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第78話《今は、服を見る》

last update Date de publication: 2026-08-14 06:53:52

RE:CODE MODE CONTESTまで、あと一か月。

午後のウォーキングスタジオで、彩は佐久間が用意した調整用の衣装を着ていた。

本番用の服そのものではない。

丈や重さ、歩いた時の布の動きを確かめるために、本番に近い条件へ寄せたものだった。

良太はスタジオの端で資料を持っている。

七瀬は彩の顔を見ていた。

奏は裾の長さを確認し、佐久間は少し離れた椅子から全体を見る。

そして、良太の隣にはレイラがいる。

もちろん。

彩には見えない。

「今日は、一つだけ決めてきました」

彩が言った。

良太は資料から顔を上げる。

「何を?」

彩は自分の袖を見る。

「歩いている間は、服を見ます」

良太は少しだけ首を傾げた。

「服を見る?」

「はい」

彩は言葉を探す。

昨日までは、母親のことを考えないようにしていた。

ニュースを忘れようとした。

姉の死を考えないようにした。

そうすれば、練習に集中できると思っていた。

でも。

できなかった。

考えないようにするほど、頭の中に残った。

「考えないようにするんじゃなくて」

彩は続ける。

「今は、後にし
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  • 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』   第79話《誰の物語でもない》

    衣装合わせの日。1207号室の事務所スペースには、佐久間が持ち込んだ服が掛けられていた。完成ではない。けれど、最初の仮縫いとはもう違う。高い襟元。肩から落ちる静かな線。歩いた時に遅れてついてくる裾。彩が「残したい」と言ったものを残しながら、身体を締めつけていた部分は調整されている。佐久間が最後の留め具を確認した。「一度、着てもらえますか」「はい」彩は服を受け取る。昨日のウォーキング練習では、自分で「今は服を見る」と決めて歩いた。母親のことが消えたわけではない。ニュースも続いている。それでも、何を見る時間なのかは、自分で選べる。少しだけ。そう思えるようになっていた。彩が着替えている間、良太はノートパソコンを開いていた。届いたばかりのメールを確認する。RE:CODE MODE CONTEST運営からだった。出場チーム紹介ページに使用するプロフィールの最終確認。名前。所属。年齢。これまでの仕事。チームメンバー。良太は順番に目を通す。途中で、指が止まった。「……これ」七瀬が振り向く。「何?」良太は画面を見たまま答えない。少し離れた場所にいたレイラが、先に覗き込んだ。その表情が変わる。画面には、歌原彩の紹介文があった。《世界的モデルとして活躍した故・歌原レイラさんの妹》そこまでは、良太も予想していた。問題は、その次だった。《実母・歌原陽子氏がレイラさん死亡事件の重要参考人として捜査される中、十六歳で世界へ

  • 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』   第78話《今は、服を見る》

    RE:CODE MODE CONTESTまで、あと一か月。 午後のウォーキングスタジオで、彩は佐久間が用意した調整用の衣装を着ていた。 本番用の服そのものではない。 丈や重さ、歩いた時の布の動きを確かめるために、本番に近い条件へ寄せたものだった。 良太はスタジオの端で資料を持っている。 七瀬は彩の顔を見ていた。 奏は裾の長さを確認し、佐久間は少し離れた椅子から全体を見る。 そして、良太の隣にはレイラがいる。 もちろん。 彩には見えない。 「今日は、一つだけ決めてきました」 彩が言った。 良太は資料から顔を上げる。 「何を?」 彩は自分の袖を見る。 「歩いている間は、服を見ます」 良太は少しだけ首を傾げた。 「服を見る?」 「はい」 彩は言葉を探す。 昨日までは、母親のことを考えないようにしていた。 ニュースを忘れようとした。 姉の死を考えないようにした。 そうすれば、練習に集中できると思っていた。 でも。 できなかった。 考えないようにするほど、頭の中に残った。 「考えないようにするんじゃなくて」 彩は続ける。 「今は、後にします」 良太には、その言葉の意味がすぐには分からなかった。 「後にする?」 「はい」 彩は少しだけ笑った。 「昨日、友達に教えてもらいました」 それ以上は言わなかった。 良太も聞かなかった。 レイラだけが、彩をじっと見ている。 《悪くないわ》 良太は顔を動かさず、心の中だけで返した。 《珍しいな》 《何が?》 《お前が、人のやり方をすぐ否定しないの》 《失礼ね》 良太は少しだけ口元を緩める。 七瀬がそれに気づいた。 「何?」 「いや、何でもないです」 七瀬は怪訝そうにしたが、それ以上追わなかった。 佐久間が立ち上がる。 「では、一度歩いてみてもらえますか」 「はい」 彩がスタート位置へ向かう。 床に引かれた一本のライン。 昨日も歩いた場所。 けれど今日は、自分の服を見る。 裾。 肩。 腰。 布がどこで身体から離れ、どこで戻ってくるのか。 彩は一度だけ目を閉じた。 それから歩き出す。 一歩。 二歩。 昨日より、歩幅は少し小さい。 正しく歩こうとしているわけではない。 布がどうついてくるかを確かめている。 ターン。

