、静かに場所を譲った。 (ふふ、安心しろエレナ。私は負けるつもりなど、一切ないとも) 「へへ、驚くなよ」 グレンが剣を構える。 実況者が、待っていたとばかりに声を張り上げた。 「さて、二人の準備は整った様子だァ!!」 歓声が膨れ上がる。 「では、|接続者選抜戦《リンカーズ・セレクション》・第一回戦!! 試合、開始だァァァッ!!」 直後、開戦を告げる鐘の音が鳴り響いた。 澄んだ音が、空へ抜ける。 「行くぜッ!!」 次の瞬間、グレンの姿が消えた。 いや、消えたように見えただけだ。 踏み込み、加速、抜刀の軌道。そのすべてが、常人の目にはひと続きの閃光にしか映らない。グレンは一息で距離を潰し、エレンの眼前へ飛び込んでいた。 刃が走る。 だが、エレンは動じない。 白銀の髪が、風にわずかに散った。身を捻ったエレンの横を、グレンの斬撃が通り過ぎる。斬れたのは、髪の数本だけだった。 「は、速っ……!!」 観客席のどこかで、そんな声が漏れる。 (確かに、速い。だが、それだけだ) 「っと、今のを避けるか!」 グレンの足が、床を削る。 通り過ぎた勢いを殺さず、身体を反転させる。二度目の突撃は、先ほどよりもさらに荒く、さらに鋭かった。炎使いらしい直情的な踏み込み。だが、その直線の中には、騎士として叩き込まれた型が確かに残っている。 上段から、剣が振り下ろされた。 エレンは半歩、軸をずらす。 刃が目前を落ちる。その縦の軌道を見切った瞬間、エレンの剣が横から噛みついた。 キィンッ、と高い音が弾ける。 グレンの振り下ろした刃を、エレンの剣が上から叩きつけるように押さえ込んでいた。 力任せではない。落ちる刃の勢いを殺すのではなく、軌道の芯を叩き、地面へ縫い止める。ほんの一瞬、グレンの剣先が沈んだ。 その刹那。 ゴウッ、と炎が噴き上がった。 グレンの剣に纏わりついた炎が、闘技場の床を焦がす。 「……へへ! やっぱり当たらねぇよな!」 刃を押さえ込まれたまま、グレンが笑った。 負け惜しみではない。読み違えた者の顔でもない。むしろ、そうなることまで含めて予定通りだと言わんばかりに、炎の奥で歯を見せている。 「織り込み済みと?」 「当たり前だ! 自分で言うのもなんだけどよ、オレは接続者の中でも優秀な方だと思うぜ!」 エレンの口元が、わずかに動いた。 吹き出しかけたのではない。嘲る気もなかった。ただ、あまりにも真っ直ぐな自己認識が、あまりにも気持ちよくそこに置かれたせいで、思わず反応が漏れかけただけだ。 自分の実力を過小評価しない。だからといって、届かない相手との距離を見誤りもしない。 「……それで?」 「オレは優秀だけどよ、あの時アンタが戦ってた接続者と、そこまで大差はねぇ」 「……なるほど。だから避けられるのは前提だったと」 「そういうことだ! よっ!!」 グレンの剣が、吼えた。 押さえ込まれていた刃から、炎が噴き上がる。斬撃ではない。火力そのものを推進力に変え、下から強引にせり上げるような一撃。 エレンの剣が弾かれた。 同時に、身体も宙へ浮く。炎の勢いに押し出される形で後方へ飛ばされながら、それでもエレンの姿勢は崩れなかった。 空中で身を捻り、足先から闘技場の床へ降りる。 着地の音は、軽い。 (眩しいほどに、真っ直ぐな奴だ) だが、それだけだった。 感心はしても、動じはしない。感化など、なおさらない。エレンは紅い瞳でグレンを見据えたまま、剣の角度だけを静かに変えた。 「オラァ!!」 グレンが再び踏み込む。 同じ軌道。同じ入り。違うのは、速度と出力だけだった。炎を纏った刃が、先ほどよりも激しく唸り、闘技場の床に焦げ跡を走らせながら迫ってくる。 「……グレン。一つ忠告だ」 エレンの声は、熱の中でもよく通った。 「何度も同じ手を使うのは悪手だ。愚かな行為と言ってもいい」 次の瞬間。 グレンの視界が、天地ごと反転した。 振り下ろされた剣の軌道に、エレンの身体が滑り込む。刃を受けるのではなく、踏み込みの芯を外し、勢いの逃げ場を奪う。グレンの腕が流れ、肩が開き、足元の重心が一瞬だけ浮いた。 その一瞬で、十分だった。 ドンッ、と鈍い音が響く。 グレンの背中が、闘技場の床へ思い切り叩きつけられていた。 「がはっ……!」 くぐもった声が、床の上に落ちた。 背中から叩きつけられたグレンの身体が、一瞬だけ床を跳ね、そのまま動かなくなる。衝撃で砂埃が舞い上がり、闘技場の中央をゆっくりと流れた。 観客席が、静まり返った。 次の瞬間、どよめきが波のように広がる。何が起きたのか、誰も理解できていなかった。グレンが突進を仕掛けた。それだけは見えた。だが、なぜ次の瞬間にグレンが地面に沈んでいるのか、その間に何が起きたのか、観衆の目にはまるで映っていない。 「うっ……! な、何が起きた!?」 グレンが顔を上げる。床の砂利が頬に張り付いていた。目の焦点が、ゆっくりと戻ってくる。 「……ほら、続きだ」 エレンは、すでに次の構えに入っていた。剣先を下げ、重心を低く落とし、ただそこに立っている。それだけなのに、隙というものがどこにも存在しない。 「どんな速度でも、どんな振り方でも構わん。仕掛けてこい」 静かな声だった。煽っているわけでも、試しているわけでもない。ただ、事実としてそう言っている。それが、グレンの頭に直接火をつけた。 「クソッ!! 舐めやがって……! 後悔すんな……よっ!!」 炎を纏った剣が、再び唸りを上げる。今度は速い。先ほどよりも、さらに速い。踏み込みの音すら消えかけるほどの加速で、グレンの刃がエレンへと迫った。 だが。 振り抜かれる、その直前。肘が完全に伸び切るより、ほんの一瞬早く。 エレンの手が、グレンの腕を掴んでいた。 「……ほらな?」 グレンの目が、大きく見開かれた。自分の腕が止まっている。止められている。最大出力の一撃が、発射される前に封じられている。頭が、その事実の処理を拒んだ。 慌てて距離を取ろうと、足が動く。 「ダメだ。逃がさん」 関節の可動域を正確に把握した上で、その限界を超えない絶妙な角度で、グレンの腕が背後へと折り曲げられる。余分な力は一切ない。ただ、理だけがある。重心ごと崩され、グレンの身体が床の上に押さえ込まれる。 「あだ……!! あだだだ……!!」 「……お前は気配が素直すぎる」 エレンの声は、変わらず静かだった。押さえ込んだまま、力を緩める素振りもない。 「踏み込む前に、身体が行き先を教えてしまっている。それではいくら速くとも、こちらは事前に備えることができる」 一拍、置く。 「速いだけでは、宝の持ち腐れだ」────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ
**────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した
**────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い
**────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い
(この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った
**────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ







