ログイン「ああ、そうだな。でも、そろそろ来るんじゃないか?」
と、本宮さんが言った。
どうやら、片桐さんから連絡があったらしい。
「そうかい。お昼からの予定なのに、みんな早く集まるんだねえ」
と、母さんが呆れたように言った。
言葉とは裏腹に、明るい笑顔を浮かべている。口ではあんなことを言っていても、母さんも楽しみにしているようだ。
「あれ? 昌義さん、お寿司ってこれだけ?」
僕は、昌義さんにたずねた。
ラザニアを置いたテーブルの上に、寿司桶が置いてある。けれど、人数分より少ないように見えた。
「ちゃんと人数分あるよ」
そう言って、本宮さんは僕の後ろを指さした。
振り向くと、向かい側のテーブルに先ほど見た寿司桶と同じものが置いてあった。
「3人分のを2つ買ってきてくれたんだって」
と、母さんが補足する。
僕は、なるほどと納得する。同時に、さすがだと思った。ここで今日のことを決めた時には、そこまで詳しくは決めていなかったからだ。
僕が本宮さんのことを惚れ直していると、
「優樹」
と、父さんに声をかけられた。
僕は無言でうなずく。人数はまだ揃っていないけれど、そろそろ準備した方がいいということだろう。
カウンター内に移動した僕は、道具を準備して深呼吸をする。心を落ち着かせてから、コーヒーを淹れるためにお湯を沸かす。
コーヒーを淹れていると、ドアベルが来客を告げた。「メリークリスマース!」という元気な声とともに、遼が大きな箱のようなものを抱えて入ってくる。その後ろから片桐さんがやってきた。
「いらっしゃい、メリークリスマス」
と、父さんが応える。
僕、母さん、本宮さんもそのあとに続いた。
「あれ? 今日は、優樹君がカウンターに?」
片桐さんが、疑問を口にする。
「ああ。店を継いでくれるらしくてね、その修行というわけさ」
と、父さんが答えた。
正直なところ、どう言えばいいのかわからなかったから
「ああ、そうだな。でも、そろそろ来るんじゃないか?」と、本宮さんが言った。どうやら、片桐さんから連絡があったらしい。「そうかい。お昼からの予定なのに、みんな早く集まるんだねえ」と、母さんが呆れたように言った。言葉とは裏腹に、明るい笑顔を浮かべている。口ではあんなことを言っていても、母さんも楽しみにしているようだ。「あれ? 昌義さん、お寿司ってこれだけ?」僕は、昌義さんにたずねた。ラザニアを置いたテーブルの上に、寿司桶が置いてある。けれど、人数分より少ないように見えた。「ちゃんと人数分あるよ」そう言って、本宮さんは僕の後ろを指さした。振り向くと、向かい側のテーブルに先ほど見た寿司桶と同じものが置いてあった。「3人分のを2つ買ってきてくれたんだって」と、母さんが補足する。僕は、なるほどと納得する。同時に、さすがだと思った。ここで今日のことを決めた時には、そこまで詳しくは決めていなかったからだ。僕が本宮さんのことを惚れ直していると、「優樹」と、父さんに声をかけられた。僕は無言でうなずく。人数はまだ揃っていないけれど、そろそろ準備した方がいいということだろう。カウンター内に移動した僕は、道具を準備して深呼吸をする。心を落ち着かせてから、コーヒーを淹れるためにお湯を沸かす。コーヒーを淹れていると、ドアベルが来客を告げた。「メリークリスマース!」という元気な声とともに、遼が大きな箱のようなものを抱えて入ってくる。その後ろから片桐さんがやってきた。「いらっしゃい、メリークリスマス」と、父さんが応える。僕、母さん、本宮さんもそのあとに続いた。「あれ? 今日は、優樹君がカウンターに?」片桐さんが、疑問を口にする。「ああ。店を継いでくれるらしくてね、その修行というわけさ」と、父さんが答えた。正直なところ、どう言えばいいのかわからなかったから
翌日から、温めた牛乳を泡立てる工程を追加した。専用の電動泡立て器――ミルクフォーマーというらしい――の使い方を教えてもらって泡立てる。けれど、なかなか上手くはいかなかった。いろいろな方法を試していくと、どうにかそれっぽい形にできるようにはなった。でも、父さんのジンジャーブレッドラテとは、どこか違うような気がした。悩みながら試行錯誤をしていると、クリスマスパーティーを翌日に控えた12月24日になってしまった。まだ、自分で納得できるほどの仕上がりにはなっていないのに。(今日中には、どうにかしないと……)焦りだけが募っていく。僕は、大きく息をついた。このまま悩んでいても解決しない気がして、気分転換に出かけることにした。玄関を出た瞬間、冷たい風が吹き抜ける。「寒っ……!」思わずつぶやいて、僕は首をすぼめた。