愛らしい芯を車に乗せ、近くのホテルへ連れ込む。明日は月曜日。朝方には、一度家に帰らなければいけない。6時間もあれば、ある程度は満足できるだろうか。
それまで、芯が泣いて嫌がっても、離してあげられないかもしれない。芯には悪いが、今日はいつも以上に頑張ってもらおう。「······で、ここ何?」「何って、ホテルだよ。····ホテル、初めてじゃないくせに」
大人げなく、嫉妬心を剥き出しにしてしまった。面倒臭いと思われるのだろうか。
「いやいやいやいや。そりゃあるよ? あるけどそういう事じゃねぇの。あのさ、俺普通のホテルしか行ったことねぇんだわ。こーゆー特殊なトコ初めてなの!」
特殊····とは、何がだろうか。ここは昔、一度だけ奏斗さんに連れてこられた事があって、丁度近かったから来たのだけれど。
奏斗さんに呼び出されるホテルは、どこもこういう仕様だったから、これが普通なのだと思っていた。しかし、どうやら一般的にはそうでないらしい。 奏斗さん以外と経験のない僕にとって、それは知り得ない事だった。「普通って、どんなの?」
「雰囲気のある部屋にそれっぽいベッドがあって、あと軽い玩具とかはある。けど少なくても····
勢いで、思わずプロポーズまがいの事を言ってしまった。それに対して芯は、合意とも取れる返事をくれた。 注意すべきは、完全な合意ではないという事。だから、これに浮かれてはいけない。けれど、ほんの少しだけ、今日だけ····。 芯がデザートを食べ終えるのを待つ。が、舞い上がった僕はウズウズするのが止められない。自制の利かない僕は、遠回しに急かしてしまった。 店を出ると、今度は僕から芯の手を握る。驚く芯に笑いかけると、照れて俯いてしまった。 愛らしい芯を車に乗せ、近くのホテルへ連れ込む。明日は月曜日。朝方には、一度家に帰らなければいけない。6時間もあれば、ある程度は満足できるだろうか。 それまで、芯が泣いて嫌がっても、離してあげられないかもしれない。芯には悪いが、今日はいつも以上に頑張ってもらおう。「······で、ここ何?」「何って、ホテルだよ。····ホテル、初めてじゃないくせに」 大人げなく、嫉妬心を剥き出しにしてしまった。面倒臭いと思われるのだろうか。「いやいやいやいや。そりゃあるよ? あるけどそういう事じゃねぇの。あのさ、俺普通のホテルしか行ったことねぇんだわ。こーゆー特殊なトコ初めてなの!」 特殊····とは、何がだろうか。ここは昔、一度だけ奏斗さんに連れてこられた事があって、丁度近かったから来たのだけれど。 奏斗さんに呼び出されるホテルは、どこもこういう仕様だったから、これが普通なのだと思っていた。しかし、どうやら一般的にはそうでないらしい。 奏斗さん以外と経験のない僕にとって、それは知り得ない事だった。「普通って、どんなの?」「雰囲気のある部屋にそれっぽいベッドがあって、あと軽い玩具とかはある。けど少なくても····
マジで店員が注文を聞きに来た。そりゃ呼んだんだから来るよな。 俺は極力顔を見られないように、俯いてやり過ごすつもりだった。なのに、調子こいた先生が声を掛けてくる。「芯はブリュレでいいの?」「んぇ? あぁ、うん」 声が上擦った。クソ恥ずかしいんだけど。後で絶対仕返ししてやっからな。 顔が火照んの治まんねぇ。無駄に長い足で、ちんこ踏んできやがんの。バレたら俺より困るくせに、マジでイカれてんじゃねぇ? 店員が扉を閉めた瞬間、つま先でタマをぐりっと潰された。これ、吐きそうになるからやめろつってんのに。「··っ、ぐぅぅ··やめろって····。バレたらどうすんだよ。俺··マジでこれ以上声我慢できねぇかんな」「バレたら····芯を担いでお金置いて逃げようかな。それから、車に投げ入れて犯す」 この人のテンションどうなってんだよ。どういう精神状態でいってんの? メシ食い始めた頃は、この世の終わりかってくらいしょぼくれてたクセに。1回スイッチ入ったらこれかよ。「はぁ····。犯す前にどっかテキトーに逃げろよ。先生ってさ、頭良さそうなのにバカだよな」「芯は、頭悪そうに見えるけど実は賢いよね。と言うか、聡いんだろうね。機転も利くし、何が起きても案外冷静だし。僕が周りを見れてない時、結構頼りにしてるよ」 テーブルに肘をつき、組んだ手に顎を乗っけてにこやかに言う。褒められてんのかバカにされてんのか分かんねぇけど、いつものちょっと嫌味な感じが復活してきたっぽい。 ウザイけど、一安心····でいいのかこれ。「マジか、しっかりしてくれよ。つか、先生は予想外に頼りねぇよな。あんな鬼畜みたいなセックスする割に、スイッチ入んねぇと素はめっちゃヘタレだし。マジでさ、
