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7話

Penulis: Amy
last update Tanggal publikasi: 2026-09-11 20:08:33

月曜の朝、ひよりは玄関で上履き袋を落とした。拾おうとしゃがんだまま、動かなかった。

「これ、クラスの子が送ってきた。その子のお母さんのスマホに来たって」

差し出された画面に、私の顔があった。

【5億円で夫を売った妻――家族アプリ創業者、買収の裏で離婚】

前夜、ミナモリンクが出した説明文には、元配偶者から過大な要求があり、買収手続に影響している、とあった。記事はそこに、5億円とホテルでの面談を結びつけていた。

啓介の顔が浮かんだ。けれど、誰が記者へ話したのかを示す証拠はなかった。

保護者の連絡にも記事が添えられ、【子どもの前では触れないように】と書かれていた。その言葉と一緒に、ひよりのところまで来てしまった。

仕事先からも、翌月に作る生活冊子を保留したいとメールが届いた。自治体向けの仕事なので、状況が落ち着いてから改めて相談したいという。

私は承知しましたと返し、準備していた案を閉じた。私が書いた物を夫の物にされたうえに、自分で請けた仕事まで止まるのか。悔しかった。

「ひより、今日は休もうか」

「休んだら、ほんとだと思われる」

「記事のようなことはしてないよ」

「5億円は本当でしょ」

「支払う約束は本当。でも、ママが会社にお金を出させようとしたんじゃない。離婚の条件を先に持ってきたのは、パパなの」

ひよりは上履き袋を拾った。エレベーターへ向かい、振り返らずに言った。

「迎え、来なくていい。見られるから」

私は律子へ連絡し、記事と会社の説明文を送った。

啓介のタブレットで保存したやり取りを出せば、私から夫を売りに行ったわけではないと示せる。けれど、添付しようとした画像には、こんな一文もあった。

【娘は母親に任せます】

ひよりの友達も、その親も、これを読むことになる。今朝の記事だけでも、娘は私と並んで歩くのを嫌がった。

私は公開用に添付するのをやめ、証拠は律子だけに送った。ひよりが父親を求めた会話も、文面も、私の反論に使わないと決めた。

それから8年前のメールを開き、創業時に一緒に画面を作った沙耶の連絡先を探した。

【私が作った画面や文章について、会社の記録を確認したいです。お話しできますか】

昼過ぎに電話が来た。

「新田です。記事を見ました。私も、真帆さんに話さないといけないことがあります」

会社から離れた図書館で会うと、沙耶は古いファイルを机へ置いた。

「当時の作業確認の控えです。監査の窓口にも連絡しています」

初期画面の作成者欄には、私と沙耶の名前が並んでいた。修正した日と、直した理由もあった。

「真帆さんの名前を3年後に削除した記録は、監査チームが保全しています。操作に使われたのは、水城社長のアカウントでした」

沙耶は、監査で確認した指示を教えてくれた。外部協力者の名前を削除し、創業者が制作したことに統一する。うっかり消えたのではなかった。

「どうして、今まで何も言ってくれなかったんですか」

沙耶はファイルから手を離した。

「当時、社長には聞きました。奥さんは家族だから外部じゃない、会社の名前に含まれているようなものだって。夫婦で決めたのだと思ってしまいました」

「私に、確認は?」

「しませんでした。すみません」

私は、名前の残った控えから目を離せなかった。

沙耶は言い訳を続けず、次のページを開いた。

「今は、真帆さんが昔の雑談を成果物だと言い出したことになっています。でも、私は実際の原稿を受け取って、一緒に直しました」

利用案内と、試験結果を並べた控えだった。私の文章には、家族の誰かを責める通知は出さない、とあった。啓介の資料では、家事を終えていない人へ自動で注意を促す説明に変わっていた。

「最初の試験で、通知を見たお母さんが泣きましたよね」

覚えていた。家事が終わっていないと表示され、夫から怠けていると言われた女性だった。

私はその通知を外し、次に誰ができるか分かる画面へ直した。

「あの変更理由も、残ってるんですか」

「はい。聞き取りメモと一緒に。監査で、私からも話します」

「沙耶さんの仕事は、大丈夫なんですか」

「残れるかは分かりません。でも、見たことを話します」

私は正式な記録の確認先を聞き、律子へ伝えることにした。

図書館を出ると、加奈から、中傷を否定する声明を出せると連絡が来ていた。私は電話をかけた。

「公表は待ってください。娘の会話や、父親が娘を手放すと書いた文面は外します。律子先生と文案を確認してからにしてください」

「分かりました。確認が済むまで待ちます」

加奈は了承し、監査会議を10月5日に設定すると伝えた。

「出席します。私の仕事と、同意していない写真のことを話します」

通話を終え、ベンチで声明の下書きを作った。

【離婚条件を先に提示したのは元夫です。私が会社へ過大な要求をしたという説明は、事実ではありません】

【最終的には、私も自分の意思で離婚を選び、双方で合意しました。5億円は元夫が支払いを約束した離婚解決金で、株式譲渡代金から支払われる予定です】

【娘の写真利用には同意していません。私が作成した文章や画面については、記録に基づく確認を求めています】

律子に文案を送った。

夕方、ひよりは予定より遅く帰ってきた。靴を脱がず、玄関の壁にもたれた。

「男子に、5億円の子って言われた。ママが記事を消してよ」

私はしゃがんで、娘と目の高さを合わせた。

「消すように求めてる。すぐに消せなくて、ごめん」

「じゃあ、お金いらないって言って。パパ、帰ってくるかもしれないじゃん」

「そう言っても、戻るとは約束できないよ。お金が欲しくて、パパに出ていってもらったんじゃないの」

「分かってる。でも、普通のおうちでいいのに。高いの、何もいらないのに」

ひよりは靴のつま先で床をこすった。

「ママも、3人でご飯を食べたかったよ。ひよりが何か我慢すれば、前に戻せるわけじゃない。ひよりのせいじゃないからね」

娘は答えず、靴を脱いで自分の部屋へ入った。

夕飯はあとから取りに来た。鮭と味噌汁をローテーブルへ運び、私と向かい合わずに食べた。

「先生には、ママから話していい?」

「5億円のことも?」

「写真を勝手に使われたことと、からかわれていることを伝えたい」

「パパのこと、みんなの前で言わないで」

「そう伝えるね。ひよりに聞いてからにしてって」

ひよりは小さくうなずいた。食べ終えた器を流しに置くと、部屋へ戻る前に「鮭、しょっぱくなかった」と言った。

「うん」

それだけ返した。話せたことを喜んで近づけば、また扉を閉められそうだった。

夜、啓介から土曜に娘と会いたいと連絡が来た。会社のみんなへ短い挨拶をしてほしい、社員の家族を安心させるためだ、と続いていた。

私は電話をかけた。

「会社のためにひよりを呼ぶのは断ります。撮影も、挨拶をさせるのも同意しない」

「父親に会うことまで止めるのか」

「ひよりが会いたいなら止めない。会社の用事を入れないでと言ってるの」

啓介はしばらく黙り、科学館へ連れていくと言った。

「科学館だけね。撮影はしない。約束して」

「分かった。それでいい」

ひよりに伝えると、娘は顔を上げた。

「パパと、宇宙のやつ見られる?」

「見たいって、伝えるね」

私はその希望と、撮影はしないという約束を文面にして送った。

啓介の了承を確かめてから、土曜に会うと返事をした。

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