「初めまして、よろしくカナタ」
「これからよろしくお願いします、アカリさん」 声も幼いな。 絶対歳下だなこの子は。 「カナタ、私に敬語はいらない。素早く正確に言葉を伝えるには敬語は不適切」 えらく淡々としているんだな。 確かに護衛なら手短に用件は伝えて動いてもらわないといけないし、理にかなっている。「わかった、これからよろしく」
そういうと片手を差し出してきた。 握手しろってことなのかな、一応この子なりの挨拶なのだろう。 「カナタくん、この子はここにいるメンバーで3番目に強いわ。だから護衛には適任だと思ったの」 え!剣聖より強いのか!? 「あ、もちろん剣聖は除いてね。黄金の旅団は剣聖以外が団員なの。剣聖に関しては協力者って立場ね」 「カナタ、私の二つ名は神速。誰の目にも止まらない攻撃が得意」 なにそれカッコいい。 神速だって?絶対速いじゃないか、音速を超えるのかな。 「カッコいい二つ名だね。その二つ名ってやつは誰が決めるんだ?」 「勝手に周りがそう呼ぶ」 なるほど、周囲が勝手に決めたものが定着して二つ名となるのか。 僕ならなんて二つ名が付くだろうか。そんなことを考えているとアカリが鼻で笑う。 「カナタに二つ名をつけるとしたら地味天才」 地味なのか……やっぱり地味な見た目してるんだな僕は。 「こら!アカリ!思ってても口に出したらだめでしょ!!」 フェリスさん、貴方のその言葉がもはや一番傷つくんです。 「とりあえずカナタくん!!」 一際大きな声でアレンさんが叫ぶ。何事かと皆が振り向くと真面目な顔で僕に話しかけてくる。
「カナタくん、君は想像を超えた逸材かもしれない。君がもしもボクらと共に異世界に行くというのならボクが面倒を見よう」 周りがザワつく。 殲滅王がそんなこと言うなんて初めてじゃないか? 団長の真面目な顔久しぶりに見た。 逸材を独り占めなんてずるいぞ団長。 などと皆が口々に喋り出す。異世界に行く、か。
ど「すみません、長々とお世話になりました」 実は2日泊まってしまったのだが、思いの外居心地が良くてそのまま居座りそうな空気になっていた為一度家に帰ることにした。 姉さんもずっと連絡してきてるし、寂しいんだろうな。 「カナタくん、これから3日おきにここに来るといいよ。その時に魔法を教えてあげよう」 「ありがとうございます。次に会うまでには中級魔法をマスターしておきます!」 程々にね、と笑いかけてくる皆。 僕は今までこんなに居心地のいい時間を過ごしたことはない。 姉さんといるときはもちろん居心地のいい時間だが、それとはまた違う良さがある。 皆に別れを告げて帰路に着くが、当たり前のように僕の横を歩くアカリ。 そうだった、護衛だった。 姉さんにはなんて説明しようか……。 「ただいまー」 姉さんの仕事に履いていく靴はあるが、玄関の扉を開けると人の気配がない。 姉さんはまだ帰ってきてないみたいだ。 間違えて違う靴を履いていったのかな。 「アカリはずっと僕に張り付いているのか?」 「トイレとお風呂は別行動」 そうだよな、それを確認しておきたかったんだ。 もし風呂やトイレにも付いてこられると落ち着かないしこんな女の子に見られるなんて恥ずかしすぎる。 「カナタ、1つ聞きたい」 「なんだ、改まって」 「紫音はどこ?」 姉の名前も知っているのか。 流石に護衛というだけあって僕に関する情報は一通り頭に入れてるみたいだ。 「姉さんは多分まだ帰ってこないよ、仕事じゃないかな」 「じゃあこのスーツは何?」 リビングに脱ぎ捨てられクシャクシャになったスーツ。 玄関にはいつも仕事に履いていく靴。 どういうことだ?確かにおかしい。 それに今は18時過ぎ、いつもなら帰ってきててもおかしくない時間だ。 アカリは黙り込んだまま、俯いている。 「アカリ?」 「紫音が攫われたかも」おいおい、流石にその冗談は笑えないぞ。 たった一人の血縁関係なんだ、姉さ
