LOGIN車が突っ込んで来て、ひやりとした日から数日。 私はその日、和風庭園カフェの現場にやって来ていた。 今日は着工日だ。 これから、お父様がお母様のために興した新規事業の和風庭園カフェ1号店が形になっていく。 1号店の完成間際に、虎おじさまが記念パーティーを開いてくれる事になった。 虎おじさまが力を入れてPRしてくれているから、この新規事業はとても大きな話題になるだろう。 「藤堂本部長。御足労いただきありがとうございます!」 「いえ、とんでもないです。着工日の今日が晴れで良かったですね」 「ええ、本当に!」 カフェ1号店の建設現場を取り仕切る現場監督の方が私に気が付き、話しかけてくれる。 監督と少し話をして、私は監督の案内の元現場を少し見て回る事にした。 「こちらの庭園側は、社長が仰っていた枯山水を設置する予定なんですよ。海外の方にも人気ですし、立地も良いのでとても人気のカフェになるのでは、と思います」 「ふふ、そうなると嬉しいですね」 「ええ。カフェ店内の椅子やテーブルは──」 監督が話してくれる内容に相槌を打ちつつ、店内を見回って行く。 そうしている内に、大分時間が経っていて。 初日の現場視察は、何事もなく穏やかに終わった。 帰宅時も、心配していたような事は起きず、無事に会社に帰って来れたことにほっとした。 お父様の元に行き、初日の視察が無事に終わった事、建設速度や現場の雰囲気などの報告が終わり、私は帰宅の準備をする。 「……まだ始まったばかりだものね。気を抜かないようにしないと」 仕事と、自分の周囲について。 不審人物や危険な兆候などには変わらず注意していかないと、と私は気合いを入れる。 いくら苓さんが手配してくれた護衛の人の人数が増えても、事故ばかりは完全に防ぎ切る事は出来ないから──。 ◇ 着工日から、数週間。 日にちが大分経過し、1号店の建設は順調に進んでいた。 その日は、数週間ぶりに現場視察の日。 この日は苓さんも視察に同行する予定で。 私の方が先に現場に着いたので、駐車場に車を停めて、苓さんがやって来るのを待っていた。 最近、苓さんは不足している資材や取引先に出向き、交渉を重ねていると聞いている。 この交渉が上手く行けば、今後2号店、3号店と店舗を増やしていっても資材の不足で建設が滞る、なんて
「茉莉花、大丈夫か?」 護衛の人に助け起こされたお父様が、私の元に駆け付ける。 苓さんに抱き起こされている私に心配そうな目を向けるお父様に、私は頷いて見せた。 「だ、大丈夫です……!お父様こそお怪我はないですか?」 「ああ。私も大丈夫だ。苓くんに押してもらわなければ……轢かれていたかもしれないな。ありがとう、苓くん」 「いえ、ご無事で良かったです。むしろ、俺こそ強く押してしまって失礼しました」 「いやいや、お陰で助かったよ」 お父様も、苓さんも。そして恐らく私の顔色も今は真っ青になっているだろう。 さっきまではご飯時で、3人でご飯を食べるのを楽しみにしていた。 だけど、今はもうそんな気持ちが萎んでしまっていた。 「……1度、会社に戻ろうと思う。茉莉花と苓くんはどうする?食べて行くか?」 お父様がそう切り出した。 私も、苓さんもお互い顔を見合わせて頷き合い、会社に戻る事にした。 ◇ 帰社し、本部長室にやって来てくれた苓さんと私は、ソファに向かい合わせに座っていた。 だけど、私たちの顔色は悪いまま、室内は無言の時間が過ぎる。 苓さんがせっかく忙しい中、時間を作り藤堂グループにやって来てくれたのに。 このまま特に話す事もなく、解散してしまうのは時間を無駄にしてしまっているようで、嫌だ。 「──苓さん」 だから私は、青い顔で俯き、何か考え込んでいるような様子の苓さんに向かって声をかけた。 苓さんは私の声に反応して、ぱっと顔を上げると申し訳なさそうに眉を下げた。 「すみません、茉莉花さん。せっかく一緒に居るのに考え込んでしまっていて……」 「いえ、大丈夫ですよ。さっきの車……このタイミングですから、不審に思ってしまうのは私も同じですから……」 そう──。 さっきの車が信号無視をして走り去ったのがどうにも違和感を覚えていて。 きっと苓さんも私と同じような違和感を覚えていたのだろう。 警察の捜査が進み、お祖父様を交通事故に遭わせた人物が分かったこのタイミングで、まるで私たちを脅すように信号無視の車が突っ込んで来たのだ。 涼子は、速水家は。 人に手をかける事に何の躊躇も無い、と思う。 だからこそ苓さんも難しい顔で考え込んでいたし、私もお父様も「まさか」と嫌な考えが頭に浮かんだ。 「一先ず……暫くは護衛の人数を増やして、
