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第十八話

Auteur: 夏目若葉
last update Dernière mise à jour: 2024-12-24 17:05:54

「もしもし。……うん、届いた。ありがたくいただきます」

 明るい声で相馬さんと話していたジンが、しばらくすると私に自分のスマホを差し出した。

「社長が代わってくれって」

 あわててスマホを受け取って耳に当てると、「もしもし」と低くてやさしい声が聞こえてきた。

『由依ちゃん、 なにか困ってない?』

「ありがとうございます。大丈夫です」

 相馬さんの気遣いがうれしくて、電話なのにペコリと会釈してしまった。

 これだけ至れり尽くせりなのだから、困ったことを探すほうが難しいくらいだ。

『勝手だけど、夕飯をそっちに届けさせたからジンとふたりで食べて。キッチンにシャンパンやワインもあったと思うから、飲んでかまわないよ』

「食事のことまですみません。お忙しいのにお気遣いいただいて感謝しています」

『いや、謝るのは俺のほうだ。どこか外のうまい店に連れていってあげたかったけど、今日は難しくてね。だけど、由依ちゃんも今夜はゆっくりできる場所のほうがよかったかな』

 姉に好意があるからという理由を差し引いても、妹の私にここまでしてくれるのだから相馬さんはやさしい人だ。

 相馬さんみたいな人が父親だったらよかったのにと、ふと考えてしまった。

 それなら我が家はみんな幸せだっただろう。

『メリークリスマス。大丈夫、きっとこれからは由依ちゃんに幸せな毎日が訪れるよ』

 その言葉が胸に響いて、目頭が熱くなってくる。

 なにか救われた気がしたし、蒸発しそうになっていた魂が戻ってきたような気もした。

 私が電話を終えてすぐ、ジンがキッチンから白い箱を持ってきて私の目の前に広げる。

「これ、俺ひとりで食いきれないから、由依がいてよかった」

 白い箱の中身は、イチゴとベリーがたっぷりと乗った豪華なクリスマスケーキだった。

 これをひとりで食べるのはたしかに多すぎる。

「このケーキ、めちゃくちゃうまいから。生クリームの甘さが絶妙」

 イケメンのジンが言うと、まるでCMみたいでなんだかおかしい。

 私は笑みを浮かべているはずだったのに、自分でも不思議なくらい急速に目に涙が溜まっていくのがわかった。

「なんで泣くんだよ」

 私の異変に気づいたジンが途端に血相を変え、あわてて笑みを引っ込めた。

 涙の理由は、こんなにも素敵なクリスマスを送れると思っていなかったからだし、相馬さんやジンの温かさややさしさがうれし
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