腹が減った。車に乗せられて1時間ちょっと。どこまで連れてくんだよ。 俺の腹の虫が絶叫し始めた頃、やっと車を停めた。『こっちだよ』つって、素っ気なく店に向かう先生。なんか腹立つなぁと思って、強引に手を繋いでやった。 すげぇビックリした顔してたけど、予想外に振り払われることもなく、そのまま店までガッチリ握ってた。バレたらマズいんじゃねぇのかよ。 まぁ、こんなトコに知り合いなんて居ないと思ったからした嫌がらせだったわけだけど。あっさり受け入れられると、ちょっと恥ずかしいんだよな。 店は全席個室で、あんまり客は居なかった。俺らの他に数組だけ。ひと組、大人数で来ていて喧しいのが向かいの部屋に居たけど、迷惑ってほどではなかった。 どうやら、この店の店員と知り合いらしい。店員は背の高い女の人で、横顔しか見えねぇけどめっちゃ綺麗。けど、店員まで一緒になって騒いでんじゃねぇよ。 て言うか、あれってどういう関係でなんの集まりなんだろ。大人っぽくてデカイ男が2人に、俺と同い年くらいでチャラそうなのが2人、それから中学生っぽい可愛らしいのが1人。え、中学生くらいの子、取り皿に肉山盛りなんだけど。まだまだ乗せられてるし。ちっこいのにめっちゃ食うじゃん····すげ。 店員が注文取り終えた瞬間、ピアスじゃらじゃらのチャラい奴が勢いよく扉を閉めた。だから、あんまちゃんと見れなかったけど、一瞬で分かるくらいアイツらすっげぇ距離近かったな。 なんて、俺がボーッとしてたら、こっちはこっちで先生がアホみたいな量を注文してた。んっとにバカ。 なんか知らねぇけど、すげぇ食いたい気分なんだって。ストレス発散かよ。そこまで食わねぇくせに。 あんま喋る事もねぇし、ひたすら黙々と食べる。先生、あんま喋んねぇもんな。そう言や、しょうもない話って今まで俺ばっか喋ってたかも。 小言は言うけど他愛のない話とかはあんまりしない。静かなタイプなんだと思ってたけど、それも違うみたいだ。 奏斗サンとの事があったり、元々人付き合いは好きじゃないみたいだし、先生ってコミュ障なのかな。いっつ
あれ以来、人に名前を呼ばれるのが苦手になった。奏斗さん以外に呼ばれても、過剰に反応してしまう。好意を抱いて寄ってくる人からは特に。 けれど、名前を呼ばれる事などまずない。誰にも関心を持てなかったのだから、他人と深い関係になる事は一度もなかった。 言い寄ってくる人から、気安く“零くん”と呼ばれた事はあったが、僕の状態を見るなり去っていった。呼び捨てではない分、症状は軽かったようだけれど。 取り留めて名前を呼んでほしいと思った事もなかったので、これまで特に困る事はなかった。芯に呼ばれたいと思ってしまった、あの時までは。 僕の話を聞き終えた芯は、一瞬表情を落とし顔を伏せた。が、パッと顔を上げしれっとした顔を見せると、いつもの軽い調子で言った。「んじゃ、俺が咄嗟にキスしたの正解だったんだ」「うん。あれはラッキーだった」「え、軽ぅ··。そんなんでよく俺に名前呼べとか言ったよな。死ぬ気じゃんか」 いつまでも“先生”としか呼んでくれない芯が、僕を名前で呼ぶ。それが関係の進んだ証明になると、愛の証になると思ったから。 年甲斐もなく浅はかだった。けれど、この感情に溺れ始めたあの時の僕は、ガラにもなく浪漫に溺れたかったのかもしれない。 しかし、芯の身体だけでは飽き足らず、心まで堕としたくなったのだから、それは至って必然的な衝動だった。今思えば、まともな思考回路ではなかったと思うけれど。 言い訳がましいうえに直感という曖昧な判断ではあるが、芯になら名前を呼ばれても大丈夫な気がしたのだ。だって、名前を呼ばれたいと思ったのなんて初めてだったから。僕自身が望んだ事なのだから。 無論、リスクを考えれば怖くないわけではなかった。だが、あの時の僕は毎日不安に押し潰されそうで、芯に想われている証がどうしても欲しかったのだ。 僕がどれだけの想いや思考を巡らせようが、芯はまだ名前を呼ぶつもりはないらしい。かりそめの恋人だからだろうか。 いや、あんな失態を見てなお、僕から離れなかっただけでも御の字だ。これからまた、好いて
