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第9話

last update Last Updated: 2025-06-27 11:00:09
「しばらくなんて言わずに、卒業するまで送迎してもらったら?」

なんて、母さんが言う。

「そんな! 本宮さんに迷惑かかるじゃん!」

僕がそう言うと、

「それなら、2人が一緒になればいいんじゃないか?」

と、父さんが本気とも冗談ともつかないことを口にした。

突然のことに、僕は言葉が出ない。それどころか、顔が熱い。まさか、実の父親にそんなことを言われるとは思ってもみなかった。

「いいじゃない! そうすれば、2人にもお店手伝ってもらえるし。そうしなさいよ!」

母さんが話を飛躍させて喜んでいる。

「ちょっと、2人とも! そういう話じゃないって!」

と、僕が言っても、たぶん2人の耳には入っていないだろう。それだけ話が盛り上がっていた。

僕は小さくため息をついた。でも、話を飛躍させてくれて、正直なところ助かった。僕が深刻に考えすぎないように、気を遣ってくれたのだと思う。

「ありがとう」

僕は小声でそう言った。話に花が咲いているから、2人に届いているかどうかはわからない。今は、照れくさくてこんな形でしか言えないけれど、いつかはちゃんと伝えようと思った。

翌日から、本宮さんの送迎が始まった。車で登校する生徒はほとんどいないから少し恥ずかしいけれど、背に腹は代えられない。

教室に行くと、遼が僕の席に駆け寄ってきた。

「遼、おはよう」

「おはよう。本宮さんの車で来たんだって?」

あいさつもそこそこに、遼がそうたずねてくる。

遼には、本宮さんの送迎のことは話していない。にもかかわらず、なぜか知っている。どこから情報を仕入れてくるのだろう。

「うん。でも、何で知ってるの?」

「優樹を見かけた女子が、うわさしてたんだよ。車で登校した人がいるって」

「あ、なるほど……」

もううわさされているなんて驚きだ。

「香川君、ちょっといい?」

と、珍しくクラスメイトの女子生徒が、僕の席にやってきた。クラス委員長だ。

「委員長、どうしたの?」

「登校途中に、貴方の親戚のお兄さんという人から預かったの」

と、委員長は真っ白な封筒を僕に差し出した。レターセットでよく見るようなサイズだ。

「親戚のお兄さん?」

言いながら、僕はそれを受け取る。

「どんな感じの人だった?」

遼がたずねると、

「そうね……けっこう、かっこいい感じのお兄さんだったわ。たぶん、20代くらいじゃないかしら?」

それじゃあと言って、委員長は自
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