家へと入るとあまり関わりのなかったメンバーがいた。
「おおカナタ、ゼンが世話になったな……。お前とあまり関わりがなかったから覚えてないかもしれないが俺はガイラ。ゼンの兄貴分だ」「いえ……ゼンはしっかりと役目を果たしてくれました」「そうだな……俺も見てたがあいつはよくやってくれたよ。とにかくお前が無事で良かった」もう一人近づいてくるがこの女性は一度も話したことがない。
「…………リサ」それだけ言うとまた元の場所へと戻っていった。無口なのかそれとも嫌われているのか……分からなかったが、横からセラが補足してくれた。「リサさんは無口なんですよ。だから誰が相手でもあんな感じです!」
「そうなのか、良かった……のか?」全員が顔合わせを済ますとアレンさんが遂に僕の右眼のことを言及してきた。
「カナタくん、その赤眼はなにかわかってるのかい?」口調は優しいが、明らかに怒気が含まれている。「はい……禁呪を使った証……ですよね?」
「分かっているんだね。そもそもなぜ君が禁呪なんてものを使えたのかは置いとくとして。禁呪を使った者の代償は知っているのかい?」「はい。上級魔法以上は使うことができず、次に禁呪を使えば死に至る……とアカリから教えてもらいました」アレンさんは言葉を選ぶためか、一度目を瞑り少し考える素振りを見せた。「アカリ、何故カナタくんが禁呪を使うことを許した?」
「見てられなかったから……カナタの憔悴した姿を……」「なぜだ!!!!彼の魔法への未来は閉ざされたんだぞ!?もしも彼が異世界へ共に来る事を選べば茨の道になるのがわかっていたのか!?」「返す言葉もない&he困ったような顔でため息をつくアレンさん。「はぁ、そこまで言うのなら分かったよボクの負けだ。アカリはそのまま護衛を続行ってことでいこうか」「ありがとうございます!!」「ありがとう、カナタ……」アカリは少しだけ涙目だった。「いやーそれにしてもカナタくんがアカリに惹かれていたとは……陰ながら二人の事は応援させてもらうよ」「えっ!?」「ん?違うのかい?パートナーとして寄り添ってほしいって事じゃないのかい?」「あ、その、えと……」「彼方!お姉ちゃんも応援してるからね!アカリちゃんとも家族になりたいしね」アカリに好意を持っていたことが皆にバレてしまい少しからかわれたが、アカリは顔を俯かせている。「良かったねアカリちゃん!一目惚れって言ってたもんね!」何?一目惚れだと?アカリとセラに目を向け、驚いているとアカリの顔は少しずつ赤くなってくる。「う、うるさいうるさい!もう寝る!」アカリは怒って別の部屋へと逃げて行った。あれが照れ隠しというものか。少しだけ平和な日常を感じる事ができて皆の張り詰めていた心もほぐされたようだった。――――――仮の家屋で全員目を覚まし朝を迎えた。朝食を済ませ、僕ら8人でアレンさん達が隠れ家として使っているという場所に向かうこととなった。しかし、ここ最近魔族からの追手もないことが不安を募らせる。「もしかしたらもう僕らを見つけたかもしれない。でもこの戦力を見て逃げたかもね」ここにいる8人を改めて見てみると、殲滅王、剣聖、神速と強者しか居なかった。確かにこれほどの実力者が居るところに襲撃するなんて自殺行為でしかない。歩いていると姉さんに裾を引っ張られた。「ねぇ彼方。私も魔法使いたいんだけど」小声で耳打ちしてきた内容がそれか。「アレンさんに頼んでみようか、まあ姉さんに才能が
