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3話

Author: Amy
last update Petsa ng paglalathala: 2026-09-07 20:01:53

土曜の教室で、私は後ろの壁に貼られた家族カードを見つけた。

ひよりの絵には、私の顔が戻っていた。

消しゴムで毛羽立ったところに描き直したせいで、髪の色がむらになっていた。細くなった腕は、それでも真ん中のひよりとつながっていた。好きなところの欄には、【話を最後まで聞く】とあった。

保健室から帰って以来、ひよりは私と一緒に眠らなくなった。話しかければ返事はした。でも、靴を履く時に私の手をつかむことも、帰宅するとランドセルを預けることもなくなった。

その娘が、私をもう一度、赤い屋根の下に描いてくれた。

授業が始まっても、啓介は来なかった。私は隣を空けて立っていた。

「次は、水城さん」

ひよりが教壇に出た。

「私の家族は、3人です」

廊下から足音がした。紺色のスーツを着た啓介が入り、ほかの保護者に頭を下げた。ひよりの顔が、ぱっと明るくなった。

「パパは、家族が便利になる会社を作りました。忙しいけど、今日は来てくれました」

啓介はスマートフォンを構えた。先生に撮影を注意されると、すぐに下ろした。

「ママは、話を最後まで聞いてくれます」

ひよりは私を見なかった。私は拍手をしながら、あの絵を大切に持ち帰りたいと思った。パパのところに行くと言われたことも、消された顔を見た時の悲しさも忘れてはいなかった。それでも、描き直してくれたのがうれしかった。

