「この公園、昔からよく遊んでいたわよね。懐かしい」
華の誘いをそのまま受けることにした俺は、華と一緒に自宅近くに公園に立ち寄った。この場所なら何かあったらすぐに家に帰れるだろうし、多少遅くなっても問題ないはずだ。 「小学生の頃は毎日のように来ていたもんな」 「亮太が無理やり外に連れ出したんでしょ? 私は家で遊びたかったのに」 「毎日家で遊んでいたら体が鈍るだろ? 少しでも外で体を動かさないとダメだって思っていたんだよ」 「今とは大違いね」 「うるせえ」 二人で公園にあるブランコに腰掛ける。幸いこの時間この辺は人通りが少なく、静かで話をするにはもってこいだ。 「こういう時間に二人で公園にいるって何か新鮮だな」 「しかも亮太と一緒というのが少し新鮮かな」 「それも恋人同士になって、な」 昨日までの自分は果たして想像できただろうか。華が恋人になって、今こうして同じ時間を過ごすことになることを。 「昼間、私にそういう関係になってほしいって言われたとき、偽物とかそういうの抜きにして亮太はどう思った? やっぱり嫌だった?」 「さっきも言ったと思うけど、別に嫌とか思ったりはしなかったよ。華とそういう関係になるのも悪くないと思ったし、何よりそんなことは二度とないと思っていたから」 「それは......あの事があるから?」 俺はその質問には答えずに、ブランコを漕ぎ始める。 「前からずっと言っているけれど、亮太は何も悪くないのよ? お父さんだって過剰に反応しすぎだし、何より私はもう立ち直れている。だから亮太だけが気を負う必要なんて」 「それでも俺は自分が許せないからいいんだよ。むしろ華の方が俺のことで気を遣う必要ないし、今はストーカーの方の問題を解決しないと駄目だろ?」 「それはそうかもしれない、けど」 「それにさっき華が言ったように今は過去のことは気にせずに華に協力する。今はそれでいい」 「亮太......」 沈黙だけが俺たちの間に流れる。このままだと折角の時間が勿体なくなってしまうので、俺は別の話を華に振ることにする。 「それより聞きたいんだけど、明日から学校でも付き合っているフリをするんだよな?」 「え、そ、そうだけど何か問題があるの?」 「むしろ問題がない方がおかしいと俺は思うが」 今日は休みだったので誰かと遭遇することもなかったし、形としてデートをしただけだ。けど明日からは俺達は恋人同士として学校に通うことになる。しかもそれを隠さずに、公にしなければならないのだから問題だらけだ。 「華って学校じゃ別の意味で有名人だろ? いきなり彼氏ができたなんてなったら大騒ぎになるんじゃないのか?」 「私はそれが狙いでもあるからいいんだけど、もしかして亮太自身の心配をしているの?」 「それはな。だってお前今まで多くの男を振ってきたんだろ? なのにいきなり彼氏ができたなんてなったら、その彼氏の俺に矛先が向けられる。何をされるか分からないだろ?」 偽装作戦において真っ先に思い浮かべたリスクはこれだった。勿論俺だけの問題として考えているのではなく、華にだってもしかしたら何らかの危害が及ぶかもしれない。 あの氷華に彼氏ができるというのはそれほどに大きな出来事なのだ。 「でもきっと大丈夫よ。何かあったら亮太が守ってくれる」 「随分と他人任せだな」 「だって今までもそうしてきてくれたでしょ? だから私は亮太を信じてる」 華から向けられる全面的な信頼に、俺の胸が少し痛む。さっきの話に戻るつもりはないが、彼女が信頼してくれた結果生まれた事件が、中学生の時の一件だということを俺は決して忘れていない。 「とりあえず第一の修羅場は間違いなく明日の学校だな。覚悟はしておかないと」 「そうね」 その後も俺と華は静かな公園で他愛のない話を続け、気が付けば時間も十一時前。 流石にこれ以上は明日の学校にも影響しそうなので今日はお開きすることになった。 「じゃあ明日、通学も一緒に行くってことでいいんだよな?」 「うん。私が朝迎えに行くから待っていて」 「迎えに行くと言っても隣の家なんだけどな」 華の家の前まで彼女を送っていった俺は、玄関の前で明日の最終確認をして自分の家に向かって歩き出す。 「あ、亮太。ちょっと待って」 「何だよまだ何か用事が」 その途中で華が呼び止めてきたので振り返ると、何故か華の顔がすぐに近くにあった。 「え?」 それに驚く間もなく、彼女の唇が俺の頬に優しい音を立てて押し当てられた。 「今日はありがとう。これはそのお礼。じゃあおやすみなさい」 あまりに一瞬の出来事に固まっている俺を放置して、彼女は家になかに入って行ってしまう。それから一分くらいボーっとしていた俺はようやく正気に戻ると、自分の家に急いで駆け込んで一言叫んだ。 「今のは反則だろぉ!」 心の叫びではなく言葉になって出てきた言葉は、誰もいない我が家にむなしく響き渡るのだった。 ◇ 『......だろぉ!』 