華と偽物のカップルを演じることになるにあたり、具体的にどうやってストーカーに俺たちの関係を認識させるか、そこから考えることから話が始まった。
「その相手は同じ学校の人間なんだよな?」 「そうよ。同じ学校の一つ上の先輩」 「相手は先輩、か。となると学校でも目立つ行動をしないとダメって事か」 「勿論それもあるけれど、学校以外にでもやれることがあるでしょ?」 「学校以外で?」 華がそう前置きして、作戦の最初の 段階として提案してきたのが、 「まさか付き合って初日からデートに行くことになるとは」 いきなりの初デートだった。 ただプランとかは一切なく、とりあえず映画館へ二人で向かい映画を見る。ただそれだけのどちらかと言えばお出かけに近いデートだ。 でも、そんなデートでも、 「亮太、手を繋いでくれる?」 「あ、ああ。勿論」 ただ手をつなぐという行為だけでもやはりドキドキしてしまう。俺が華に手を差し出すと、彼女はごく自然に手を繋いできた。 「やっぱり少しだけ恥ずかしいなこれ」 「何か言った?」 「いや、何でもない」 俺と華は手をしっかり繋ぐと目的地の映画館へ向けて歩き出す。 「こうやって華と手を繋ぐなんて何年ぶりだろうな」 「さあ? でもこうしてまた手を繋げて私は嬉しいわよ。もうそんな機会なんてないだろうって思ったから」 「それは俺も同感だ。成長していくにつれてそういうのって恥ずかしくなるんだよな。そういうのが大人になるってことなんだろうけど」 「大人と言えるほどの年齢ではまだないけど、私達」 「ちょっと言ってみたかっただけだから、冷めた目で言わないでくれ」 付き合い出しても俺たちの会話はいつも通り。でも手はしっかり繋がれていて、むしろ華の方が離したくないと言わんばかりに強く握っていた。 (無意識なのかそれとも、意図的なのか分からないけどつくづく華は俺の心を揺さぶってくるよな) これで付き合って初日、しかもその関係が偽物だなんて誰が思うだろうか。 「そういえばその服、今まで着ているところ見たことなかったけど、新しく買ったのか?」 会話がいったん途切れてしまったので、俺は繋ぎとして彼女の服を見ながら尋ねる。 「お母さんがわざわざ選んでくれたの。私デート用の服なんて買ったことがなかったから」 「じゃあその服はソフィーヤさんの物なのか?」 「そうだけど。もしかして似合っていなかった?」 華は少しだけ不安そうに俺に聞いてくる。ソフィーヤさんとは華のお母さんのことを指しているのだが、フランス人の女性だけあってすごく美人だ。その血をしっかり引いている華も当然な美人なわけで、 「そんなわけないだろ。すごく似合っている」 俺は正直な感想をそのまま華に伝える。すると華は頬を少しだけ赤らめながら俺を数秒見つめた後に、そっぽをむいてしまった。 「お、お母さんが選んだんだから似合っていて当然でしょ?」 「そう言いながら照れるなよ」 「照れてなんかいないわよ」 「ならこっちを見て言ってくれ」 華の服装は淡いピンク色のオーバースウェットとデニムといった組み合わせの服を着ている。それに対して俺は急なデートだったのでオシャレなんてできておらず、逆に彼女に釣り合っていないのではないかと思ってしまう。 (おしゃれなんて考えたことなかったもんな) 休みの日はほとんど家にいることが多いし、学校が終わった後だって帰宅部の俺はどこかに寄ることもなく家に帰ってしまっているのでそういうことを意識したことはなかった。 でもこれからは華と付き合っていく以上はおしゃれにだってお金をかけなければならない。 「......ありがとう亮太。嬉しい」 「何か言ったか?」 「な、何でもないわよ!」 2 映画館は祝日なだけあってお客さんの数も多かった。 「なかなかの混み具合だな、これ。華、ちゃんといるか?」 「亮太の腕を掴んでいる限り大丈夫」 その大半をカップルが占めていてその中に自分達もいると思えば、少しは恥ずかしさも消える。 「それで何を見るんだ?」 「これよ、これ」 と華が指を指したのは、今流行っているアクション映画だった。学校での彼女しか知らない人達はこれを見たら信じないだろうが、華は昔から恋愛映画とかよりもこういうアクション系の映画の方が好きで、よく映画鑑賞に俺も付き合わされたのを覚えている。 「それってこの前見に行ったっ話していなかったか?」 