「さあ!皆集まってくれ!」アレンさんが手を叩き皆を集める。集まった事を確認し、説明が始まった。「まず、最初の目標だった重要人物との合流。これはクリアした。次の目標はこの世界の魔族、魔物の殲滅だ。しかし、その為には力がいる。ボク達だけでは到底不可能だ」アレンさんは一拍置いて、話を続ける。「だから、ボクらの世界から仲間を呼び寄せる」それを聞いた皆はざわつき始めた。「はいはい、静かにしてください。まだ団長の話は終わっていませんよ」レイさんの叱責が飛び、また周囲は静かになる。「これは異世界ゲートに辿り着く事が大前提だが、レイを向こうの世界に送り込む。そして仲間を引き連れ戻ってきてもらう。そこからは反撃の時間だ」「これは既に決定事項です。ゲートの開いた先は魔族領。戦闘能力的にも私が適任なので」「なので、まず第一の目標は異世界ゲートに辿り着くこと。辿り着ける目処が経てばその後を話し合おう。各々考えて準備をするように。では解散」すごいな、団長らしく皆をまとめ上げ次の目的を簡潔にみんなへと伝えた。それに各々自分で考えて行動?結構団長の方針は厳しめなんだな。「おいアレン。魔物の皮は分厚く拳銃程度では傷つけられないって言ってたな」「ああ、何か思いついたのかい紅蓮」「対戦車ライフルだったらどうだ?お前も見ただろ?ごつい装甲を纏った戦車ってやつを。あれの装甲をブチ抜けるライフルがある」「それは……すごいな。魔物どころか魔族にも傷を付けられるかもしれない」「こっちの世界の武器ってやつもバカには出来ねぇな。お前らに見せてやる、こっち来い」そう言われ紅蓮さんに着いていくと、そこは大会議室のような広さのある部屋があった。厳重に鍵がされてあり、それら全てを紅蓮さんが開けていく。最後の鍵が開く音がし、扉が半開きになる。「さあ見せてやるよ、この隠れ家の総戦力ってやつを」扉を開くと何処を見渡しても兵器。数えきれない兵器が綺麗に
あの凄惨な事故から2ヶ月が経っただろうか。各国は協力し、魔族殲滅に力を入れているが大きな戦果は未だない。強力な兵器があったとしても、たった一体で国を相手取れる魔族相手では難しいだろう。とはいえ、魔物の数は激減した。高威力な兵器の前では魔物の防御はあまり役に立たないようだ。噂によると魔族は数百、魔物は数十万体が世界各国に散らばっているとのこと。魔神は異世界ゲートの側から動く気配はない。話は変わるが、事故以前から大きく変わったことがある。それは諸悪の根源として城ヶ崎彼方、つまり僕へと憎悪の全てが向けられる事となったことだ。そのお陰か、各国が協力しあう結果が生まれたというのは皮肉だろうか。この世界の人類が目指す終わりというのは、魔物魔族の殲滅及び僕の処罰といったところか。しかし、|公《おおやけ》には僕の行方は知れず。人類が躍起になって探しているが自国を守る必要もありあまりそちらに人を割けない事が原因となっている。「と、ここまでがこの世界で起きている事柄だ」アレンさんは、僕の身の安全を危惧してか隠れ家から僕と紫音姉さんを出さないよう徹底している。お互いに護衛はいるが、たった一人の護衛で守れるものなんてたかが知れている。「よし、お前らに紹介しておく」紅蓮さんがホテルの配膳で使うようなカートを更に3倍ほど大きくしたカートを押しながらやって来た。上には大量の銃器が乗っている。もちろん僕ら一般人はお目にかかれないものが大半である。「一つずつ紹介していく。まず一つ目はこれだ」紅蓮さんが両手で掴んだ銃は中学生の背丈はあるのではなかろうかというほどの長物。「これは長距離対戦車ライフルだ。こいつなら数センチのぶ厚い鉄板
紅蓮さんが居ない間に僕らは各々武器を手に持ち眺めたりする。暫くすると紅蓮さんがなにやら大きな兵器を持ってきた。見た目はロケットランチャーのように見える。「これは世界に1つしかない代物だ。試作型反重力放射火砲、その名もグラビティブラスト」それを聞いた五木さんは驚愕した声を出す。「完成していたのか!?まだテスト段階だと思っていたが……」「まあな。ちと伝手を辿って手に入れたやつだ。お目にかかる事すらレアだぜ?まあ俺もまだ撃ったことはないがな」五木さんだけは知っている物のようだが、我々には何がすごいのかも分からない。「ああ、皆さんには私が説明しましょう」五木さんが僕らの方を振り向く。「これは、私が開発した反重力装置を応用した戦略兵器です。