LOGIN《sideエリザベート・ユーハイム》
わたくしには想いを寄せる男性がおります。
ユーハイム伯爵家の娘としては、本来、エルトール家の長男であるエリック様との婚約を成立させて、支援を頂くことが大事でした。
本来であれば、姉上が婚約を結ぶはずでしたが、病弱な姉に代わって、わたくしが選ばれたのです。
「エリザベート、本当にすまない。五歳のお前にはわからないかもしれないが、家族を守るために、どうかこの結婚を成功させてほしい」
お父様は悲しそうな顔をして、わたくしにお願いしました。
わたくしは最初こそ意味がわかりませんでしたが、この婚約を成功させなければ、我が家は大変なことになると母から強く言われました。
実は、姉の病気によって我が家は資金に困窮しておりました。婚約をするならば、支援をしても良いとエルトール家から申し出てくださったというのです。
五歳の何もわからないわたくしは、絶対に成功させなければならないという想いを抱えて、エルトール家に向かいました。
正面に座ったのは二人の男の子で、一人は利発そうな年上の方でした。もう一人はぼんやりとした顔をして、わたくしと同い年の方でした。
なんとか話がまとまりかけた頃、わたくしがお茶をこぼすという粗相をしてしまいました。相手に失礼をしてしまったのです。
その時のわたくしは顔が真っ青になって、何も考えられないまま呆然としてしまいました。
両親も公爵家の方々に謝るばかりで、わたくしは泣きそうになりました。
「ふふふ、なんだか悪役令嬢みたいな顔をしているのに、可愛い女の子だね。ねっ、兄上」
「あっ、ああ。そうだな。フライの言うとおりだ。エリザベート嬢、気にすることはない。緊張するのは誰にでもあることだ」わたくしを救ってくださったのは、先ほどぼんやりとしていると思った少年でした。フライ様。彼の言葉の意味が理解できませんでした。
ですが、彼の一言で空気が変わりました。
公爵家のご当主様が「心配しなくていい。それよりもドレスが濡れてしまったね」と言って、着替えてくるように言ってくださいました。
さらに、話し相手にフライ様を向かわせてくれたのです。
「フライ様、ありがとうございました」
「うん? 僕は何もしてないよ」 「そんなことはありません。フライ様がお言葉をかけてくれたことで、皆様が笑ってくださいました」 「そうかな? 適当なことを言っただけだよ」 「あの!」 「うん?」 「悪役令嬢とはなんですの?」フライ様がお話ししてくれた物語は、聞いたことがない刺激的な内容でした。
しかも、それをフライ様自身が考えたというではないですか! この方はきっと天才です。
五歳のわたくしは、その時に目覚めた気持ちに気づくことはありませんでした。
エルトール家に遊びに行くたびに、エリック様は勉強や剣術の稽古が忙しいと、フライ様に相手をしていただいておりました。
そのたびに毎回刺激的なお話を聞かせてくれるので、わたくしはいつしか、エリック様よりもフライ様のことをお慕いするようになっておりました。
ですが、それは叶わぬ恋。
わたくしはエリック様の婚約者なのです。いくらフライ様のことを想っても叶いません。
「どうしたの? なんだか落ち込んでいるね」
「フライ様!」十歳になり、わたくしが恋心に気づき始めた頃、フライ様にもわたくしの変化に気づかれてしまいました。
なんと言い訳すればいいのか思い悩むわたくしは、嘘をつくことにしました。
「実は、姉の容態があまり良くないのです」
「お姉さん?」 「はい。姉は元々病弱で、生まれながらに類まれなる魔力量を持っていると言われたにもかかわらず、体が病弱なため長くはないと」嘘ではあるが、嘘ではない。
実際に姉はいつも体調が悪くて、医師が家にやってきては多額の医療費を請求してくる。その薬や治療代によって、我が家は困窮していた。
「ふ〜ん、そうなんだ。ねぇ、お見舞いに行ってもいいかな?」
「えっ? フライ様が姉のお見舞いに来てくださるのですか?」 「うん。将来の義姉の家族だからね。心配だから、お見舞いに行きたいな」 「もちろんです!」この時のわたくしは、姉のことなど考えずに浮かれておりました。フライ様がわたくしの家に遊びに来てくれる。それだけの感動だったのです。