「今日で観るのは三回目ね。初日舞台挨拶も当然行っているわ」 「相変わらずアクション映画への熱量だけはすごいな」 「すごいでしょ」 「ドヤ顔するほどではないからな」 「なっ!」 ドヤ顔は可愛いのだけど、その熱量はもっと他に生かしてもらいたいと俺は思ってしまう。 (それを本人に言ったら、怒られるけど) 「チケットは私が買ってくるから、亮太はポップコーンと飲み物を買ってきて。私オレンジジュースね」 「了解」 思ったよりお客が多かったので、俺達は手分けして買い物をするために一旦別れる。 (心臓止まるかと思った) ポップコーンを買いながらさっきの華のドヤ顔を思い出し、胸の鼓動が高鳴るのを何とか抑える。華にはああは言ったが普段見せないような表情を不意打ちで見せられると、俺でなくてもイチコロだ。 (ああいう表情を俺だけに見せてくれるのって、やっぱり嬉しいよな) 別に独占欲が沸いたわけではなく、それは普段から思っていることでもあった。華が俺にだけ見せてくれる表情、それがこれからもっと増えるって考えたら俺の心臓は果たして持ってくれるだろうか。 (悪いことじゃないだけに、これが偽物の関係なのが本当に勿体ないよな......) 俺は心の中でため息をつきながら、注文したポップコーンを受け取って華と合流するのだった。 映画終了後 興奮冷めやらぬまま、俺と華はそのまま映画館の近くにある喫茶店で映画の感想を語り合っていた。 「普段映画なんて見ないけれど、たまにはこういうのもいいな」 俺が映画を思い出しながらそう言葉を漏らすと、華は今日一番の笑顔で嬉しそうに答えた。 「そうでしょう? 亮太ならそう言ってくれると思っていたから、いつか一緒に観たいって思っていたんだけど、まさかこんな形で叶うなんて思わなかった」 「俺も華とこうして映画を二人で観に来る日が来るとは思っていなかったよ」 つい買ってしまった映画のパンフレットを眺めながら、俺もしみじみと答える。高校生になってもわざわざ同じ高校に通っているくらいだから別に疎遠になっていたわけでもないし、週に一回は華が家に来ては一緒に遊んでいるくらいの仲だ。 だから映画を一緒に観に行くことだって別に特別なことではないといえばないし、今日じゃなくてもいつかは観に行っていたかもしれない。 けどデートという形で観に来るものは全く違う。今日という日はこの日しかない。 偽物のカップルという関係も 初めてのデートということも 一度しか味わえない思い出はせめて心に残しておきたいと俺は思うのだった。 「何もかもが特別な時間になっていくんだよなこれから」 「ずっとではないけれど、そういう時間は増えていくと思うわ」 「......俺としてはずっと続いてほしいんだけどな、こういう時間」 「ぼそっと独り言で何を言っているの?」 「別に何でも」 その後俺達は喫茶店の閉店時間まで映画の事を語り合った結果、 「語り合っていたらいつの間にかこんな時間になっていたな」 「亮太がいつまでも話を続けているから悪い」 「なっ、それはお互い様だろ!」 喫茶店を出たころには時刻は既に21時を過ぎており、普通の高校生が出歩いていたらお巡りさんとかに注意される時間になってしまっていた。 「流石に毎日こんな時間に帰るってことはないよな?」 「ないと思う......多分」 「行く先不安だな!」 我が家は両親が仕事人間でほとんど家にいなく帰ってきても朝だったりするので、別に門限とかは気にしていないのだが、明日は普通に学校がある上に本格的に偽装カップル生活が始まるので、心の準備とか色々しなければならい。 それにいくら偽装カップルとはいえ遅い時間まで二人一緒、というのは色々とまずいような気がする。 「今までも遅くなる前には絶対に帰っていたし、ソフィーヤさんはともかく泰介さんの方は許さないんじゃないか?」 更に気になるのは華の家の方だ。泰介さんというのが華の父親なのだが、色々あって俺は泰介さんに嫌われている。 (そんな俺が華を夜の街に連れ出した、なんてあらぬ疑いをかけられたら命がいくつあっても足りない) 大げさな話かもしれないが、それが俺と泰介さんとの関係なのだ。 「お父さんは今日家に帰らないって言っていたから大丈夫。お母さんにはさっき遅くなるって連絡しておいた」 更に華は不安になるようなことを言い出す。 「さっき......