プレゼントをまだ用意していないことを思い出して、僕は学校方面へと足を向けた。学校の周辺には、いろいろな商店が軒を連ねている。プレゼントに最適なものが、何かは見つかるだろう。(予算は、たしか5000円以内だったよな)と、考えながら歩いていると、いつの間にかなじみの本屋に着いていた。「……まあ、何かはあるか」と、僕は入り口の自動ドアをくぐった。店内は、いつもより賑わっていた。冬休みに入ったからか、家族連れの客が多い気がする。以前、本宮さんと行った本屋よりも店舗は小さい。けれど、取り扱っている本は、そこそこ充実している。小説や漫画くらいなら、ここでも充分に買い揃えられるくらいだ。小説の新刊コーナーに行くと、多数の話題作が平積みにされている。中には、個人的に気になるタイトルもある。この中から探そうとして、僕は立ち止まった。(みんな、どんなジャンル読むんだろ?)本宮さんが読むジャンルは、リサーチ済だ。その時に、片桐さんがホラーを読むという話もしていたような気がする。両親も本は読む
「そうか、もう2人はそこまで……。そうか」と、父さんが落ち着いた声でつぶやいた。「父さん……?」思っていた反応と違い、僕はおそるおそる父さんに視線を向けた。優しく微笑んでいる父さんは、「反対はしないよ」静かに、けれどきっぱりと告げた。いつもと同じ微笑みのはずなのに、どこか憂いを帯びているように見えた。もともと黒い瞳が、漆黒の闇のようだった。何かを言いかけた僕は、何も言えずに父さんから視線をはずす。本当は、言いたいことがあったはずなのに。でも、それが何なのか認識する前に、脳内から消えてしまった。叱られているわけでもないのに、なぜか気まずかった。「本宮君から、それとなく聞いてはいたけど、直接言われると……やっぱりくるものがあるな」父さんは、小さく息をついて言った。先ほどの口調とは打って変わって、弱々しかった。(……ん? 昌義さんから、それとなく聞いた……?)父さんの言葉に、引っかかりを覚えた。僕と本宮さんとの間で、両親にはまだ言わないという約束があったはずだ。それなのに、父さんは本宮さんから聞いたと言う。「父さん、どういうこと?」「ほら、昨日の夜、本宮君と飲んだだろ? その時に、優樹のことをどう思ってるのか聞いてみたんだよ。そうしたら、大切に思ってるって言っててな」と、父さんがうれしそうに答える。本宮さんの気持ちを聞いて、遅かれ早かれそうなるのだろうと思っていたらしい。そのせいで、飲酒ペースが速くなってしまったそうだ。そうだったのかと、僕は胸をなでおろした。「傷口抉るようだけど、父さんはどう思った?」と、僕は率直な感想を父さんに求めた。「……そうだな、率直に言うと、寂しさと感慨深さが同居してる感じかな。まだ子どもだと思ってた優樹が、もうそんなに大人になったんだなあって」
「サンキュ。こっちも、そろそろかな」と、本宮さんは鍋からキャベツを引き揚げた。火傷に注意しながら、僕たちはタネをキャベツで包んでいく。「こうして2人でキッチンに立ってると、何だか本当に結婚したみたいだね」僕は、何気なくそう口にした。「……っ! そ、そうだな」動揺しているのか、本宮さんの声が少しうわずっているように聞こえた。本宮さんを横目で見ると、彼のほほがほんのりと赤い。僕の言葉でドキドキしてくれたのだろうか。(もし、そうだとしたら……うれしいな)なんて思いながら、僕は次々とロールキャベツを量産していく。2人で作業していたおかげか、すべてのタネを包み終えるまで、それほど時間はかからなかった。けれど、4人で食べるには、多すぎる量ができてしまった。(でもまあ、明日の朝も食べられるわけだし、別にいっか)と、僕は思い直す。「さて、と。あとは、煮込むだけだな」本宮さんは、鍋にロールキャベツを敷き詰め、水とコンソメを入れて火にかける。洗い物は、僕が引き受けることにした。30分ほど煮込んでいると、両親が帰ってきた。「あれ? 本宮、まだいたのかい?」本宮さんの姿を見た母さんは、意外そうに言った。「母さん。失礼すぎ!」おかえりを言うのも忘れて、僕は母さんを非難する。申し訳程度に謝る母さん。どうやら、本宮さんがすでに帰宅したと思っていたらしい。「謝らなくていいですよ。俺も言ってなかったですし」と、本宮さんがにこやかに言った。「おや? 本宮君がいるのかい?」母さんの後ろから顔を出した父さんが、うれしそうに言った。「おかえり。今日の夕飯は、昌義さんが作ったんだ」「本当かい!?」と、父さんが目を輝かせる。「ええ。もう少しで、出来上がりますから」と、本宮さんがは