国と内密に制作していたのですがまさかここで見ることとなるとは……」「あの……五木さん。これってどんな兵器なんですか?」「ああ、言ってませんでしたね。これは重力波を強制的に発生させ圧縮した重力波を前方へと射出する兵器です」何を言ってるかよく分からなかったがとにかく凄いらしい。「五木さん、これはどれ程の威力があるんだい?」アレンさんはその凄い兵器の威力が一番気になっているようだ。「そうですね……分かりやすく言えば……私の研究所、異世界ゲートがあるあの建物を丸ごと消し飛ばせるでしょう」なんだそれは。もはや魔法じゃないか。発展しすぎた科学は魔法と区別が付かないとは言うがまさか本当に実現させるとは思わなかった。「それは、恐ろしい兵器だね……でもとても頼もしい兵器じゃないか。使わないに越したことはないけれどそれほどの威力なら魔神にも通用するかもしれない」アレンさんはあまり使いたくなさそうだが、いざという時の切り札になるとのことだ。「言っておくがこれは試作型だ。使い切りの兵器だと思ってくれ
五木さんも武器を見ているがもしかして一緒に戦うのだろうか。少し気になり僕は声をかけた。「五木さんも一緒に行くんですか?」「いやいや、私は戦えないよ。足手まといになっても申し訳ないからね。武器を見ているのは今後の開発の参考にしようと思ってね」どこまで行っても科学者らしい返答に納得する。「彼方君は行くのだろう?無事に帰って来てくれよ、君に死なれたら研究も行き詰まってしまうからね」大らかに笑い僕の身を案じてくれた。しかし結局の所無事に帰ってこれる保証はない。だから僕はこう答える事にした。「出来るだけ後悔しない選択をしようと思います」優しく頷くのを見て少しだけ胸が傷んだ。――――――研究所内、異世界ゲート前。1人の男がじっとゲートを眺めて突っ立っている。「まあ良くもこんなものが創れたものだな……」感慨に浸っていたのは、魔神リンドール。彼ですら感嘆を漏らすほど、異世界ゲートというものは常識外の物であった。「リンドール様、偵察に出ていた魔族が戻りました」配下のゾラが恭しく膝を付きながら報告に来る。その後ろには偵察に出ていた魔族が共に膝を突いている。「報告しろ」「はっ。黄金の旅団及びカナタの所在が判明いたしましたことをここに報告させて頂きます」「ほう、もう見つけたか。続けろ」「廃工場の地下に隠れ家を作りそこに身を隠しておりました」見つからないわけだ。まさか地下に隠れていたとは、とリンドールは忌々しそうに眉を顰める。「即刻襲撃部隊を送り込め」「リンドール様、奴らは全戦力がそこに集まっております。並大抵の戦力では蹴散らされるだけでしょう」そうなれば剣聖もその場に居るということになる。「ならばグリードを筆頭に部隊を編成せよ」「畏まりました」四天王の1人をつければ、打撃を与えることが出来るだろう。それすら出来ぬのな
世界各国では――「防衛はどうなっている!!首都へと攻め込まれるとは何事だ!」「申し訳ございません!我が軍は壊滅的打撃を受け数を減らしております!」「魔族……だったか……化け物どもがッ!」殆どの国は首都へと攻め込まれ、首脳陣は対策に追われていた。想定外の戦力差により、軍はほぼ壊滅。防衛もままならない状態へと陥っていた。「全ての元凶は、あの異世界ゲートではないか!!あんな物……防衛省に連絡しあそこに核を落とせ!」「それはいけません!!日本に核など落とせばそれこそ戦争になってしまいます!」異世界ゲートさえなければ……それは全ての人間が思っている事ではあったが、今となってはもう手遅れである。「日本へと繋げ、会談を行う」「既に繋いでおります」仕事の早い秘書官であることが唯一の救いに思えてくる。「これは佐藤首相。ご無沙汰しておりました」「いえこちらこそ連絡が遅くなり申し訳ございません」「本題に入りますが、異世界ゲートの対策についてです」「ええ、そうですね。