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第10話

last update Last Updated: 2025-07-02 11:00:11

ぐらりと、本宮さんが前に倒れそうになる。

僕は、慌てて本宮さんの前に移動して彼を抱きとめた。

「本宮さん、しっかり!」

「……優樹……無事、だったか」

「うん。本宮さんのおかげだよ」

「よかっ……た」

「本宮さん!?」

「ははっ……ちょっと、しくじっちまった……」

そう言って、薄っすらと笑みを浮かべる本宮さん。

けれど、額には汗がにじんでいて、僕を心配させないための強がりだということは明白だった。

どうしてと言おうとして、僕は彼の腹部が赤黒く変色していることに気づいた。もしかしなくても、先ほどの男性に刺されたのだろう。

「止血っ! 止血しなきゃ!」

「ごめん、な……こんな、情けねえとこ……」

と、眉間にしわを寄せて、本宮さんが弱々しくつぶやく。

「そんなことない! 僕を助けてくれたじゃん!」

言いながら、僕は本宮さんをその場に横たわらせて傷口を右手で押さえる。生温かい感触がじわじわと溢(あふ)れてくる。

焦りながら、震える左手でスマホを操作し、救急車を呼んだ。

「もう少しで、救急車来るから!」

必死に声をかける。

本宮さんの返事を待たずに、僕は両親が営む喫茶店に電話をした。この時間なら、必ず店にいるはずだ。

『お電話ありがとうございます。カフェ、ムーンリバーです』

数回の呼び出し音の後、母さんが電話に出た。

「母さん、本宮さんが刺された!」

時間が惜しくて、自分の名前も言わずに要件を言った。

母さんは、電話の相手が僕本人だと確信したようだった。

『何だって!? 救急車は?』

「さっき呼んだ。止血してるけど、血が止まんなくて……」

『場所は?』

「学校の校門前」

『わかった。すぐ行く』

そう言って、母さんが電話を切った。

僕はスマホをポケットにしまって、両手で本宮さんの傷口を強く押さえる。

「本宮さん、しっかりして!」

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