تسجيل الدخولコンビニから刈谷の足で約7分、6棟横一列に並ぶメゾネットタイプのアパートに到着した。
先輩のおうちは向かって一番左端。
「みて、この長方形だけで作られた連なるメゾネット。たまらんよなあ。」
「玄関のドアも窓も、綺麗に6棟とも同じ面積の長方形ですね!」
「さすが数学ヲタク同士。話が分かって助かります。」
「ふふ。」
もしかして先輩、長方形という図形だけでここに住むことを選んだ?かくいう私も今住んでいるアパートを選んだの、円形の窓に釣られてですね?
その割りに円周率はそこまで言えなかったりする。
先輩と1階のリビングでソファに座り、アイスを半分こする。
マーブル模様にするには半分ずつ、それぞれのカップに入れないといけないのにね。先輩はなぜだか私に食べさせてくるのだ。
しょうがないなあ。餌付け体験させてあげますよ。
「ほい、どうぞ。」
「ほ、ほい、ありがとうございます!」
ほいほい憂先輩のバニラアイスに釣られて自分の口が自然と開いてしまう。充電式センサーが反応して、口があーんって。ぱくりって。
今さら関節キスにドギマギする余裕もなく、憂先輩のバカで可愛いロボットになれそう。
私が無感情でバニラとチョコのセッションを堪能していれば、憂先輩がじっと私を見てくる。
「なあ、俺にはやってくれへんの?」
「え?」
「チョコ、あーんしてくれへんの?」
「あ、ああっ忘れてました!!」
食い意地が張っているのよ私。って理屈で表面上を繕って、ずっと先輩にあーん。が出来ずにいたんです。頭の中では白状しました。
「は、はい、せんぱい。」
きゅっと心臓を固めて木の木目が可愛いスプーンで、先輩にあーんをする指が揺れるから、動揺は繕えそうにない。
「待って、爽ちゃん、指ついとる。」
「へッ、」
先輩が、私が差し出したスプーンからチョコを食べて。それからスプーンを持つ手首をつかまれる。
「ここ、垂れそう」
私の指から垂れそうなチョコに反し、ゆっくりとした動きの憂先輩。まつ毛が長いし、前髪が夜でもさらさらしているのが狡い。
私の人差し指につくチョコを、舌先で舐めてから、じゅっと吸われて。ドクターフィッシュより遥かにえげつない。
思わず肩がびくっと上がって。先輩がゆっくりと上目遣いで私をしっぽりと見るのだ。
そんな狂おしくなる瞳で見たって、ハァー。あかんですよ。
脈拍数と心拍数が刻まれるなか、先輩の唇がふふっと私の指を解放した。
「爽ちゃんの指の関節、甘いな。」
「か、かんせつ……。」
「第二関節って、一番曲がるとこよな。」
「た確かに!第一関節よりも、第二関節の溝の方が深いですもんねえ」
「爽ちゃんの関節の溝、食べちゃった。」
「しょ、詳細を言われるとっ、なんとも恥ずかしいです」
「え?そう?」
先輩がレジ袋からワンカップのお酒を出して、ソファの前のテーブルに置く。
見れば『にごり酒』で、透明なカップの下の方には白い濁り酒が沈殿している。早く透明に混ざりたいのか、白が渦を巻いて主張してくる。
「半分こする?」
「あ、いえ……。私は今日はもうやめとこうかなあって。」
「あ、そや。爽ちゃん病人やった。」
「でも楽しくって、体調のことなんて忘れちゃいます。」
「え?ほんま?」
「ほんま、です。」
先輩に自然と笑顔を向ければ、先輩がぎゅっと眉根を寄せて、私の頭を撫でてきた。
「かわええ後輩で、たまらんなあ。」
「せ、せんぱいこそ。とってもかっこよくて優しい先輩で、良かったです!」
「ちょっと辿々しい社交辞令。」
「ち、違いますよ?」