こちらもその手はずが整いましたので今世界各国へと連絡していた所でした」なにやら日本は既に動きがあるようだった。興味本位にアメリカ大統領は問い掛ける。「して、その内容とは?」「異世界ゲート及び研究所に蔓延る魔物の軍勢に総攻撃を仕掛けます」「なんと!それは日本の総意でしょうか?」「もはや国民の声を聞く余裕はありません。国家の意地をかけた戦いなのです」「全滅も覚悟と?」「もちろん覚悟しております。ただこの悲劇を招いたのは日本の意志ではないということだけ覚えておいて頂きたい」「分かりました、では我が国も少ないですが支援を送りましょう」「それはありがたい。ではいい結果を報告出来ることを祈っていて頂ければと思います」会談はそこで終わった。まさか日本が総攻
「全員、装備に問題はないか再度確認しておけ!」観客のいなくなったスタジアムに響く大声。そこかしこに銃器を持った兵士がいる。日本軍は突撃する前に仮拠点をスタジアムに設置し、準備が整い次第総攻撃を掛ける作戦を打ち立てていた。スタジアムには野営テントが所狭しと広がっている。各国の国旗が、増援部隊として参加してくれている事を意味していた。人類のかき集めた総戦力約10万人。防衛に手を回したり、襲撃で数を減らした兵力の中ここまで集まれば御の字である。アレンはその様子を遠目から見ていた。「この世界の戦力も馬鹿にはできないものだな。ここまで集めるとは。これなら協力すれば異世界ゲートは奪還できそうだ」「……………………」リサも無言ながら頷く。二人で偵察に出てきていたのは、総攻撃を明日に控えており念の為味方の数を把握しておきたかったから、という理由である。突如、そんな彼らの元に連絡が入った。携帯がポケットで震えている。アレンはこんな時になんだと面倒くさそうに取り出すと耳に当てた。「団長!!直ぐに!すぐに戻ってください!魔族の襲撃です!!!」「十分で戻る」リサと顔を見合わせ、二人は即座に移動を開始した。――――――廃工場地下隠れ家。「おい!アレンに連絡は繋がったか!?」「繋がりましたが、最短でも十分はかかるとのことです!」まさかここに襲撃を仕掛けてくるなんて誰も思っていなかった為、全員に緊張が走る。「団長がいない今は私が指揮を取ります。セラは結界を展開。団長が戻るまで一歩たりともここに奴らを入れさせないようにして」「はい!堅牢結界陣、ガーディアス!!」基地が薄く青白い光に覆われる。曇りガラスのような、向こう側が透けて見えるが本当に頑丈なのだろうかとみな不安そうな表情を浮かべていた。「十分耐えればなん
「もう!持ちません!!」そんな言葉を発したセラは手が震えている。刹那、ガラスの砕けた音が周囲に響き渡り結界は崩れセラは尻餅をつく。「や……破られました……」肩で息をしているセラは全力を出し切ったようで、立てないほどに疲労していた。「総員!迎撃せよ!!!」レイさんの掛け声と共に隠れ家への入り口に団員が集まる。「よお、やっと会えたなぁカナタ!」随分懐かしい声が聞こえ入り口を凝視すると、そこには異形の姿をしたグリードがいた。「くっ!なぜここに四天王が!!」「全員全力でやるぞ!!」「アカリは護衛に集中してろ!」各々声を掛け合いグリードに立ち向かうが、魔力障壁で弾かれ決定打は一切入っていなかった。「雑魚に用はねぇ!!そこの神速と再戦だぁ!!」団員を弾き飛ばしこちらに向かってこようとするグリードに相対するようアカリは前に立つ。各自に渡された銃器の類は四天王にはなんの意味も成さずただ無意味に弾薬を消費していく。「小賢しい!こんな豆鉄砲がオレに効くわけねぇだろぅがぁぁ!」「五木さんにカナタくん。貴方がたは後ろに。ここは私達が引き受けますので」レイさんも魔導銃を構え立ち塞がる。僕は足手まといにならないようその言葉に従い五木さん達と後ろへと下がった。そこからはグリード対アカリ&レイさんの戦闘が始まった。アカリは速さで翻弄しつつレイさんの狙撃で動きを阻害する。完璧な連携というものを見せられ、僕は魅入ってしまっていた。言葉のやり取りはない。しかし、彼女らは事前に味方の動きが分かっているかのような行動をする。アカリが右に逸れたらレイさんが狙撃。レイさんが足を撃てば、アカリは頭上から攻撃。旅団はいつもこうして戦っていたのかと思い、魅入っていると不意に後ろから叫び声が響く。「ギィィヤァァァァ!!!」何事かと振り返ると、男が血塗れで倒れていた。
