Share

#9:風薙ぎの傭兵

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-05-19 20:14:34

石造りの観客席から降り注ぐ地鳴りのような歓声が、闘技場の乾いた空気を絶え間なく震わせている。

今日もまた、強者との邂逅を求めて、白銀の髪を持つ剣士──エレンはこの場に立っていた。

今回の対戦相手は、“風薙ぎの傭兵”と異名を取る、風使いのシオンという男。

事前情報によれば、風魔法を応用したトンファー術の使い手であり、魔法使いという枠を超えた近接戦闘のエキスパートだという。

(……一筋縄ではいかない相手か。面白い)

先のグレンという若き騎士との戦いもそうだったが、この魔法闘技という舞台は、存外、彼女の戦士としての渇きを癒してくれるのかもしれない。

強者との戦いは、いつだって彼の心を昂らせる最上のスパイスだ。

(エレン、今日も油断しないで、頑張ってね。応援してるから!)

(ああ)

内なる半身──エレナの真摯な声援に、エレンは絶対的な自信を込めて応じた。

彼女の支えがある限り、この肉体に敗北はない。

『さあさあ皆様! 本日もやってまいりました、魔法闘技! 大会最注目の剣士、エレン選手の登場だァァァ! そして迎え撃つは、神出鬼没の風の傭兵、シオン選手の入場だァァ!!』

実況の熱狂的な声が響く中、闘技場の反対側のゲートから、対戦相手が静かに姿を現した。

息を呑むほどに中性的な美貌。

すらりとした長身にしなやかな肢体。艶やかな濡羽色の髪の一部が左目を隠すように流れ、その静謐な立ち姿は、どこか捉えどころのない風そのもののようだった。

まるで実体を持たない精霊が、人の形を借りて現れたかのような神秘性を纏っている。

彼はエレンの方へゆっくりと歩み寄り、優雅な仕草で一礼すると、鈴を転がすような、性別を感じさせない透き通った声で名乗った。

「初めまして、エレンさん。私はシオンと申します。ご覧の通り、風属性の魔法使い……そして──」

その言葉と共に、彼は腰の一対の鉄製トンファーを、軽やかに、音もなく抜き放つ。

その動作は水の流れのように自然で、一切の無駄がない。

「──風を纏い、風を操る傭兵でもあります。どうぞ、お見知りおきを」

(自らのスタイルを、臆することなく堂々と晒すか。よほどの実力者か、あるいは私を試しているのか。どちらにせよ、実に興味深い)

──ゴォォォォォォォォォォン……

開始の鐘が、重低音を伴って鳴り響く。その残響が闘技場の石壁に反響し、戦いの幕開けを荘厳に告げた。

その瞬間だった。

闘技場に突風が走った。いや、シオン自身が風になったかのような錯覚を覚えるほどの加速だ。

彼の姿が陽炎のように揺らめき、次の瞬間には別の座標に存在していた。

(来るか!)

エレンは即座に腰を落とし、剣を抜き放つ。

刹那、視界の端で風が渦を巻いたかと思うと、音もなく目の前にシオンの姿が現れていた。距離など、彼にとって意味をなさないのだろう。

甲高い金属音が晴天の空に響く。

風の魔力を纏い、通常よりも遥かに鋭さと質量を増したトンファーが、エレンの剣に鋭く打ち込まれる。

その一撃を防いだ刹那、もう片方のトンファーが死角から薙ぎ払うように振るわれた。

(速い……! そして、何よりも攻撃が途切れない。まるで嵐だ)

風に乗って繰り出される、まさに連撃の嵐。

その一撃一撃に圧縮された風の魔力が絡みつき、威力を数倍に増幅させている。反撃の糸口となる〝間〟が全く見当たらない。これが風使いの真骨頂か。

(──だが、その流れるような動きの中にも、微かな予兆クセはある)

エレンは防御に徹していた体勢から一転、剣を斜め下から上方へと、逆袈裟に鋭く振り上げた。

狙うは、攻撃の起点となっている彼の右手のトンファー。

金属同士が激しく擦れ合う音。火花が散り、一瞬闘技場を照らした。

彼の剣は、シオンのトンファーの回転軸を正確に捉え、その勢いを殺し、強引に弾き飛ばした。

銀色の凶器が宙を舞う。

「っ! 私の風牙が……!」

シオンの整った顔に、焦りの色が見えた。彼の戦術の根幹が揺らいだのだ。

(武器を一つ失えば、連撃の嵐は止む。これで終わりだな)

エレンは一気に距離を詰め、がら空きとなった彼の胸元へ、袈裟懸けに斬撃を叩き込む。祝福の鎧を破壊するには十分な一撃のはずだ。

だが──その瞬間。

ヒュッ!!

