LOGIN《side 老貴族》
血の宴。
それ以外に、どう表現すればよいのか分からない。
私は、この場に招かれた帝国貴族の一人だ。
爵位は伯爵。年はすでに六十を超えている。
長らく帝国に仕え、その変遷を見守ってきた。
そして今……帝国は大きな変革を遂げようとしていた。
先帝は、第二皇子であるブライド・スレイヤー・ハーケンス様によって帝位を奪われた。ただ、皇帝一人で国が成り立つわけではない。
多くの貴族や文官、武官によって国は支えられている。私もその一人として、少なからず反発する心を持っていた。
だが、ブライド皇帝は実に計画的な御仁だった。自らの配下を国の中枢に潜ませ、さらに能力はあるが虐げられていた者たちを味方につけ、帝国の運営を迅速に行えるよう整えていた。
帝位を一夜にして奪った上で、国に大きな混乱を招くことなく事態を収めてみせた。
そして今、とんでもない光景が私の目の
《side フライ・エルトール》「ブライド皇帝陛下、ご即位おめでとうございます」 僕は粛清が終わりに近づいている気配を察し、誰よりも早くブライド皇帝へと頭を下げた。 彼は玉座に座ったまま、じっと僕を見下ろしている。学園時代からブライド皇帝を観察していたから、彼のことは理解している。 彼は能力のある者、有能な者をむやみに殺しはしない。 何よりも、僕の知る歴史では、残虐な行為が繰り返されるわけではない。これは一種の強烈な印象づけだ。 冷酷で残酷な行いは一度で済ませ、他者に対して、君主は必要とあらば決断できる人間なのだと示す。「……お前は相変わらずだな、フライ・エルトール」 低く響く声には、感情の起伏がほとんどない。 この場に集まった貴族たちの多くは、戦々恐々としていることだろう。僕は後ろを振り返っていないので分からない。 だが、空気は未だに重い。 先ほどまでの粛清の光景が、まだ脳裏に焼きついている。 玉座の間に響くのは、騎士が剣についた血を拭き取る音だ。 処刑された者たちの遺体が無造作に放置され、宴の場とは思えない処刑場へと様変わりしている。普通の神経ならば吐き気を覚え、この場で笑顔を向けることも難しい。 だが、僕は気にしない。 いや、言葉が違うな。公爵になる前から、僕は何度も戦いを経験してきた。前世の記憶を持つ僕が普通に戦えるのか疑問ではあったが、魔物を倒し、盗賊を断罪し、そして、この手を汚した。 転生してから、何度も覚悟を重ねてきた。「皇帝陛下の治世がどのようなものになるのか、僕は楽しみにしております」 僕は穏やかに微笑みながら言った。 この場では、僕の笑顔が一番似つかわしくない。不気味に見えることだろう。 ブライド皇帝はじっと僕を見つめていたが、やがてゆっくりと頷いた。「お前は実に面白いな」 そう呟くと、彼は手を軽く振った。「貴様には、まだ用がある。そ
《side 老貴族》 血の宴。 それ以外に、どう表現すればよいのか分からない。 私は、この場に招かれた帝国貴族の一人だ。 爵位は伯爵。年はすでに六十を超えている。 長らく帝国に仕え、その変遷を見守ってきた。 そして今……帝国は大きな変革を遂げようとしていた。 先帝は、第二皇子であるブライド・スレイヤー・ハーケンス様によって帝位を奪われた。ただ、皇帝一人で国が成り立つわけではない。 多くの貴族や文官、武官によって国は支えられている。私もその一人として、少なからず反発する心を持っていた。 だが、ブライド皇帝は実に計画的な御仁だった。自らの配下を国の中枢に潜ませ、さらに能力はあるが虐げられていた者たちを味方につけ、帝国の運営を迅速に行えるよう整えていた。 帝位を一夜にして奪った上で、国に大きな混乱を招くことなく事態を収めてみせた。 そして今、とんでもない光景が私の目の前で繰り広げられている。それを、ただ呆然と見つめることしかできなかった。 先帝と皇太子は滅び、帝国は新たな皇帝のもとに生まれ変わる。 目の前で繰り広げられる惨劇に、私は言葉を失っていた。 貴族たちが、一人、また一人と処刑されていく。 声高に反論を口にした者が、首を刎ねられた。 何をしたのかは分からないが、叫びながら剣を突き立てられる者。 命乞いをしながらも、斬首を宣告される者。 どれほどの貴族が、今夜で歴史から消えるのか……。 確かに、彼らの中には腐敗した領地経営をしていた者もいた。権力にしがみつき、民を顧みぬ貴族もいただろう。 だが、忠誠を誓った者すら、態度次第では容赦なく処刑されていくのを見て、私は己の立ち位置を見失った。 もはや、「従う」という言葉だけでは、何も保証されない。 私はどうすればよいのか? 体が動かない。 思考が凍りつく。