先に動いたのはアレンさんだった。片手を上げたまま魔法を発動させる。「消し飛べ、バニシングブラスト!」あの四天王グリードを跡形もなく消滅させた魔法だ。最初からフルスロットルで戦うようだ。「私に触れることは誰であろうと許されざる行為だと知れ」ヨハネさんが片腕を払う仕草をすると、アレンさんの魔法は何事もなかったかのように掻き消された。「今のを消すのか……なるほど、使徒というのは格が違うとは聞いていたけどこれほどとはね」アレンさんも苦い表情だ。多少のダメージを与えるどころか魔法がヨハネさんに触れることすらできなかったのだから、当然の反応といえる。「どけ人間!その程度の攻撃では小鳥のさえずりにしか感じんわ!牙城崩落!」今度はシモンさんが全力の一撃を放った。砲撃を思わせるその音に僕は耳を塞ぐ。凶悪なまでの一撃がヨハネさんに襲い掛かるが、やはり相変わらず突っ立ったまま微動だにしない。「シモン、貴様のそれは威力だけなら脅威だ。しかし……直線的すぎると何度も伝えたはずだぞ」ヨハネさんがそう言い終わるや否や目の前に黒い円の空間が生まれた。砲撃と錯覚する程の一撃は黒い円に飲み込まれていき、音すら消えてなくなった。「流石はヨハネ!じゃあこれならどう!?」次に動いたのはアンデレさんだった。周囲に浮かぶ無数の水晶から繰り出されるレーザーは某アニメに出てくるような全方位攻撃だ。流石にこれなら一発くらい掠ってもいいのではないか、そう思っていた僕はまだ考えが甘いことを思い知らされた。ヨハネさんが指を鳴らすと、自身に向かってくるレーザーを歪曲させ一発たりとも被弾す
ヨハネさんの部屋は、真っ白な何も無い空間が広がっていた。距離感も分からない、どれだけ広いかも認識できない上も下も右も左も全てが真っ白だった。「これが……部屋?」むしろ部屋の概念が崩れてしまいそうになるような空間だ。「突然ゾロゾロと現れたかと思えば……何用だペトロ」白い空間に白い服で奥から現れたのは背の高いキリッとした顔付きの男性だった。恐らくあれがヨハネさんなのだろう。「久しいねヨハネ。今日は少し頼みたい事があってね」「頼みたい事?お前の言う頼みとやらは人間をゾロゾロ連れてこなければならないものなのか」「まあそういう事さ。端的に言おう、世界樹へ行く為の許可が欲しい」ヨハネさんにダラダラと説明は必要ないらしい。ペトロさんがただそれだけを伝えるとヨハネさんの顔付きが更に険しいものへと変わった。「世界樹へ行くという意味がお前に分からない訳ではないだろう。何故行かねばならん」「彼が世界樹に用があってね」そう言いながらペトロさんは僕へと視線を移した。当然ヨハネさんの視線も僕へと向く。その目はゴミでも見るかのような眼つきだった。「卑しい人間を世界樹の元に行かせるだと?正気か?」「正気だよ。ただ君が許可をくれないだろうと思ってね、他の使徒も連れてきたって訳さ」ヨハネさんは集まっている面子を一度見回し鼻で笑った。「有象無象が集まった所で私に勝てるとでも?」「勝てば許可をくれるかな?」「ああ、構わん。私に勝てたのなら、な」そういう事か、ペトロさんは普通に許可を出そうとしないヨハネさんを上手く誘導したんだ。数だけなら圧勝できる。