背後で空気を切り裂く鋭い音がした。

先ほど弾き飛ばしたはずのトンファーが、まるで意思を持っているかのように風に乗り、ブーメランのようにエレンの後頭部を狙って飛来していたのだ。

(……!! なるほど。そういうことか)

エレンは斬撃の軌道を寸前で中断し、シオンの身体を斬るのではなく、彼の足元の床石を強く蹴る。

その反動を利用して後方へ大きくバックステップし、空中で回転して、二方向からの攻撃を同時に回避した。

(理解したぞ、奴の戦術の真髄を)

着地したエレンが視線を巡らせると、二本のトンファーが、風の魔力に乗ってシオンの周囲を衛星のようにふわりと浮遊している。

まるで主を守る忠実な獣のように、彼の意志に従って舞い踊っていた。

(自分の肉体だけでなく、風の魔力で武器そのものを遠隔操作する。鍛え上げた体術と、魔法による武器操作の融合型か。これは、実に厄介だ)

このような戦闘スタイルに遭遇したのは何度目だろうか。魔法使いの中でも、ここまで高度な武器操作を可能とする者は稀だ。

(……そして、何よりも)

この戦い方は、ある意味で、私とエレナの関係性に似ている。

二つの存在が一つの目的のために協調する──その本質は同じだ。

「さあ、第二ラウンドと参りましょうか、エレンさん!」

シオンの声と共に、周囲の風が、まるで彼の意志に呼応するかのように爆ぜた。

空気そのものが牙を剥く。

彼の拳、手にしたトンファー、そして予測不能な軌道で襲い来るもう一本の自律兵器。

まるで終わりなき波濤のような、あるいは荒れ狂う竜巻のような猛攻が、エレンに息つく暇も与えず押し寄せてくる。

(これは……一瞬でも読みを誤れば、即座に終わるな。だが、それ故に面白い!)

エレンは最初の一撃を最小限の動きで躱し、次の一手、その先の二手三手を瞬時に演算する。

風の魔法が絡んでいる分、通常の体術よりも武器の軌道が格段に読みにくい。

相手の〝動きの先〟に、風によって加速、あるいは変則的な変化を加えられた武器が常に存在しているのだ。

これが、彼の真の戦い方。魔法と武術の完全なる融合。

エレンはあえて数歩、後退する。

(……誘い込むか)

その瞬間、彼の後退を好機と見たシオンが、二本のトンファーを高速回転させながら同時に射出してきた。

左右から挟み撃ちにする風の牙。

(──それこそが、私の狙いだ。その直線的な攻撃、利用させてもらうぞ)

エレンは迫り来るトンファーに向かって、逃げるのではなく、逆に跳躍した。

空中で鋭く体をひねり、伸ばした右足とは逆の左足で、飛来する一方のトンファーの側面を正確に蹴り飛ばした。

乾いた音と共に軌道を変えられたトンファーは、あろうことか主であるシオン自身へと向かっていく。

「っ……!」

シオンは、自らが放ったトンファーが予期せぬ方向から襲い来るのを見て、咄嗟にそれを回避する――が、その反応は、エレンにとってはあまりにも遅い。

エレンはすでに、彼の目の前、懐深くへと踏み込んでいた。

そして、彼が回避行動を取ったことでがら空きとなった背後から──もう一本のトンファーが、風の魔力を纏ったまま回転しながら迫ってきていた。

エレンは背後を見ない。

渦巻く風の流れを肌で感じ、回転するトンファーの動きに完全に同期するように、まるで自分の手足のように──その側面を、開いた左手で掴み取った。

「馬鹿な、魔法で動く武器を素手で掴むなんて!?」

シオンの瞳が、信じられないものを見たかのように大きく見開かれた。

高速回転する質量兵器を素手で止めるなど、彼の想定を完全に超えていたのだろう。

(風の流れを読み、魔力の指向性を理解すれば、不可能ではない。だが、これを初見で行える者は稀だろうな)

