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第9話 風を纏う傭兵

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-05-19 20:14:34

私は、あの独特の喧騒と期待感が渦巻く円形の舞台に、再びその身を置いていた。

今日の対戦相手は――“風薙ぎの傭兵”と異名を取る、風使いのシオン。

資料によれば、風の魔法を巧みに用いた“トンファー”術の使い手で、魔法使いでありながら、本人の近接戦闘における肉体の練度も相当に高いらしい。一筋縄ではいかない相手だろう。

先のグレンという若き騎士との戦いもそうだったが……この魔法闘技という舞台、存外、私の渇きを癒してくれるのかもしれない。強者との真剣勝負は、いつだって私の心を昂らせる。

(エレン、今日も油断しないで、頑張ってね。応援してるから)

エレナの、いつもと変わらぬ優しくも真剣な声援が、意識の奥でそっと響く。

(おうとも。この私に抜かりはない。君は安心して見ていてくれ)

私は短く、しかし絶対的な自信を込めて応じた。

『さあさあ、レディースアンドジェントルメーン! 本日もやってまいりました、魔法闘技! 現在、人気・実力ともに最注目の剣士、エレン選手の登場だァァァ! そしてそのエレン選手を迎え撃つは、神出鬼没の風の傭兵、シオン選手の入場だァァ!!』

闘技場全体を震わせる実況者の声が、まるで開戦の号砲のように高らかに響き渡る中、闘技場の反対側のゲートから、私の対戦相手が静かに、しかし確かな存在感を放ちながら姿を現した。

息を呑むほどの、中性的な美貌。すらりとした長身で、しなやかな肢体。整いすぎた顔立ちは、一見しただけでは男か女か、判別がつかないほどに中性的で、どこか人間離れした、近寄りがたいほどの美しさを湛えている。

艶やかな濡羽色の髪は、耳元までの長さに切り揃えられており、その一部が左目を隠すように、ミステリアスに流れている。

身に纏うのは、濃紺色の地に銀糸で風の紋様が刺繍されたロングチュニック。それは肩から裾へかけて、まるで風の流れを体現するかのように緩やかで優美なラインを描き、対照的に袖は肩口から大胆に切り落とされたノースリーブ仕様で、鍛えられた白い両腕が惜しげもなく晒されている。

その静かな立ち姿は、どこか捉えどころのない風そのもののようで、その深淵は容易には読めない。

彼は私の方へゆっくりと歩み寄り、優雅な仕草で一礼すると、鈴を転がすような、性別を感じさせない透き通った声で名乗ってきた。

「初めまして、エレン殿。私はシオンと申します。ご覧の通り、風属性の魔法使い……そして――」

その言葉と共に、彼は腰に携えた一対の鉄製トンファーを、まるで手品のように軽やかに、音もなく抜き放つ。陽光を反射して鈍く光るそれは、使い込まれているが手入れの行き届いた、歴戦の相棒であることを物語っていた。

「――風を纏い、風を操るトンファー使いの傭兵でもあります。どうぞ、お見知りおきを」

自らの属性、そして得意とする戦闘スタイルを、臆することなく堂々と名乗る。ふむ、よほど自身のその実力に絶対的な自信を持っているのだろう。あるいは、私を試しているのか。どちらにせよ、面白い。実に面白い。

──ゴォォォォォォォォォォン──

闘技場に設置された巨大な開始のベルが、重低音を伴って鳴り響く。その音は、観客たちの期待をさらに煽る。

『試合開始だァァァ!!! 両者、構えろォォ!!』

実況の声が合図となったかのように、その瞬間、闘技場に突風が走った。いや、シオン自身が風になったかのようだ。

――来るか!

私は即座に腰を落とし、愛剣を抜き放ちながら防御の構えを取る。

刹那、視界の端で風が渦を巻いたかと思うと、目の前にシオンの姿が現れていた。

ガキィィン!! と甲高い金属音。

風の魔力を纏い、通常よりも遥かに鋭さと重さを増したトンファーが、私の剣を目がけて鋭く打ち込まれる。その衝撃は、見た目以上に重い。

その一撃を防いだ、まさにその刹那、もう片方のトンファーが、まるで予測していたかのように死角から振るわれ――私はそれも最小限の動きで受け流す。

(速い……! そして、何よりもその攻撃が途切れない、まるで嵐のようだ)

