本宮さんを見送り夕食を食べた後、僕は自室で今日の復習をしていた。学校の授業で、少しわかりにくいと思っていたところだ。もちろん、明日のテストのためでもある。
本宮さんの解説を思い出しながら自分なりに勉強していると、スマホが着信を知らせた。確認すると、遼からだった。
「もしもし、どうしたの?」
電話に出ると、
『どうしたの? じゃねえよ。メッセくれたじゃん』
と、呆れながら遼が言った。
そういえばと、次の日曜日についてメッセージを送っていたことを思い出す。
「ごめん、忘れてた」
申し訳程度に謝ると、遼は『重要なことだぞー』と棒読みで言った。
『まあいいや。それで、日曜日、カラオケだっけ?』
「うん。ワンのすけに集合なんだけど、何時がいいかな? 本宮さんは、こっちに合わせてくれるみたいなんだよね」
『そっか。わりと早めに行った方が、部屋は空いてると思うけど』
うーんと、遼は考え込んでいる様子だ。
「ワンのすけの開店時間って、何時だっけ?」
開店時間を把握していないため、僕は遼にたずねた。
ワンのすけの会員になっているのは、僕ではなく遼だからだ。
『たしか、朝9時だったはず』
「じゃあ、そのくらいの時間の方がいいのかな?」
『いや、開店直後は早すぎじゃね? さすがに声、出ねえよ』
と、遼が苦笑する。
たしかに、朝早いと僕も声が出にくかったりする。
何時がいいのか思案していると、
『そうだな……10時とかは?』
と、代案を出してくれた。
僕はうなずいて、
「本宮さんにも伝えておくよ」
『よろしく。日曜日が楽しみだぜ!』
遼は、待ち遠しいとばかりにそう言った。
また明日と言って電話を切ると、僕はすぐに本宮さんにメッセージを送った。電話でもよかったけれど、長話をしてしまいそうだったのでやめた。
わりとすぐに、スマホがメッセージの到着を知らせる。もちろん、送り主は本宮さんだ。メッセージには、集合時間の15分前くらいに迎えに行くとあった。
「いやいやいや、そんなの悪いよ!」
つい、そうつぶやいてしまう。
それをそのまま書いて送信すると、すぐに『俺が会いたいの!』とメッセージが来た。
「~~~っ! そんなの、僕だって会いたいよ!」
机に突っ伏して、素直な気持ちを言葉にする。
瞬間、笑顔の本宮さんが脳裏に浮かんだ。自然に口もとが緩んでしまう。それで改めて思った。僕は、本当に本宮さんが好きなのだと。
『わかった、待ってるね』とメッセージを送ると、
「さてと。日曜日のためにも復習しようっと」
気持ちを切り替えるようにつぶやいて、ノートを開く。30分ほど勉強してから眠りについた。
それから日曜日までは、何の問題もなくすぎていった。本宮さんから出題されたテストも、難なくクリアできた。勝手にお仕置きがあると想像していたけれど、本宮さんは特に何も考えていなかったらしい。それを聞いて、少し拍子抜けだった。でも、それで確実に身につくのだから、自分の中でそういう想定をすることもありだと思えた。ちょっとだけ、自分なりの勉強方法がわかってきた気がする。
土曜日の夜、僕はいつもと同じ時間にベッドに入った。早く寝てもよかったのだけれど、そうするとなかなか眠れない。この前みたいに、翌日にあくびをかみ殺しているのは、さすがに避けたかった。遼と本宮さんに申し訳ないし、何より、僕自身が万全の状態で楽しめなくなるのが嫌だった。
アラームをセットして目を閉じる。案外早く、僕は眠りに落ちていった。
* * * *
翌日、僕はアラームが鳴る前に目が覚めた。時計を確認すると、朝8時55分だった。
「まだ9時になってないじゃん」
僕は、あくびをしながらぼやく。けれど、二度寝をする気にはなれなかった。二度寝をしたら、確実に集合時間に遅れる自信がある。
支度を済ませると、僕はリビングに向かった。
軽くでも朝食を食べておかないと、空腹で体調が悪くなってしまうのだ。
リビングには誰もいなかった。両親は、すでに仕事に行ってしまったらしい。その代わり、テーブルにサンドイッチが置かれていた。具材は、たまごとツナ。どちらも僕の大好物だ。
もう一度あくびをすると、僕は冷蔵庫から牛乳を取り出した。サンドイッチにはこれ、と決めているわけではない。ただなんとなく、冷たいものが飲みたかった。
テレビをBGM代わりにしながら、朝食を食べる。たまごサンドは、マスタードが入っているのかピリッと辛い。でも、それがアクセントになっていて美味しい。ツナサンドもコショウが効いていて美味しかった。
食べながら、何を歌おうか考える。とはいえ、そこまで多くの曲を知っているわけではない。好きな歌手は何人かいるから、その人たちの曲を歌おうかななんて思う。
(本宮さんは、何を歌うんだろう?)
