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第136話 決心

Author: 暁万里
last update publish date: 2026-09-13 08:13:55

 リビングには、静かな空気が流れていた。

 先ほどまでの騒ぎが嘘だったかのように、部屋は元の穏やかさを取り戻している。

 けれど、その静けさの中には、まだ張り詰めた余韻が残っていた。

 澪はソファへ腰を下ろしたまま、膝の上で両手を重ねていた。

 そんな澪の小さく震えていた指先に、温かなカップがそっと差し出される。

「どうぞ」

 芹香が柔らかく微笑む。いつものように優しいハーブティーの香りが立ちのぼった。

「ありがとうございます」

 澪は両手でカップを受け取る。震える手がしっかりとカップを包み込むまで、芹香は澪の手を支え続けた。カップの温もりと芹香の温もりが、少しずつ心まで温めてくれるようだった。

 誰も急いで澪に話しかけようとはしなかった。

 皆、それぞれ少し離れた場所で自分たちの作業に戻りながら、澪を静かに見守っている。

 やがて……。

「……綾人くん」

 その静けさの中にぽつりと水滴を落とすように、澪が小さく呟いた。

 窓際で花の手入れをしていた綾人は、澪の隣に来ると、そっと腰を下ろした。

「私……」

 澪は綾人のほうを見ずに、カップの中で揺らめくハーブティーを見つめている。俯き
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     リビングには、静かな空気が流れていた。 先ほどまでの騒ぎが嘘だったかのように、部屋は元の穏やかさを取り戻している。 けれど、その静けさの中には、まだ張り詰めた余韻が残っていた。 澪はソファへ腰を下ろしたまま、膝の上で両手を重ねていた。 そんな澪の小さく震えていた指先に、温かなカップがそっと差し出される。「どうぞ」 芹香が柔らかく微笑む。いつものように優しいハーブティーの香りが立ちのぼった。「ありがとうございます」 澪は両手でカップを受け取る。震える手がしっかりとカップを包み込むまで、芹香は澪の手を支え続けた。カップの温もりと芹香の温もりが、少しずつ心まで温めてくれるようだった。 誰も急いで澪に話しかけようとはしなかった。 皆、それぞれ少し離れた場所で自分たちの作業に戻りながら、澪を静かに見守っている。 やがて……。「……綾人くん」 その静けさの中にぽつりと水滴を落とすように、澪が小さく呟いた。 窓際で花の手入れをしていた綾人は、澪の隣に来ると、そっと腰を下ろした。「私……」 澪は綾人のほうを見ずに、カップの中で揺らめくハーブティーを見つめている。俯き気味のまま、少しだけ笑おうとして、口元は強張った。うまく笑えずに、一度唇を引き結んだ。「お母さんに、あんな顔を向けられたの……初めてでした」 気丈に明るく紡ごうとするその声は、微かに震えていた。綾人は何も言わず、じっと澪を見つめている。元気を取り繕う必要がないとも、悲しむなとも言わない。ただただ、ありのままの澪を受け入れるように。 澪は俯いたまま続けた。「ずっと、お母さんは私を嫌ってるのかなって思ってました」 そこで、一度言葉を切る。胸元のお守りに、そっと触れて、ぎゅっと握り込んだ。「今日、やっと分かったんです。嫌いだとかじゃなくて、憎んでいたんだなって」 痛む胸を誤魔化すようにお守りを握る手に力が入る。「お父さんが亡くなってから、私は……娘じゃなかったんですね」 けれど、涙は、もう流れなかった。その代わりに、長い長い溜め息がこぼれる。「でも、悲しい……はずなのに、どこか、ほっとしてる私もいるんです。腑に落ちた、というか……」 澪は少しだけ首を傾げる。母親から向けられた視線も言葉も、全部全部胸を締め付けるくらい苦しい。けれど、これまでの自分に対する態度について、ど

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  • 「君は俺の花だ」妹に婚約者を奪われた私を、冷徹華道家が溺愛して離してくれません   第131話 俺がいる