家の玄関でボーっとしていた私は、隣の家(亮太の家)から何かの叫び声でようやく我に返った。 (わ、私は何をして) 自分がたった今亮太にした行為を思い出して体温が急速に上がっていくのを感じる。どうして私はあんな行動をとってしまったのか、私自身分からない。でも自分がしたことを後悔はしていなかった。 (本物の恋人同士ではないのに、どうしてこんな) 「おかえりなさい華。ずいぶん遅かったわね」 自分の気持ちと行動に混乱していると、お母さんが二階から降りてきて私を出迎えてくれる。 「た、ただいまお母さん」 「あら、どうしたの? そんなに顔を真っ赤にして」 「こ、これはその、ちょっと色々あって」 「亮太君と何かあったの?」 「りょ、りょ、亮太がどうしてここで出てくるの?」 電話では遅くなるとだけ伝えていたのに、亮太の名前が出てきて私は変に動揺してしまう。 「だって今日も亮太君の家に遊びに行っていたじゃない。だから亮太君と何かあったんでしょ?」 「そ、それは、えっと」 私は何とか自分の気持ちを落ち着けようと深呼吸しながら靴を脱ぎ玄関を上がり、そのままリビングがある二階へとお母さんと一緒に向かう。 (まずはお母さんにだけは最初に伝えないと。亮太との事) 「あ、あのね、お母さんに話があるの」 そしてリビングに入ったところでお父さんの姿がないことも確認して、意を決して口を開いた。 「話? 何かしら」 「私、亮太とお付き合いすることになったの」「この公園、昔からよく遊んでいたわよね。懐かしい」 華の誘いをそのまま受けることにした俺は、華と一緒に自宅近くに公園に立ち寄った。この場所なら何かあったらすぐに家に帰れるだろうし、多少遅くなっても問題ないはずだ。「小学生の頃は毎日のように来ていたもんな」「亮太が無理やり外に連れ出したんでしょ? 私は家で遊びたかったのに」「毎日家で遊んでいたら体が鈍るだろ? 少しでも外で体を動かさないとダメだって思っていたんだよ」「今とは大違いね」「うるせえ」 二人で公園にあるブランコに腰掛ける。幸いこの時間この辺は人通りが少なく、静かで話をするにはもってこいだ。「こういう時間に二人で公園にいるって何か新鮮だな」「しかも亮太と一緒というのが少し新鮮かな」「それも恋人同士になって、な」 昨日までの自分は果たして想像できただろうか。華が恋人になって、今こうして同じ時間を過ごすことになることを。「昼間、私にそういう関係になってほしいって言われたとき、偽物とかそういうの抜きにして亮太はどう思った? やっぱり嫌だった?」「さっきも言ったと思うけど、別に嫌とか思ったりはしなかったよ。華とそういう関係になるのも悪くないと思ったし、何よりそんなことは二度とないと思っていたから」「それは......あの事があるから?」 俺はその質問には答えずに、ブランコを漕ぎ始める。「前からずっと言っているけれど、亮太は何も悪くないのよ? お父さんだって過剰に反応しすぎだし、何より私はもう立ち直れている。だから亮太だけが気を負う必要なんて」「それでも俺は自分が許せないからいいんだよ。むしろ華の方が俺のことで気を遣う必要ないし、今はストーカーの方の問題を解決しないと駄目だろ?」「それはそうかもしれない、けど」「それにさっき華が言ったように今は過去のことは気にせずに華に協力する。今はそれでいい」「亮太......」
華と偽物のカップルを演じることになるにあたり、具体的にどうやってストーカーに俺たちの関係を認識させるか、そこから考えることから話が始まった。「その相手は同じ学校の人間なんだよな?」「そうよ。同じ学校の一つ上の先輩」「相手は先輩、か。となると学校でも目立つ行動をしないとダメって事か」「勿論それもあるけれど、学校以外にでもやれることがあるでしょ?」「学校以外で?」 華がそう前置きして、作戦の最初の 段階として提案してきたのが、「まさか付き合って初日からデートに行くことになるとは」 いきなりの初デートだった。 ただプランとかは一切なく、とりあえず映画館へ二人で向かい映画を見る。ただそれだけのどちらかと言えばお出かけに近いデートだ。 でも、そんなデートでも、「亮太、手を繋いでくれる?」「あ、ああ。勿論」 ただ手をつなぐという行為だけでもやはりドキドキしてしまう。俺が華に手を差し出すと、彼女はごく自然に手を繋いできた。「やっぱり少しだけ恥ずかしいなこれ」「何か言った?」「いや、何でもない」 俺と華は手をしっかり繋ぐと目的地の映画館へ向けて歩き出す。「こうやって華と手を繋ぐなんて何年ぶりだろうな」「さあ? でもこうしてまた手を繋げて私は嬉しいわよ。もうそんな機会なんてないだろうって思ったから」「それは俺も同感だ。成長していくにつれてそういうのって恥ずかしくなるんだよな。そういうのが大人になるってことなんだろうけど」「大人と言えるほどの年齢ではまだないけど、私達」「ちょっと言ってみたかっただけだから、冷めた目で言わないでくれ」 付き合い出しても俺たちの会話はいつも通り。でも手はしっかり繋がれていて、むしろ華の方が離したくないと言わんばかりに強く握っていた。(無意識なのかそれとも、意図的なのか分からないけどつくづ