《side ブライド・スレイヤー・ハーケンス》 脳裏に、何度も父上や兄上の顔が浮かんでは、我を恨むような声を上げる。「お前に皇帝など向いていない!」「お前は反逆者だ!」 だが、そんなことは関係ない。皇帝とは、ただ玉座に座するだけの存在ではない。 凡庸、いや、無能であった兄では、これから訪れる乱世の中で帝国を導くことはできない。 支配し、導き、そして世界を正しき形に作り変える存在でなくてはならない。 玉座の間の天井に吊るされた巨大なシャンデリアが、冷たい光を放つ。 その下には、今宵の客人たちが揃っていた。 帝国の公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。すべての貴族が、この場に集められている。 ……いや、正確には「集めさせた」のだ。 この宴が、ただの祝宴ではないことは、誰の目にも明らかだった。 会場の重苦しい沈黙。貴族たちの硬直した表情。恐怖に満ちた瞳。 そうだ、恐れるがいい。 我は玉座に深く腰掛け、目の前の貴族たちを眺めた。 何人が今夜を生き延びるだろうか? 何人が処刑されるだろうか? この宴が、帝国に巣食うゴミを一掃する場になることは、最初から決まっていたのだから。 長く貴族の地位に居座ったことで、貴族としてのプライドばかりが高くなり、実力のない者までが蔓延るようになった。 我はゆっくりと立ち上がる。 貴族たちが固唾を呑んだのが分かった。 無理もない。ここにいる者たちの多くは、帝位簒奪を「反逆」と思っているのだから。 だが、それは違う。 我は帝国を「正しき形」に導いただけだ。 腐敗した皇族を排除し、無能な貴族たちを清算し、帝国を本来あるべき姿へと再構築する。 それを「反逆」と呼ぶならば、好きに呼べばいい。 だが、その言葉を口にする者は、この場から一人も生きて帰れまいがな。「皆の者、よく集まったな」 我はゆっくりと口を開く。 会場に張り詰めた空気が、さらに重くなる。「本日、我がこの帝国を導く者となったことを、正式にここに宣言する」 貴族たちは、誰一人として言葉を発しない。 ただ、沈黙したまま我の言葉を聞いている。「我が帝国に仕える者たちよ。我は貴様らに選択の機会を与えよう」 我は片手を掲げると、ゆっくりと指を折った。「我に忠誠を誓い、この帝国の礎となるか」 指が一本折れた。「あるいは、愚かにも反
馬車に乗って帝都の門をくぐると、どんよりとした空模様も相まって、空気の重さを肌で感じてしまう。 門番たちも一人一人の顔が険しく、穏やかな気分ではいられないことが窺える。 石造りの帝都は、エルトール公爵領とは違い、どこか堅苦しい印象を受ける城郭都市だ。かつては賑わいに満ち、商人たちの掛け声が飛び交い、街の人々が生き生きと暮らしていた場所なのだろう。 だが、今は馬車を走らせる街道を静寂が支配している。 ただの静けさではない。恐怖と戸惑いによるものだ。 新たな皇帝が即位したばかりで、まだ規則や法の整備がなされていない。そのため、どのような態度を取ればよいのか、民も戸惑っているのだ。 街を歩く人々は必要最低限の言葉しか交わさず、目を合わせることすら躊躇っている。 兵士たちは以前にも増して統制され、帝都の至る所に配置されていた。鎧を纏った兵士たちが街道を巡回し、武装した騎士団が皇城への道を警備している。「……随分と物々しい景色だね」「そうですね」「私も嫌な気分にさせられるよ」 護衛として、ノクスとレンナに同行してもらっている。 魔法を使った結界や、面倒な仕掛けを用意されていた場合には、ノクスの魔法キャンセルが役に立つ。 そして、レンナがドラゴン化すれば、空から逃げることもできる。 最低限の脱出手段は用意しておかないとね。 ブライドが皇帝となって、まだ間もないというのに、この徹底した統治は異常とも言える。いや、むしろ当然か。皇族を根絶やしにし、権力を掌握した男が次にすることは、「恐怖による支配」だ。 帝都の人々は、まだ新しい皇帝に忠誠を誓ったわけではない。だが、命令には従っている。それは恐怖の証だった。 兵士たちの目には、かつてのような気の緩みはない。貴族の姿も、街の中ではほとんど見かけなかった。彼らは皆、今日の宴へと向かっているのだろう。♢ 馬車が皇城の前で停まると、すでに大勢の貴族たちが集まっていた。 この宴には、