  • 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』   第77話《切り替え方》

     朝の教室で、歌原彩は教科書を開いていた。 文字は読める。 意味も分かる。 なのに、三行前から先へ進めない。 スマートフォンは鞄の中に入れてある。 見ないと決めた。 それでも、母親の顔が頭から離れなかった。《歌原レイラさん死亡事件》《実母・歌原陽子氏を重要参考人として捜査》 昨日から、何度も見た文字。 警察は母親を追っている。 国外へ出た可能性がある。 姉の死に関与した可能性がある。 可能性。 まだ何も決まっていない。 だからこそ、終わらない。「彩」 隣から声がした。 彩は顔を上げる。 神谷章介が、自分のノートを指で叩いていた。「そこ、次のページ」 彩は教科書を見る。 授業はとっくに進んでいた。「あ……ありがとう」 ページをめくる。 章介はそれ以上何も言わなかった。 いつもと同じだった。 朝早くから新聞を配り、そのまま学校へ来る。 母親と二人暮らし。 家計を助けながら、それでも授業で居眠りしている姿を彩はほとんど見たことがない。 中学の頃から、そうだった。 彩は何度も思ったことがある。 自分よりずっと大変なのに。 どうして、この人は普通にしていられるんだろう。 * 昼休み。 章介は弁当を食べながら、数学の問題集を開いていた。 彩は向かいではなく、いつもの隣の席にいる。 弁当箱は開いている。 けれど、ほとんど減っていない。 章介が言った。「食わないの?」「食べてるよ」「全然減ってない」 彩は卵焼きを一つ取った。 章介はそれを見届けると、問題集へ戻った。 その距離が、今日はありがたかった。 心配されるのは嫌ではない。 けれど、心配されるたびに、自分が壊れかけている人間みたいに思えてくる。 彩はしばらく黙っていた。 それから、小さく呼ぶ。「章介くん」「ん」「聞いてもいい?」 章介がペンを止める。「内容による」「そういうところ、変わらないね」「何を聞くの」 彩は少し迷った。 母親が姉を殺したと思うか。 捕まると思うか。 そんなことを聞きたいわけではない。 答えがないことは、自分でも分かっている。「章介くんって」 一度、言葉を切る。「朝、新聞配達してるでしょ」 章介の目が少しだけ動いた。「してる」「大変じゃない?」「大変」 即答だった。

  • 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』   第76話《休まない》

    翌朝、良太は練習中止の連絡を送るつもりで、スマートフォンを握っていた。彩のマンション、1207号室。ここは彩の自宅であり、別室にはUTAHARA MODEL OFFICEの事務所スペースもある。昨夜の誕生日会の名残が、リビングにはまだ少し残っていた。空になったケーキの箱。洗って伏せた皿。良太が贈った大きな水筒。昨夜、この部屋で歌原陽子の名前がニュースに出た。レイラの死に関わった可能性がある重要参考人として。良太はメッセージ欄に文字を打つ。《今日はウォーキング練習を中止にします》送信する直前で、指が止まった。「送ればいいじゃない」隣でレイラが言う。良太は画面を見たまま返した。《そう思ってる》「なら送って」《でも、勝手に決めていいのかな》レイラが黙る。昨日までなら、良太も迷わなかったかもしれない。あんなニュースを見た翌日だ。休ませる。それが正しいと思う。けれど、最近の彩は少しずつ自分で決めるようになっていた。服の痛みも言った。嫌なことも伝えた。RE:CODE MODEへの出場も、自分で選んだ。だからこそ、彩のためという理由で、また彩を置いて決めることには引っかかった。《本人に聞いてからでもいいだろ》レイラは腕を組む。「聞いたら行くって言うわよ」《なんで分かるんだよ》レイラは答えなかった。その時、廊下の向こうで扉が開いた。良太が顔を上げる。彩が自室から出てきた。練習用の黒いパンツに、薄手のトップス。肩にはバッグ。片手には、昨日良太が贈ったばかりの水筒。ウォーキング練習へ行く準備は、もうできていた。レイラが言う。「ほら」《怖いな、お前》彩は良太を見る。「おはようございます」「……おはよう」良太は、その顔を見た。目元にわずかな重さがある。それでも髪は整えられ、服にも乱れはない。いつもの彩に見せようとしている。そんな気がした。「今日、練習行くつもり?」彩は少し不思議そうに答えた。「はい」「それなんだけど」良太がスマートフォンを持ち上げる。「今日は休みにしようかと思ってた」彩の手が、水筒の持ち手で止まった。「どうしてですか」良太は言葉を選ぶ。「昨日のことがあったから」彩は数秒黙った。「大丈夫です」その返事に、レイラの表情が僅かに変わる。良太も気づいた。昨