ふと、そんな疑問が頭をよぎった。
本宮さんがどんな曲を聞くのかは、前に少しだけ聞いたことがある。でも、今までに本宮さんとカラオケに行ったことはなかった。行きたくないわけではなく、単純に行く機会がなかったからだ。
もちろん、遼の存在も忘れていない。今日は、何と言っても遼と本宮さんの初顔合わせなのだから。
食事を終えて片づけをしていると、チャイムが鳴った。間違いなく、本宮さんだろう。僕は、大声で返事をしながら玄関に向かった。
胸の高鳴りを感じて、深呼吸をしてから扉を開ける。私服の本宮さんが立っていた。白シャツと黒のデニムパンツはおなじみだけれど、チョコレートブラウンの薄手のジャケットは初めて見た。
「おはよう。行けるか?」
そうたずねる本宮さんは、相変わらずかっこよく決まっている。
あいさつをした僕は、少し待っててもらうように告げて自室に戻った。財布を入れているショルダーバッグを持って階段を駆け下りる。もちろん、キャラメル色のブレスレットを右手首につけるのも忘れない。
「お待たせ!」
「そんなに急がなくてもいいぞ」
危ないからと、本宮さんが苦笑する。
危ないのは承知の上だけれど。
「本宮さんをあんまり待たせたくなかったから」
素直に言うと、本宮さんはふにゃりと笑って頭をなでてくれた。
それがうれしくもあり、少しくすぐったい。
「ねえ、行こう」
僕は、本宮さんをうながして歩き出した。
車に乗り込み、目的地へと向かう。ちらりと本宮さんの左手首を見ると、僕がプレゼントしたブレスレットが見えた。家庭教師として家に来る時は、つけていなかったような気がする。
「どうした?」
僕の視線に気がついたのか、運転している本宮さんにたずねられた。
「あ、いや、ブレスレット。今日はつけてるんだなって思って」
僕は、何気ないふうを装ってそう口にする。
「ああ、これか。休日限定でつけてるんだよ。特別なものだからな」
と、普段と変わらない口調で答える本宮さん。
でも、その台詞は、僕を赤面させるには充分すぎるもので。うれしすぎるあまり、僕はうつむいてしまった。
「照れるなよ。本当のことなんだから」
本宮さんの優しい声が聞こえるけれど、カラオケ店の駐車場に到着するまで、僕は顔を上げられなかった。
僕たちがワンのすけに到着したのは、集合時間の5分前だった。駐車場には、そこそこ車が停まっている。でも、そこまで混んでいるふうでもない。
遼は来ているだろうかと、視線を巡らせる。けれど、それらしい姿はなかった。
「まだ来てないのかな?」
つぶやくと、
「とりあえず、店内に行ってみようか」
と、本宮さんが言った。
僕は、うなずいて車を降りる。日差しは、少しだけ夏の名残があるけれど、空気は秋を感じさせるように澄んでいた。それがとても気持ちよくて、大きく伸びをする。それから、本宮さんと一緒にワンのすけの正面入り口に向かった。途中、店の壁際に設置されている駐輪場に、遼の自転車が停まっているのを見つけた。
入り口の自動ドアを通ると、正面に受付カウンターが、右側にラウンジスペースがある。ラウンジスペースには、テーブルが2個と椅子が8脚ほど設置されている。その内の1つに、私服姿の遼が座っていた。
「遼!」
声をかけると、僕たちに気がついたらしい遼が駆け寄ってきた。
「おはよう、優樹」
「おはよう。ごめん、待たせた?」
「いや、俺もさっき来たとこ。えっと……本宮さん、ですか?」
遼は、僕の後ろにいる本宮さんに気づいたのか、おずおずと声をかける。
「ん? ああ、そうだよ。もしかして、君が渋井遼君かい?」
と、本宮さんが確認するように聞いた。
「はい! 渋井遼です! 優樹の親友をやらせてもらってます」
と、背筋をピンと伸ばして遼が答える。
授業で先生に当てられた時よりも、背筋が伸びているような気がする。でも、僕はあえて言わなかった。水を差したくなかったからだ。
本宮さんが、改めてと言って自己紹介をする。