風に乗って繰り出される、まさに連撃の嵐。

その一撃一撃に、圧縮された風の魔力が巧妙に絡みつき、威力を増幅させている。攻撃が水のように、あるいは風のように滑らかに続き、反撃の糸口となる“間”が全く見当たらない。

――だが、その流れるような動きの中にも、微かな予兆はある。読める。

私は防御に徹していた体勢から一転、剣を斜め下から上方へと、逆袈裟に鋭く振り上げた。狙うは、攻撃の起点となっている彼の右手のトンファー。

ギギギィィィッッ!! と、金属同士が激しく擦れ合う不快な音。

私の剣は、シオンのトンファーの回転軸を正確に捉え、その勢いを殺し、強引に弾き飛ばした。トンファーが宙を舞い、数回転して地面に突き刺さる。

「ッ――! 私の風牙が……!」シオンの整った顔に、焦りの色が見えた。

すかさず、私はもう片方のトンファーを持つ彼の左腕を狙い、体勢を崩しながらも蹴り上げて、それもまた吹き飛ばす。これで両手の武器は奪った。

私は一気に距離を詰め、がら空きとなった彼の胸元へ、袈裟懸けに斬撃を叩き込む。祝福の鎧を破壊するには十分な一撃のはずだ。

キィィィィン……! と、鈍く重い音が闘技場に響いたが、予想に反して、シオンは怯むことなく、その場で踏みとどまる。なんと、彼は武器を失ったにもかかわらず、素手で、風の魔力を纏った拳を私めがけて繰り出してきたのだ。

……なるほど。そういうことか。

私はその拳を紙一重で回避するため、後方へ大きく跳躍し、空中で一度、独楽のように回転して安全な間合いを取る。

(……なるほどな。ようやく理解したぞ、彼の戦術の真髄を)

視線を巡らせると、彼の背後、少し離れた場所に、先ほど私が弾き飛ばしたはずの二本のトンファーが、まるで意思を持っているかのように風の魔力に乗ってふわりと浮いているではないか。

自分の体だけでなく、風の魔力で武器そのものを遠隔操作する――そういうことか。

(魔法による武器操作と、鍛え上げた肉体による体術の融合型か。これは、実に厄介だ。そして、何よりも……)

この戦い方は、ある意味で、私とエレナの関係性に似ている。

「さあ、第二ラウンドと行きましょうか、エレン殿!」

シオンの声と共に、周囲の風が、まるで彼の意志に呼応するかのように、爆ぜた。

拳、拳、そして風に乗って飛来するトンファー。

さらに素早い踏み込みからの拳、そして予測不能な軌道で襲い来るもう一本のトンファー。

まるで終わりなき波濤のような、あるいは荒れ狂う竜巻のような猛攻が、私に息つく暇も与えず押し寄せてくる。

(これは……一瞬でも読みを誤れば、即座に終わるな。だが、それ故に面白い!)

最初の一撃を最小限の動きで交わし、次の一手、その先の二手三手を瞬時に見極める。

風の魔法が絡んでいる分、通常の体術よりも武器の軌道が格段に読みにくい。相手の“動きの先”に、風によって加速、あるいは変則的な動きを加えられた武器が常に存在している――これが、彼の真の戦い方。

私はあえて数歩、後退する。誘い込むように。

その瞬間、私の後退を好機と見たシオンが、風の力を最大限に利用して、二本のトンファーを高速回転させながら同時に私めがけて射出してきた。まるで二匹の風の獣が襲いかかってくるようだ。

――だが、それこそが私の狙いだ。その直線的な攻撃、利用させてもらうとしよう。

私は迫り来るトンファーに向かって、臆することなく逆に跳躍。

空中で鋭く体をひねり、伸ばした右足とは逆の左足で、飛来する一方のトンファーの側面を正確に蹴り飛ばす。軌道を変えられたトンファーは、シオン自身へと向かっていく。

「ッ! しまった……!」

シオンは、自らが放ったトンファーが予期せぬ方向から襲い来るのを見て、咄嗟にそれを回避する――が、その反応は、今の私にとってはあまりにも遅い。

私はすでに、彼の目の前、懐深くへと踏み込んでいた。

そして、彼が回避行動を取ったことでがら空きとなった背後から、もう一本のトンファーが、風の魔力を纏ったまま回転しながら迫ってきていた。

私はそれを、まるで自分の手足のように、渦巻く風の流れの中で――いとも容易く掴み取った。

「なっ……!? 馬鹿な!?」

シオンの瞳が、信じられないものを見たかのように大きく見開かれる。

「借りたものは返してやろう。礼は不要だ」

私は掴み取ったトンファーをそのまま、回転の勢いを乗せて、がら空きとなった彼の腹部へ――渾身の力で叩き込む!