先輩の撫でていた手が、私の肩に降りてきて。ぐっと掴まれて、あっという間に私の頭が先輩の太ももに寝かされた。
ソファで膝枕状態。
先輩の顔が真上にあって、後頭部だけが先輩の膝の温度を感じ取る。ちょっとだけ後頭部に嫉妬しそう。
「ななな、せせ、せせんぱいっ」
「もう、休んどき。俺は國盛で一息つくし。」
「それって先輩。飲みたいだけじゃないですか」
「ふふ。甘いチョコに釣られて、甘い國盛飲みたくなってしもた。」
ちょっと甘酒の風味もあるにごり酒。
先輩が沈殿した濁りを振って、透明が白へと馴染んでいく。白に染まったカップを先輩が私に見せびらかしてきて、ふふんと鼻を鳴らす。
今は飲めない私に、ちょっとした嫌がらせをする先輩。でも後頭部がずっと悲鳴を上げているから、対抗手段が見つからず。
無理にぷくっと膨れて、ふてくされた顔をしてみれば。先輩が私をじっと見てきた。穴があったら入ろうと心に決める。
ワンカップをテーブルに置くなり、先輩が私の頬を撫でて。手の平で包むようにして、それからその手がゆっくりと首元を撫でる。
じっと見つめられながら鎖骨をなぞられて。恥ずかしさよりもちょっぴりくすぐったさが勝った。
「ふふっ、くすぐった!」
「あ、あかん、」
慌てたようにパッと手を離した先輩。私の頭を持ち上げて、ソファのクッションの上に下ろしてくれる。
「俺、シャワー浴びてくるし。テレビでも見とって?」
先輩がリモコンを私の前に置いてくれて。私の方も見ずにひらひらと手を振った。だから私も一応ひらひらと返しておこう。
うっわあ〜〜〜〜。
シャワーの音を合図に、私が上半身を足の反動をつけて起こす。
何だったんだろうあれ! 首筋触るって、どういう心理なの? 教えて経験値が宇宙レベルのまゆゆ先生!
˳◌* ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ *◌˳
自分が先にシャワー浴びてもええんか迷ったけど、洗面所も脱衣所も浴室も掃除せえへんと爽ちゃんを入れられん。
変なことは考えんよう、掃除に集中することにした。
会社で自分をさらけ出せる唯一の爽ちゃん。愛想つかされんよう、しょうもない欲は捨てんとあかん。
でも、しょうもない欲て、なに?
自分は仕事でもプライべートでも、なんでも白黒はっきりせなあかん性格やと思うてた。
営業なんかだと、商談で取引先から曖昧な返事をもらうケースが多々ある。
コンペだの合い見積だの、比較対象を比べ、先方は会議に会議を重ねて選定する。結果を待つ間のグレーな状態が、俺は苦手だった。
当初、新卒入社時は営業部所属だったものの、自分の性には合わずすぐに異動願いを出した。
それが正解やった。神戸支部の経理部に配属されて、爽ちゃんと出会えたんやから。
それなのに俺は、爽ちゃんと出会うてからずっとグレーな気持ち。
こんなに自分から関わりたいと思った人間は初めてやし、自分でも気持ちが抑えられんと、つい必要以上に触れてしまう。
爽ちゃんはええ子やし、俺が触っても拒否らんと、こうしてうちに泊まりにも来てしまう。
ただ爽ちゃんは、俺でなくともきっと受け入れてしまうんやと思う。
今日見てしまった六神君とのやり取り。俺では踏み込めん二人の距離に、今まで感じたことのないような憤りを感じた。
正直、始めは誰にでもついて行ってしまいそうな爽ちゃんにむかついて。
危ないし、危機管理能力が低いのは女の子としてあかんと思う。
でも、勝手に自分がむかついていることが嫌んなって、自分は最低な人間なんやと自覚した。
それでも爽ちゃんが俺を受け入れてくれるんは、なんで?
やっぱり爽ちゃんがええ子すぎるから?
