LOGIN◇ 「指名手配犯の逃亡幇助に、殺人未遂幇助、通報義務があるにも関わらず、指名手配犯の隠匿を起こした……それらが該当するかな」 御影ホールディングスの専務取締役室にやって来た谷島刑事は、数人の刑事を連れて来ていた。 室内に踏み込んだ谷島刑事は、床に倒れている御影専務と、彼の背中に片膝を乗せ、行動を制限して拘束している苓さんの姿を見た時に一瞬驚いたような顔をした。 だけどすぐに思考を切り替えると、部下の刑事に指示をして拘束していた苓さんを下がらせた。 先程まで酷く騒いでいた御影専務は、もうこの部屋にはいない。 彼は暴行未遂の現行犯、と言う形でその場で逮捕された。 今後、速水 涼子への協力について調査が進められるだろう。 「速水 涼子の居場所を絶対に突き止める。彼が知っている情報もあるだろう」 「ああ、そうしてくれ。彼は茉莉花に対して恨みのような物を募らせている。彼を自由にしていたら、茉莉花が今後も危険な目に遭う可能性が高い。必ず罪を追求して、彼を逮捕してくれ」 「ああ、必ずそうする」 こくり、と強く頷いてくれた谷島刑事。 谷島刑事の言葉に苓さんもほっとしたのか、ようやく表情を和らげた。 「じゃあ、俺は署に戻る。速水の潜伏先など、情報を得られたら連携する」 「よろしく頼む」 「……小鳥遊、藤堂さんをなるべく1人で行動させないように気をつけてくれ。……第二、第三の佐藤社員がまだ居るかもしれないから」 「……分かった。用心する。それに、茉莉花を1人にはさせない」 じゃあ、またな。 そう言って去って行く谷島刑事を、私と苓さんは見送った。 パタン、と扉が閉まり、部屋には私と苓さんだけが残る。 「苓さん、どこにも怪我は無いですか?」 「──俺ですか?」 きょとん、と目を瞬かせる苓さんに私は歩み寄る。 さっき御影専務に殴りかかられていたのだ。 手首を強く打っていないか、捻ってはいないか、と心配になってしまう。 私は苓さんの手を取って怪我はないかを確認する。 「御影専務を床に倒した時も、大丈夫でしたか?変なふうに手や足を捻っていませんか?」 「ええ、大丈夫ですよ」 苓さんはふふ、と嬉しそうに笑うとそのまま私を引き寄せて抱きしめた。 「──わっ、ちょっと、苓さん……っ」 「ほら、こうやって茉莉花をぎゅっと抱きしめる事も出来ま
そこをどけ!と叫びながら御影専務が歩いて来る。 苓さんは素早く私を庇うように前に出た。 苓さんさえどうにか出来れば、この場から逃げ出せると思ったのだろう。 御影専務は拳を握り、振りかぶった。 「──苓さんっ!」 私が声を上げると、苓さんは余裕たっぷりの笑顔で「大丈夫です」と答えた。 そのまま御影専務に向き直り、真正面から殴りかかってくる御影専務の拳を落ち着いて手のひらで受け止めた。 そして苓さんは御影専務が殴りかかってきた勢いを利用するように後ろに流し、前のめりになった御影専務の足元を払った。 「──っ!」 御影専務はそのままバランスを崩し、驚いた様子で前のめりに倒れ込む。 苓さんはすかさず御影専務の腕を後ろに回し、拘束するとそのまま御影専務を床に叩き付ける。 「ぐ……っぅ……っ!?」 「──暴れないでください、御影専務」 「お前……っ、手を離せ……っ!」 「手を離したらあなたは逃げ出すでしょう?それに、今御影専務を逃がしてしまったらこれからも茉莉花を狙う。……彼女を危険な目に遭わせたくない」 「──はっ!茉莉花がどうなろうが、俺には関係ない……!」 「どうしてそんな酷い事を……!」 「俺の物にならない女など、この世に存在してはならないからだ……!」 御影専務の発した言葉に、私も苓さんも驚く。 私と苓さんが一瞬言葉を失うと、御影専務は更に続けた。 「俺の物になれば……っ、そうしていればこんな事はしなかった!茉莉花、これはお前が俺を拒んだせいだ!俺を拒み、受け入れなかったからこその結果だ!」 「……なんて傲慢な人なんだ」 苓さんは嫌悪感を顕にして呟く。 「……そういう風にしか、生きてこられなかったのでしょう。いつも、彼は周囲から持て囃されて……否定された事の無い人生だったから。……自分が選ばれなかった、と言う事実を受け入れられなかったのかもしれません」 「茉莉花……」 私の言葉に、苓さんは眉を寄せる。 そして「これ以上近寄らないで」と私に告げると、御影専務の拘束をぐっと強めた。 「……なら、やっぱりあなたには暫くの間、然るべき場所で反省してもらわないといけませんね。これ以上茉莉花に執着されるのはかなわない」 「執着、だと!?俺が、この女に!?ふざけるな……っ!」 御影専務の怒声が室内に響く。 じたばた、と
