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第3話:秘密の看病と彼が目覚めた夜

last update Last Updated: 2025-08-02 19:16:00

 嵐の夜から、アメリアの日常は一変した。

 物置小屋に匿った騎士は、一晩中高熱にうなされ続けた。荒い息が途切れるたび、アメリアの心臓は締め付けられる。夜が明けても、彼の状態は芳しくなかった。傷口は熱を持ち、苦しげな呻き声が時折、小屋の中に響いた。

 アメリアは、昼間は侍女としての仕事をいつも通りこなした。疲労困憊の体を引きずりながら、誰にも気づかれぬよう、細心の注意を払う。いつもより顔色が悪いと他の侍女に指摘されないよう、努めて明るく振る舞った。心の奥底では、物置小屋に横たわる男性のことが常に頭を離れなかった。

 仕事を終え、皆が寝静まった深夜。アメリアは再び、手燭を手に物置小屋へと向かった。夜が深まるほど、ひっそりとした屋敷は、その秘密をより一層深く包み込むようだった。小屋の扉をそっと開くと、むっとするような熱気と、血と汗の混じった匂いが鼻をつく。彼の状態は、悪化しているように見えた。

「どうか…」

 アメリアは震える声で呟き、傍らに跪いた。額に触れると、灼けるように熱い。傷口はまだ血が滲み、熱を持っている。屋敷の薬箱にあった薬草だけでは、足りない。もっと効き目のある薬が、あるいは、専門の医術が必要だと、アメリアは直感した。だが、医者を呼ぶなど、もってのほかだ。彼を匿っていることが、即座に露見してしまう。

 アメリアは、屋敷の薬草の知識を総動員し、少しでも熱を下げるための方法を考えた。冷たい井戸水で絞った布を彼の額に何度もあてる。体にまとわりつく濡れた衣類を拭き取り、清潔な布に替える。その度、彼の鍛えられた肉体が露わになるが、アメリアに羞恥を感じる暇などなかった。ただ、彼の命が尽きないようにと、一心不乱に介抱を続けた。

 三日、そうしてアメリアは昼夜を問わず、彼の看病に当たった。日中の仕事の合間を縫って、こっそり食べ物を運び、水を与えた。主人の目を盗んでの行動は、常に緊張を伴った。いつ見つかるか分からないという恐怖が、彼女の心に重くのしかかる。しかし、そんな恐怖よりも、目の前の命を救いたいという思いが、アメリアを突き動かし続けた。

 三日目の夜明け前。

 彼の呼吸が、僅かに落ち着いたように感じられた。額の熱も、昨日よりは下がっている。アメリアは、その小さな変化に、かすかな希望を見出した。疲労の極致にあった体から、ふっと力が抜ける。そのまま、アメリアは彼の傍らで、うつらうつらとまどろんでしまった。

 どのくらいそうしていたのか。

「……誰だ」

 低く、しかし明確な声が、アメリアの耳に届いた。

 はっと目を開けると、そこに、薄暗闇の中で、鋭い光を放つ瞳があった。

 男性が、アメリアをじっと見つめていた。その瞳は、深い森の色か、あるいは琥珀のような輝きを放ち、アメリアの心を射抜くようだった。まだ弱々しいものの、そこには確かな意識と、警戒の色が宿っている。アメリアは、彼の覚醒に喜びを感じるより早く、その威圧的な視線に身がすくんだ。彼は、アメリアがこれまで出会ったことのないような、高貴な雰囲気を纏っていた。

 アメリアは慌てて距離を取ろうとしたが、彼の腕がかすかに動き、その動作だけで、彼がまだ重傷であることが分かった。

「……どこだ、ここは」

 彼の声には、僅かながら掠れがあったが、それでも力強さを感じさせた。周囲を見回すその目に、警戒心がはっきりと見て取れる。

 アメリアは、なんとか言葉を絞り出した。

「あ、あの……裏庭で、倒れていらしたのを……私が、この小屋に……」

 彼女の言葉は途切れ途切れになった。彼の鋭い視線が、アメリアの全身を値踏みするように見つめる。その瞳の奥には、猜疑心と、わずかな驚きが混じり合っているように見えた。

「……何故、ここに」

 彼は簡潔に問いかけた。その声には、一切の感情が読み取れない。アメリアは、この男性がただの騎士ではないことを、肌で感じていた。彼の纏う空気は、この屋敷の主人よりも、はるかに厳かで、そして、冷徹だ。

「貴方が、雨の中、倒れていらしたので……このままでは、きっと、命を落とすかと……」

 アメリアは、正直に答えた。彼の傷口に視線をやりながら、懸命に言葉を続ける。

「酷い傷でした。高熱も……だから、私が、手当てを……」

 男性は、アメリアの言葉を黙って聞いていた。その表情は依然として読み取れない。彼は自身の胸元に巻かれた布に手を伸ばし、傷の状態を確認した。彼の指先が、わずかに薬草の匂いを拾っただろう。

 沈黙が、小屋の中に重くのしかかる。雨音だけが、絶え間なく降り注いでいた。アメリアは、自分の行為が彼にとってどう受け止められているのか、不安でたまらなかった。感謝されるどころか、秘密を知られたことで、命を狙われる可能性すらあるかもしれない。そんな考えが、アメリアの心を締め付けた。

「……そうか」

 ようやく、彼が口を開いた。その一言には、感情らしきものは含まれていない。しかし、アメリアは彼の瞳の奥に、ほんの一瞬、警戒が緩んだような、あるいは、何かを測るような色がよぎったのを見た気がした。

「……名は」

 彼は問いかけた。アメリアは、その問いにすぐに答えられなかった。自分の名前を告げることの意味を、一瞬にして考えてしまう。

「アメリア、と申します」

 絞り出すように答えると、男性はゆっくりと目を閉じた。そして、再び薄く開いたその瞳は、アメリアをまっすぐに見つめた。そこには、先ほどまでの刺すような警戒心は影を潜め、代わりに、何か深い思考の跡が見て取れた。

「……俺は、レイモンド」

 ようやく、彼は自分の名を告げた。その声は、アメリアの耳に、重く響いた。レイモンド。その名には、高貴な響きがあった。やはり、ただの騎士ではない。アメリアの直感は正しかったのだ。

 彼はまだ、自身がなぜここに倒れていたのか、アメリアがなぜ彼を助けたのか、そして、これからどうなるのかについて、多くを語ろうとはしなかった。ただ、その沈黙と、アメリアを見つめる彼の視線の中に、何か深い意味が込められているように感じられた。

 アメリアは、彼の瞳の奥に、漠然とした警戒心とは異なる、別の種類の感情が宿っているのを見た。それは、まるで、彼女を観察し、品定めしているかのような、冷静で鋭い視線だった。この出会いが、アメリアの人生を、どのように変えていくのか。この時の彼女には、まだ想像もつかなかった。ただ、目の前の騎士、レイモンドという男が、アメリアの平穏な日常に、大きな波紋を投げかけるだろうことだけは、はっきりと予感できた。小屋の外では、雨音が再び強まり、二人の間にある沈黙を、一層深く染め上げていた。

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