「え? いいの?」「もちろん。その方が、楽しいだろ?」勉強にもなるだろうしと、本宮さんが告げる。まさか、本宮さんからこんなお誘いがあるとは思っていなかった。だからだろうか、僕はいつも以上に浮き足立っていた。キャベツや挽肉など必要な食材を購入して、帰宅する。食材を冷蔵庫にしまった僕たちは、リビングで休憩することにした。先ほど行ったスーパーに焼き芋が売っていたのをたまたま見つけて、1本だけ買ったのだ。帰ってくる間に冷めてしまわないか心配だったけれど、まだほかほかと温かかった。(焼き芋に合いそうなのは……)と考えながら、僕はリビングの隣にある倉庫部屋を物色する。せっかく食べるのなら、相性がいい飲み物を用意したいと思ったからだ。この部屋にあるものは、すべて店で使うものだ。けれど、少しなら使っていいと父さんから許可をもらっている。「優樹?」と、ふいに本宮さんに背後から呼ばれた。「はいっ!」僕は、わずかに肩を震わせて、勢いよく返事をする。振り返ると、本宮さんが不思議そうな顔をして部屋の入り口に立っていた。彼には、リビングで待っていてほしいと言ったはずだった。おそらく、僕がなかなか戻ってこないので不思議に思ってやってきたのだろう。「悪い、驚かすつもりはなかったんだ」と、本宮さんが申し訳なさそうに言った。「ううん、全然! 僕の方こそ、遅くなってごめん!」僕が慌ててそう言うと、本宮さんは僕の方へと歩いてくる。「何か探してるのか?」「あ、うん……。焼き芋に合う飲み物、あるかなって」と、僕は本宮さんから棚の方へと視線を戻す。「焼き芋に合う飲み物、か。牛乳とか緑茶とかが定番だったりするよな。でも、意外とコーヒーも合うんじゃねえか?」と、僕の隣に並ぶ本宮さんが言った。「え、そうなの!?」自分では試したことのない組み合わせを言われて、僕は驚いてしまった。「あ、いや……俺も試したことはねえんだけどさ」と、本宮さんが弁解するように言った。でも、試す価値はあるかもしれない。そう思った僕は、棚から蓋つきの容器を1つ手に取った。それには、『中煎り コロンビア』というラベルが貼られている。「昌義さん。悪いんだけど、これ、キッチンに持って行ってもらってもいい?」僕が、そう本宮さんに頼むと、彼は快くうなずいてくれた。彼が部屋から出るのを確認した僕は
「お待たせしましたー」と、母さんが注文した商品を持ってやってきた。僕たちの目の前に、それぞれ注文した飲み物が置かれる。と同時に、注文していないはずのケーキまで置かれた。「母さん。僕たち、ケーキは頼んでないよ?」と、僕が言うと、「新作ケーキの試作品だよ。味見しておくれ」もちろんお代はいらないからと、母さんが言った。「え、でも……」僕が言い淀むと、「大丈夫だよ。他のお客さんにも出してるから」母さんは、心配するなと笑顔を見せる。「それなら、いいんだけどさ」少し偉そうに言った僕は、内心ほっとしていた。もし、僕たちだけに提供されていたら、他のお客さんに申し訳ない。それに、身内にだけサービスしているだなんて、思われたくなかった。まあ、そんなことを思うお客さんは、そうそういないとは思うけれど。「新作ってことは、レギュラーメニューになるんですか?」遼がたずねると、母さんは首を横に振った。「とりあえずは、12月限定かな。人気があれば、レギュラーメニューになるかもしれないけどね。味の感想は、帰る時にでも聞かせておくれ」それじゃあと、母さんはカウンター側に戻っていった。「せっかくだし、食ってみようぜ」と言う本宮さんに、僕と遼はうなずいた。見た目は、ごく普通のパウンドケーキだ。表面には、こんがりとした焼き色がついていて、とても美味しそうだ。ケーキの内側は、きめ細かい生地で淡い黄色に染められている。りんごの甘い香りが、ほのかに香っている。中には、四角形の果肉が入っていた。おそらく、角切りのりんごだろう。いただきますと、僕たち3人はほぼ同時に食べた。口に入れた瞬間に、りんごの爽やかな香りが広がる。ケーキ自体は、しっとりしているのにふんわりと軽い。角切りの果肉は、さくっとした歯ざわりが心地よくて、噛んだあとにりんごの甘みがじわりとにじみ出てくる。口の中が、幸せでいっぱいになった。「んーーー! うんまい!」僕は、自然に上がる口角をそのままに、そんな感想を口にした。「美味いもの食べてる優樹って、本当に幸せそうだよな」遼が、優しい笑顔を浮かべながら言った。その笑顔は、僕の表情を見てのものなのか、それともパウンドケーキが美味しいからなのか、判断がつかない。でも、どちらにしても、遼も幸せそうなことに変わりはなかった。「だって、美味しいんだもん。幸せ