Share

第4話

Penulis: 倉谷みこと
last update Terakhir Diperbarui: 2025-06-18 11:00:31

本宮さんを見送り夕食を食べた後、僕は自室で今日の復習をしていた。学校の授業で、少しわかりにくいと思っていたところだ。もちろん、明日のテストのためでもある。

本宮さんの解説を思い出しながら自分なりに勉強していると、スマホが着信を知らせた。確認すると、遼からだった。

「もしもし、どうしたの?」

電話に出ると、

『どうしたの? じゃねえよ。メッセくれたじゃん』

と、呆れながら遼が言った。

そういえばと、次の日曜日についてメッセージを送っていたことを思い出す。

「ごめん、忘れてた」

申し訳程度に謝ると、遼は『重要なことだぞー』と棒読みで言った。

『まあいいや。それで、日曜日、カラオケだっけ?』

「うん。ワンのすけに集合なんだけど、何時がいいかな? 本宮さんは、こっちに合わせてくれるみたいなんだよね」

『そっか。わりと早めに行った方が、部屋は空いてると思うけど』

うーんと、遼は考え込んでいる様子だ。

「ワンのすけの開店時間って、何時だっけ?」

開店時間を把握していないため、僕は遼にたずねた。

ワンのすけの会員になっているのは、僕ではなく遼だからだ。

『たしか、朝9時だったはず』

「じゃあ、そのくらいの時間の方がいいのかな?」

『いや、開店直後は早すぎじゃね? さすがに声、出ねえよ』

と、遼が苦笑する。

たしかに、朝早いと僕も声が出にくかったりする。

何時がいいのか思案していると、

『そうだな……10時とかは?』

と、代案を出してくれた。

僕はうなずいて、

「本宮さんにも伝えておくよ」

『よろしく。日曜日が楽しみだぜ!』

遼は、待ち遠しいとばかりにそう言った。

また明日と言って電話を切ると、僕はすぐに本宮さんにメッセージを送った。電話でもよかったけれど、長話をしてしまいそうだったのでやめた。

わりとすぐに、スマホがメッセージの到着を知らせる。もちろん、送り主は本宮さんだ。メッセージには、集合時間の15分前くらいに迎えに行くとあった。

「いやいやいや、そんなの悪いよ!」

つい、そうつぶやいてしまう。

それをそのまま書いて送信すると、すぐに『俺が会いたいの!』とメッセージが来た。

「~~~っ! そんなの、僕だって会いたいよ!」

机に突っ伏して、素直な気持ちを言葉にする。

瞬間、笑顔の本宮さんが脳裏に浮かんだ。自然に口もとが緩んでしまう。それで改めて思った。僕は、本当に本宮さんが好きなのだと。

『わかった、待ってるね』とメッセージを送ると、

「さてと。日曜日のためにも復習しようっと」

気持ちを切り替えるようにつぶやいて、ノートを開く。30分ほど勉強してから眠りについた。

それから日曜日までは、何の問題もなくすぎていった。本宮さんから出題されたテストも、難なくクリアできた。勝手にお仕置きがあると想像していたけれど、本宮さんは特に何も考えていなかったらしい。それを聞いて、少し拍子抜けだった。でも、それで確実に身につくのだから、自分の中でそういう想定をすることもありだと思えた。ちょっとだけ、自分なりの勉強方法がわかってきた気がする。

土曜日の夜、僕はいつもと同じ時間にベッドに入った。早く寝てもよかったのだけれど、そうするとなかなか眠れない。この前みたいに、翌日にあくびをかみ殺しているのは、さすがに避けたかった。遼と本宮さんに申し訳ないし、何より、僕自身が万全の状態で楽しめなくなるのが嫌だった。

アラームをセットして目を閉じる。案外早く、僕は眠りに落ちていった。

* * * *

翌日、僕はアラームが鳴る前に目が覚めた。時計を確認すると、朝8時55分だった。

「まだ9時になってないじゃん」

僕は、あくびをしながらぼやく。けれど、二度寝をする気にはなれなかった。二度寝をしたら、確実に集合時間に遅れる自信がある。

支度を済ませると、僕はリビングに向かった。

軽くでも朝食を食べておかないと、空腹で体調が悪くなってしまうのだ。

リビングには誰もいなかった。両親は、すでに仕事に行ってしまったらしい。その代わり、テーブルにサンドイッチが置かれていた。具材は、たまごとツナ。どちらも僕の大好物だ。