  • 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』   第75話《十六歳の夜》

    7月15日。 1.彩のマンション・1207号室 夜。 テーブルの中央に、小さなケーキ。 白いクリーム。 苺。 その上に、細いろうそくが十六本。 良太 「多くない?」 七瀬 「十六歳なんだから。十六本でしょ。」 良太 「いや。燃えない?」 七瀬 「あなたがいつまでも火をつけないからよ。」 奏が慌てて最後の一本へ火をつける。 奏 「つきました。」 佐久間 「では、電気を消しますね。」 部屋が暗くなる。 十六本の火だけが、彩の顔を照らす。 歌原彩、十六歳。 テーブルを囲むのは、良太、七瀬、奏、佐久間。 そして、仕事を終えて遅れて駆けつけた南条。 南条 「間に合ってよかった。」 良太 「真壁ミラのチームが敵情視察ですか。」 南条 「誕生日くらい普通に祝わせてください。」 良太 「冗談ですよ。」 南条 「顔が本気でした。」 少しだけ笑いが起きる。 その輪の外、誰にも見えない場所にレイラがいる。 十六本の光を見つめている。 十五歳だった妹が、十六歳になる。 レイラ 「彩。」 一拍。 レイラ 「お誕生日、おめでとう。」 届かない声。 彩は両手を合わせる。 良太 「願い事、した?」 彩 「まだです。」 七瀬 「火が消える前にしなさい。」 彩は目を閉じる。 一瞬、静かになる。 レイラは妹の横顔を見る。 何を願っているのか聞くことはできない。 けれど、願える未来が彩にある。 それだけで十分だった。 彩が息を吹く。 十六本の火が、一度では消えない。 端の一本だけが残る。 奏 「あ。」 良太 「欲張ったからじゃない?」 彩 「一つしか願ってません。」 南条 「大きい願いなんでしょう。」 彩はもう一度、小さく息を吹く。 最後の火が消える。 拍手。 電気がつく。 レイラも誰にも聞こえない手を叩く。 良太だけが、その姿を見ている。 良太 「十六歳、おめでとう。」 彩 「ありがとうございます。」 レイラが少しだけ笑う。 まるで自分の言葉へ返事をもらったように。 2.一か月前