◇ 地鎮祭を、遠くから見つめる人物が居た。 その人物──女は、スマホを取り出すと誰かに電話をかける。 「ええ、お願い。そこの交差点で。ええ……決して跳ねては駄目よ。ひやっとさせるだけで大丈夫だから。目を向けさせる事が重要だから」 電話を切った女は、にんまりと笑みを浮かべ、その場を離れた。 ◇ 「お腹が空きましたね、どこかでご飯でもどうですか?」 地鎮祭は何事もなく終わり、ちょうど昼食時だ。 私は腕時計を確認し、お父様と苓さんに話しかける。 「そうだな……。この後急ぎの仕事もないし、どこかで食事をしてから社に戻ろうか」 お父様も私の提案に頷いてくれる。 私は苓さんに振り向いた。 「もちろん、俺もご一緒しますよ。この付近だと……和食料理と中華が近場にありますね。どこにしますか?」 「私は和食がいいが、茉莉花と苓くんはどちらがいい?」 「私も和食が良いです、苓さんは?」 私とお父様に問われた苓さんは、笑顔で「俺も和食がいいので、そこにしましょう」と答えた。 和食料理店は、交差点の向かい側にある。 私たち3人は会話をしつつ、赤信号で足を止めた。 「そう言えば、田村が物凄い気合いが入っていてな。1号店のオープンを記念してパーティーを開こうと言っている」 「パーティーですか?」 「ああ。お祖父様の喪が明けていないのに、パーティーはどうかと思うのだが……茉莉花はどう思う?」 「そう、ですね……。パーティーを行うのは、とても宣伝効果があると思います。確かにお祖父様が亡くなってしまってから日は経っていませんが……お祖父様だったら、宣伝になるならどんどんやれ、と仰ると思いませんか?」 「──はは、確かにな。しなかったら怒られそうだ」 そんな事を話していると、信号が青に変わり、私たちは歩き出した。 その時──。 「──っ、危ない!!」 苓さんの焦ったような声が聞こえ、苓さんが私を押しのけ、私の奥にいるお父様を強い力で押した。 その次の瞬間、私たちの目の前を物凄い速度で車が通り過ぎる。 どうやら信号無視をして、赤信号なのに突っ込んで来た車がいたらしい。 苓さんがその事にいち早く気付き、私とお父様を守るように押しのけてくれた。 もし、苓さんが気付かず私とお父様が普通に歩き続けていたら──。 確実に、さっきの車に轢かれていただろ
谷島さんから連絡があった日から、数週間。 警察の捜査は依然として続いていて。 涼子の足取りも、掴めないまま。 捜査の進展を待つだけの日々が続いている今この状況が、凄くもどかしい。 だけど、そんな中でも新規事業は着々と進んでいて。 「本部長、許可が降りた。来週から工事が始まるぞ」 「──本当ですか、社長!」 社長室。 その日、私はお父様に呼ばれていて。 何の話だろう、と思い社長室に入室した私にお父様は嬉しい報告をくださった。 「やっと……、やっと庭園カフェがオープンに向けて本格的に動き出しますね……!」 「ああ。今まで大変だっただろう、ご苦労だった」 「とんでもございません!」 「詳細は、追って知らせる。着工日は私も店舗予定地に出向くつもりだ。本部長もそのつもりで」 「分かりました!小鳥遊建設の小鳥遊部長も来られるのでしょうか?」 「ああ。彼にも連絡は入れてある。着工前に地鎮祭も行うし、それにも参加するだろう」 「かしこまりました。予定を調整しておきます」 「ああ、よろしく頼む」 こくりと頷いたお父様に、私は一礼して社長室を後にしようとした。 だけど、扉に手をかけた状態で振り向き、口を開く。 「きっと、お母様が目覚めた時。凄く喜ばれるでしょうね、お父様」 「──!ああ……そう願っているよ、茉莉花」 目を細め、柔らかく微笑むお父様。 