ドガァァァッッ!! と、肉を打つ鈍い衝撃音と、祝福の鎧が軋む音が同時に響く。

「ぐっ……! がはっ……!」

改行

短い呻きと共に、シオンの身体がくの字に折れ曲がり、まるで木の葉のように軽々と吹き飛ぶ。地面を数度激しく転がり、ようやくその勢いを止めた。観客席から、一瞬、息を飲む音が聞こえた。

──そして次の瞬間、それを打ち消すかのように、割れんばかりの大歓声が闘技場を包み込んだ。

『おおおおおっ! なんという神業! なんという技術だァァァァァァ!!』

『風の魔法で操作されていたトンファーを、こともなげに掴んだだと!? そんなことが、魔法を使わずに可能なのか!?』

実況も興奮を隠しきれない様子だ。

「さぁ……どうする? まだ続けるか?」

私は静かに、しかし相手に選択の余地を与えぬよう、再び剣を構え直す。

シオンは、地面に片膝をつき、苦痛に顔を歪めながらも、奥歯をギリリと食いしばってゆっくりと立ち上がった。その瞳には、まだ闘志の火が消えていない。

「まだ……まだだ……! こんなところで、終わってられませんよ!!」

(素晴らしい気迫だ。その闘争心、嫌いではない。だが――残念ながら、もう終わりだ)

さっき、私が彼の武器を容易く奪ってみせた事を警戒しているのか、その後の彼の動きには、先程までの流麗さはなく、明らかな迷いが生じている。

トンファーを振るう軌道も、呼吸のリズムも、攻撃のタイミングも――今の私には、全てが手に取るようにわかる。

私はあえて全身の力を抜き、自然体で剣を構える。隙だらけに見えるだろうが、これが私の最高の集中状態だ。

来る。彼の最後の一撃が。

シオンの全身から、残った全ての魔力と気力を振り絞るかのような、渾身の一撃が放たれる――風の刃を纏ったトンファーが、私の脳天を砕かんと迫る。

それを、私はこともなげに、右手の剣一本で、まるで赤子の手をひねるかのように受け止めた。

ガギィィィィィィン!! と、今日一番の甲高い金属音が響き渡る。

受けた衝撃を、いなすのではなく、そのまま自分の体へと取り込み、利用する。

独楽のように鋭く、高速で回転。

「終わりだ」

バキィッ!! と、

私の放った無駄のない回し蹴りが、シオンのがら空きになった顎を、正確に捉えた。

彼のしなやかな身体が、まるで糸の切れた操り人形のようにふわりと宙に浮き、そして、一切の言葉を発することなく、ゆっくりと、しかし確実に闘技場の硬い床へと倒れ込んでいく。