私には天野亮太という幼馴染みがいる。家が隣同士で、両親同士も仲が良く、ほぼ毎日のようにどちらかの家に遊びに行くか来てもらったりしていた。 ー幼馴染みというよりは家族に近い存在 私の母親はフランス人でその血を濃く継いでしまった私は、幼い頃から髪の色とか目のこととかで、色々悩まされた時期もあった。 そんな時でも亮太は私を忌み嫌うなんてことはせず、何度も助けてくれるヒーローになってくれた。「亮太は私のこと嫌いじゃないの?」 一度だけ彼にそんなことを聞いたことがある、すると亮太は何の躊躇もせずにこう言ってのけた。「嫌いになんてなるわけないだろ? 周りになんと言われたって、俺は華のことを嫌いになんてならない、絶対に」 その言葉を聞いたとき、自分の胸が一瞬だけドキッとしたのを覚えている。 亮太だけは私の側から離れないでいてくれる。 それなら私は亮太の前だけはありのままの私でいたい 学校でどんな人に対しても冷たい態度を取ってしまうのは、他人を遠ざけたいと言う気持ちがあるからだった。(亮太は気づいていないのかもしれないけど、私は亮太のそういう言葉に何度も救われてきたんだよ。だから私にとって亮太はヒーロー) そんなヒーローに私は......。 2「偽物の彼氏作戦?」「そうですよ、先輩に本物の彼氏がいると分かれば例のストーカーも諦めてくれますよきっと」 ある日の部活終わり。バドミントン部に所属している私は、一つ下の後輩にストーカーのことを相談してみたところ、そんな提案をしてきた。「確かに効果はあるかもしれないけれど、偽物カップルなんてすぐにバレたりしない?」「確かにリスクは高いと思いますが、そこまでしなければならないところまで来てしまっているじゃないですか」「それは、そうかもしれないけれど......」 でもその相手がいないと伝えようとしたとき、私の頭の中にたった一人だけ協力してくれる人物が思い浮かんだ。(亮太なら、もしかしたら協力してくれるかもしれない) 無茶苦茶なお願いなのも承知だけど、頼める人間が亮太くらいしかいないのも確かだった。「どうやら意思は決まったみたいですね。協力してくれる相手もいるみたいですが」「一人だけ協力してくれる人がいる。その人とならこの作戦を成功させられるかもしれない」「また次いつ相手が動いてくるかわかりま
俺には氷室華《ひむろはな》という同じ年の幼馴染がいる。「りょうた、きょうも家にあそびにきたわよ」 家が隣同士というだけで昔から彼女は俺の家に来ては、日が暮れるまで遊んでいき帰っていく。 「亮太、来たわよ」「おう、いらっしゃい」 それは高校生になってからも続いていて、休日である今日ですら遊びにやってきていた。(男女二人が、同じ屋根の下で二人きり。シチュエーションとしては最高なんだけどなぁ) よく読むラノベとかだったらこういうのにもドキドキさせられる展開ではあるのだが、何だかんだでそれが十年以上続いているとなればそれもすっかり慣れてくる。「またアニメ見てたの? よくもまあ、毎日飽きないわよね」 華は何の抵抗もなくリビングに上がってきては、俺が直前まで観ていたアニメが流れているテレビを見て呆れたように呟く。「別にいいだろう。俺が自分の休日をどう使おうか」「自由だけどこんなので貴重な一日を潰していたら勿体ないと思わないの?」「余計なお世話だし、勿体ないなんて思っていないからいいだろ?」 俺は冷蔵庫からお茶を取り出し、それをコップに入れると、華にそれを渡す。彼女は「ありがとう」と受け取った。「それで今日は何をするんだ?」 華が家に来る時の目的は大概テレビゲームなどの遊びで、今日もてっきりそれが目的だと思っていたのだが、今日の華はどこか神妙な面持ちだった。「亮太、今日はあなたに頼みがあってきたの」 そして彼女は麦茶を一口飲んだ後に、俺をまっすぐ見つめてそう口を開いた。「頼みごと?」 これまで一緒に過ごしてきた中で彼女が俺に頼みごとをしてきたことなんて数少ないので、俺もつい重めの口調で答えてしまう。「こんな事急に頼まれても困ると思うし、私としても少し恥ずかしいというかあまり人に頼めるようなことではないのだけど......」 華は何か言おうとしているが、躊躇っているらしくずっとゴニョゴニョしている。俺は敢えて何も言わずに彼女の言葉を待っていると、「私の......になってほしいの」「ん? 聞き取れなかったんだけど」「だから、その、私の、か、か、かっ」「か?」 華はさっきの真剣な面持ちとは裏腹に顔を真っ赤にしながら、家中に聞こえるように叫んだ。「私の彼氏になってほしいの!」 俺は一瞬彼女が何を言っているか理解できずに頭が真っ