ヨハネさんの治める都市はあまり他の使徒と差異はなかった。ただ、若干の違和感を覚えた。この違和感が何なのかはこの後分かることになる。街を歩いていると遠くの方に視線が動く。すると本来見えないはずのものが視界へと飛び込んできたのだ。雲だ。別に見上げている訳でもないのに、なぜか遠くの方に雲が見える。「もしかして気付いたかな?カナタ君」「えっと……ここって空の上、だったりしますか?」僕がそう言うとアレンさんも驚いたような表情を浮かべた。歩いている感じもフワフワしたような感じはない。「そう、ここは天空に浮かぶ空島なのさ。ヨハネの治める街は全て空の上なんだよ」塔に行く前に寄り道しようとペトロさんの計らいで僕らは島の端まで歩く事になった。島の端は近い距離でもなかったが、本当に浮いているのかどうか知りたい。その興味本位からか誰も反対する者はいなかった。島の端に到着すると、各々足取りはゆっくりになった。「これは……凄い光景だね」アレンさんが立ち止まり驚きと感動が入り混じったような声で視界に広がる景色を眺める。僕らも足を止め眼下を眺めた。視界に入ってきたのは雲と遥か遠くに見える地面だった。本当に天空に浮かぶ大地にいるのだとその時初めて実感できた。「空に浮かぶ大地……これが、神域なのね」ソフィアさんも初めて見た光景に言葉が途切れ途切れになっている。こんな光景は一生見る機会のないものだろう。ファンタジーという感じがして僕は心
「やあ!カナタ、よく眠れたかな?」「はい、ベッドもふかふかでよく眠れました。ありがとうございます」気付けば寝落ちしていたみたいで、朝起きた時にはアカリは既に部屋から居なくなっていた。まあ目を覚まして真横で寝ていたら気まずかったし結果的には良かったよ。一番大きい広間に集まると、みな準備万端なのか装備はしっかりと装着されていた。「使徒との戦いかぁ。流石にボクも初めてだからね、どれだけ善戦できるか」「儂とて長年生きてはおるが使徒との戦闘は初じゃ。魔導の真髄を極めたつもりじゃがそれがどこまで通用するかのぉ」アレンさんとクロウリーさんがいれば心強いが、相手はアレンさんをも一蹴したペトロさんが恐れる使徒。あまり楽観視はできなかった。「人間にあまり期待はしていないけど、あまりに無様な戦いをするようだったら、許可は貰えないと思ってくれよ。私としてはカナタ君が気に入っているからなんとかしてあげたい気持ちはあるが、君達が無様すぎればヨハネも首を縦に振らないだろうから」要はペトロさん達に頼り切りにならないようある程度戦ってみせろということか。正直僕はギガドラさん頼りになるが、これも僕の力としてカウントしてもらえるのだろうか。「ああ、それと。カナタ君、そのギガドラの爪は君の力として扱うといい。彼が君にそれを託した時点でそれは君の力なんだからね」「分かりました。いざという時は使います」ペトロさんがそう言ってくれたお陰で少し気が楽になった。「緊張してきたわね……アカリ、カナタ君を絶対に死なせてはだめよ」「大丈夫フェリス。片時も目を離すつもりはない」アカリが僕を守ってくれるようだが、一度僕は使徒同士の戦いを目にしている。だからたとえアカリが守ってくれていたとしても意味を成さないであろう事は分かっていた。
「手伝ってもらうといってもそう大した事ではない。次に許可を貰いに行くのは使徒の中でも一番力を持っている第一使徒ヨハネだ。彼の許可さえ貰えれば正直他の使徒が何を言ってきても意味を成さない」え?じゃあ今まで一人ずつ許可を貰っていった過程は無駄だって事かな……。ペトロさんは僕がなんとも言えない表情になっているのを一目見て、そのまま話を続けた。「ではどうして他の使徒の許可を得る必要があったのかと、そう思っているかもしれないがこれは必要な事だったんだ。ヨハネは確実に許可を出しはしないからね」「確実に、ですか?」「そう。人間を世界樹に近づけるなんて絶対に許しはしないだろう。しかし、ヨハネと戦い勝利する事ができれば彼は渋々ながら頷く」「本当ですか?」「ああ、本当さ。ただしさっきも言った通り使徒の中でも隔絶した力を持っているからね。