今もまだ眠ったままのお母様を思い出しているのだろう。 お父様は柔らかい笑みを浮かべ、お母様に思いを馳せている。 お父様の邪魔をしないように、と私は静かに社長室を後にした。 ◇ 着工日前の、地鎮祭の日。 私が現場に向かうと、既に苓さんがそこには居た。 「苓さ……いえ、小鳥遊部長!」 「藤堂本部長」 にこり、と笑顔を向けてくれた苓さんに私は近付いて行く。 「とうとう、着工日が目前ですね」 私が苓さんの隣に並び立つと、感慨深そうに苓さんが呟く。 「はい。色々ご協力いただき、本当にありがとうございます」 「いえいえ。弊社も素晴らしい事業に1枚噛ませていただき光栄です」 ふふ、と悪戯っぽく笑う苓さんに、私も笑みを返す。 「きっとこの和風庭園カフェは凄く流行ると思います。桜の季節にオープンしますし、海外からの観光客も多く訪れますから、この国の文化を肌で感じられる、人気のカフェ
◇ 速水 涼子が報酬を渡していた男の氏名が分かった──。 苓さんから、そんな連絡を受けたのは数日後だった。 その日、私は和風庭園カフェの1号店候補地に視察に来ていた。 そんな中、苓さんからその知らせを受け、私は慌てて視察場所を出て苓さんに合流した。 「──苓さん!」 「茉莉花さん」 警察署に向かうと、既に苓さんは到着していたようで。 谷島刑事と話をしていた。 だけど、その近くにお父様の姿は無い。 「あれ……、お父様は?」 「藤堂 馨熾さんは、どうしても外せない会議があるらしくて。茉莉花さんと苓が話を聞いてくれるならそれで構わない、と馨熾さんからは伺っております」 「そうなんですね。分かりました、お話を聞かせてください……!」 谷島さんからそう説明され、私と苓さんは谷島さんに個室に案内された。 個室に案内してくれた谷島刑事は、今までの捜査を順を追って説明してくれた。 最近は涼子が利用しているカードのお金の流れを追っていたらしい。 そして、お金の流れを追っている時に、涼子はとある人物に送金していた事が分かった。 送金先の口座は、所謂犯罪用の他人名義の口座。 だから、口座を売った人間をまずは当たり、その人間に話を聞き、それから協力者を辿って行って、最後に行き着いた人間が涼子から金を貰った人物だと判明したらしい。 「この人物の、当日のアリバイはありません。それに、病院が手配した送迎サービスの会社に在籍していた記録がありますので……ほぼほぼ黒かと」 「そんな所まで調べが……!?」 「ええ、お時間が掛かってしまい、申し訳ないです。この人物に見覚えは?」 谷島刑事から顔写真と名前を教えてもらったけど、私には全く見覚えはなかった。 そしてそれは苓さんも一緒だったようで。 私たちは顔を見合せて首を横に振る。 「私に、見覚えはないです」 「俺もだ。金に釣られて雇われた人間じゃないか?」 苓さんの言葉に、谷島さんは頷く。 「我々もその線が強いと思い、そのように動いています。この人物は潜伏先を度々変えていますので、追います。ご自分達の周囲で、この人物をみかけたら、決して1人にはならないように。それと、必ず私に連絡をしてください」 谷島さんから念を押すように言われ、私も苓さんも硬い表情で頷いた。 ◇ 警察署を出て、苓さんと一緒
夕日に照らされた庭園は、花々がキラキラと輝いていてとても綺麗だった。 「茉莉花さん、大分冷えているので……」 「わっ、ありがとうございます苓さん!」 寒いから、と苓さんはマフラーを私に巻いてくれる。 苓さんが普段から付けている香水がふわりと香り、まるで苓さんに包まれているよう。 私の手は温かくて大きな苓さんにすっぽりと覆われていて。 まるで全身が苓さんに包まれているような気持ちになり、私はついついふふふ、と声を漏らして笑ってしまった。 「茉莉花さん?」 「ふふ、こんな時に笑うなんて、と思うかもしれませんが……。こうして苓さんが私の隣に居てくれて。傍で支えてくれているのが凄く頼もしいです」 「……こんな時、だからこそじゃないですか?」 「え?」 