  • 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』   第74話《先生と呼ばれる人たち》

    1.桐島誠司・スタイリスト事務所 午後。 高梨奏は、一人で資料棚の前に立っている。 二か月、UTAHARA MODEL OFFICEへ貸し出されている間も、ここが奏の所属先であることは変わらない。 桐島から指定された過去のコレクション資料、国内ブランド、海外ブランド、生地見本を、一冊ずつ鞄へ入れていく。 机の向こうでは、桐島誠司が別の仕事の資料を確認している。 奏は何度か桐島を見る。 聞きたいことはいくつもあった。佐久間の服に自分が意見を出していいのか。世界へ立つ衣装に、自分の好きなものを入れていいのか。 けれど、聞けばまた桐島の答えを待つことになる。 奏は何も聞かない。鞄の口を閉じる。 その時、机の上のスマートフォンが震える。 画面には、RE:CODE MODE CONTEST。出場チーム、主要スタッフ、追加発表。 奏は何気なく通知を開く。 御堂玲奈。モデル。HORIZON。 名前の下には、国内外で活躍するスタッフたち。ヘア、メイク、スタイリング、トレーナー、演出。奏には、雑誌やショーのクレジットで何度も見た名前ばかり。 指を滑らせる。次。 真壁ミラ。クロスリンク・エンタメ。モデル、真壁ミラ。担当マネジメント、南条圭介。 そして、スタイリスト、桐島誠司。 奏の指が止まる。 一度、画面を閉じる。もう一度、開く。名前は消えない。 奏はゆっくり顔を上げる。 「先生」 桐島は資料から目を離さない。 「何だ」 「RE:CODE MODE」 一拍。 「出るんですか」 桐島の手が止まる。顔を上げる。 奏はスマートフォンの画面を桐島へ向ける。 「真壁ミラさんの」 一拍。 「スタイリストとして」 桐島は画面を見る。驚かない。 「そうだ」 短い返事。 奏は何も言えない。 自分を二か月だけチーム彩へ貸し出した先生。大会には関係のない場所から見守る人だと、どこかで思っていた。 その人が、対戦相手としてランウェイの向こう側へ立つ。想定していなかったことが現実になる。 「どうして」 「依頼を受けたからだ」 「そうじゃなくて」 奏は言葉を探す。 「先生が」 「私たちと」 「同じ大会に」 「同じではない」 奏が止ま

  • 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』   第3話 《世界が動いた日》

    歌原レイラ(24歳)――死まで、あと四年。その春、日本の空気は、一人の来日によって揺れ動いていた。1. メディアの熱狂民放のワイドショー。新聞の号外。ラジオのニュース。そして、SNS。すべてが、ただひとりの来日を報じていた。画面に、テロップが並ぶ。『ファッション界の帝王、 アレッサンドロ・ノルディ来日』『天皇陛下ご拝謁、 首相官邸で会談へ』キャスターの声が重なる。「パリ、ミラノ、ニューヨーク、ロンドン―― そして、《ノルディ・コレクション》。 五大コレクションの中で、 デザイナー自身の名を冠する、 唯一の存在です」羽田空港に到着する、黒塗りの車列。

  • 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』   第7話 《監視の眼》

    歌原レイラ(25歳)――死まで、あと三年。 妹を守る戦いは、 もう後戻りできない領域へと踏み込んでいた。 1 マンション前・夕方 レイラの部屋で過ごした帰り、 彩はまだ温もりの残る廊下を抜けて、マンションのエントランスに姿を現した。 エントランス前。 建物の影に、数人の記者が静かに待ち構えている。 新人記者 「あ……! 歌原レイラさんの妹さん! 裁判について――」 その瞬間、 ベテラン記者が新人の腕を強く掴んだ。 ベテラン 「やめろ。映像もインタビューも禁止だ」 新人 「え? でも――」 ベテラン 「知らないのか。 レ

  • 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』   第2話 《檻の中の虚像》

    春の光が、静かに窓辺を満たしていた。白いカーテン越しの光はやわらかく、だが逃げ場がない。彩は十二歳。中学一年生になったばかりだった。その傍らに立つ姉――歌原レイラ、二十四歳。死まで、あと四年。1. スキャンダルあれから六年。私はモデルとして、誰よりも強く、誰よりも美しく光ってきた。アジアの街角。空港の到着ロビー。巨大ビルボードに並ぶ、自分の顔。電車の車内広告にまで刷り込まれた姿は、いつの間にか「私」ではなく、消費されるための“記号”になっていた。それでも構わなかった。彩を守れるなら、それでいい。だが今――その歩みを、大きく揺るがす出来事が起きていた。ロ

  • 『RE:LAY ―幽霊となった伝説のモデルが妹をプロデュースする話―』   第一章 最後の約束 第1話 《ランウェイとランドセル》

    春の夕暮れ。アスファルトに残る昼の熱が、まだ足元から立ちのぼっていた。小学一年になったばかりの彩は、背中に大きすぎるランドセルを揺らして歩いている。その隣を歩くのは、姉――十八歳の歌原レイラ。死まで、あと十年。1. 楽屋裏・ファッションショー会場(都内某所)制服のまま。大きすぎるランドセルが、背中をいっそう小さく見せる。彩は、控室の扉のすき間から中をのぞいていた。鏡台の前。一流のメイクアップアーティストたちが、迷いのない手さばきでレイラを仕上げていく。パウダーの匂い。ライトの熱。空気そのものが、張りつめている。彩は目を丸くし、夢中で見入った。――お姉ちゃんが、

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