「借りたものは返そう。なに、礼は不要だ」

エレンは、奪い取ったトンファーをそのまま、回転の勢いを殺さずに、がら空きとなった彼の腹部へ──叩き込む。

肉を打つ鈍い衝撃音と、祝福の鎧が限界を告げる破壊音が同時に響いた。

「ぐっ……! がはっ……!」

短い呻きと共に、シオンの身体がくの字に折れ曲がり、木の葉のように吹き飛ぶ。

地面を数度激しく転がり、ようやくその勢いを止めた。

『おおおおおっ! なんという神業! 風魔法の武器を、こともなげに奪って操ったー!?』

実況も興奮を隠しきれない。観客席からは驚嘆の悲鳴と歓声が上がっていた。

「さあ……どうする? まだ続けるか?」

エレンは静かに、しかし相手に選択の余地を与えぬよう、再び剣を構え直す。

シオンは、地面に片膝をつき、苦痛に顔を歪めながらも、奥歯をギリリと食いしばってゆっくりと立ち上がった。

その瞳には、まだ闘志の火が消えていない。

「まだ……終われませんよ!!」

(立派な気迫だ。だが――残念ながら、お前はもう詰んでいる)

彼の動きには、先程までの流麗さはなく、明らかな迷いが生じている。

トンファーを振るう軌道も、呼吸のリズムも――今のエレンには、全てが手に取るようにわかった。

(武器を取られることに警戒しすぎだな。一度の失敗が、奴の戦術に致命的な枷を嵌めている)

エレンはあえて全身の力を抜き、自然体で剣を構える。隙だらけに見えるだろうが、剛には柔だ。

(来る。奴の最後の一撃が)

シオンの全身から、残った全ての魔力と気力を振り絞った渾身の一撃が放たれる。

風の刃を纏ったトンファーが、エレンの脳天を砕かんと迫る。

それを、エレンはこともなげに、握られた剣一本で、まるで荒れ狂う奔流を受け流す岩のように、いなした。

キィンッ──……と、

今日一番の、澄んだ金属音が響き渡る。

(受けた衝撃は、殺さない。いなさない。──全て、利用する)

接触の瞬間、エレンは独楽のように鋭く、高速で回転した。

相手の攻撃エネルギーを、完全に自分の回転エネルギーへと変換するカウンター。

「終わりだ」

エレンの放った無駄のない回し蹴りが、シオンのがら空きになった顎を、正確に捉えた。

シオンのしなやかな身体は、一切の言葉を発することなく、ゆっくりと闘技場の硬い床へと崩れ落ちる。

一瞬の出来事だった。

闘技場に、先程までの熱狂が嘘のような、水を打ったような静寂が訪れる。

ただ、主を失った風の音だけが、虚しく吹き抜けていった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第115話:立ちはだかる二人

    ────エレナの視点──── 石造りの螺旋階段を、私たちは息を切らしながら駆け上がっていた。 ごつごつとした壁が、手に持つ灯りの光を不気味に反射している。下層から響いていた激しい戦闘音は、もう聞こえない。石段を踏みしめる足音と、荒い息遣いだけが、神殿の静寂を破っていた。 「グレンさん、大丈夫ですかね……!?」 ミストさんの不安そうな声が、静寂に包まれた階段に響いた。その声には、仲間への深い心配が込められている。 「……きっと、大丈夫!」 何の確証もない。けれど、私の胸の奥で、温かい光のようなものが「大丈夫だ」と囁いていた。それは昔から私の中に宿る、聖女としての直感のようなもの。 「私の直感が、そう告げてるの!」 「えぇ!? そ、そんな直感が……!?」 ミストさんが驚きの声を上げる。 (私も原理は分からんが……エレナには、その力が間違いなく備わっている。運命そのものを、その祈りの力で強引にねじ曲げてしまうような、不思議な力がな。だから、今回もきっと大丈夫だ) エレンの声が、私の内側で静かに響いた。 (うん……!) 彼の言葉が、私の直感を後押ししてくれる。 「それなら良いが……慢心はするなよ」 シイナさんが、冷静に釘を刺した。 「未来が見えるからと、それに胡坐をかいて行動するようでは、今の暗明の聖女と何も変わらないからな」 「……うん、そうだね。私は、この直感を絶対に正しいなんて、傲慢なことは思わないよ」 私にできるのは、この直感を信じつつ、でも決して過信しないこと。神様のお導きを感じながらも、自分の足で歩むこと。 「そこが、エレナさんの素敵なところですね」 シオンさんが、静かに微笑んだ。 その時、長く続いた階段が終わり、私たちの目の前に、だだっ広い広間が見えてきた。天井は高く、月光が差し込む窓から、青白い光が石床を照らしている。 「きっと、ここにも残りの騎士が待ち構えていることだろう」 「その時は、私が残ります」 シオンさんの言葉に、ミストさんが待ったをかける。 「いやいやいや! そこは私でしょうー!!」 「……?」 シオンさんが、心底不思議そうに首を傾げた。 「そのお顔はなんですかァァ!?」 「いえ……だってあなたは、戦いがあまり得意な方ではないでしょ