「御影専務……っ、あなた、自分がどんな事をしでかしたのか、分かっているんですか……!?」 苓さんがまた、大怪我を負ったのはやっぱり私のせいだったのだ。 佐藤社員をお金で買収して、彼に私のスケジュールを盗ませていたのだろう。 そして、盗んだ私のスケジュールをどう言うルートかは分からないけど、涼子に売ったのだ。 涼子に私の情報を渡せばどうなるか、それを分かった上で、御影専務は売った。 つまり、私が涼子に殺されようが、死のうが、どうでも良い。むしろ、そうなる事を願っていたのだろう。 御影専務は、悪びれなく肩を竦めると軽い口調で答えた。 「さっきからそう言っているだろう?……話は以上か?それなら、さっさと出て行ってくれ。仕事で忙しい」 「分かりました、と出て行く訳がないでしょう?あなたは茉莉花の命を狙っている速水 涼子と手を組んで、茉莉花に危害を加えようとしたんですよ」 苓さんの言葉に、御影専務は笑って答える。 「どこにそんな証拠がある?お前達の証言だけで、俺を逮捕出来ると思っているのか?俺は御影ホールディングスの専務取締役だ。それに、御影家の唯一の跡継ぎである俺は、抜け道だって多い」 だから、何の罪にも問われない。 自信たっぷり、といった様子の御影専務に、苓さんはスーツのポケットに手を入れた。 そして、スマホを取り出すと分かりやすいように御影専務に画面を見せた。 「……聞いていたのが、俺たちだけで、訴えるのも俺たちだけだったら、御影専務のように確かに握りつぶされていたかもしれないですね」 苓さんの手の中にあるスマホの画面には「通話中」と文字が表示されている。 御影専務も、それにはすぐに気がついた。 訝しげに眉が寄せられる。 「──通話中……、いったいどこと……」 御影専務はぽつり、と言葉を漏らす。 だけど次の瞬間にははっとして、目を見開いた。 「お前、まさか──!」 苓さんが聞かせた相手に思い至ったのだろう。 御影専務が声を発し後、スマホから落ち着いた低い声が、スピーカー越しに静かな室内に落ちた。 〈……警視庁刑事一課の谷島です。今のお話、全て聞かせて頂いておりました。……我々が向かいますので、詳しくお話を聞かせてください。ほんの5分程で到着しますので〉 谷島さんはそれだけを発すると、ぷつりと電話を切ってしまう。 室
佐藤社員。 私がその名前を口にした時、御影専務は一瞬「誰だ?」と言うような表情を浮かべた。 だが、それも一瞬。 すぐに合点がいった、と言うように「ああ」と頷く。 「確か、そんな苗字だった気がするな」 「……その社員の事を知っている、と言うのですね」 「ああ、知っている。先程もちょうど電話をしたばかりだ」 御影専務は、余裕そうに笑っている。 どうしてこんなに余裕そうなの──。 御影専務の考えている事が、全く分からない。 私が眉を顰めていると、苓さんが話し出す。 「彼を知っている、と?電話をしていた、と話しましたね。……と言う事は、御影専務は彼との関係性を認めた、と捉えてもいいんですか?」 「関係性?ただ、電話をしただけだ。それがどうした?」 「……取引をしていたのでは?ここまで言わないといけませんか?ご自身が1番分かっているでしょう。何故、俺と茉莉花がここに来たのか、俺たちが御影専務に何を聞きに来たのか、分かっているはずです」 苓さんが私の事を「茉莉花」と呼んだ瞬間、御影専務の眉は不愉快そうに跳ねた。 だが、笑みは口元に浮かんだまま。 御影専務は私たちから視線を外し、窓の方へ顔を向けると話し出す。 「──茉莉花と会ったのは、藤堂グループの新事業、和風庭園カフェのオープン記念のパーティー以来か」 どうして突然、その話を。 