帝都からの招待状が届いたのは、ブライドが新皇帝に即位してから間もない頃だった。 金箔で縁取られた封筒には、皇帝の玉璽が押されていた。 封を切ると、荘厳な筆致でこう記されていた。『新帝即位を記念し、帝国貴族たちを招いた盛大な宴を開催する』 しかし、僕はその裏に隠された真意を知っている。 これは、ただの宴ではない。 小説の中で、ブライドが自らの権力を確立するために開いた、血の饗宴。 彼の即位に不満を持つ者たち、あるいは「従うふりをしているが、真に忠誠を誓っていない者たち」をあぶり出し、見せしめとして虐殺する場となる。 この招待状を受け取った貴族たちの中には、震え上がる者もいるだろう。 出席を拒めば、即座に「反逆者」として処断される。 宴に出ても殺され、出なくても殺される。 だが、僕は迷うことなく、その招待を受け入れることにした。「フライ様、まさか本当に帝都へ向かうおつもりですか?」 エリザベートが強い眼差しで僕を見つめていた。手には、帝国から届いた招待状を握り締めている。「うん、行くよ」 僕がさらりと答えると、エリザベートの顔が曇る。「ですが、これは……あまりにも危険です!」「知っているよ」 僕の言葉に、エリザベートの表情が一瞬で凍りついた。「やはり、フライ様はお分かりなのですね? フライ様はエルトール公爵家の当主であり、セシリア様との婚姻も噂されています。つまり、ブライド皇帝からすれば、一番危険な存在はフライ様です」 彼女は情報収集能力が高い。この宴が「粛清の場」であるという噂くらいは、耳にしているのだろう。「なぜ、そのような危険な場へ向かうのですか!? フライ様が処刑されるようなことがあっては、誰がブライド皇帝を諫められるというのですか!?」「大丈夫だよ、エリザベート」 僕は微笑みながら、穏やかな声で彼女の肩を軽く叩いた。「僕が殺されるようなら
《side フライ・エルトール》 執務室でその報せを受けた時、僕はただ一言、「ようやくか」と呟いた。 アイリーンが緊張した面持ちで手紙を差し出してくる。その手はわずかに震えていた。情報を司る彼女にとっても、衝撃的な事件だったのだろう。「フライ様……帝国から正式な報せが届きました。ブライド皇子が帝位に就かれたそうです」 手紙に記された内容を読む前から、その結末を僕は理解していた。むしろ、これまでブライドが帝位を狙わなかったことの方が不思議なくらいだった。 ブライドが帝国を導く者として行動を起こすのは、確定事項だった。 問題は、どのような方法でそれを成し遂げるのか。僕はそれを知らない。「アイリーン、詳細を」 僕がそう言うと、彼女はためらいがちに口を開いた。「……帝都が一夜にして制圧されました。ブライド皇子は、自らの学友や帝国軍内部で味方につけた者たちを先導して、帝国の中枢を掌握。そのまま抵抗する間も与えずに皇城を陥落させました。前皇帝と、その血縁者たちはすべて……処断されたと」「……そうか」 僕は静かに目を閉じた。何の驚きもない。むしろ、それこそがブライドらしいやり方だった。 ただ、これまで帝国を支えてきた人たちのために、少しだけ黙祷を捧げた。 腐敗した帝国の血筋を一人も残さず、すべての膿を取り除いた。 それを残酷と呼ぶ者もいるだろう。だが、それこそが彼の求めた「秩序」だった。「フライ様……どうなさいますか? 帝国の次の動きは、まだ明らかになっていません。いえ、明らかにする気がないのかもしれません。新皇帝となったブライド様が、何を考えているのか……」 アイリーンの声には警戒が混じっていた。彼女は心配しているのだろう。今後の帝国の行く末を……。 帝国の新たな皇帝が、これからの未来をどのように導