シャワーを浴び終えて、アイボリーのルームウェアに袖を通す。
爽ちゃんには洗い替え用に買っておいた、黒いルームウェアをとりあえず持って行くことにした。下が透けんと黒がええ思うて。
首にタオルをかけたままリビングに戻れば、すでに爽ちゃんは眠ってしまったようで、ソファで寝息を立てていた。
かわいくて信じられん。
「なあ、緊張してるんは俺だけやった?」
独り言をつぶやいて、そっと爽ちゃんの頬に手の甲を当てれば、爽ちゃんの柔らかい体温を感じた。
なんや、赤ちゃんみたいな頬でずっと触っていたくなってしまう。意味分からん。赤ちゃんなんてよう知らんのに。
「爽ちゃん、ごめんな?ちょっと背もたれ倒すな?」
勝手に許可を取って、爽ちゃんの身体に背もたれが当たらんよう気づかいながら、背もたれを倒してベッドにする。
寝室から毛布と布団を持ってきて、爽ちゃんに掛けた。
一瞬、下着を替えんと、このまま寝かせていいものなのかよぎったが、さすがに俺が変えるのはあかん。と自分に言い聞かせ、ソファベッドの端に座った。
緊張を紛らわそうと買った『にごり酒』は、すでに濁りの白が底に沈んでいる。テーブルの上の國盛を取ろうとしたところで、寝息と共に小さな寝言が聞こえてきた。
「……ん、……い」 毛布に唇が被さり、何言うてるかよう聞こえん。そっと毛布を爽ちゃんの唇から外し、その唇の動きをじっと見てしまう。知らんかった。自分、こない変態やったんか。
「すぐ……せん、ぱい」 「…………」 自分の名前が呼ばれていたのかと気付けば、ブワっと顔面に熱さが伴う。六神君にわけも分からず嫉妬してしまった自分が恥ずかしくなって、爽ちゃんに謝るようにして髪を撫でた。
毛先が外巻きにくるりとなったモカ色の髪。ワンレン?っていう髪型はやたら大人っぽいのに、爽ちゃんがすれば何でも可愛らしくなってしまうもんやなあ。
手にしようとしていたにごり酒よりも、眠る爽ちゃんに魅入られて。あんまり見ては変態すぎると自制し、その背中側に移動した。こっそり、起こさんように爽ちゃんと同じ布団に入る。
なんや、自分も眠たなって。まだ23時にもなってへんのに。
爽ちゃんの体温が広がる布団の中で、さらに眠気が誘われる。
「お休み。」 そっと耳元で囁いて、爽ちゃんを背中から包むようにして寝てしまった。あかんな。俺。
「そ、それとですね! 家煎さんの件は、元は水樹さんが言い出したことでして!」「うん。家煎が爽ちゃんを飲み会に無理やり引き込んだこと、よう分かっとるよ。でも、あれはあかんわ。」「ぅえ……?」「家煎の噂。昔、女上司と不倫しとったって話。知っとる?」 ―――思い出した。 そういえば中華ダイニングの女子会でまゆゆが言ってたっけ。人事の家煎さんが、女上司に媚び売るために不倫してたとかなんとか。「あれ、半分ほんま。不倫まではいってへんけど、上司にしつこいくらいちょっかいかけとったってのは本当。」「えぇっ」「家煎は軽い男やから。歓迎会でも家煎が爽ちゃんに近づかんようにするの、大変やった。」 「……もしかして先輩。家煎さんと、仲いいんですか?」「まさか。」「…………」 「同期。仲は良くも悪くもないな。昔一度だけ、一緒にグランピングしたってくらいやし。」 はい? グランピング? あの、有害無益そうなパリピ星の家煎さんと? それってドライな先輩にとっては、とっても仲がいいってことなんじゃないんですか? 次月の週末。 先輩には、家煎さん主催の飲み会には不参加を表明していたはずなのに。 朋政課長に、同期の小窪さんも来るからと言われて、結果的に無理やり参加させられることとなった。もちろん、憂先輩も一緒に。「朋政課長の好きなタイプってどんな子なの〜?」「どこにでも突っ走っていくような子供じみた子ですかねえ。あ、でも特に年齢にも性別にも制限は設けてないですよ?」「ええーじゃあアラフォーの私でもいけるってこと〜?!」「もちろん水樹さんのような世話好きな女性でも、表面上はドライ、中身はウェットな西の憂君でも僕は全然いけます!」「あっはは〜! 残念ながら憂君の表情は今ひとつ変わってない〜!!」 朋政課長を目の前にして、ビールのピッチャーからそのまま飲み干そうとする水樹さん。右隣の私が慌ててジョッキを手渡した。 左隣には小窪さんがいて、私にこっそりと耳打ちをしてくる。 「あれ、今日古馬都さんは来てないんですか?」「ああ。なんか用事があるらしくって。」「そうなんですね。」 やっぱり今日はお子さんとご飯を食べに行くと言っていた古馬都さん。大君と巡ちゃんが