って確か喫茶店を出るときに電話をしていたけど、まさか今から真っ直ぐに家に帰るんじゃないのか?」 嫌な予感がして俺がそう尋ねると、華は足を止めると少し上目遣い気味に俺にこう言ってきた。 「私......もう少しだけ亮太と一緒にいたい。ダメ、かな?」 こんな誘いをされて。不安とか色々吹き飛ばされた俺に彼女の誘いを断る理由なんて見つけられなかった。「この公園、昔からよく遊んでいたわよね。懐かしい」 華の誘いをそのまま受けることにした俺は、華と一緒に自宅近くに公園に立ち寄った。この場所なら何かあったらすぐに家に帰れるだろうし、多少遅くなっても問題ないはずだ。「小学生の頃は毎日のように来ていたもんな」「亮太が無理やり外に連れ出したんでしょ? 私は家で遊びたかったのに」「毎日家で遊んでいたら体が鈍るだろ? 少しでも外で体を動かさないとダメだって思っていたんだよ」「今とは大違いね」「うるせえ」 二人で公園にあるブランコに腰掛ける。幸いこの時間この辺は人通りが少なく、静かで話をするにはもってこいだ。「こういう時間に二人で公園にいるって何か新鮮だな」「しかも亮太と一緒というのが少し新鮮かな」「それも恋人同士になって、な」 昨日までの自分は果たして想像できただろうか。華が恋人になって、今こうして同じ時間を過ごすことになることを。「昼間、私にそういう関係になってほしいって言われたとき、偽物とかそういうの抜きにして亮太はどう思った? やっぱり嫌だった?」「さっきも言ったと思うけど、別に嫌とか思ったりはしなかったよ。華とそういう関係になるのも悪くないと思ったし、何よりそんなことは二度とないと思っていたから」「それは......あの事があるから?」 俺はその質問には答えずに、ブランコを漕ぎ始める。「前からずっと言っているけれど、亮太は何も悪くないのよ? お父さんだって過剰に反応しすぎだし、何より私はもう立ち直れている。だから亮太だけが気を負う必要なんて」「それでも俺は自分が許せないからいいんだよ。むしろ華の方が俺のことで気を遣う必要ないし、今はストーカーの方の問題を解決しないと駄目だろ?」「それはそうかもしれない、けど」「それにさっき華が言ったように今は過去のことは気にせずに華に協力する。今はそれでいい」「亮太......」
華と偽物のカップルを演じることになるにあたり、具体的にどうやってストーカーに俺たちの関係を認識させるか、そこから考えることから話が始まった。「その相手は同じ学校の人間なんだよな?」「そうよ。同じ学校の一つ上の先輩」「相手は先輩、か。となると学校でも目立つ行動をしないとダメって事か」「勿論それもあるけれど、学校以外にでもやれることがあるでしょ?」「学校以外で?」 華がそう前置きして、作戦の最初の 段階として提案してきたのが、「まさか付き合って初日からデートに行くことになるとは」 いきなりの初デートだった。 ただプランとかは一切なく、とりあえず映画館へ二人で向かい映画を見る。ただそれだけのどちらかと言えばお出かけに近いデートだ。 でも、そんなデートでも、「亮太、手を繋いでくれる?」「あ、ああ。勿論」 ただ手をつなぐという行為だけでもやはりドキドキしてしまう。俺が華に手を差し出すと、彼女はごく自然に手を繋いできた。「やっぱり少しだけ恥ずかしいなこれ」「何か言った?」「いや、何でもない」 俺と華は手をしっかり繋ぐと目的地の映画館へ向けて歩き出す。「こうやって華と手を繋ぐなんて何年ぶりだろうな」「さあ? でもこうしてまた手を繋げて私は嬉しいわよ。もうそんな機会なんてないだろうって思ったから」「それは俺も同感だ。成長していくにつれてそういうのって恥ずかしくなるんだよな。そういうのが大人になるってことなんだろうけど」「大人と言えるほどの年齢ではまだないけど、私達」「ちょっと言ってみたかっただけだから、冷めた目で言わないでくれ」 付き合い出しても俺たちの会話はいつも通り。でも手はしっかり繋がれていて、むしろ華の方が離したくないと言わんばかりに強く握っていた。(無意識なのかそれとも、意図的なのか分からないけどつくづ