「優樹から聞いたけど、俺に会いたいって言ってくれてたみたいだね」
微笑みながら言う本宮さんの声が、僕と話す時とは違って、なんだかよそ行きのように聞こえた。もしかしたら、気のせいかもしれないけれど。
「はい! 優樹からおしゃれでかっこいい人だって聞いて、ファッションのこととか、いろいろ教えてもらいたいなって思いまして」
本宮さんを見る遼の真っ直ぐな瞳が、きらきらと輝いている。どうやら、僕が思った以上に好印象を抱いているらしい。少し安心した。
「そっか。優樹がそんなことを、ね」
本宮さんのどこか含みのある言葉と視線が突き刺さる。
そろそろと本宮さんに視線を向けると、何か言いたそうににやけている。
「本宮さん?」
問いかけるように名前を呼ぶけれど、彼は答えてくれない。その代わり、頭を優しくなでられた。
「俺でよければ」
アドバイスになるかどうかはわからないけれどと、注釈を入れつつ本宮さんが遼に向けて言った。その間、僕はなでられたままだった。
「やった! ありがとうございます!」
遼は、満面の笑みでお礼を言っている。何はともあれ、紹介してよかった。
「さて、それじゃあ歌おうか」
本宮さんが切り替えるように言って、受付に向かった。
僕と遼は同時にうなずいて、彼について行く。
すんなりと受付を済ませた本宮さん。ずいぶん慣れているように見える。よく利用しているのかもしれない。利用時間は、フリータイムにしたとのこと。歌だけでなくいろんな話もするだろうから、フリータイムはありがたい。僕たちは、人数分のコップとマイクが入ったかごを受け取り、指定された部屋へと向かう。
僕たちが利用する部屋は、そこそこの広さがある部屋で最新のカラオケ機器が置かれていた。クリーム色を基調とした室内は、明るくてきれいな印象だった。部屋の中央に大きめのテーブルが置いてあり、使い勝手がよさそうだ。椅子はというと、ゆったりとしたソファーが床に据えつけられている。
荷物を置いた僕と遼は、さっそくドリンクバーへと向かう。本宮さんは荷物番をしてくれるというので、彼の分の飲み物も一緒に取りに行くことにした。
「なあなあ。本宮さんって、どんな歌、歌うんだ?」
と、テンションの高い遼が聞いてくる。
「うーん、何だろ? わかんない」
素直に答えると、遼は意外だと言うような顔をした。
「カラオケデートしたことねえの?」
「うん、ないよ。だから、本宮さんの歌声を聞くのは、今日が初めてかな」
そう言って、胸をときめかせている自分に気がついた。思っていた以上に、僕は今日のカラオケを楽しみにしていたらしい。
「へえ、そうなんだ。じゃあ、楽しみだな」
と、コップに冷たいウーロン茶を注ぎながら、遼は少年のような笑みを浮かべる。
僕は大きくうなずいて、2人分のレモネードを注ぐ。本宮さんに何がいいか聞いたところ、僕と同じものでいいと言っていたのだ。
僕たちが部屋に戻ると、本宮さんは部屋に備えつけてあるタブレット端末を真剣な表情で眺めていた。ジャケットは脱いだらしく、彼の左隣の座席に置かれている。窓から入る日差しに照らされて、彼が着ている七分丈の白いシャツがまぶしい。
「ただいま。はい、本宮さんの分」
と、僕は持っていたコップの片方を本宮さんの前に置いた。
「ああ、サンキュー」
ふわりと柔らかに微笑んで、本宮さんがお礼を言う。けれど、次の瞬間には、また真剣な表情に戻ってタブレットを凝視している。
「そんな真剣に、何悩んでるの?」
本宮さんの右側の席に座り、僕はそう聞いてみた。
僕の対面に座った遼も、不思議な顔で本宮さんを見ている。
「いや、何を歌おうかと思ってな」
と、苦笑する本宮さん。どうせなら、2人が知っている曲がいいだろうと、いろいろ探してくれていたらしい。