「なら、明日お邪魔するね」
「はい!」連日のようにエルトール家に遊びに来ているのだ。我が家に明日来てもらっても、問題はないはずだ。
しかし、両親には酷く怒られた。
フライ様をお呼びすること、そして病気で苦しむ姉への思いやりのなさに対してです。
怒られて初めて、自分が情けなくなってしまいました。
どうして自分はこんなにもバカなのだろうか? 自分のことばかりで、両親のことも、姉上のことも、フライ様のことも考えていない。
これでは、フライ様がお話ししてくださる物語に出てくる悪役令嬢そのものだ。
自分の想いばかりで、他人のことなど考えない。
「フライ様をお迎えする準備をするのだ!」
お呼びして、やっぱりダメだとは言えないので、両親は公爵家の次男様を迎えるに恥じない準備を整えて、迎え入れた。
「よくぞおいでくださいました。フライ様」
「うん。ユーハイム伯爵、僕のことは気にしなくていいよ。今日はお見舞いに来ただけだから。エリザベート様の姉上に会ったら、すぐに帰るからね」 「そっ、そうですか」 「それと、これはお土産です。手ぶらだと悪いと思って」十歳のフライ様はとてもしっかりしておられて、両親へ何かを渡していました。
わたくしにはお花を、姉上には栄養をつけられるようにと、果物もくださいました。
「さぁ、エリザベート様。お姉さんの部屋へ案内してくれる?」
「はい!」姉には申し訳ない。ですが、フライ様が我が家に来てくれて、やっぱり嬉しいと思ってしまう。
子供のわたくしをお許しください。
1、フライ・エルトール 立場:帝国公爵家次男、転生者、本編主人公 性格:飄々とした青年。異世界に転生し、様々なことを試しながら、他者との交流を楽しんでいる人物。 物語:第三章では、ローズガーデン陣営の指揮官として、巧妙な策略と軽妙な言葉で周囲を翻弄する。 クラウン・バトルロイヤルを通じて仲間たちとの絆を深めたが、新たな脅威に直面することになる。 異端者と呼ばれる存在や魔塔に興味を示し、エリックと共に調査へ乗り出す。 2、エリック・エルトール 立場:帝国公爵家の長男、魔塔の研究者 性格:冷静沈着で責任感が強く、フライとは対照的ではあるが、フライのことが大好きなブラコン。 物語:フライの実兄で、魔塔周辺に現れた異端者たちの動きを察知し、調査のために学園都市へ現れる。戦闘や知略にも長けており、彼の存在が新たな局面を切り開く鍵となる。 3、セシリア・ローズ・アーリントン 立場:公国の第一公女、婚活目的でフライを狙っている。 性格:計算高く腹黒い一面を持つが、内面は乙女で、フライに対して一途な想いを抱いている。 物語:第三章のクラウン・バトルロイヤルにて、公国の力を示すためにフライをローズガーデンへ誘うと同時に、自分の気持ちも告白する。 4、アクアリス・ネプチューナ 立場:海人族の王女、鯨人族の族長の娘 性格:心が広く、海と歌を愛する穏やかな人物。ただし、頭が良く、様々なことが人よりも見えている。 物語:海人族の姫君であり、クラウン・バトルロイヤルの優勝者。冷静な判断力と強大な魔法を持ち、海人族の未来のために戦った。 優勝後は一歩引き、観察者としての立場を取る。 5、ブライド・スレイヤー・ハーケンス 立場:帝国第二皇子、帝国英傑会リーダー 性格:冷徹、革新派、大胆不敵、負けず嫌い。 物語:帝国の第二皇子であり、生まれながらに才能に恵まれた存在である。クラウン・バトルロイヤルで熾烈な戦いを繰り広げ、帝国に住まう者たちへ、才能
