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Author: 美桜
last update Last Updated: 2025-06-19 18:18:18

資料を読み進めていくに従って、弓弦はふるふると震え出した。

「これは…本当なのか……?」

信じられないというように呟くが、胸の内では彼はこれが真実なのだとわかっていた。

「なぜ、彼女はこんな事を……」

「子宮がんだったようです。妊娠がわかった時にそれも一緒にわかって、子供を諦めて治療するか、出産後治療するか選択を迫られ、出産を選んだようです」

「なぜ……」

「…次の妊娠の可能性が限りなく低かったからだと」

「……」

悠一は、目の前で俯き考えに沈んでいる父親を、ただじっと見ていた。

部屋の中には沈黙が漂い、2人共微動だにしなかった。

やがて、弓弦は考えを纏めたのか、大きく息を吐いて言った。

「彼らは何か求めてきたのか?」

その声は苦悩に満ちていた。だがー

「いえ、何も」

そう言うと、彼は予想外の答えだったのか目を瞬いた。

「なんでこの話しをしたんだ?」

それには今度、悠一の方が深刻なため息をついた。

「父さん。これは最早、父さんだけの問題ではないからです」

「?」

眉を顰める父親に、悠一は苦笑した。

今から自分の人生最大の過ちを話さなければならないかと思うと、目眩がするほど恥ずかしかった。

「悠一?」

「とりあえず、母さんにも話していいですか?」

眉間を揉みながら尋ねると、父親はしっかりと頷いた。

「大丈夫だ。彼女のことは京も知っている。ただ、子供のことはー」

「父さん」

「……わかった。」

弓弦は覚悟を決めたのか、その後はなんの躊躇いもなく妻の京を呼んだ。

端的に言うなら、京は驚きはしたが怒りに支配されたりはしなかった。

林可南子は夫の昔の恋人で、可南子との結婚をお祖母さんに許してもらえず別れさせられた腹いせに、弓弦は妻に令嬢らしからぬ自分を選んだのだと言われていた。

一方京はそこそこの家の出ではあったが、両親の言うような良い家に嫁ぐ気など更々なかった。

贅沢はできても夫や家に縛られる人生は彼女にとって地獄でしかなく、大学を卒業するまでには結婚を逃れる良い理由を見つけなければと焦っていた。

そんな時彼女は弓弦に声をかけられ、彼との政略結婚を持ちかけられたのだった。

意味がわからず即決で断った彼女に弓弦は事情を説明し、「決して外に女を作るような真似はしないし、愛することはできなくても大切にする事は誓える」「君の人生に口出しはしないし、誰にもさせない」とかき口説き、無
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