「俺ら同期6人さ、研修から一緒に愚痴言い合って頑張ってきたメンバーじゃん。大した思い出もないけど、定年まで一緒に飲めたらいいよなあとは思う。」「6人とも飲めるしね。」「刈谷が一番ザルだけどな。」 いつも感情のぶれることのない、冷静なむがみん。6人で飲んでいても、むがみんが潰れることはほぼない。 今の台詞は彼が言うからこそ意味を持つのだ。同期と飲めなくなるのが、本当に寂しいんだろうなあって。「じゃあな。星へ気をつけて帰れ。」「うん、ブラックホールに吸い込まれないよう頑張る。」 違う路線のホームへと降りていくむがみん。別れ際になって、ようやく私に笑顔を見せてくれた。 そのレアな笑顔に励まされて、少しだけ勇気が湧く。スマホを鞄から取り出して、ホーム画面を点灯させる。 映るのは、先輩と二人で一緒に撮った晴雲酒造の煙突の中での写真。煙突内は暗いはずなのに、てっぺんから差す太陽光がいい具合に私たち二人を照らしている。 頭の中にぽわりと灯る光。白い鳩が飛び去って、大きくゆっくりと鐘が鳴る。好きになれる男の人なんて、一生できないと思っていた。 先輩と私、もしかしたら何かが食い違っているだけかもしれないのに。このままもう、りっくんとは一生話すこともできないの? 涙がこぼれない内に。情緒不安定になる前に。震える指で、先輩の番号をタップしようとした。「すみません。ちょっと、道を尋ねたいんですけど。」「え、」 私に話しかけてきた声の主を見れば、私が見下ろせるほどの男の子が一人と、女の子が一人。 どっちもはっきりとした顔立ちの、そっくりな子供だ。今先輩に連絡しようとしていたのに。すでに頭の中身は双子のホラー映画でいっぱい。「あの、おうみ倉庫っていう会社は、どの出口から出ればいいですか?」 物怖じせず、しっかりと私の目を見て話す男の子。そして男の子の影に隠れて、恥ずかしそうにしている女の子。 目測だと、私より20センチ以上は低いはず。「ええと、央海倉庫は私が働いている会社ですけど、東京本部でいいんですよね?」「はい。」「良かったら、道案内しますよ?」「え……いいんですか?」「はい。いいですよ。」 少し目を泳がせた男の子。偶然話しかけた相手が、まさか探している会社の人間だったなんて、当然戸惑うのも無理はない。 証拠になるかと、
祖父の1周忌で実家に帰れば、私に結婚を促す親戚は誰もおらず。それどころか、お決まりの『彼氏はいるんか?』なんていうおじさん等もいない。 みいんな、刈谷爽が昔から不思議ちゃんだということを知っているから。 祖父母の家の庭先でトカゲを捕まえて、首にリボンを巻こうとしていた裸足の女の子。誰も私を捕獲しには来なかった。 一人でグロッキーでトリッキーな物語をつぶやきながら登校した小学生時代。気味が悪い不思議ちゃんに近づいてくる友達はほぼいない。 一人だけ私という人間に線引をしなかったのは、あどけない笑顔の男の子だった。 不思議ちゃんが中学に上がれば、数学の威力を発揮する。 数学検定に数学オリンピック。でも他の教科は平均以下。 鞄につけているキーホルダーは、口から血を流したウサギや首のないゴーストライダー。 いつの間にか宇宙人に変貌を遂げた私は、周りからは精神的な部分を怪しまれた。 それでも信じてくれていた父と母。そして、唯一小学生の頃から仲の良かった男の子。 彼の家は教育一家で、小学校低学年から塾は当たり前。常に母親からは成績1位でいろと言われ続けていたこともあり、中学では学年首位を獲得していた。 