一瞬の出来事だった。

闘技場に、先程までの熱狂が嘘のような、水を打ったような静寂が訪れた。

ただ、風の音だけが、虚しく吹き抜けていく。

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    夜の闇に慣れた深紅の瞳が、前方に立ちはだかる異形の影を正確に捉える。私は、右手に握る馴染んだ長剣と、左手に逆手で持った短剣の二刀を、水が流れるように静かに構えた。目の前に立ちはだかるのは、先ほどまでの雑魚とは比較にならぬほどの瘴気を放つ特異個体のグール。その醜悪な巨体からは、低い獣のような唸り声が絶え間なく漏れ、再びこちらへ突進せんと全身の筋肉を不気味に|蠢《うごめ》かせている。 「……来い。その首を刎ねてやる」私の挑発に応じるかのように、咆哮とともに振り下ろされるのは、岩をも砕きそうな太く鋭い獣のような爪。それは風を切り、死の宣告のように私へと迫る。しかし、私はその攻撃を予測していたかのように、最小限の動きで体をひねって紙一重でそれを回避する。巨腕が空を薙ぎ、私のすぐ横の壁に叩きつけられ、石片が砕け散る音を立てた。着地とほぼ同時に、私は体重を乗せた鋭い突きを繰り出す。グシャッ――!右手に握る長剣の切っ先が、狙いすましたその巨大な右目に、まるで吸い込まれるように深く突き刺さった。肉を抉る鈍い感触が、柄を通じて私の手に伝わる。「カァァァァァァガアアアアアアッ!!」眼球を破壊された激痛に、巨体が大きく仰け反り、耳をつんざくような絶叫が下水道の狭い通路に反響し、壁をびりびりと震わせる。血飛沫と、おそらくは眼球の破片らしきものが周囲に飛び散った。間髪入れず、今度はその左腕が、まるで巨大な鉄槌のように横薙ぎに振り上げられるのを見た瞬間、私は即座に後方ではなく、あえて横へと大きく跳躍する。空中でしなやかに身体をひねり、勢いを殺すことなく、そのまま右目に突き刺さったままの長剣の柄を強く握り、──力任せに引き抜く。ブシュウウウッ――!噴水のように、粘度の高い紫色の血が大量の飛沫を描いて闇に散る。眼窩からは、もはや原型を留めぬ何かが溢れ出していた。「……次だ」私は一瞬たりとも攻撃の手を緩めない。即座に構えを切り替え、左手に逆手で持っていた短剣を順手に持ち直し、標的を定める。一瞬の溜めもなく、残された左の眼窩めがけて、投擲ではなく直接、渾身の力を込めて突きを放つ――ザクッ!短く鋭い刃が、抵抗も少なく眼窩の奥深くを正確に貫き、おそらくは脳の一部にまで到達したかのような重い手応えと共に、肉の奥深くまで沈み込んだ。両目の視界を完全に失ったグールが、もは

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第3話 得意個体のグール

    (エレン……大丈夫? 数が多いけど……) エレナの、隠しようもない不安を滲ませた声が、意識の奥深く、まるで水面に広がる波紋のように静かに響いた。 私は夜の静寂に紛れるほど小さな声で、しかし絶対的な自信を込めて、短く返す。 (……私を誰だと思っている。この程度の数、ウォーミングアップにもならん) 前方、薄暗い通路の先には、先ほど右腕を斬り飛ばされたグールが、未だ夥しい量の血を滴らせながらも、濁った眼でこちらを睨みつけ、低い唸り声を上げ続けている。その執念深さだけは評価に値するかもしれない。 「……さて、狩りの時間だ」 私はフードの端をわずかに引き下げ、その深紅の瞳に宿る光をさらに鋭くした。 そのまま、予備動作なく跳躍。石畳を強く蹴った身体が、まるで放たれた矢のように夜空を裂き、濃密な殺気を纏って滑り出す。目指すは、ただ一体の敵。 先頭に立ちはだかる一体へ――最短距離で踏み込み、腰の愛剣を流れるような動きで袈裟懸けに斬り上げる。 ズバァッ、と肉を断つ鈍い音と、骨が砕ける乾いた音が混じり合った。 巨大な胴が上下に裂ける。噴水のように鮮血が横薙ぎに吹き出し、おびただしい量の臓物が、ぬちゃりとした音を立てて石床に無残に散らばった。 だが、私の動きは止まらない。その勢いを殺すことなく、手首の返しだけで剣を右へと反転させる。 ──ザシュッ。 右隣にいた個体の首が、まるで熟れた果実のように宙を舞う。胴体は一瞬遅れて、崩れ落ちるように膝をついた。 銀色の刃が描く軌道は、まるで意思を持っているかのように止まらず、身体全体のしなやかなひねりと共に左へと流れる。 シュバッ―― 左翼にいた最後のグールも、先の二体と全く同じように、抵抗する間もなく斬首される。 鮮血が闇夜に三日月の軌跡を描き、夜闇を反射して赤く妖しく輝く私の瞳が、その血煙の中に静かに沈んでいった。 数瞬前までの喧騒が嘘のように、動きが――ぴたり、と止まる。 残る二体のグールは、仲間たちが一瞬にして肉塊へと変わる様を目の当たりにし、完全に戦意を喪失したようだった。ぜえぜえと荒い息を繰り返しながら、じりじりと後退を始める。その濁った瞳には、先ほどまでの凶暴性はなく、ただ原始的な恐怖だけが浮かんでいた。 逃げる。その選択は、生物として正しいのかもしれない。 だが、私はその背中に向けて、氷

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