休み時間、啓介は先生に名刺を渡していた。

「家族の会話を増やすのが、うちの理念なんです」

ひよりは父親の隣で、話し終わるのを待っていた。私もそのそばに立った。こうして並んでいれば、普通の家族に見えるのだろう。

帰りの階段で、ひよりが啓介の手を取った。

「3人で帰れる?」

「約束したからな。お昼、好きなものを食べよう」

娘は私にも手を伸ばした。

「うどんがいい。パパも同じお店ね」

「一緒に行こう」

私が握ると、ひよりはつないだ両手を少し持ち上げた。

校門の外に、ミナモリンクの広報担当がいた。

「社長、このあとの撮影ですが」

「場所を変えた。家族の昼食から撮ろう」

啓介は私たちに尋ねもしなかった。

「何の撮影?」

「買収発表用だ。会社が変わっても、家族を大事にする理念は変わらないと伝える」

広報担当の持つ紙には、【出演・肖像利用同意書】とあった。

「私は同意しません。ひよりも撮らせません」

「今の雰囲気を撮るだけだろ」

啓介は娘の肩に手を置いた。

「ママは急に予定が変わるのが苦手なんだ」

「予定の話じゃないでしょう。今日はひよりの授業参観よ。3人でごはんを食べると約束したんじゃなかったの?」

「今までだって写真は使ってきた。創業者の家族が出るのは普通だ」

ひよりが私の指を握り直した。

「ごはん食べるだけじゃないの?」

「食べているところを撮るだけだよ」

「やだ。今日は3人がいい」

娘は肩をすくめ、啓介の手を外した。私は広報担当にもう一度、撮影には応じないと伝えた。

結局、3人だけで近所のうどん店に入った。ひよりは壁側の席に座り、私と啓介を向かいに並ばせた。

ようやく娘の望んだ昼食になったと思ったのに、啓介は食べながら2度も電話に出た。

「ええ、家庭の調整は予定どおりです」

電話を切ると、ひよりが箸を置いた。

「パパ、高井さんと結婚するの?」

「誰がそんなことを言った」

「パパがおうちで言ってたよ」

啓介は私をにらんだ。

「子どもの聞こえるところで、余計な話をするな」

「言ったのはあなたよ。ひよりは聞いていたの。私を責める前に、この子に答えて」

「お前がしつこく聞くからだろ。あの人となら、会社を大きくしたあとのことを話せる。お前はいつも家の話ばかりだ」

「ここにいるひよりの話をしているのよ」

啓介はようやく娘へ向き直った。

「ひよりは今の家に住める。学校も変わらないよ」

「パパは住まないの?」

「仕事が落ち着いたら考える」

ひよりは揚げ玉をつゆの底へ沈めた。うどんは、半分以上残っていた。

店を出て、運河沿いを歩いた。娘が何度も尋ねるので、私は、名字はまだ決めていないこと、家と学校は変えないつもりだということを話した。

「パパは、朝ごはんの時もいない?」

半歩先を歩く啓介が振り向いた。

「いつでも会えるよ」

「朝、起きてから来るの?」

「毎日は無理だ。仕事があるからな」

ひよりは私を見上げた。

「ママ、離婚しないで」

「ママを困らせるな」

啓介が言うと、ひよりは今度は父親を見た。

「パパも、やめてよ」

啓介は時計を見た。私は夫を呼び止めた。

「待って。ひよりの話を聞いて」

「帰ってからにしよう」

ひよりは私の手も離した。

「友達に聞かれたら、まだ3人って言っていい?」

「言いたくないことは、説明しなくていいよ」

「そうじゃなくて。3人って言いたいの」

「うん。パパとママと、3人でいたいんだよね」

娘はうなずき、先にマンションへ入っていった。授業ではあんなに明るい顔で言えたことを、ひよりはもう、私に確かめなければ言えなかった。

帰宅すると、啓介は私の前へ同意書とペンを置いた。

「今日撮れなかったから、2年前の表彰式の写真を使う。これだけ署名してくれ」

買収発表、広告、採用広報、投資家向け資料。写真の利用先が並び、終了日は空欄だった。

「その写真も使わないで。私もひよりも、広告には出ない」

「もう資料はできてる。差し替えれば金がかかるんだぞ」

「ひよりは嫌だと言ったでしょう。古い写真なら使っていいとは言ってない」

リビングの奥で、娘の鉛筆の音が止まった。

啓介は同意書を引き寄せた。

「今は感情的になってる。時間を置こう」

私は返事の代わりに、署名していない同意書を撮っておいた。

その夜、在宅の仕事を納品してから、ミナモリンクの共有フォルダを開いた。創業時に画面原稿を渡すため、啓介に招待され、今も閲覧できる場所だった。

【家族肖像同意_水城家_確定.p*f】

開くと、昼間の同意書に私の署名が入っていた。

水城真帆。確かに私の字だった。でも、あの書類に名前を書いたことはない。

ひよりの学童申込書の控えを出して見比べた。最後の一画のかすれまで同じだった。

申込書を書いた夜、ひよりは39度の熱を出していた。啓介は会食で帰らず、私は娘の冷却シートを替えながら、締切間際の用紙に名前を書いた。

娘のために書いた字が、娘を広告に出す許可に使われていた。

私は画面を撮り、8年前のメールも探した。

【作成者名は残してください。会社へ渡す範囲は、正式に決めたいです】

私が啓介と、創業期から協力していたデザイナーの新田沙耶(にった さや)へ送ったメールだった。沙耶はノートから画面を起こすたび、私の名前を小さく入れてくれた。

啓介の返事も残っていた。

【分かった。会社が形になったら契約しよう】

署名の画像とメールを律子へ送り、私は写真の利用を断った、と書き添えた。

子ども部屋の扉が開いた。

「ママ、何してるの」

「ママがいいって言ってないのに、写真を使っていいことにされてたの。取り消してもらうために連絡してる」

「直る?」

「直してもらうよ。使わないでって、もう一度はっきり伝える」

律子から、資料を受け取り、会社へ不同意と掲載停止を通知すると返信が届いた。

ひよりは画面を見ずに尋ねた。

「家族も直る?」

私は仕事の椅子を娘のほうへ向けた。

「前と同じに戻れるとは、まだ言えない。でも、ひよりが嫌だと言ったことを、ママまで聞かなかったことにはしないよ」

ひよりは黙っていた。今この子が欲しいのは、写真を守る約束ではない。それは分かっていた。

「ここに座る?」

私は隣の椅子を引き、ひよりがそばに来るのを待った。

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