僕は、気まずさを抱えながらたこ焼きを食べる。先ほどまでは、専門店にも引けを取らないくらいの美味しさだったのに、今はほとんど味がしない。でも、遼と本宮さんは、特に気にしているふうでもなく、談笑しながら食事を再開している。2人の様子を見ていると、自分が考えすぎているだけなのではと思ってしまう。食事が終わった後、2時間ほど歌うことになった。遼も本宮さんも楽しそうに熱唱していたけれど、僕は全力では楽しめなかった。どうしても、遼の爆弾発言が気になってしかたがない。途中、本宮さんが僕を気遣ってくれたけれど、何でもないで押し通した。さずがに、この場で気軽に聞けるようなことでもないし、そんな度胸を持ち合わせてはいない。結果、僕の気持ちは晴れないまま、解散することになった。会計は割り勘になるものとばかり思っていたけれど、自分が払うからと本宮さんに押し切られてしまった。申し訳ないような気もするけれど、ここは素直に甘えることにした。受付カウンターには、珍しく男性の店員さんがいた。いつもは、女性の店員さんが対応しているから、何だか新鮮な感じがする。僕よりも少しだけ背の高いその店員さんは、淡々と業務をこなしていく。決して愛想がいいとは言えないけれど、仕事なのだからそういうものなのかもしれない。会計も無事に終わり、僕たちは受付カウンターに背を向ける。店を出ようとしたところで、僕はふと背後に視線を感じた。じっとりとまとわりつくような感覚に、思わず振り返る。先ほど対応してくれた男性の店員さんが、じっと僕を見つめていた。「優樹。どうかした?」急に振り返った僕に気づいたのか、遼に声をかけられた。「あ、いや、何でもない」言って、足早に2人のもとへと向かう。なんとなく、店員さんの視線に恐怖を感じた。それはささいなものだったけれど、ほんの一瞬、心の中のもやもやを忘れるほどだった。歌った曲や食べた料理のことを話しながら駐輪場まで行くと、先ほど感じた恐怖はきれいさっぱり消えていた。何だったのだろうと思いつつ、気にしないことにした。それよりも、今は遼の動向が気になる。自分の自転車の前で立ち止まった遼は、本宮さんにお礼を言っていた。爆弾
「そんな、俺たちのことなんて気にしないでくださいよ」「そうそう、本宮さんがいつも歌う曲でいいからさ」遼と僕がそう言うと、本宮さんは「そうか?」なんて言って曲を選択する。本宮さんが入れた曲は、激しい曲調のハードロックだった。イントロを聞いた瞬間、僕が知っている曲だとすぐにわかった。もともと母さんが好きな曲で、幼い頃から一緒に聴いていたのだ。まさか、本宮さんがこの曲を歌うとは思っていなかった。否が応でも、僕のテンションは急上昇する。本宮さんは、歌も上手だった。普段の声よりも少し低めだけれど、耳の奥に甘く響くような、そんな歌声。この声で口説かれたら、誰だって一発で恋に落ちると思う。僕は、自分が歌う曲を入力することも忘れて、本宮さんの歌声に聞き入っていた。そんな中、右腕を軽く叩かれた。見ると、遼がタブレット端末を差し出しているところだった。うなずいた僕は、タブレットを受け取って曲を探す。何を歌うか決めていなかったから、歌手名を入れて検索しては、あれでもないこれでもないと曲名を見送っていく。悩みながらそれを何回かくり返し、ようやく歌う曲を入力した。僕がタブレットを本宮さんの前に置くと、本宮さんは歌いながら優しいまなざしをくれた。その瞳にドキッとして、思わず視線をそらしてしまった。ちょうど遼の方に顔を向けた形になり、にやにやしている遼と目が合った。それが何だか恥ずかしくて、照れ隠しにレモネードを飲む。その冷たさのおかけで、ほんの少しだけ冷静さを取り戻せたような気がした。歌い終わった本宮さんがマイクを置くと、「本宮さん。歌、上手いですね!」と、遼が称賛する。僕も大きくうなずいた。「そうか? ありがとな。久しぶりに歌ったから、ちょっと不安だったんだ」と言って、本宮さんがレモネードをのどに流し込む。(本宮さんでも不安に思ったりするんだ)と、僕は純粋な感想を抱いた。いつも落ち着いていて堂々としているから、ちょっと意外だった。聞き慣れたイントロが流れ、遼がマイクを握る。人気アニメのタ
