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兄の婚約者は悪役令嬢物語がお好き

Author: イコ
last update publish date: 2026-07-29 15:51:11

 お酒を飲んで家に帰ると、どうやらタイミングが悪かったようだ。

「フライ様! どこに行かれていましたの!?」

 金髪の巻き髪の美少女が、玄関で腰に手を添えて待ち構えていた。

「やぁ、エリザベートじゃないか。兄上に会いに来たのかい?」

 彼女は帝国のユーハイム伯爵家のご令嬢で、兄上の婚約者だ。

「いいえ、フライ様に会いに来たのに、いらっしゃらないので探しておりました」

「僕?」

「はい! 前にも申しましたが、エリック様との婚約は仮です。まだ正式に婚約したわけではないと申したではありませんか」

「ああ、そうだったね」

 僕は彼女が苦手です。

 強気な態度で、貴族令嬢としてとても美しく、押しが強い。エリック兄上の婚約者として紹介された際には、新しい姉上ができたと気楽に思っていただけだったのに、今では兄上よりも僕のもとへやってくる機会が多い。

「そんなことよりも、前回のお話を聞かせていただきに参りました。悪役令嬢の物語の続きを教えてくださいませ」

「え〜、また物語?」

 そう、彼女が僕のもとへやってくる理由は、僕が前世で読み耽っていたWEB小説の悪役令嬢物の物語を聞きたいからだ。

 彼女が幼い頃、僕がうっかり口を滑らせたのが災いした。

 あれは、彼女が初めてこの家に来た時のことだ。

 エリック兄上の婚約者としてやってきた彼女は僕と同じ歳で、緊張した様子だった。

 まだ五歳ぐらいだった彼女は緊張のあまり、兄上の前で綺麗なドレスに紅茶をこぼしてしまったのだ。

「もっ、申し訳ございません!」

 公爵家は、帝国でも最も位が高い貴族だ。

 伯爵家はその下であり、しかも初顔合わせの際に犯した粗相だ。彼女の両親は平謝りし、彼女自身も顔を青ざめさせて、泣きそうになっていた。

「ふふふ、なんだか悪役令嬢みたいな顔をしているのに、可愛い女の子だね。ねっ、兄上」

「あっ、ああ。そうだな。フライの言うとおりだ。エリザベート嬢、気にすることはない。緊張するのは誰にでもあることだ」

 僕が笑ったことで空気が弛緩し、両親も謝る伯爵家の人たちを許して、エリザベート嬢に着替えをさせた。

 その後は、なぜか僕が相手をしてこいと言われて、彼女が着替えを済ませると、僕が話し相手に任命されたのだ。

「フライ様、ありがとうございました」

「うん? 僕は何もしてないよ」

「そんなことはありません。フライ様がお言葉をかけてくださったことで、皆様が笑ってくださいました」

「そうかな? 適当なことを言っただけだよ」

「あの!」

「うん?」

「悪役令嬢とはなんですの?」

 それがきっかけだった。

 僕は転生前に読んだ物語を、彼女に語り聞かせた。

 王族や公爵家など、位の高い家へ嫁ぐため、幼い頃から花嫁修業をする令嬢たち。だけど、彼女たちが学園へ行く頃になると、婚約者の男性が平民や身分の低い女性を好きになるというイベントが起きるのだ。

 それに嫉妬した貴族令嬢は悪役になって、身分の低い女性をいじめる。とても気の強い女性だと説明した。

「なんですの、それ?」

「僕が考えた物語」

 転生前に読んだ本だとは言えないので、自分で考えたと適当に嘘をついた。

「すごいです! ご自分で考えられたのですか!? お願いです、フライ様。もっとお話を聞かせてくださいませ」

 先ほどまで泣いていた女の子は、今は僕の話を聞きたいとせがんでくる。まだ幼い子供だからね。可愛いな。

「うん、いいよ。次はなんの話をしようか?」

「悪役令嬢は、そのあとどうなるのでしょうか?」

「えっ? 悪役令嬢の話がいいの?」

「はい! 興味があります!」

「そう?」

 仕方なく、僕は思い出せるだけの悪役令嬢の話を聞かせてあげることにした。

 悪役令嬢は頑張って花嫁修業をするけど、学園生活でいじめをして、身分の低い女性が男性に泣きつき、最後は断罪される。

 そんな王道の話から、悪役令嬢がやり返す話。婚約者を落とす女性の処世術など。

 もう何を話しているのかわからなくなるぐらい、たくさんの話をさせられることになる。

「いよいよ、私たちも学園に参りますわね」

「ああ、そうだね。エリザベートは兄上と学園へ通う時期が違うから、悪役令嬢にはならなくてよさそうだな。兄上は浮気もしていないようだし」

「それはどうでしょうか?」

「えっ?」

「ふふっ、学園へ行ってみなければわかりません。それに、エリック様には一番大切にされている方がおられますから」

「そうなの!? エリック兄上にそんな人が!」

 全然知らなかった。エリック君は堅物で真面目だから、女性関係には疎いと思っていたけど、僕の知らないところでやることはやっているんだね。

 やっぱり真面目でも、エリック君も男ということか!?

「本当に理解されていないのですね」

「うん?」

「いえ、問題ありません。そんなことよりも、この間の王弟殿下を落とす悪役令嬢の話を聞かせてください。転生してやり直した悪役令嬢が、本命の王太子ではなく、王弟と恋仲になる話ですわ」

「えええ! あの話、もう三回ぐらいしたよね?」

「ええ、私の一番好きな話ですの」

「わかったよ」

 僕はやり直せるなら、自分が語り聞かせた悪役令嬢の発言を、今すぐ取り消したいよ。

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