「こんな風に、辛い事が沢山あった今だからこそ……辛い感情に溺れてしまわないよう、笑って過ごす事はとても大切だと思います」 苓さんの真っ直ぐで、芯の通った強い言葉と眼差しに私は見蕩れる。 「まだまだやるべき事も沢山あって、心が休まる時は来ないですけど……。でも、それでも着実に1歩ずつ進んでいるのは確かですよ。真実に辿り着くのも、もしかしたらもうすぐかもしれません」 優しく、だけど心強い眼差しで笑ってくれる苓さん。 確かに苓さんの言う通りだ。 少し前までは全然知らなかった藤堂家の事が、少しずつではあるけど、知れている。 それに、お祖父様の交通事故の件も他殺だと決まった。 お祖父様が亡くなった時は、殺人で捜査が始まる事なんて想像が出来なかったのに。 「それに……藤堂家の事件は今、かなり注目を集めています。もしかしたら目撃証言が上がるかもしれないでしょう?」 「そっか……そう、ですよね。当日は車通りの多い道路ですもの。沢山の人が事故を目撃しています」 「ええ。もしかしたら有益な目撃証言があるかも。着実に1歩ずつ、解決に向かっています。俺たちは焦らずに警察の捜査協力をしましょう?」 苓さんがそう言ってくれるだけで、本当に力が湧いてくる。 それがとても不思議だ。 「そう、ですね……!焦らず1つずつ!忘れないようにしなきゃ……!」 「ええ、その意気ですよ茉莉花さん」 柔らかく笑ってくれる苓さん。 私と苓さんは、綺麗な庭園で夕日に照らされながらそっと身を寄せ合い、見つめ合ってキスをした
私と御影さんが客間に着いて、ほどなくしてお父様がやってきた。 御影さんはソファから立ち上がろうとしたが、お父様はさっと手のひらを御影さんに向けてそれを断る。 お父様が何も言葉を発さず、客間の空気が重くなってきた頃、お祖父様がようやく部屋にやってきた。 「お父様」 「ああ、ああ…すまないね。待たせたかな」 「いえ、とんでもございません。お久しぶりです」 私のお父様が、お祖父様を出迎え、ソファに促す。 御影さんは今度はすっと立ち上がり、お祖父様に頭を下げた。 お祖父様は、何をお考えか読ませない表情のまま、御影さんに顔を向けて声をかける。 御影さんはお祖父様に
パタン、とドアが閉まる。私は貼り付けていた笑顔をふっと消し、ドアに手を付きながらずるずる、とその場に蹲る。良かった──。何も、バレていない……。この時ばかりは、御影さんが私に全く興味のない人で良かった、と感謝してしまう。きっと、これが速水涼子だったら。涼子が相手だったら御影さんは違和感に気づいただろう。けど、私が相手だから。「──ふっ、皮肉なものね」好かれたいのに。御影さんに私を見て欲しいのに、今回ばかりは好かれていなくて、嫌われていて良かったと、思ってしまう。私は自嘲気味に笑ったあと、その場にようやく立ち上がり部屋に戻っていく。私は御影さんにバレたくない、
◇「──ん……」ふ、と意識が浮上する。私はぼうっとする頭のまま、何度か瞬きをしてころり、と寝返りを打った。「──ぇ?」そこで、はたと当惑する。肌に触れるのは、サラリとした肌触りのいいシーツ。そして、何も身に付けていない自分の腰に回る、がっしりとした男らしく、筋肉のついた腕。「──〜っ!!」そこで、ようやく私は昨夜の事を思い出した。アルコールが入り、昨夜の私は判断力がほとんど働いていなかった。そして優しさに触れ、人肌恋しくなってしまったのだ。私の事を、認めてくれる人に。私にも価値があるのだと、思わせてくれた人に、甘えたくなってしまった。私は、そろそろと視
◇「──ん?んん?」シーツを腕がなぞる。男は、自分の隣にいる筈の温もりを求めてシーツの上を忙しなく探す。だが、どこにも求めていた温もりが見当たらず、男は閉じていた瞼をぱちりと開いた。「藤堂さん──?」いない、と呟いたあと男はベッドに起き上がる。どこに、と周囲を確認したがベットの付近には自分が脱いだ服しか見当たらず、茉莉花の服は見当たらない。「帰ってしまったか……」ため息をつき、ベッドから降りて散らばった服に手を伸ばし、緩慢な動きで身に付けていく。シャツを羽織り、ボタンを閉めている所で、休憩室の扉からノックの音がした。男は、扉の方に顔を向けないまま「はい」と答える