私達五人の使徒と君達にも協力して貰う必要があるんだ」ヨハネさんと呼ばれる使徒は特に面倒臭い性質を持つらしい。僕らが戦い勝利を収めれば許可を得る事ができる。しかし現実的にそれは不可能であり、その為に手を貸してくれる五人の使徒と協力して勝たなければならないそうだ。使徒の力を借りなければそもそも触れることすら出来ない程の力を持つそうで、無駄に思われた他の使徒の許可を先に得たようだ。「それ……ボク達役に立てるのかい?」「役に立つ立たないではない。やらなければ許可は降りないだろう」「なるほど……あくまで、ワタクシ達人間が勝利する事に意味があるのですわね」やらなければならないのなら僕も覚悟を決めないとな。いざとなればギガドラさんに力を貸してもらおう。「最高の状態で挑みたい。君達は今日ここで一泊して英気を養うといい」ペトロさんから一
次の使徒を訪ねる前に一度ペトロさんの塔に戻ろうという話になり、僕ら一行は最初の塔へと向かった。転移門があるからすぐとはいえ、今や五人の使徒と人間一人の大所帯だ。街行く神族達も何事かと言わんばかりに驚いていた。塔に入るとペトロさんが僕の仲間がいる部屋へと案内してくれた。扉を開けると僕の視界に飛び込んできた光景は、ソファで寛ぐアレンさん達だった。「な、何してるんですか……?」「あ、おかえりー」「いやおかえりじゃなくて」「いやぁいいよーここは。居心地が凄くいい」でしょうね。もう態度で分かってしまった。アレンさんだけじゃない、クロウリーさんも背もたれに背中を預け読書と洒落込むほどだ。よほどここで待機しているのが居心地良かったのか、ソフィアさん達女性陣も談笑に花を咲かせている。「遅かったねーカナタ。どうだい、首尾は順調?」「順調ではありますけど……アレンさん、吹き飛ばされてましたよね。どうやってここに戻ってきたんですか、いえ、それよりも何してたんですかここで」「ん?あああれかい?あれはビックリしたねー。突然吹き飛ばされたから一瞬僕も何が起きたか分からなかったよ」ケラケラと笑っているが僕は苦笑いだ。まあ五体満足で無事だったから良しとするか。「ここは食べ物も美味しいし空気も美味いんだよ。ずっと神域で暮らしたいねボクは」「本懐とズレてますよ……」アレンさんはもう駄目だ。自堕落極まれりだな。「おい貴様ら!ダラダラしすぎだぞ!」流石に見るに見兼ねたのだろう、最初に僕らを案内してくれたガブリエルさんが吊り目になって怒っ
どちらが先に動くか。緊張感が高まる中、最初に動きがあったのはシモンさんだった。「我が一撃、その身で受けるがいい!牙城崩落!」正拳突きから繰り出されたその一撃は爆撃のような衝撃波を生み出し僕らへと放たれた。当たればどころか余波だけで僕の身体は消し飛ぶであろう威力。「無駄ですよ絶対領域!」対するトマスさんが展開した結界は僕らを包み込み、シモンさんの一撃を受け止めた。しかしミシミシと嫌な音を奏でて拮抗している。「うぐぅ!!流石はトマスの絶対領域か!しかし!吾輩とて無策というわけではないわ!牙城崩落・重ね!」今度は逆の拳から二撃目が放たれた。先程と同じく凶悪な威力であろうその攻撃はトマスさんの結界にヒビを入れた。「む……やります、ね……」歯を食いしばり何とか耐えているトマスさんだが、かなりキツそうだ。手を貸したい所だが僕が何かを手伝った所で何の役にも立たないだろう。お互いが譲らない状況が続くと、ペトロさんがおもむろに指を鳴らした。その瞬間、トマスさんの結界もシモンさんの攻撃も消え去ってしまった。「な、何をするんですか!」「それ以上やると塔が壊れてしまうよ。だいぶ加減していたのは分かるけど熱くなりすぎて本懐から離れてきてるんじゃない?」あれで加減だというのか?建物ごと消し飛ばさん程の威力だったぞ?使徒は人間が太刀打ちできる相手ではないというのがよぅく分かった気がする。「ふうむ……仕方あるまい。ここは引き分けといこう」「引き分け?それはおかしいですね。加減していたとはいえ私の結界を破ることが出来なかった以上、私の勝ちです」「なんだと!?」あーあーまた煽るような事を言ってるよ。シモンさんも青筋立ててキレちゃったじゃないか。「じゃあ次は俺の出番だぜ!」ヤコブさんまで参戦しだしたよ。どうやって収拾をつけるつもりだろうか。