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第114話:行動開始

    **────エレナの視点────** 「じゃあ皆、各々準備してくれ。五分後にはここを出て、リディアさんを助けに行くぞ」 シイナさんの力強い言葉に、私たちは一斉に頷いた。この小さな家の中に、静かだが確固たる決意が満ちている。みんなの表情に迷いはない。先ほどまでの混乱が嘘のように、今は一つの目標に向かって心が結束していた。 五分という短い時間の中で、私たちはそれぞれの装備を確認し、心の準備を整える。月光が窓から差し込み、武器の金属部分を青白く照らしていた。この静寂が、嵐の前の静けさのように感じられてならない。 「準備はいいか? 今回、ジンが大方の騎士は無力化してくれたという話だ。恐らく…すぐに四騎士との戦闘になるだろう」 シイナさんの声に緊張が走る。四騎士——この国の最強戦力との戦いが待っているのだ。 「ここの騎士たちの数は多かったからね。でも、気を付けて」 ジンさんが軽やかに言葉を続ける。 「流石に全部を倒すわけにもいかなかったから、十人程度は残ってるはずだから」 「それでも、そんなに多くの騎士を戦闘不能にするなんて……」 私は驚きを隠せなかった。一人でそれほどの騎士を相手にするなんて、どれほどの実力者なのだろう。 「はは、聖女様に褒めてもらえるなんて。なんだか嬉しいよ」 ジンさんの表情に、子供のような無邪気さが浮かんでいる。しかし、その奥に潜む何かが、私の心に小さな不安を芽生えさせた。 「ね、念の為に聞くのですが……殺しはしてないですよね……?」 恐る恐る尋ねた私の質問に、ジンさんの表情がふっと変わった。まるで別人のような、冷たい光が瞳に宿る。 「……剣を抜いた以上、お互いの命が尽きるまで刀を振り合うべきだと僕は思っているんだ」 その一言に、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。ジンさんの声音には、戦いへの狂気じみた情熱が込められている。私の心臓が、ドクドクと激しく鼓動を刻んでいた。 「でも……今回は大丈夫。殺してないよ」 そう言って見せる笑顔は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。しかし、その急激な変化が、かえって不気味さを増している。 (今回は……? ということは、普段は……?) 心の奥で、暗い想像が渦巻いていた。 * * * 五分後。静寂を破って、私たちは行動を開始した