もう一度あくびをすると、僕は冷蔵庫から牛乳を取り出した。サンドイッチにはこれ、と決めているわけではない。ただなんとなく、冷たいものが飲みたかった。

テレビをBGM代わりにしながら、朝食を食べる。たまごサンドは、マスタードが入っているのかピリッと辛い。でも、それがアクセントになっていて美味しい。ツナサンドもコショウが効いていて美味しかった。

食べながら、何を歌おうか考える。とはいえ、そこまで多くの曲を知っているわけではない。好きな歌手は何人かいるから、その人たちの曲を歌おうかななんて思う。

(本宮さんは、何を歌うんだろう?)

ふと、そんな疑問が頭をよぎった。

本宮さんがどんな曲を聞くのかは、前に少しだけ聞いたことがある。でも、今までに本宮さんとカラオケに行ったことはなかった。行きたくないわけではなく、単純に行く機会がなかったからだ。

もちろん、遼の存在も忘れていない。今日は、何と言っても遼と本宮さんの初顔合わせなのだから。

食事を終えて片づけをしていると、チャイムが鳴った。間違いなく、本宮さんだろう。僕は、大声で返事をしながら玄関に向かった。

胸の高鳴りを感じて、深呼吸をしてから扉を開ける。私服の本宮さんが立っていた。白シャツと黒のデニムパンツはおなじみだけれど、チョコレートブラウンの薄手のジャケットは初めて見た。

「おはよう。行けるか?」

そうたずねる本宮さんは、相変わらずかっこよく決まっている。

あいさつをした僕は、少し待っててもらうように告げて自室に戻った。財布を入れているショルダーバッグを持って階段を駆け下りる。もちろん、キャラメル色のブレスレットを右手首につけるのも忘れない。

「お待たせ!」

「そんなに急がなくてもいいぞ」

危ないからと、本宮さんが苦笑する。

危ないのは承知の上だけれど。

「本宮さんをあんまり待たせたくなかったから」

素直に言うと、本宮さんはふにゃりと笑って頭をなでてくれた。

それがうれしくもあり、少しくすぐったい。

「ねえ、行こう」

僕は、本宮さんをうながして歩き出した。

車に乗り込み、目的地へと向かう。ちらりと本宮さんの左手首を見ると、僕がプレゼントしたブレスレットが見えた。家庭教師として家に来る時は、つけていなかったような気がする。

「どうした?」

僕の視線に気がついたのか、運転している本宮さんにたずねられた。

「あ、いや、ブレスレット。今日はつけてるんだなって思って」

僕は、何気ないふうを装ってそう口にする。

「ああ、これか。休日限定でつけてるんだよ。特別なものだからな」

と、普段と変わらない口調で答える本宮さん。

でも、その台詞は、僕を赤面させるには充分すぎるもので。うれしすぎるあまり、僕はうつむいてしまった。

「照れるなよ。本当のことなんだから」

本宮さんの優しい声が聞こえるけれど、カラオケ店の駐車場に到着するまで、僕は顔を上げられなかった。

僕たちがワンのすけに到着したのは、集合時間の5分前だった。駐車場には、そこそこ車が停まっている。でも、そこまで混んでいるふうでもない。

遼は来ているだろうかと、視線を巡らせる。けれど、それらしい姿はなかった。

「まだ来てないのかな?」

つぶやくと、

「とりあえず、店内に行ってみようか」

と、本宮さんが言った。

僕は、うなずいて車を降りる。日差しは、少しだけ夏の名残があるけれど、空気は秋を感じさせるように澄んでいた。それがとても気持ちよくて、大きく伸びをする。それから、本宮さんと一緒にワンのすけの正面入り口に向かった。途中、店の壁際に設置されている駐輪場に、遼の自転車が停まっているのを見つけた。

入り口の自動ドアを通ると、正面に受付カウンターが、右側にラウンジスペースがある。ラウンジスペースには、テーブルが2個と椅子が8脚ほど設置されている。その内の1つに、私服姿の遼が座っていた。