五人となり割と大所帯となった僕らが街を歩くと相変わらずみんな平伏していく。 もうこの光景も慣れた。 今の僕は神族から見て謎の人物に映ってるだろうけど、仕方のない事だ。街を出歩かず一瞬で次の使徒の塔まで飛べればいいが、僕は翼を持たない故に地道に歩いて転移門までいくしかない。 それはペトロさん達も理解しているようで、何も言わず僕に合わせてくれていた。二度目となる転移門の前までくると、またペトロさんが水晶玉に手を翳す。 しばらくして転移門がぼんやりと光り始めると各々一歩を踏み出し門をくぐっていく。 今度の街は白を基調とはしているが所々に赤色が目立っていた。 血が滾るような戦いを好むって話だから、多分赤色を使っているんだろう。 巨塔はもう見慣れた。 白い巨大な塔。 使徒の家は全部これだ。塔の中に足を踏み入れると今までと違い、一番上に行くまでの廊下も赤色をふんだんに使っていた。 「はぁ〜目がチカチカするわねぇ〜」 アンデレさんはそう言うが、僕からしてみれば貴方の塔も大概でしたよと言わざるを得ない。 だって水晶が至る所にあったんだからギラギラ感でいえばアンデレさんが圧勝だったのだから。「入るよー」 ペトロさんを先頭に部屋へと入室すると、そこはヤコブさんとはまた違った雰囲気だった。 全体的に赤っぽくていろんな武器や防具が地面に突き刺さっている風景が広がっていた。でも使徒毎に個性があって面白いな。 見慣れない剣も突き刺さってて見ているだけでも飽きが来ない。 しばらく眺めていると剣を携えた白い服の男が奥からこちらへと歩いてきた。「吾輩の部屋に無断で入るとは……」 「あ、きたきた。シモン」 「む、貴様はペトロか。何用だ」 「かくかくしかじか」 ペトロさんは掻い摘んで説明した。 うんうんと頷いて聞いていたシモンさんはゆっくりと口を開いた。「内容は理解した。だが、ただで許可は出せん」 「そういう
「おーい、そろそろいいかな?」ペトロさんの声で僕は瞼を開く。数時間ほど寝てしまっていたようで、視界に飛び込んできたのは見覚えのない天井だった。さっきまでいたはずの図書館ではない。「眠ることすら許されなかったようだね。まあでも許可は貰えたし良かった良かった」ペトロさんは手を叩いて喜んでいたが、僕としては二度とやりたくない交渉だった。ぐっすりとまではいかなかったが仮眠を取れたお陰で多少頭は冴えていた。「じゃあ次ね〜。どの使徒がいいかなぁ?」「あん?そりゃあアイツだろ。万が一力尽くでってなっても使徒の中では一番燃費のワリィやつだ」燃費の悪い使徒なんているのか。あれかな、魔力量があまりない的な感じかな。「確かにそう言われればそうか。よし、決めたよ。カナタ君、次の使徒は恐らく戦闘にはなると思うけど私達がいるから安心するといい」「せ、戦闘になるんですか?」「なるだろうね。彼の望む世界は力こそ全てだからさ。たださっき話してた通り燃費が悪いんだ。初撃さえ防げばなんとでもなる」その初撃がヤバい威力を秘めてるんじゃ……。燃費が悪いって事はどっちかだ。魔法の威力がありすぎて一瞬で枯渇するパターンとそもそもの魔力量が少なすぎて大した魔法も使えないパターンか。後者ならまだいいが、前者だとかなりヤバいのではないだろうか。余波で死ぬなんて事は避けてほしいが。「初撃は俺が防いでやる。ペトロはその人間を守ってな」「ヤコブ、君では防ぎきれないよ。アンデレも一緒に頼んだよ」「はーい、私がいれば百人力ってやつよ!ね!ヤコブ!」「お、おお」一人で抑えられるって意気揚々としてたけどやっぱり女性相手には強くでられないようでヤコブさんは意気消沈していた。