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第113話:助けたい心は皆同じ

    **────エレナの視点────**「という訳なんだ」ジンさんの軽やかな口調で語られた残酷な現実に、私の心は氷のように凍りついてしまった。リディアさんが捕らえられて、処刑される。その事実が、どうしても受け入れることができなかった。「そ、そんな……嘘ですよね??」私の声が震えている。まるで悪夢から覚めたいと願うかのように、その言葉にすがりついた。「……こんな時に嘘なんてつかないよ」ジンさんの飄々とした口調が、現実の重さをより一層際立たせる。「……くっ!!!」シイナさんが拳を強く握りしめ、歯を食いしばっている。その青白い顔に、激しい怒りと悲しみが刻まれていた。「皆は先にこの国を脱出してくれ……!俺は……俺はリディアさんを助けに行く!!」シイナさんが勢いよく立ち上がり、扉に向かって歩き出そうとする。その瞳に宿る決意の炎は、誰にも止められないほど激しく燃えていた。「待てよ!!そんなの俺たちだって同じ気持ちだ!」グレンさんが力強く立ち上がる。彼の声には、シイナさんに負けないほどの強い意志が込められていた。「ええ……彼女には計り知れないほど多大な恩があります。なので……グレンと私でリディアさんを救出に向かいます」シオンさんの顔に、鋼のような決意が浮かんでいる。「シイナ、あなたこそエレナさんやミストさんと共に先に脱出してください」「だめだ!今回はパーティリーダーの責任として、俺が行く!」「シイナ!」「俺が、彼女を助けてすぐに戻ればいいことだろう!」「おいシイナ!俺がやられたテッセンとかいうやつの事を忘れたわけじゃないだろ!?少し落ち着け!」三人の激しい言い争いが、小さな家の中に響き渡る。誰も一歩も引かない様子で、感情のままに言葉をぶつけ合っていた。「あわわわわ……みなさん!こんな時に言い争ってる場合じゃないですって!」ミストさんが慌てて三人の間に割り込もうとするが、激しい感情の渦に巻き込まれ、弾き飛ばされてしまう。「ぎゃー!!」(みんな……冷静さがすっかり抜けて、これじゃあ救える命だって救えないよ……!)(それに……私だってリディアさんを助けたいのに……)私の心の中で、やりきれない想いが渦巻いている。みんなの気持ちは痛いほど分かるけれど、このままでは誰も救えない。そう考えていた、まさにその瞬間だった。私の意識が、まるで深い

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第112話:リディアの交渉

    **────ジンのの視点────** やる気か、と。僕は心の中で、小さく呟いた。 ここは冒険者ギルド。依頼と情報が交差する、いわば中立の聖域だ。そんな場所で騎士が刀を抜き、殺し合いを演じようというのだから、面白い。実に、面白い。 僕は向かってきた騎士の剣戟をいなすどころか、その勢いを逆に利用して体ごと弾き飛ばした。空中で無様に体勢を崩した彼の喉笛へ、僕は逆手に持ち替えた刃を、まるで吸い込まれるかのように滑らせる。「がぁっ……!」 声にならない呻きを漏らし、騎士が床に崩れ落ちた。口からごぼりと泡を吹き、痙攣する手足が、彼の命が尽きかけていることを示している。 仲間の一人が一瞬で無力化されたというのに、残された騎士たちは状況が飲み込めていないらしい。驚愕に見開かれた目が、滑稽なほどにこちらを向いていた。「き、貴様っ! 正気か!?」「あはは、面白いことを言うね、君。先にその物騒な鉄の獲物を抜いたのは、そっちじゃないか」「そ、それにしてもだ! 我々騎士に刃向かうなど、あってはならないことだぞ!?」「残念だけど、僕はそんな立派な冒険者様じゃない。僕はジン。世界を渡り歩く、ただの傭兵だからね」「ジン……!?」 その名に、騎士の一人が息を呑んだ。どうやら僕の名も、多少は裏の世界に知れ渡っているらしい。「くそっ……! やられて黙っていては、騎士の名が廃る! こいつも捕縛しろ!」 別の騎士が、その手に蒼い水の魔力を纏わせながら、僕へと突進してくる。ギルドの中で属性魔法を放つ? ああ、本当に、愚かだな。「はぁ……後悔しても、知らないよ」 僕は腰に差した愛刀「雪月花」の鯉口を切ると、一閃、抜き放った。 (鳴神式抜刀術――神威の型。) 空気を切り裂く音だけが響き、騎士の右腕が、ごとり、と鈍い音を立てて石床に転がった。「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!! お、俺の腕がァァァァッ!!」 やかましいね。腕の一本や二本、飛んだくらいで喚くなんて。自分から仕掛けておきながら、いざ返り討ちに遭えば獣のように吠え立てる。弱者の典型だ。「お、お前……! 自分が何をしたか、分かっているのか!?」「さっきも言ったはずだよ。先に始めたのは、そっちだってね」 僕は刀身に付いた血を振るい、ゆらり、と笑みを浮かべた。「まだまだ足りないな。……もっと、殺り合おうよ」 ああ、い