御影専務の意図が読めず、私も苓さんも顔を顰める。 だけど、私達の疑問などそのままに、御影専務は言葉を続けた。 「俺があれだけ言っても茉莉花、お前は首を縦に振らなかったな?」 「──ええ。私が好きなのは苓さんだけですから。御影専務の気持ちなんて、いりません」 はっきりと答える私に、御影専務は唇を歪めた。 忌々しい、とでも言うように表情を歪める彼に、薄ら寒さを覚える。 それは苓さんも同じようだったみたいで、私を庇うようにそっと引き寄せた。 そんな私と苓さんを、つまらないものでも見るように御影専務は冷たい目を向けてくる。 「……それなら、俺のものにならないのなら。……俺以外の物に茉莉花がなるというなら。お前が死んでくれればいいと思ったよ」 あっさり、と。 まるで明日の天気の話をするように、世間話をするように、とんでもない事を口にした御影専務。 私は驚きに目を見開いた。 「──は?」 信じられ
◇ 御影ホールディングス、専務取締役室。 御影 直寛はそこで電話をしていた。 「──ああ。先程振り込んだ。今後も頼むぞ」 上機嫌だった表情と声音は、だが向こう側にいる相手が発した言葉に一瞬で強ばる。 「なに?……辞めた?今、辞めたと言っているのか?」 へらへらと軽薄な態度で話す相手に、御影は声を荒らげる。 「勝手に辞めるなど、ふざけるな!今までの報酬は今後も俺に情報を持ってくる事を条件に提示した金額だ!勝手に反故にするならば、今まで払った金額をそっくりそのまま返却しろ!」 電話向こうにいる相手が何やら騒いでいるが、それをものともせずに一方的に電話を切る。 そして苛立ったままスマホを床に投げ付ける。 「──くそっ、余計な真似を……!これだから庶民は嫌なんだ。身の丈に合わない金を手に入れると態度が大きくなる」 苛立ち、ネクタイを緩める。 「あの男、どうしてやろうか──」 御影が呟いた瞬間、専務室に慌ただしく近付く気配がした。 御影が不思議に思い、扉に顔を向けたのと、扉が開くのは同時だった。 ◇ 「お、お待ちください……!約束がなければ、専務のお部屋にお通しできません……!」 私と苓さんは今、御影ホールディングスにやって来ていた。 もちろん、私たちは御影専務に約束など取っていない。 だけど、私と苓さんの身分を知っている受付の人からしたら私たちを強く止める事は出来ない。 申し訳ないとは思うけど、このまま御影専務の部屋まで向かわせてもらう。 「お、お待ちください……っ」 悲痛な面持ちで私たちを止めようとする受付を押しのけ、苓さんが専務取締役室の扉を開けた。 「──失礼します、御影専務」 「……お前、小鳥遊?それに……」 御影さんは突然扉が開いた事に驚いた様子だった。 苓さんの影に私が居る事に気がついた御影さんは、面白そうに眉を上げる。 「茉莉花か。良い、2人を通せ」 「か、かしこまりました……。失礼します」 受付の人間は御影専務にそう言われると、頭を下げて退がる。 扉が閉まる音がして、部屋には今私たち3人しかいない。 室内には、妙な緊張感が漂っている。 ぴりぴりとした緊迫感。 だけど、その中でも御影専務は何故かとても余裕そうに笑った。 「随分不躾だな。約束もなく突然やって来るなんて」 「あら……御影専務
佐藤社員は、会社を辞めると言っていた。 仕事をしなくても十分やっていけるくらいの額を貰っていた、と言う事なのだろう。 「……涼子には、無理ですね」 私の言葉に、苓さんも頷く。 「ええ。速水 涼子にはそれだけの金額を動かせないはずです」 「……自分に、それだけの権力があり……尚且つ」 「茉莉花がこの会社でどんな人物達と関わりがあるか……それを知っている人物じゃないと、こんな事はできません」 「だけど、人を使えば簡単に分かるような気がします」 私の言葉に、だけど苓さんはゆるり、と首を横に振った。 「……慎重に動くはずですから、これ程スピーディーに動けないはずです。茉莉花がどんな仕事をして、どんな部署の人達と関わりがあって、どの人物画茉莉花のスケジュールを漏らす事が出来るか。それを判断するために外部の人間を潜り込ませたとしても、相当な時間がかかるはず……」 苓さんの言葉に、はっとする。 