「全力で防御して」は?待て待て、こっちはまだ習いたての魔法しかないんだぞ。全力で防御しても紙切れのような脆さしかない結界になんの意味があるのか。それでも一応アカリの言葉に従い、自身の周りに半径30センチ程度の防御結界を作った。「魔族が来る」刹那、突風が吹き荒れ辺りは嵐の中に入ったかのような暴風雨に包まれる。防御を推奨したのはこのためか。とにかくずぶ濡れになることだけは避けられたようだ。「チッ、もう追手が来たのかよ」聞くに堪えない酒ヤケしたかのようなガラガラ声。これは魔族の声か。「神速絶技、抜刀」アカリの呟きが耳に入ったときには、周囲に晴れ間が広がっていた。「私の動きが速すぎて歩くだけでこんな程度の風、散らせる」アカリから説明が入ったが、今はそれどころではない。雨が上がり突風が止んだせいで、直線20m程離れた所に異形が立っているのが見えてしまった。魔族とはこういうものだ、と言わんばかりの見た目。赤黒い身体に岩肌のような手足。顔をトカゲと人間を混ぜたかのような、目を伏せたくなる醜さだ。「やるじゃねぇかネーチャン」異形から発せられた言葉はアカリに向けられているようで、僕のことは眼中にない素振りだ。「ああ、自己紹介してやるよ」そう言って構えを解いた異形が名乗る。「オレの名前はグリード。破壊の王とはオレのことだ」レイさんから教えてもらった四天王の名前、確かグリードって奴も居た気がする。てことは、アカリには荷が重いんじゃないか?「安心してカナタ。私は既に四天王の一体を討伐している」僕にはアカリの戦闘能力すら化け物に感じた。あの異形と僕と同じくらいの身長の女の子が同等?なんて馬鹿げた世界なんだ、異世界ってやつは。それより問わないといけない事がある。「紫音姉さんはどこだ!」あまり声を荒げる事がない僕だが、今日くらいはいいだろう。早く姉さんの無事を確認しないと、いつまで経っても気が
刹那の攻防により、辺りの道路は鋭利な刃物で引っ掻いたような傷、崩れる石垣、半壊した住宅。 見るも無惨な光景に変わりゆく。 動きが速すぎて目では捉えられないが、時折聞こえる剣戟の音が激しい戦闘を物語っている。 「神速絶技、死線月花」 「ドミネートブラストォ!」 お互い技の撃ち合いをしているような声も聞こえてくる。 アレンさんに連絡をしておいたほうがいいか? いやアカリが僕の為に戦ってくれているんだ。 水を差すような真似はやめよう。 「しぶといね、これで終わり」 「オメーこそなかなかやるじゃないか!」 お互い足を止めたようで僕にもやっと姿が見えたが、アカリはほぼ無傷でグリードは所々に血が滲んでいる。 四天王の1人を討伐したことがあるっていうのは、本当のようだ。 しかしアカリは瞑想のような仕草で深く呼吸をする。 一拍置いて目を開きグリードに問いかけた。「構えたほうがいい、これで四天王の1人は死んだから」 「なんだと?」 グリードも流石に不味いと感じたのか先程の余裕は感じられず力を溜めているような表情をしている。 「神速絶技、一閃」 刀がゆっくりと鞘から抜かれ刀身が顕わになる。 もう一度ゆっくり納刀する。 「終わった、カナタ」 いや、まだ眼の前にグリードが突っ立っているけども。 ………… ………… …………ボトリ。重たい水袋を落としたような音が聞こえそちらに目を向けると、グリードが呻き声を上げた。 「ううぐぅぅああ!」 足元には分厚い腕が落ちており、肩を見るとその先がない。 斬ったのか?さっきのゆっくりした抜刀で。 「クソが!!」 捨て台詞を吐き捨て、痛みを堪えながらグリードは黒い靄に包まれて消えていった。「終わったって言った」 そうは言うが僕にはただゆっくり刀を抜いてまた戻しただけに見えたがなにをしたんだ。 「見えなかっただけ、あいつの身体が異常に硬かったから同じ動作を数十回行った」