「遼!」

声をかけると、僕たちに気がついたらしい遼が駆け寄ってきた。

「おはよう、優樹」

「おはよう。ごめん、待たせた?」

「いや、俺もさっき来たとこ。えっと……本宮さん、ですか?」

遼は、僕の後ろにいる本宮さんに気づいたのか、おずおずと声をかける。

「ん? ああ、そうだよ。もしかして、君が渋井遼君かい?」

と、本宮さんが確認するように聞いた。

「はい! 渋井遼です! 優樹の親友をやらせてもらってます」

と、背筋をピンと伸ばして遼が答える。

授業で先生に当てられた時よりも、背筋が伸びているような気がする。でも、僕はあえて言わなかった。水を差したくなかったからだ。

本宮さんが、改めてと言って自己紹介をする。

「優樹から聞いたけど、俺に会いたいって言ってくれてたみたいだね」

微笑みながら言う本宮さんの声が、僕と話す時とは違って、なんだかよそ行きのように聞こえた。もしかしたら、気のせいかもしれないけれど。

「はい! 優樹からおしゃれでかっこいい人だって聞いて、ファッションのこととか、いろいろ教えてもらいたいなって思いまして」

本宮さんを見る遼の真っ直ぐな瞳が、きらきらと輝いている。どうやら、僕が思った以上に好印象を抱いているらしい。少し安心した。

「そっか。優樹がそんなことを、ね」

本宮さんのどこか含みのある言葉と視線が突き刺さる。

そろそろと本宮さんに視線を向けると、何か言いたそうににやけている。

「本宮さん?」

問いかけるように名前を呼ぶけれど、彼は答えてくれない。その代わり、頭を優しくなでられた。

「俺でよければ」

アドバイスになるかどうかはわからないけれどと、注釈を入れつつ本宮さんが遼に向けて言った。その間、僕はなでられたままだった。

「やった! ありがとうございます!」

遼は、満面の笑みでお礼を言っている。何はともあれ、紹介してよかった。

「さて、それじゃあ歌おうか」

本宮さんが切り替えるように言って、受付に向かった。

僕と遼は同時にうなずいて、彼について行く。

すんなりと受付を済ませた本宮さん。ずいぶん慣れているように見える。よく利用しているのかもしれない。利用時間は、フリータイムにしたとのこと。歌だけでなくいろんな話もするだろうから、フリータイムはありがたい。僕たちは、人数分のコップとマイクが入ったかごを受け取り、指定された部屋へと向かう。

僕たちが利用する部屋は、そこそこの広さがある部屋で最新のカラオケ機器が置かれていた。クリーム色を基調とした室内は、明るくてきれいな印象だった。部屋の中央に大きめのテーブルが置いてあり、使い勝手がよさそうだ。椅子はというと、ゆったりとしたソファーが床に据えつけられている。

荷物を置いた僕と遼は、さっそくドリンクバーへと向かう。本宮さんは荷物番をしてくれるというので、彼の分の飲み物も一緒に取りに行くことにした。

「なあなあ。本宮さんって、どんな歌、歌うんだ?」

と、テンションの高い遼が聞いてくる。

「うーん、何だろ? わかんない」

素直に答えると、遼は意外だと言うような顔をした。

「カラオケデートしたことねえの?」

「うん、ないよ。だから、本宮さんの歌声を聞くのは、今日が初めてかな」

そう言って、胸をときめかせている自分に気がついた。思っていた以上に、僕は今日のカラオケを楽しみにしていたらしい。

「へえ、そうなんだ。じゃあ、楽しみだな」

と、コップに冷たいウーロン茶を注ぎながら、遼は少年のような笑みを浮かべる。

僕は大きくうなずいて、2人分のレモネードを注ぐ。本宮さんに何がいいか聞いたところ、僕と同じものでいいと言っていたのだ。

僕たちが部屋に戻ると、本宮さんは部屋に備えつけてあるタブレット端末を真剣な表情で眺めていた。ジャケットは脱いだらしく、彼の左隣の座席に置かれている。窓から入る日差しに照らされて、彼が着ている七分丈の白いシャツがまぶしい。

「ただいま。はい、本宮さんの分」

と、僕は持っていたコップの片方を本宮さんの前に置いた。

「ああ、サンキュー」

ふわりと柔らかに微笑んで、本宮さんがお礼を言う。けれど、次の瞬間には、また真剣な表情に戻ってタブレットを凝視している。

「そんな真剣に、何悩んでるの?」

本宮さんの右側の席に座り、僕はそう聞いてみた。

僕の対面に座った遼も、不思議な顔で本宮さんを見ている。

「いや、何を歌おうかと思ってな」

と、苦笑する本宮さん。どうせなら、2人が知っている曲がいいだろうと、いろいろ探してくれていたらしい。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • その色は君への愛の証   第40話