《side フライ・エルトール》 クラウン・バトルロイヤルが幕を閉じた翌朝。 どんよりとした空模様を眺めながら、私は少し重い頭を抱えていた。 昨日の盛り上がりは楽しかったけど、どうにも飲みすぎたらしい。そんな中、エリザベートが妙に落ち着かない様子でやってきた。「フライ様、お客様がお見えです」「ん……お客様?」 朝一番に誰が来たのかと思いながら、私は面倒くさそうに椅子から立ち上がった。 そして、応接間に向かうと、そこにいたのは……。「エリック兄上?!」 応接間にいたのは、整った顔立ちと冷静な佇まいを持つエリック・エルトール兄上だった。「久しぶりだな、フライ」 エリック兄上は微笑を浮かべながら私を見つめている。その穏やかな表情に、思わず肩の力が抜けた。「まさか、兄上がここに来るとは思わなかったよ。クラウン・バトルロイヤルの観戦にでも来たのかい?」「そんな暇はないさ。ただ、少し興味深い情報を耳にしてね。確認する必要があったんだ」 興味深い情報? 私は首を傾げながら、彼の言葉を促す。「何の話だい?」 エリック兄上は一歩前に出て、周囲を見渡した後、小声で続けた。「魔塔の近辺で、不審な集団が目撃された。どこの国の者かは分からないが、帝国でも問題視されているようだね。その調査に来たんだ」「魔塔の近くに現れた不審な集団を、帝国も問題視している?」 魔塔――古代の遺物とも言われるその巨大な建造物は、魔導師たちの研究機関であり、古代の建造物として潤沢な魔力を含んでいる。 そのため、突如として魔物が出現することもあり、実はダンジョンなんじゃないかと私は思っている。 この世界には、ダンジョンという概念が存在していないに等しい。 迷宮と呼ばれる地下施設や、魔塔のような怪しい場所は存在するが、時折その周辺で奇妙な動きがあるという噂が立つ程度だ。 だが、それは魔塔の問
《side フライ・エルトール》 クラウン・バトルロイヤルが幕を閉じた夜。 私はフェル爺さんに無理を言って酒場を貸し切り、互いの労をねぎらうための「お疲れ会」を開くことにした。 会場は酒場らしい喧騒に満ちていた。 豪快な笑い声が飛び交い、テーブルの上には各種の料理と酒が所狭しと並べられている。 参加者はローズガーデン、平民同盟、自由同盟、そして優勝を飾ったブルーシーの面々だ。「いやぁ、集まってくれてありがとう。今日はただ飲んで食べて、楽しく過ごすだけだからさ。肩肘張らずに楽しんでいってよ。費用は全て僕の奢りだ」 私はジョッキを掲げて声を張り上げた。すると、一斉に歓声が返ってきた。 優勝チームであるブルーシーの面々が、一番奥のテーブルに陣取っている。その中心で静かに酒を飲んでいるのが、海人族の姫君アクアリス・ネプチューナだ。 私は彼女の席に向かい、ジョッキを片手に腰を下ろした。「いやぁ、アクアリス嬢、優勝おめでとう。君たちの優勝を心からお祝いするよ。乾杯」「フライ・エルトール様、あなたは私との約束を果たしてくださいました。あなたが仕掛けてくださった二面戦争のおかげで、我々は勝利できた。あれがなければ、私たちの勝利は難しかったでしょう」 アクアリスはにっこりと微笑む。その大人びた余裕のある態度は、戦場でも酒場でも変わらないようだね。「でもまぁ、僕も楽しませてもらったよ。あの戦場で君が最後に見せた魔法、あれは凄かったね」「私も限界を超えた……ということなのでしょうね。ブライド皇子の強さによって引き出されたのかもしれません。ですが、あれは勝利に必要な一手に過ぎません」「冷静だねぇ。もう少しお酒を飲んで、気楽に話そうよ」 私はジョッキを傾け、彼女のグラスを満たす。アクアリスは少しだけ驚いた表情を見せたが、やがて微笑みを浮かべてグラスを口に運んだ。 次に私は、自由同盟のテーブルへと足を運んだ。そこではリーダーのフリーダムが、ラドンにまたがる仕草をしながら仲間たちと大笑いし
《side アイス・ディフェ・ミンティ》 目を覚ますと、世界が霞んで見えた。 視界に入るのは、崩れた陣地と倒れ伏す兵士たちの姿だった。体は重く、全身が痛みに覆われている。「ここは……どこだ……」 口から出た声は、かすれきっていた。記憶を手繰り寄せようとするが、戦場の混沌しか思い出せない。「目が覚めたか、アイス王子」 低く響く声が耳に届く。 視線を向けると、竜人族のリーダー、エスカルーデが傷だらけの体を引きずりながら立っていた。彼の目には、失望と同時に敬意の色も浮かんでいた。「我々は敗北しました……だが、素晴らしい戦いだった」 彼は武人だ。私の敗北とは意味合いが異なる。 彼は思うのだろう。強い者と拳を交え、気持ちよく敗北したと……。 