僕とアカリも帰路に着く為2人徒歩で夕焼けに染まる住宅街を歩く。「そういえば気になったんだけど、閑静な住宅街とはいえ人はいるだろ?なんで誰も出てこなかったんだ?」流石に人気が少ないとはいえ、住宅がある以上そこに住む人達は少なからず居る。なのに、あれだけ大騒ぎしていたのにも関わらず誰も出てこなかった。「魔族が人払いの結界を張っていたから」僕の問いかけにアカリは淡々と答えた。「でも魔族って凶悪な存在なんだろ?人払いの結界を使うなんて変な話だな」聞いてる話だと魔族は人を襲い、殺す。それなのに人払いをする意味が分からない。「魔族はこっちの世界では目立ちたくない。目立てばこっちの世界の武力とぶつかる事になる」「魔族は強いんだから軍なんて役に立たないだろ」「もちろん魔族が勝つ、けど消耗はする。そこに私達と出会ったら消耗した魔族は討伐される危険性がある」なるほど、魔族も考えて行動をするみたいだ。いくら強くても生物である以上は疲労も溜まるし魔力も体力も消耗する。無敵なんて言葉は生ある者には似合わない言葉だな。「じゃあこの世界の武力を総力戦でぶつければリンドールって魔神も簡単に倒せるんじゃないか?」「カナタ、魔神は次元が違う。私達では逆立ちしても勝てないし、魔族にすら勝てない武力はあっても邪魔になるだけ」酷い言われようだが確かにその通りだ。アカリみたいな強者であっても勝てないと言われる魔神は相当な強さを誇るんだろう。僕には想像できないが。また2人無言で歩き続ける。「そういえば、アカリはなんで護衛を引き受けたんだ?」上からの命令とはいえ、自由がほとんどなくなってしまう護衛は正直いってなんのうまみもない。「なんとなく」まあそんな答えが返ってくる気はしてたよ。聞いただけ無駄だった。「カナタはなん
2044年1月9日雪が降り、所々に数cm積もる。吐く息は白く、冬を実感させる寒さだ。今日は異世界から飛ばされて来た春斗達の住処、通称宿り木に行く理由ができた。なんと遂に春斗が退院したのだ。1週間前、アカリから聞かされた時は今直ぐにでも向かおうとしたが、まだ安静にしないといけない状態らしくもう少ししてからと待ったをかけられてしまった。面会すら出来ない状態だと聞いたときは、背筋が凍る思いだったが割と元気になっているとのことだ。友達に会える、それだけで足取りは軽い。宿り木のインターホンを鳴らすとフェリスさんが出迎えてくれた。綺麗な人だからちょっと緊張するのは内緒だ。「待ってたわ、ハルトは中にいるからどうぞ」アカリと共に玄関をくぐると、なにやら楽しそうな会話が聞こえてくる。「もうすぐカナタくんが来るから待ってろって」「いや!今直ぐにでも会いたい!!俺から会いに行く!!」どうやら春斗も僕に会いたかったらしい。扉を開ける前から春斗の声が僕のところにまで聞こえてきた。リビングの扉を開け、僕は開口一番に春斗へと声をかけた。「退院おめでとう!久しぶりに会えたな」「カナタ!来てくれたか!!」溢れんばかりの笑顔で僕を出迎えてくれた。もうだいぶ快復したようで、入院していたとは思えないほどに元気が溢れている。「心配したんだぞ、大怪我を負ったって聞いて」「いやー思ったより強くてな」豪快に笑い飛ばすが、入院するほどの大怪我を負っても治ったら笑い話にするのは異世界特有の文化なのだろうか。皆を見ても笑っているし、死と隣り合わせの世界ではこれが普通なのだろうなと納得する事にした。「てことは僕の護衛に復帰するってことか?」「いや、それがな……アカリの方が適任だってことで俺は外された」寂しそう