    翌日から、温めた牛乳を泡立てる工程を追加した。専用の電動泡立て器――ミルクフォーマーというらしい――の使い方を教えてもらって泡立てる。けれど、なかなか上手くはいかなかった。いろいろな方法を試していくと、どうにかそれっぽい形にできるようにはなった。でも、父さんのジンジャーブレッドラテとは、どこか違うような気がした。悩みながら試行錯誤をしていると、クリスマスパーティーを翌日に控えた12月24日になってしまった。まだ、自分で納得できるほどの仕上がりにはなっていないのに。(今日中には、どうにかしないと……)焦りだけが募っていく。僕は、大きく息をついた。このまま悩んでいても解決しない気がして、気分転換に出かけることにした。玄関を出た瞬間、冷たい風が吹き抜ける。「寒っ……!」思わずつぶやいて、僕は首をすぼめた。プレゼントをまだ用意していないことを思い出して、僕は学校方面へと足を向けた。学校の周辺には、いろいろな商店が軒を連ねている。プレゼントに最適なものが、何かは見つかるだろう。(予算は、たしか5000円以内だったよな)と、考えながら歩いていると、いつの間にかなじみの本屋に着いていた。「……まあ、何かはあるか」と、僕は入り口の自動ドアをくぐった。店内は、いつもより賑わっていた。冬休みに入ったからか、家族連れの客が多い気がする。以前、本宮さんと行った本屋よりも店舗は小さい。けれど、取り扱っている本は、そこそこ充実している。小説や漫画くらいなら、ここでも充分に買い揃えられるくらいだ。小説の新刊コーナーに行くと、多数の話題作が平積みにされている。中には、個人的に気になるタイトルもある。この中から探そうとして、僕は立ち止まった。(みんな、どんなジャンル読むんだろ?)本宮さんが読むジャンルは、リサーチ済だ。その時に、片桐さんがホラーを読むという話もしていたような気がする。両親も本は読む

  • その色は君への愛の証   第39話

    「そうか、もう2人はそこまで……。そうか」と、父さんが落ち着いた声でつぶやいた。「父さん……?」思っていた反応と違い、僕はおそるおそる父さんに視線を向けた。優しく微笑んでいる父さんは、「反対はしないよ」静かに、けれどきっぱりと告げた。いつもと同じ微笑みのはずなのに、どこか憂いを帯びているように見えた。もともと黒い瞳が、漆黒の闇のようだった。何かを言いかけた僕は、何も言えずに父さんから視線をはずす。本当は、言いたいことがあったはずなのに。でも、それが何なのか認識する前に、脳内から消えてしまった。叱られているわけでもないのに、なぜか気まずかった。「本宮君から、それとなく聞いてはいたけど、直接言われると……やっぱりくるものがあるな」父さんは、小さく息をついて言った。先ほどの口調とは打って変わって、弱々しかった。(……ん? 昌義さんから、それとなく聞いた……?)父さんの言葉に、引っかかりを覚えた。僕と本宮さんとの間で、両親にはまだ言わないという約束があったはずだ。それなのに、父さんは本宮さんから聞いたと言う。「父さん、どういうこと?」「ほら、昨日の夜、本宮君と飲んだだろ? その時に、優樹のことをどう思ってるのか聞いてみたんだよ。そうしたら、大切に思ってるって言っててな」と、父さんがうれしそうに答える。本宮さんの気持ちを聞いて、遅かれ早かれそうなるのだろうと思っていたらしい。そのせいで、飲酒ペースが速くなってしまったそうだ。そうだったのかと、僕は胸をなでおろした。「傷口抉るようだけど、父さんはどう思った?」と、僕は率直な感想を父さんに求めた。「……そうだな、率直に言うと、寂しさと感慨深さが同居してる感じかな。まだ子どもだと思ってた優樹が、もうそんなに大人になったんだなあって」