でもその首位を、数学だけ私が奪ってしまったのだ。 椅子を蹴られて、睨まれて。それ以来彼は私を無視するようになった。 男の子という存在が怖くなり、女子校、女子大に通った私。 社会人になれば、生きていくために背に腹は変えられず。男嫌いだなんて人種差別をしてはならないと自分に言い聞かせ、心の中でジェンダーの壁をとっぱらった。 女性も男性も、みいんな可愛いピンクのゾウさんとして扱った。 でもね、一人だけ、ピンクのゾウさんになれなかった男の人がいたんだよ――――……。 週明けのど真ん中。 財務に呼ばれて経理部予算案の説明をしにいった際、非常階段で朋政課長と、パンツスーツ姿の女性が話し込む場面に遭遇する。 踊り場で課長は、何かの図表を指差しながら、女性に注意を促している模様。 邪魔をしてはいけないと、気配を消して階段を降りていく。「統計の項目をもっと広い視野で考えてみて。顧客ニーズを意識した、具体的な統計表を作れって僕は言っているんだよ。」 「は、はい。すみません!」 強めな課長の口調に、声を震わせ
「ごめんね憂君! ちょっと遅れた! 課長につかまっちゃって!」 ゆるふわなミルクティー色の髪を靡かせて、バレッタで綺麗に髪を留め直す古馬都さん。 肩の後ろへと髪をやる仕草が、とっても色香を放っていて。まばらにいる社員さんたちの視線を感じる。「いえ。大丈夫です。」 少しだけ気まずそうに視線を落とす憂先輩。私はどう見ていいのか分からず、“私なら大丈夫ですよ”と無理に平常心の笑顔を作る。 「あ、こんにちは刈谷さん!」「こんにちは。」 私に、まばゆい美しい笑顔を向ける古馬都さん。この人が未だ独身だというのが信じられない。 背は高く、身体のしなやかな作りが古馬都さんの美顔に大変見合っている。それに比べて身長147センチで胸だけ大きめの私は、あまりにも滑稽だ。 いつ見ても、どこにも勝てる要素がないことに胸の痛覚が反応する。人と比べて劣等感を感じるのは、今に始まったことじゃないのに。 なんでかな。先輩に近しい女性だと思うと、今まで感じたことないほどの絶対的敗北感を感じてしまう…。 「で、憂君、私に用事ってなんだった?仕事の話?」「いえ。」「暫くインフルで休んでたから、きっと憂君に沢山迷惑かけたよね。」「いえ、全然。」 はう。 憂先輩から誘ったという、真実はいつも一つの事実。 関節がカクカクと、角度をつけるようにしか動かない。 せっかくの貴重な二人のお昼休み。私が邪魔をしてはいけないと、素早く頭を下げてその場を後にしようとする。 でも、すぐに古馬都さんに呼び止められた。「そういえば刈谷さん! 今度|家煎《いえいり》君主催の飲み会行くんだって?」 「うぇっ!? い、いえ、私は、」「こないだの合同会じゃ全然喋れなかったし、私も行こうかなって思ってるの!よろしくね!」「い、いや。あの私は、」「家煎君、刈谷さん来るのすっごい楽しみにしてたよ? 早速狙われてるけど、あれはオススメしないなあ〜。」 このタイミングで、その話。 家煎さんって仕事が早すぎる。まだ午前中に出た話しじゃなかった? まずいよなと先輩に向けられない自分の顔がオートマチックにこわばれば。前からカタリと器がぶつかる音が鳴った。 「その飲み会って、いつ?」「え?」「その飲み会って、いつですか?」 憂先輩が、私を一瞥して
『爽ちゃん、仕事忙しいよな。次いつ夕飯一緒いける?』「ええと。そうですねえ、来月初めの金曜日はどうでしょうか?」 『そこまで二人きりになるの、待てん。今週の金曜は?』「すみません。。今週は祖父の1周忌で実家に変える予定でして。来週はりっくん、研修ですもんねえ。」『いややわ。どうにかなる。』 電話ですれ違いを確認したところで、先輩とお付き合いをして1ヶ月が経ちました。 年末調整業務がようやく終わったと思えば、すでに決算に向けた業務が波のように押し寄せる日々。 羅列する数字とにらめっこするのは嫌いじゃないけれど、やっぱり横浜支部とは比べ物にならない量。