事件から一夜、薬の所為かまだ頭がぼーっとしている。昨夜の記憶がかなり曖昧だ。 芯に『好き』だと言われた気がするけれど、都合のいい夢だったのだろうか。あんな事の後なのだ。僕自身が捏造した記憶という可能性は非常に高い。 むしろ、嫌われていないのだろうか。真実を確かめてしまうのが怖い。どうして芯は、まだこの部屋に居てくれるのだろう。 起きたら、芯が僕の胸に抱きついて眠っていた。薄ぼんやりと、手を繋いでベッドに入ったのは覚えている。何か話をした気がするが思い出せない。 朝食を用意しておこうと、そっとベッドを抜け出したが起こしてしまった。目を擦りながら、『腹減った····』と呟く芯。安定の可愛さだ。生まれたままの姿だった芯に、僕のシャツを着せる。 さっと朝食を用意し、寝惚け眼の芯を呼ぶ。ポケッとしたまま食卓に着かせ、袖口を捲ってあげた。 芯は、まだ開ききらない目を懸命に開き、バターをたっぷり塗ったトーストに小さな口で齧りつく。『美味ぇ』と一言漏らし、あっという間に平らげた。昨夜から何も食べていないから、お腹が空いていたのだろう。 片付けついでに、口の周りについたパン屑を舐めとったら怒られた。愛らしさにアテられ、本能が先走ってしまったのだから仕方がない。 僕達は、奏斗さんについて話をする。殆ど、芯が語る奏斗さんの愚痴を聞いているだけで、対策を練るなど無意味な話はしない。僕の失態についても、一切触れずにいてくれた。そんな優しさが、今は傷をぬるく抉る。 ただ、僕が奏斗さんを招き入れないよう努力はしろと言われてしまった。勿論そのつもりだが、自信はないと先に謝る。芯は、呆れた顔で『期待してねぇよ』と笑った。「芯は、身体大丈夫なの? お尻痛くない?」「身体はまぁ、普段からハードなセックスで慣れてっから? ヨユー。てかケツは昨日薬塗ってくれたじゃん。若干痛ぇけど、使えなくもないかなって感じ」 嫌味混じりに返される。使えなくもって····、これだから庇護欲が掻き立
落ち着いた先生に、よたよたとホットミルクを入れてやった。ダメージは先生のほうがデカいだろうから、流石に労わってやらねぇと。なんて思ったんだ。 ちょい熱めのミルクを赤ちゃんみたいにちまちま啜って、涙ぐんだ目で俺を見る。そんで、震えた声で聞く。「僕のこと、嫌いにならないの?」「は? なんねぇよ」「····なんで?」「なんでって····、蕩けてる先生が可愛かったから?」「······へ?」 そりゃ意味わかんねぇよな。俺だって意味わかんねぇもん。でも、奏斗サンに犯されてる先生見てたら、可愛いと思ったんだからしょうがねぇじゃん。 俺をイジメて犯してる先生とは真逆の、甘く蕩けた先生。多分アレだ、ギャップ萌え。 そう説明したら、納得しきれない顔で頷いてた。「ねぇ芯、お尻は大丈夫?」「|痛《いて》ぇよ」「見せて」 先生の必死そうな顔見たら断れなくて、しょうがないから見せてやった。痛みはあるけど、どうなってんのか分かんねぇから不安ではある。「少し切れてる。薬、塗っとこうね」 そりゃあんなの2本も突っ込まれたら切れるっつぅの。それは覚悟してたけど、それよりも変な欲望が芽生えてる。「うん。··あ、のさ、先生が嫌じゃなかったら··で、いいんだけど、薬塗る前にさ、えっと··舐めてくれる? ちょっとだけ、その··消毒··的な····」 先生は目を丸くして、少し涙を滲ませて舐め始めた。嫌がんねぇんだ。俺自身、なんでンなこと言ったのかわかんねぇ。けど多分、先生に我儘を言ってみたくなったんだと思う。 つぅか、ちょっと