私は思う。策略が通じず、敗北した。 いや、私は策を講じる前に、何もできなかった。「すまぬな、アイス王子よ。貴殿の役に立てなくて」 胸が重くなる。 敗北。 その言葉の意味が、体の隅々にまで染み込むようだった。「敗北、か……そうか、私は……負けたのか」 敗北という現実を受け入れるたびに、心の中で何かが砕ける音がした。 これまで築き上げてきた誇り、信念、そして未来への希望。それらが次々と崩れ落ちていく。 何よりも、ブライド皇子に敗北したことが、どうしようもないほどに狂おしい。「私は……何をしていたんだ……」 自分の中には何もない。ただ虚無だけが広がっている。「王子、貴殿を誤解していた」「えっ?」 エスカルーデの声が、深い闇の底に沈みかけていた私を引き戻す。「貴方が敗北したとしても、我々は貴方を友と
《side アクアリス・ネプチューナ》 戦場を見下ろしながら、私は静かにその行方を見守っていた。 高台の湖畔に陣取った私は、戦場全体を俯瞰し、戦況を読み取っていく。 フライ・エルトール。あの自由で奔放に見える男は、相変わらず混乱を操る天才だ。 初めて彼を見たのは、クラウン奪取という学園の授業だった。 彼は自分では動くことなく、戦場を操っていた。私はその隙を突き、彼に一矢報いたこともあるけれど、それも彼自身が作った隙に過ぎない。 そして、その力を見込んで私が依頼すると、彼は見事に盤面を作り出した。 ブライド皇子とアイス王子、双方に同時に戦争を仕掛けたその大胆さ。 結果、戦場は泥沼化し、両陣営とも大きく疲弊していく。「まるで自ら舞台を作り出し、そこで踊る役者ね」 私は苦笑を漏らしながら、遠目にその戦いを見つめた。 フライ・エルトールの陣営もまた、疲弊を隠せない。彼の指揮のもと、彼らはよく耐えた。だが、それでも限界は訪れる。 そして、ついにフライ・エルトールがブライド・スレイヤー・ハーケンスに敗北を喫した。「アクアリス様」「分かっています」 ローズガーデンのクラウンであるセシリア公女を討つため、私は機を見て動き出した。「セシリア公女、貴女のクラウンをいただきます」 セシリア公女の陣地に突入し、その防衛陣を次々と突破する。抵抗する兵士たちもいたが、彼らは何も知らされていない。 私たち海人族の連携の前には、ほとんど無力だ
《side ブライド・スレイヤー・ハーケンス》 戦場を染める赤い夕陽が、我の剣に映り込む。 フライ・エルトールの体は地に伏していた。 奴の剣は、すでに我の足元に転がっている。「フライ・エルトール、貴様の策略もここまでだ。我が剣の前に、すべてが無力だったな」 勝利を確信した瞬間、我の胸に込み上げたのは、歓喜と達成感だった。 すべての駒を使い切り、この盤上で最後まで生き残ったのは、この我、ブライド・スレイヤー・ハーケンスだ。「アイクよ。貴様がいなければ、フライを倒すことはできなかったぞ」 フライと相打ちになり、我を勝利へ導いた剣だ。「さぁ、勝利を宣言するぞ――」 その言葉を言い終える前に、冷たい風が戦場を駆け抜けた。 ――ザザザン―― 水の音が響く。突如として、戦場の空気が湿り気を帯びた。「……これは?」 振り返ると、そこにはアクアリス・ネプチューナが立っていた。 いや、アクアリスだけではない。その背後には、水をまとった海人族たちが整然と並んでいる。 彼女の瞳は深海のように冷たく、そこに憐れみや妥協の色は一切なかった。「……海人族だと……はは、あはははははははははははは!!! そういうことか!? フライ・エルトール!」 ここに来て、初めて気づいた。 これも結局、フライ・エルトール、貴様の策略だったのだろう? 我は剣を構え直す。 アクアリスの唇がわずかに動き、言葉を紡ぐ。「あなたがこの戦場で勝者になることは許されないわ。私たち海人族が、この戦いの終焉を告げる」「海人族ごときが、この我を打ち破るつもりか?」 我は冷笑を浮かべながら、再び剣を振り上げた。だが、アクアリスは動じない。ただ片手を掲げると、水流が竜のような形を成し、戦場全体へ襲いかかる。「愚かなる者よ、沈め」 水流が襲いか