私には天野亮太という幼馴染みがいる。家が隣同士で、両親同士も仲が良く、ほぼ毎日のようにどちらかの家に遊びに行くか来てもらったりしていた。 ー幼馴染みというよりは家族に近い存在 私の母親はフランス人でその血を濃く継いでしまった私は、幼い頃から髪の色とか目のこととかで、色々悩まされた時期もあった。 そんな時でも亮太は私を忌み嫌うなんてことはせず、何度も助けてくれるヒーローになってくれた。「亮太は私のこと嫌いじゃないの?」 一度だけ彼にそんなことを聞いたことがある、すると亮太は何の躊躇もせずにこう言ってのけた。「嫌いになんてなるわけないだろ? 周りになんと言われたって、俺は華のことを嫌いになんてならない、絶対に」 その言葉を聞いたとき、自分の胸が一瞬だけドキッとしたのを覚えている。 亮太だけは私の側から離れないでいてくれる。 それなら私は亮太の前だけはありのままの私でいたい 学校でどんな人に対しても冷たい態度を取ってしまうのは、他人を遠ざけたいと言う気持ちがあるからだった。(亮太は気づいていないのかもしれないけど、私は亮太のそういう言葉に何度も救われてきたんだよ。だから私にとって亮太はヒーロー) そんなヒーローに私は......。 2「偽物の彼氏作戦?」「そうですよ、先輩に本物の彼氏がいると分かれば例のストーカーも諦めてくれますよきっと」 ある日の部活終わり。バドミントン部に所属している私は、一つ下の後輩にストーカーのことを相談してみたところ、そんな提案をしてきた。「確かに効果はあるかもしれないけれど、偽物カップルなんてすぐにバレたりしない?」「確かにリスクは高いと思いますが、そこまでしなければならないところまで来てしまっているじゃないですか」「それは、そうかもしれないけれど......」 でもその相手がいないと伝えようとしたとき、私の頭の中にたった一人だけ協力してくれる人物が思い浮かんだ。(亮太なら、もしかしたら協力してくれるかもしれない) 無茶苦茶なお願いなのも承知だけど、頼める人間が亮太くらいしかいないのも確かだった。「どうやら意思は決まったみたいですね。協力してくれる相手もいるみたいですが」「一人だけ協力してくれる人がいる。その人とならこの作戦を成功させられるかもしれない」「また次いつ相手が動いてくるかわかりま
俺には氷室華《ひむろはな》という同じ年の幼馴染がいる。「りょうた、きょうも家にあそびにきたわよ」 家が隣同士というだけで昔から彼女は俺の家に来ては、日が暮れるまで遊んでいき帰っていく。 「亮太、来たわよ」「おう、いらっしゃい」 それは高校生になってからも続いていて、休日である今日ですら遊びにやってきていた。(男女二人が、同じ屋根の下で二人きり。シチュエーションとしては最高なんだけどなぁ) よく読むラノベとかだったらこういうのにもドキドキさせられる展開ではあるのだが、何だかんだでそれが十年以上続いているとなればそれもすっかり慣れてくる。「またアニメ見てたの? よくもまあ、毎日飽きないわよね」 華は何の抵抗もなくリビングに上がってきては、俺が直前まで観ていたアニメが流れているテレビを見て呆れたように呟く。「別にいいだろう。俺が自分の休日をどう使おうか」「自由だけどこんなので貴重な一日を潰していたら勿体ないと思わないの?」「余計なお世話だし、勿体ないなんて思っていないからいいだろ?」 俺は冷蔵庫からお茶を取り出し、それをコップに入れると、華にそれを渡す。彼女は「ありがとう」と受け取った。「それで今日は何をするんだ?」 華が家に来る時の目的は大概テレビゲームなどの遊びで、今日もてっきりそれが目的だと思っていたのだが、今日の華はどこか神妙な面持ちだった。「亮太、今日はあなたに頼みがあってきたの」 そして彼女は麦茶を一口飲んだ後に、俺をまっすぐ見つめてそう口を開いた。「頼みごと?」 これまで一緒に過ごしてきた中で彼女が俺に頼みごとをしてきたことなんて数少ないので、俺もつい重めの口調で答えてしまう。「こんな事急に頼まれても困ると思うし、私としても少し恥ずかしいというかあまり人に頼めるようなことではないのだけど......」 華は何か言おうとしているが、躊躇っているらしくずっとゴニョゴニョしている。俺は敢えて何も言わずに彼女の言葉を待っていると、「私の......になってほしいの」「ん? 聞き取れなかったんだけど」「だから、その、私の、か、か、かっ」「か?」 華はさっきの真剣な面持ちとは裏腹に顔を真っ赤にしながら、家中に聞こえるように叫んだ。「私の彼氏になってほしいの!」 俺は一瞬彼女が何を言っているか理解できずに頭が真っ