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第111話:届いた悲報

    (この声に気配……覚えがある)エレンの意識が、私の奥底で警戒の炎を燃やし始める。(私もそう感じてた……なんだか、すごく(身に覚えがあるような……)(確か、夜の街で我々を襲撃してきた傭兵……名は確かジン……と言ったか)その名前を耳にした瞬間、あの記憶が、鮮血のように鮮やかに脳裏へと蘇ってきた。霊たちが彷徨う夜の街で、昼間の平穏な探索が一変した瞬間。突如として現れた謎の傭兵——。その圧倒的な実力は私には理解の範疇を超えていたけれど、エレン曰く、これまで戦った敵の中でも別格の強さを誇っていた……と。(そ、その人がなんでこんな場所に!? まさか、私たちを追ってきたの!?)(さあな。だが……敵意は微塵も感じられない。それに何か重要な情報を知っているようだ)(ここは一か八か、直接対峙してみるのも選択肢の一つだろう)「エレンが敵意は感じないから……出てみるのも一つの手だって……」私はシイナさんに、内心の不安を隠しながらそう告げる。「敵意を感じない……か。グレンもミストも意識を取り戻したことだし、直接話してみるか?」シイナさんの声に、慎重な判断力が込められている。(ああ、そうしてみてくれ)「そうして見てほしいって……」エレンの助言をそう伝えると、シイナさんが深く頷き、警戒を込めて扉の前へと歩を進めた。「何用だ」シイナさんの声が、扉越しに響く。「あれ、やっぱりいるんじゃないですかー」その飄々とした口調に、底知れない余裕が滲んでいる。「やあ、僕はジン。リディアっていう方からの重要な伝言があるんだけど、扉を開けてもらえないかな?」「残念だが、こちらにも複雑な事情があってな。このままでお願いしたい」シイナさんの慎重な対応に、扉の向こうから軽やかな笑い声が響く。「……あーそっか、いまこの国から追われてるんだっけ。それなら心配しなくていいよ」「大体の騎士は僕が片付けたから」「な、何だと!?」シイナさんの声が、驚愕に震える。「えっ!??」私も思わず声を上げてしまった。「ま、待て! この国の騎士一人一人は精鋭と言っても過言ではないほどに優秀だ。それをお前は単身で制圧したというのか?」「はは。まぁ確かにこの国の騎士はよく鍛錬されていたね。でも、僕も実力には自信があるんだ」その軽やかな口調で語られる内容の恐ろしさに、私たちは言葉を失った

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第110話:二人の目覚め

    **────エレナの視点────**次の日。「みなさん!!!!本当にご迷惑をおかけしました!!!」「本当に面目ねぇ……!!!今回迷惑かけた分は、必ず挽回するぜ!」二人が目を覚ましたんだ。あんなに傷だらけで、ずっと目を覚まさなかったグレンさんも元気になって、本当に良かったと思う……。でも……。聞かないといけない。二人に、何があったのか。「それより……二人に何があったんですか?なんで……グレンさんはあんなに傷だらけだったんですか……?」私がそう尋ねると、グレンさんが急に口を噤んでしまう。数秒の重い沈黙が部屋を支配すると、やがて言いにくそうにグレンさんが口を開き始めた。「お前たちが情報収集に行った数時間後、とんでもなく強い奴が現れたんだ」「とんでもなく強い奴?」シイナさんの声に、緊張が走る。「ああ。全身に見たこともない鎧を着て、刀を使っていた」(見たこともない鎧に刀……か)エレンの声が、意識の奥で静かに響く。「そいつは……全く俺の攻撃が通じなかった」「なに!?グレン、お前の攻撃がか!?」シイナさんは心底驚いたような様子を見せる。グレンさんの実力を知っている彼だからこその驚きだった。(…………)エレンが沈黙している。何かを考えているみたいだ。「ああ、正直全く底が見えなかったぜ。戦ってる感触としては……エレンに近かったかもな」「エレンに……?」私の声が震える。エレンと同じくらい強いなんて……。「それは……かなり厄介そうですね」シオンさんの美しい顔に、珍しく深刻な表情が浮かんでいる。「厄介なんてもんじゃねぇよ。あいつは俺の攻撃を全部受け止めやがった」グレンさんは、私たちのパーティ内でも屈指の攻撃力を持つ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status