  • その色は君への愛の証   第38話

    「サンキュ。こっちも、そろそろかな」と、本宮さんは鍋からキャベツを引き揚げた。火傷に注意しながら、僕たちはタネをキャベツで包んでいく。「こうして2人でキッチンに立ってると、何だか本当に結婚したみたいだね」僕は、何気なくそう口にした。「……っ! そ、そうだな」動揺しているのか、本宮さんの声が少しうわずっているように聞こえた。本宮さんを横目で見ると、彼のほほがほんのりと赤い。僕の言葉でドキドキしてくれたのだろうか。(もし、そうだとしたら……うれしいな)なんて思いながら、僕は次々とロールキャベツを量産していく。2人で作業していたおかげか、すべてのタネを包み終えるまで、それほど時間はかからなかった。けれど、4人で食べるには、多すぎる量ができてしまった。(でもまあ、明日の朝も食べられるわけだし、別にいっか)と、僕は思い直す。「さて、と。あとは、煮込むだけだな」本宮さんは、鍋にロールキャベツを敷き詰め、水とコンソメを入れて火にかける。洗い物は、僕が引き受けることにした。30分ほど煮込んでいると、両親が帰ってきた。「あれ? 本宮、まだいたのかい?」本宮さんの姿を見た母さんは、意外そうに言った。「母さん。失礼すぎ!」おかえりを言うのも忘れて、僕は母さんを非難する。申し訳程度に謝る母さん。どうやら、本宮さんがすでに帰宅したと思っていたらしい。「謝らなくていいですよ。俺も言ってなかったですし」と、本宮さんがにこやかに言った。「おや? 本宮君がいるのかい?」母さんの後ろから顔を出した父さんが、うれしそうに言った。「おかえり。今日の夕飯は、昌義さんが作ったんだ」「本当かい!?」と、父さんが目を輝かせる。「ええ。もう少しで、出来上がりますから」と、本宮さんがは

  • その色は君への愛の証   第37話

    「え? いいの?」「もちろん。その方が、楽しいだろ?」勉強にもなるだろうしと、本宮さんが告げる。まさか、本宮さんからこんなお誘いがあるとは思っていなかった。だからだろうか、僕はいつも以上に浮き足立っていた。キャベツや挽肉など必要な食材を購入して、帰宅する。食材を冷蔵庫にしまった僕たちは、リビングで休憩することにした。先ほど行ったスーパーに焼き芋が売っていたのをたまたま見つけて、1本だけ買ったのだ。帰ってくる間に冷めてしまわないか心配だったけれど、まだほかほかと温かかった。(焼き芋に合いそうなのは……)と考えながら、僕はリビングの隣にある倉庫部屋を物色する。せっかく食べるのなら、相性がいい飲み物を用意したいと思ったからだ。この部屋にあるものは、すべて店で使うものだ。けれど、少しなら使っていいと父さんから許可をもらっている。「優樹?」と、ふいに本宮さんに背後から呼ばれた。「はいっ!」僕は、わずかに肩を震わせて、勢いよく返事をする。振り返ると、本宮さんが不思議そうな顔をして部屋の入り口に立っていた。彼には、リビングで待っていてほしいと言ったはずだった。おそらく、僕がなかなか戻ってこないので不思議に思ってやってきたのだろう。「悪い、驚かすつもりはなかったんだ」と、本宮さんが申し訳なさそうに言った。「ううん、全然! 僕の方こそ、遅くなってごめん!」僕が慌ててそう言うと、本宮さんは僕の方へと歩いてくる。「何か探してるのか?」「あ、うん……。焼き芋に合う飲み物、あるかなって」と、僕は本宮さんから棚の方へと視線を戻す。「焼き芋に合う飲み物、か。牛乳とか緑茶とかが定番だったりするよな。でも、意外とコーヒーも合うんじゃねえか?」と、僕の隣に並ぶ本宮さんが言った。「え、そうなの!?」自分では試したことのない組み合わせを言われて、僕は驚いてしまった。「あ、いや……俺も試したことはねえんだけどさ」と、本宮さんが弁解するように言った。でも、試す価値はあるかもしれない。そう思った僕は、棚から蓋つきの容器を1つ手に取った。それには、『中煎り コロンビア』というラベルが貼られている。「昌義さん。悪いんだけど、これ、キッチンに持って行ってもらってもいい?」僕が、そう本宮さんに頼むと、彼は快くうなずいてくれた。彼が部屋から出るのを確認した僕は