エクセルの枠だって小さくなるし、用紙もA3以上のポスター並。 目に良いブルーベリー効果を狙って、できる限り朝はパンにブルーベリージャムを塗って食べている。心ばかりの効果すら期待はできないのだけれど。 そもそも部署の数が倍になるから、取りまとめるにも相当な精神力を要する。 ということですから、私は仕事の業務でいっぱいいっぱい。平日ご飯に行こうにも、どちらかが残業で都合がつかず。 もっとうつつを抜かしたい私に、疲労ばかりがのしかかり、おうちに帰っておよそ30分で夢の中。 つまり、先輩とは酒蔵巡り以来デートは出来ていない状態です。 「来期の予算申請、もう財務に回したんだって?さっすが数字の鬼だね刈谷さん!」 経理部課長代理の水樹さんが、すれ違いざまに私の肩を叩いて言った。「早かったですかね? 消耗品の予算、去年よりも1割増で出しておいたんですけれど、」 「助かる助かる! だあれがペーパーレスするかってのよ。裏紙なんて、ペンで大きく『あ』って書いて裏紙にしてやるってのよ! ねえ?」 節約しないにしても、わざわざ無駄に『あ』って書くのは面倒な気もします。 お子さんが一人いらっしゃるという水樹さんは、いつも気さくに話しかけてくれる良き上司だ。 このまま出世街道を突き進みたい気持ちはあれど、お子さんのためにせいぜい課長止まりの心構えで定年まで頑張っていきたいと、歓迎会で話してくれた。「ねえ! それよりさ。刈谷さんこの間、朋政課長に呼び出されてたじゃん?」「あ。ああー……。そうでしたね。」「刈谷さんって朋政課長と仲いいの?」 爛々と輝かせた目で、食い入るように見つめられる。 水樹さ
松岡醸造には、酒蔵には珍しく、大吟醸のソフトクリームなんてもんもある。 爽ちゃんと半分こしようと、一つだけ買うた。 一つだけ買うて半分こて。これってどう考えても誰かさんへの当てつけやんな? 俺の性格の悪さがこんな場面でも発揮するとは。 爽ちゃんだけを一点に見つめて、彼女の目の前にソフトクリームを差し出す。 すぐにキラキラと目が輝きだして、なんや、ご飯を待ちわびたワンコのようにもみえるのは内緒にしとこ。「半分こしよか。」「え? わ、私と半分こ、ですか?」 「いややった?」「い、いえいえ! ええと、ではりっくんからお先にどうぞ!」 爽ちゃんの小さな顔が赤くなっとる。キラキラさせたり、赤くなったり忙しないなあ。 言われた通り、先に一口ぱくりとソフトクリームを頬張る。唇に冷たい感触が残って、舌で舐め取れば、爽ちゃんに穴が開くほど見られた。 「どないした?」「……りっくんの色気にやられそうです。」「なんやそれ。」 “色気”なんて俺にある? 妙に照れくさくなって、今度はソフトクリームを爽ちゃんの口元に差し出した。 小さく口を開けて、舌を出す姿に脳内が悶えかける。自分の口がニヤけているんやないかと、慌てて手の甲で隠した。「ん! ちゃんとお酒の風味がありますね。でもさっぱりしてる!」「うん。アルコール分はないらしいけど、さっぱりしてて美味いな。」 大吟醸ソフトは美味いし、爽ちゃんはそれ以上にかわいい。そんなことはずっと前から知っとる。 でも、俺が持つソフトクリームを、そのまま俺の手首を両手でつかんで食べる爽ちゃん、かわいくてたまらん。 リスとか、ハムスターとか、今までは小動物にも似たかわいさを感じていたけれど。自分の彼女となってからは、もっとそのかわいさが際立ってかわいい。 語彙力が瀕死になるな。「爽ちゃん、口、ついとる。」「あ、ハンカチ、」 爽ちゃんが鞄からハンカチを取り出そうとしたところで、その唇についた大吟醸ソフトを指で拭う。「爽ちゃんの唇の温度で、いい具合に温まっとる。」 自分の指についたソフトクリームを一舐めすれば、爽ちゃんがピクリと反応するのが分かった。 顔を赤くして、不意にうつむく。今俺から見えるのは、爽ちゃんの頭。艶のある髪が天使の輪っかを作っとる。 爽ちゃんの行動一つ一つがたまらなく愛お







