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第629話

作者: ルーシー
受話器越しに届いた智也の声に、玲奈は思わずスマホを握る指に力を込めた。

胸の奥も、きゅっと締めつけられる。

けれど次の瞬間には、何も聞かなかったような顔をして言った。

「切るわ」

智也は向こうで応じた。

「……ああ。

早く戻ってこい」

静まり返った空気の中では、その声がやけにはっきりと耳に残った。

前でハンドルを握っていた明人も、その言葉を聞いて目を細めた。

ルームミラー越しに玲奈を一瞥し、胸の内で舌打ちした。

玲奈がわざとあんな聞き方をしたのは、自分に智也の存在を意識させ、牽制するためだ。

それくらいはすぐにわかった。

だが意外だったのは、智也の音に、思いのほか玲奈を気にかける響きがあったことだ。

あの男は、もうすぐ沙羅と結婚するはずではなかったのか。

そう思うと、明人の眉間の皺はさらに深くなった。

まさか智也は、また気が変わって、沙羅と結婚する気をなくしたのではないか――

そんな不安が頭をもたげ、気づけばアクセルを踏む足にも力が入っていた。

後部座席の玲奈は、窓の外を流れていく景色をぼんやり眺めていた。

智也の言葉が、頭の中で何度もよみがえる。

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    智也にはわかっていた。玲奈がもう二階へ上がってきていることを。少し迷った末に、彼は隣のゲストルームの扉を叩いた。さっき階下で言い争ったばかりだった。それでも、今はどうしても扉を叩きたかった。玲奈は扉を開けると、智也をひと目見て、黙って身を引いた。「どうぞ」智也は中へ入った。ゆっくりと部屋を見回して、ようやく気づく。玲奈はこの部屋をきちんと整えていた。清潔で、無駄がなく、それでいてどこかやわらかな温もりがある。まだ数日しか使っていないはずなのに、すでにこの空間は、玲奈らしい居心地のよさを帯びていた。それを見ているうちに、智也はふと昔のことを思い出した。玲奈は昔から、小さな雑貨を買っては部屋に飾るのが好きだった。だがその頃の彼は、そんなものを好まなかったし、安っぽいとまで言っていた。今思えば、自分のほうが思いやりを欠いていたのかもしれない。玲奈は扉を閉め、智也のそばまで歩み寄った。そして顔を上げて言った。「追い出しに来たなら、わざわざ言わなくて結構よ。私のほうから出ていくから」どうせ、彼女はもう一刻だって小燕邸にいたくなかった。その言い方を聞き、智也は探るように問い返した。「……愛莉の言葉を聞いたのか?」玲奈は意に介さないように言った。「それが何か問題?」「問題だ」智也はきっぱりと言った。けれど玲奈は答えない。ただじっと彼を見つめるばかりだった。長い沈黙のあと、智也はようやく低い声で口を開いた。「追い出すつもりはない。ここへ来たのは……シャツを二枚、アイロンがけしてほしかっただけだ」その言葉に、玲奈は少し意外そうな顔をした。「でしたら、宮下さんを呼んでくるわ」そう言って、そのまま部屋を出ようとする。だが智也の脇を通り過ぎようとした瞬間、彼の手が伸び、玲奈の細い腕をつかんだ。次の瞬間、ぐっと引き寄せられる。玲奈の身体はあっけなく智也の腕の中へ引き込まれ、その厚い胸に閉じ込められた。玲奈は身をよじって逃れようとしたが、びくともしない。「智也、何をするつもり?」声を荒げると、智也の胸がひやりとした玲奈の背にぴたりと触れた。彼の唇は耳もとをかすめるように滑り、そのまま低く囁いた。「二人目はだめになった。だった

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