本宮さんを見送り夕食を食べた後、僕は自室で今日の復習をしていた。学校の授業で、少しわかりにくいと思っていたところだ。もちろん、明日のテストのためでもある。本宮さんの解説を思い出しながら自分なりに勉強していると、スマホが着信を知らせた。確認すると、遼からだった。「もしもし、どうしたの?」電話に出ると、『どうしたの? じゃねえよ。メッセくれたじゃん』と、呆れながら遼が言った。そういえばと、次の日曜日についてメッセージを送っていたことを思い出す。「ごめん、忘れてた」申し訳程度に謝ると、遼は『重要なことだぞー』と棒読みで言った。『まあいいや。それで、日曜日、カラオケだっけ?』「うん。ワンのすけに集合なんだけど、何時がいいかな? 本宮さんは、こっちに合わせてくれるみたいなんだよね」『そっか。わりと早めに行った方が、部屋は空いてると思うけど』うーんと、遼は考え込んでいる様子だ。「ワンのすけの開店時間って、何時だっけ?」開店時間を把握していないため、僕は遼にたずねた。ワンのすけの会員になっているのは、僕ではなく遼だからだ。『たしか、朝9時だったはず』「じゃあ、そのくらいの時間の方がいいのかな?」『いや、開店直後は早すぎじゃね? さすがに声、出ねえよ』と、遼が苦笑する。たしかに、朝早いと僕も声が出にくかったりする。何時がいいのか思案していると、『そうだな……10時とかは?』と、代案を出してくれた。僕はうなずいて、「本宮さんにも伝えておくよ」『よろしく。日曜日が楽しみだぜ!』遼は、待ち遠しいとばかりにそう言った。また明日と言って電話を切ると、僕はすぐに本宮さんにメッセージを送った。電話でもよかったけれど、長話をしてしまいそうだったのでやめた。わりとすぐに、スマホがメッセージの到着を知らせる。もち
翌日。僕は、本宮さんからもらったブレスレットをバッグに忍び込ませて登校した。アクセサリー類は、基本的に着用禁止だ。でも、バッグの中にしまっておく分には何も言われない。抜き打ち検査で見つかる可能性もあるけれど、それは例外中の例外だ。 ブレスレットをバッグに入れたのは、本当になんとなくだ。無意識のうちに、本宮さんの存在を求めていたのかもしれない。 「優樹。何か、いいことあったろ?」 昼休み、持参した弁当を教室で食べていると、僕の対面で弁当を食べている茶髪の男子生徒にたずねられた。僕の親友である渋井遼だ。遼は、何かを確信しているような口ぶりだった。 「何で?」 「いや、朝からずっとにやけてたからさ」 「え!? そんなに?」 僕は、慌てて自分のほほに手をあてる。赤くなっているのか、いつもより熱い。 「もしかして、昨日、本宮さんとデートにでも行ったとか?」 遼はそう言って、にまにまと笑みを浮かべる。 「何で知ってんの!?」 一発で当てられてしまい、僕は驚いてしまった。 1年前、本宮さんに告白された僕は、どうすればいいかわからなくて遼に相談した。結果的には、自分に正直になれと言われたけれど、一緒に悩んでくれた。そういうこともあって、遼は僕と本宮さんがつきあっていることを知っているのだ。 でも、昨日のデートのことはまったく話していない。どうして知っているのだろう。 「マジかよ。カマかけただけなのに。で? どこ行ったんだよ?」 さっさと白状してしまえとばかりに、遼が詰め寄ってくる。 「実は、隣町のアウトレットモールに……」 照れながらも、僕は正直に答えた。 洋服店に立ち寄っていろいろな服を試着したことや、本宮さんがどんな服でも似合うことなども話した。 「いいね、ショッピングデート! 俺も行きたいなー」 「遼が買いそうな服、何かあったかな?」 昨日行った店を思い出し