  • その色は君への愛の証   第36話

    「お待たせしましたー」と、母さんが注文した商品を持ってやってきた。僕たちの目の前に、それぞれ注文した飲み物が置かれる。と同時に、注文していないはずのケーキまで置かれた。「母さん。僕たち、ケーキは頼んでないよ?」と、僕が言うと、「新作ケーキの試作品だよ。味見しておくれ」もちろんお代はいらないからと、母さんが言った。「え、でも……」僕が言い淀むと、「大丈夫だよ。他のお客さんにも出してるから」母さんは、心配するなと笑顔を見せる。「それなら、いいんだけどさ」少し偉そうに言った僕は、内心ほっとしていた。もし、僕たちだけに提供されていたら、他のお客さんに申し訳ない。それに、身内にだけサービスしているだなんて、思われたくなかった。まあ、そんなことを思うお客さんは、そうそういないとは思うけれど。「新作ってことは、レギュラーメニューになるんですか?」遼がたずねると、母さんは首を横に振った。「とりあえずは、12月限定かな。人気があれば、レギュラーメニューになるかもしれないけどね。味の感想は、帰る時にでも聞かせておくれ」それじゃあと、母さんはカウンター側に戻っていった。「せっかくだし、食ってみようぜ」と言う本宮さんに、僕と遼はうなずいた。見た目は、ごく普通のパウンドケーキだ。表面には、こんがりとした焼き色がついていて、とても美味しそうだ。ケーキの内側は、きめ細かい生地で淡い黄色に染められている。りんごの甘い香りが、ほのかに香っている。中には、四角形の果肉が入っていた。おそらく、角切りのりんごだろう。いただきますと、僕たち3人はほぼ同時に食べた。口に入れた瞬間に、りんごの爽やかな香りが広がる。ケーキ自体は、しっとりしているのにふんわりと軽い。角切りの果肉は、さくっとした歯ざわりが心地よくて、噛んだあとにりんごの甘みがじわりとにじみ出てくる。口の中が、幸せでいっぱいになった。「んーーー! うんまい!」僕は、自然に上がる口角をそのままに、そんな感想を口にした。「美味いもの食べてる優樹って、本当に幸せそうだよな」遼が、優しい笑顔を浮かべながら言った。その笑顔は、僕の表情を見てのものなのか、それともパウンドケーキが美味しいからなのか、判断がつかない。でも、どちらにしても、遼も幸せそうなことに変わりはなかった。「だって、美味しいんだもん。幸せ

  • その色は君への愛の証   第35話

    「遼君とここで待ち合わせなんて、珍しいんじゃないかい?」と言う母さんに、僕はうなずいた。以前、僕は遼をここに連れてきたことがある。遼と知り合って、わりとすぐの頃だったと思う。両親が喫茶店を営んでいると話したとたん、連れて行けとせがまれたからだ。他の客に混ざって座席にいることが、当時はなんとなく気まずかった。それ以来、遼と待ち合わせをする時には、ムーンリバーを選択肢からはずしていた。「遼が、ここがいいって指定したんだ。そういうわけだからさ、遼が来たら、ここにいるって伝えてもらっていい?」「わかった。で、注文はどうする? 遼君が来てからにするかい?」母さんの問いに、僕はそうしてもらえると助かると答えた。「じゃあ、遼君が来たら案内するよ」そう言って、母さんは仕事に戻っていった。母さんがカウンター席の方に行ったのを確認した僕は、大きく息をついた。「昌義さん。僕、変じゃなかったよね?」本宮さんにたずねると、「ああ、いつも通りだったぜ」と、にこやかに言ってくれた。「よかったー。あの話のあとだったから、変に緊張しちゃったよ」と、僕はほっとして言った。あの話とは、もちろん母さん攻略作戦のことだ。母さんには、まだ内緒にしておかないといけない。でも、隠し事をしていることが、僕の表情に出てしまう可能性があった。できる限り普段通りにしていたけれど、内心はひやひやものだった。どうやら、いつも通りに振る舞えていたみたいなので、とりあえずはよしとする。「お疲れ」と、隣に座る本宮さんが僕の頭をなでる。それだけで、全身に重くのしかかっていた疲労感がきれいさっぱり消えた。照れ笑いを浮かべた僕は、テーブルに置かれているメニュー表を広げた。それには、コーヒーなどのドリンクメニューの他、ケーキなどのデザートメニューが掲載されている。「遼君が来てから、注文するんだろ?」と、本宮さんにたずねられた。「それはそうなんだけど、かなり悩むからさ。今のうちに決めておこ

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status