確かに、そうだ。 佐藤社員の身なりが派手になっていったのは、ここ最近。 もし、以前から佐藤社員を潜り込ませていたのなら、こんな分かりやすい変化は出ないはず。 「……佐藤社員に接触したのは最近ですものね。……最初は佐藤社員も真面目に仕事をしていましたから」 「……でしょう?短期間でそこまで変わるなら、最初から報酬を渡し、茉莉花のスケジュールを入手した人物、そして速水 涼子に茉莉花のスケジュールを流した人物は、近い場所に居る人間だと思います」 「……近い場所」 苓さんの言葉に、私は自分の顎に手をやり考え込む。 近い場所、とは言え、この会社の人物とは限らない。 それに、私が関わりのあるのは同じチームのメンバーくらい。 それ以外の部署の人達とはそこまで親しくない。 私の外出スケジュールを入手するには、秘書室や重役、それに私のチームの人間。 お父様や苓さんも知っているけど、身内が漏らす訳が無い。 そうなると、自ずと対象は絞られてくる。 私は、ここ最近感じていた違和感を口にした。 「苓さん」 「ん?」 「そう言えば、ここ最近ある人を全くみかけないんです」 私の言いたい事が分かったのか、苓さんははっと目を見開いた。 あれだけ執念深くまとわりついて来ていたくせに。 それなのに、今はぱたり、と姿すら見せなくなった。 苓さんはすっと目を細めると
私が声を漏らしてしまった瞬間、靴を脱がしてくれていた小鳥遊さんの動きがぴたり、と止まった。 「す、すみません…っ、こそばゆくて……」 「いえ……俺こそ、すみません……」 「た、小鳥遊さん…?えっと、下ろしてください……?」 「すみません、ちょっと……少し待っててください」 ぎゅうーっ、と小鳥遊さんに抱き込まれてしまう。 何かを耐えるような小鳥遊さんの表情に、私は首を傾げてしまう。 苦しそうに歯を食いしばる様子が見えて、彼に何があったのか──。 確認したいけど、彼の膝に乗ったまま、ぎゅうぎゅうと抱きしめられている今、確かめる事も出来ない。 何度か深呼吸をし
藤堂の、歴史は古い──。 そのため、家に関する資料はとても多い。 だけど、重要な資料は書斎には保管されていない。 お父様か、お祖父様が厳重に管理しているから、許可を頂かないと、閲覧ができない。 私は書斎の扉を開き、入室する。 「ここは、昔から埃っぽい……変わらないわね」 多少咳き込みつつ、私は本棚を見上げる。 藤堂本家の家系図が並べられている、棚。 藤堂の歴史が記された本の、棚。 そして、歴代当主の個人的なプロフィールが書かれた本の、棚。 色々な資料が沢山ある中で、私は過去藤堂と取引を結んだ企業や、個人などが記録されている本を見つけてそれを取り出した。 「この中に、必
苓さんとキスを交わしながら、私はここ最近感じていた違和感を確かめるように、自然な流れで薄っすらと唇を開いた。 だけど、苓さんはそれに気付いているはずなのに、唇を重ね合わせるだけの可愛らしいキスばかりを私に贈ってくれる。 以前、一夜を共にしてしまった時の、情熱的な、まるで食べられてしまうんじゃないかと言うくらいのキスは、お付き合いを始めてから1度もされた事が無い。 苓さんがしてくれないなら、と私からしてみようとしたその時──。 「──っ、茉莉花さん……っ」 「んっ、苓さん……?」 私が何をしようとしているのかを察したのだろう。 苓さんはがばり、と私から体を起こして離れてしまった
ミーティングに参加してくれていたチームの皆が資料を食い入るように見てくれていたけど、その中でも志木チーム長と、矢田主任は熟読しているようで、私の説明が終わった後も、書類にじっと視線を落としていた。 「矢田主任に、代替案のメリット、デメリットの取りまとめをお願いしてもいい?皆の意見を纏めて欲しいの。市場調査データの修正と、施策の強化については、また皆で意見を出し合い、纏めましょう?」 私がそう言葉に出すと、資料に落としていた視線を上げた矢田主任とぱちり、と目が合う。 何だか、矢田主任の目がとても輝いているように見えた。 「かしこまりました、本部長!今日中に纏め、明日には提出い