     ホテルスタッフは無線機へ手を伸ばした。「警備をお願いします。ホテル正面階段でトラブルが発生しました」 その声を聞いた瞬間だった。「や……! 本当に違うんです!」 美羽の表情が大きく歪み、必死に首を振る。「私は本当に、お姉ちゃんを助けようとして――」「白石美羽」 綾人が静かに遮る。「それが本当なら、警備に好きだけ話せ」 その一言で、美羽の顔色はみるみる青くなっていく。いつものように自分を擁護してくれる人はいないのか、と周りを見回すが、美羽を見つめる瞳はどれも冷たいものばかりだった。     ◇ 澪はその場へ立ったまま、小さく震えていた。 今になって足から力が抜けていく。 もし綾人が間に合わなかったら。 もし、あの腕が届かなかったら。 そう考えた瞬間、全身がぞくりと震えた。「澪」 綾人のその声は、先ほどまで美羽に向けられていたものとは違って柔らかかった。「そこに座れ」「……でも」「いいから」 短く言うと、綾人は澪の体を支えながら、ゆっくりと階段に座らせた。 綾人は数段下がった場所にしゃがみ込み、澪の足元を見る。「足を見せてみろ」「は、はい……」 澪は少し戸惑いながら足を差し出した。片方のパンプスは階段の途中に落ちたままだ。差し出した澪の足は細かく震えている。綾人は、その足首にそっと触れると、軽く掌で包むように撫でた。「痛くないか」 綾人の体温が、冷えた足をじんわりと温めてくれる。「……はい」「捻ってもいないな」 澪は小さく頷き返した。「大丈夫です」と呟くように返された言葉を聞いて、綾人は、ようやく安心したように息を吐いた。「よかった」 そう綾人の肩の力が微かに抜けたのが分かった瞬間、澪の目から、一滴、涙が零れ落ち、頬を伝った。涙が、ぽつりと膝の上で握った手の上に落ちる。「……っ」 怖かった。 今さら、その感情が押し寄せてくる。「澪」 綾人はそっと手を伸ばし、澪の頬を伝う涙を拭う。「綾人くん……」 澪は、震える声で綾人の名前を呼ぶ。 綾人は何も言わず立ち上がると、澪の肩へ自分のジャケットを掛け、抱き締めた。 震える体を隠すように。 初めて出会った日の、あの雨の中のように――。「もう大丈夫だ」 綾人は、澪の背中に回した腕に力を込めた。強く、けれど、大切なものを壊さないように。「

  • 「君は俺の花だ」妹に婚約者を奪われた私を、冷徹華道家が溺愛して離してくれません   第6話 白い花

     初対面の人の……しかも、男性の家に泊まるなんて……。と、澪は使用人たちが布団を整えてくれる様子を部屋の隅で眺めながら考えていた。 けれど、自宅に帰れば美羽と顔を合わせなければいけなくなる。 美羽のことは今でも大切に思っている。だからこそ、自分の婚約者である拓真と唇を重ねていたあの光景に、澪の心はぐしゃぐしゃにかき乱されていた。(家には帰りにくいと思っていたから……ありがたいかも) いつもの自分であれば絶対にしない選択だ。結婚を約束した恋人だっている身。 けれど、今夜だけは――。 そう、澪は少し目を伏せて、小さく溜息を吐いた。 布団の中に入っても、澪はしばらく眠れなかった。

  • 「君は俺の花だ」妹に婚約者を奪われた私を、冷徹華道家が溺愛して離してくれません   第5話 一体誰なの

    「こちらへどうぞ」 年配の女性に案内されながら、澪は何度も周囲を見回していた。 広い。とにかく広い。これを『普通の家』を称した綾人のことを思い出して、澪は苦笑いを浮かべるしかなかった。一体どんな風に生きていたら、これが『普通』という認識になるのだろうか。 磨き上げられた廊下はまるで旅館のようだ。屋敷のあちこちに飾られている生け花はどれも芸術作品のように美しかった。「すごい……」 居間として使われている部屋だろうか。その前を通りかかったとき、一際上品で、一際色鮮やかな花で彩られた生け花に、思わず声が漏れる。「ありがとうございます」 女性は嬉しそうに微笑んだ。「お花はどれも、綾人

  • 「君は俺の花だ」妹に婚約者を奪われた私を、冷徹華道家が溺愛して離してくれません   第4話 連れて帰る

     車のドアが静かに閉まる。外の雨音が遠くなった。 澪は膝の上で手を握る。 隣には、先程出会ったばかりの男性が、窓際に頬杖をついて流れる景色を見ている。 車内は驚くほど静かだった。 隣に座っているだけなのに緊張する。 けれど……なぜだろう。不思議と怖くはない。 むしろ……どこか居心地の良ささえ感じてしまっているような――。「……寒くないか」 不意に掛けられた言葉に、澪の肩がびくりと跳ねた。「は、はいっ」 思わず声が裏返る。「全然、寒くないです」「それならいい」 「じ……神宮寺さんは、」 寒くないですか、と言いかけた言葉は、「綾人」 と短い声に遮られた。「え?」

  • 「君は俺の花だ」妹に婚約者を奪われた私を、冷徹華道家が溺愛して離してくれません   第3話 触るな

    「……澪?」 聞き慣れた声だった。 その瞬間、澪の体は強張る。 振り返った先には、息を切らせた拓真が立っていた。 雨に濡れた髪。 乱れた呼吸。 まるで必死に追いかけてきたみたいだった。「澪……!」 澪の姿を見て、安堵したように表情を緩めた拓真が、一歩近づいてくる。 けれど澪は思わず一歩足を後ろに引いた。 その仕草に、拓真の顔が傷付いたように歪む。「待ってくれ。話を聞いてほしい」「……」「誤解なんだ」 その言葉に、澪は思わず顔を上げた。 誤解。 その言葉が胸に刺さる。 だって澪は見たのだ。確実に。この目で。 ホテルの前で。 拓真が美羽に口づける姿を。「誤

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