「んーー! 美味いー!」ほほが緩んで、思わず声がもれる。「そっか、ならよかった」と、優しく微笑む本宮さん。その笑顔にまたドキッとして、僕は反射的に本宮さんから視線をはずした。「別に恥ずかしいことじゃねえだろ? 俺だって、美味いものは美味いって言うぜ?」苦笑する本宮さんに、そうだけれどと反論しかけて言葉を飲み込んだ。本宮さんの笑顔にドキッとしたなんて、まだ恥ずかしくて言えない。『好き』という言葉ですら、いまだに言えていないのだ。* * * *パンケーキを堪能した僕たちは、食後のコーヒーで喉を潤していた。とは言っても、僕はブラックコーヒーが苦手だ。なので、角砂糖を2個ほど入れている。「美味しかったー! 本当に来てよかったよ。ありがとう、本宮さん」と、素直に感謝を伝えると、本宮さんはまた少年のような笑顔を浮かべた。「そう言ってもらえると、誘ったこっちとしてもうれしいぜ。この後、他の店でも見てみるか?」「うん! あ、でもその前に……」そう言って、僕はショルダーバッグの中からラッピングされた小さな箱を取り出した。昨日買った、本宮さんへのプレゼントだ。「はい、これ。誕生日おめでとう!」と、シンプルなラッピングがされたプレゼントを差し出す。「ありがとう……! まさか、もらえるとは思ってなかったから、すごくうれしいよ!」そう言って受け取った本宮さんが、さっそく開けていいかとたずねた。もちろんと、僕は大きくうなずいた。期待と不安が、心の中で渦巻いている。本宮さんがラッピングを取ると、黒い箱が現れる。それを開けると、紫色と黒色のレザーが編み込まれたブレスレットが入っていた。それを見た本宮さんはにんまりして、「……いいじゃん」と、一言だけつぶやいた。その一言で、僕はものすごくホッとした。気に入ってもらえたようでよかった。「優樹、ありがとな。でもこれ、高かったんじゃねえか?」「ううん。予算内で収まる金
(えっと……どれにしようかな?)僕は、目の前に並んでいるブレスレットを見ながらとても悩んでいた。自分用に買うのなら、こんなに悩むことはない。直感でこれっていうものを選べばいいのだから。でも、今日買うものは、誕生日のプレゼントだ。それも恋人への。(本宮さん、どんなのが好きなんだろ?)考えながら、本宮さんを思い浮かべる。普段からアクセサリーはしているけれど、ピアスだけだったような気がする。それも、ピアス穴が開いているのは、左だけだったような……。だから、ピアスは却下。大抵のピアスは、左右そろって販売されていることが多いからだ。チョーカーとかネックレスは、デザインが豊富だから、人によって好みの振り幅が大きい。僕がプレゼントしたものが、もし、本宮さんの好みじゃなかったらなんて考えると、怖くてとても選べない。その点、ブレスレットなら、ある程度デザインは似通ってくるだろうと思った。だから、こうしてブレスレットが並ぶ棚を見ているのだけれど、正直なところ、本宮さんが好きそうなデザインがまったくわからない。本宮さんと知り合って1年しか経っていないから、彼のことをあまり知らないというのもあるのかもしれない。1年前、僕は初めて学校の中間テストで赤点を取ってしまった。高校に入って初めての中間テストということで、変に緊張していたのだと思う。思うように問題が解けず、白紙に近いまま答案用紙を出した。その結果が、クラス唯一の赤点だった。クラスメイトや先生は、気を遣って慰めてくれたけれど、親には――とくに母さんにはこっぴどく叱られてしまった。わからなくても何か書いておけば、どうにかなったかもしれないのにと。テスト中の僕は、頭が真っ白になって、そんなことなんか考えられなかった。小学生の時も中学生の時も、問題文をちゃんと読めば理解できたし、答えも考えれば浮かんできたのに。中間テストの結果が出てすぐに、母さんが家庭教師を雇った。赤点を取った僕を案じてのことだったらしい。そして、この家庭教師というのが、本宮昌義さんだ。僕より背が高くて、体格がいい。ワイルド系の顔立ちで見た目はちょっと近寄りがたいけれど、とても優しくて勉強の教え方が上手い。学校の授業で理解できなかったところが、本宮さんの解説でちゃんと理解できたなんてことが、数多くあるくらいだ。そんな本宮さんは、どうやら僕が好きなタイプ