アレン・トーマスは生まれた時から魔法の才に恵まれていた。10歳で既に冒険者として名を馳せ、16歳の時には彼の名前を知らぬ者が居ないほどに。しかし常に彼は独りだった。ソロでのダンジョン攻略、護衛任務、魔族討伐の旅、いつどこであっても1人だった。もちろん彼も何度かパーティに誘われ複数人で動いていたこともある。だが、彼は突出した強さのせいで魔族討伐では仲間とうまく連携が取れず、護衛任務では戦力差がありすぎて気を使う動きしかできず、結局ソロでしかまともに活動はできなかった。いつしか、ソロで1度も敗北を経験したことがない、魔物を狩るときは肉片1つ残さない彼を周囲は殲滅王と呼ぶようになった。そんな時、1つのパーティが彼に声を掛ける。レイ・ストークスを筆頭に4人で構成されたパーティだ。レイはアレンの圧倒的強さに惚れ込み自分のパーティへと誘ったが、アレンも今までソロで活動することが殆どだった為首を縦に振らなかった。それでもレイは何度も手を差し伸べる。ほとんど毎日のようにアレンの所へ押しかけては、パーティへ誘う。そんな日々が半年も続き、ついにアレンが折れた。1度だけなら……とパーティへ一時的に加入し魔物討伐任務を請け負う。1度だけのつもりが案外気楽でいられる空気感で、なによりレイや他のメンバーもかなり腕が立つようだ。いつの間にか、パーティーと行動することが当たり前になってきてアレンが思いの外接しやすい存在だと認知されだすと、パーティー加入希望者が出てきた。人数も15人を超えるかと思われる頃レイからある提案がされる。「アレンさん、私達で旅団を作りませんか?」旅団。それは魔族の討伐を目的とする精鋭集団を指す。「是非アレンさんに団長を努めて欲しいんです」旅団を作ることに異論はないが、団長となると話は別だ。「ボクには人を率いる才能はないよ」丁
宿り木の自室で雲一つない空を眺めながら、アレンはふと懐かしい記憶を思い出していた。この科学の発展した魔法のない世界に来て、既に数年は経っている。いつからか数えなくなりこの世界で生きる覚悟を決めかけていたその時にあのニュースを見た。[異世界へと渡る方法]最初は目を疑ったが、調べていくうちに城ヶ崎彼方という男が編み出した技術らしい、ということが分かった。まずは本人とコンタクトを取らないとと思っていたが意外にもその男は身近に居た。ハルトの学校に居るというではないか。警戒されないように探ってくるよう伝えたその数日後には協力を取り付けてきた。友人と言われるまで絆を深めていたハルトには感謝しかない。それからの日々は激動でしかなかった。魔族の襲撃やハルトの負傷。それにカナタに魔法を教えることにまでなってしまった。うまくいけば、あと数ヶ月で元の世界に帰ることになるが少し寂しさもある。なにせここで数年過ごした為、第二の故郷とでも言えなくはないくらいには愛着が湧いていたからだ。「カナタくん、君もボクらと共に来てくれないかな」想像していた以上の好青年であり、アレンは彼方を気に入り出来ることなら共に異世界へ行きたいと考えながら、空を見上げ一人呟いた。――――――「ただいまー」「おかえりー!!」夕方になり帰路に付くと姉さんが出迎えてくれた。久しぶりに今までの日常に戻った感じがするが、今までと違うのは僕の隣に1人の女の子がいるってことだ。「今日少し聞きたいことがあるから、後でカナタの部屋に行く」アカリがいつもと変わらない無表情で僕に話し掛けてくる。「お風呂上がったらでいい?」「それでいい」いつもと違うのは1つだけ。何か決意したような目をしている、何を聞いて来るのか少し身構えてしまう。晩御飯は冷蔵庫にある有り合わせで作り風呂も入った。後はアカリを待つだけだが、なかなか来ない。もしかして話があるって言ったことを忘れたのか?と考えていると扉を叩
2044年2月28日卒業も後1ヶ月に迫り、世間も卒業シーズンで慌ただしく動いている。先日五木さんからも連絡があり、実験の準備は完全に整った、1度研究所に来てほしいとの事だった。僕の理論が形になってきたと思うと、高揚感に包まれる。足取りも軽く、研究所の自動扉をくぐると既に五木さんが待っており、出迎える為わざわざロビーへ降りてきてくれてたようだ。「お久しぶりです、五木さん」「というよりかはまずは明けましておめでとう、かな?」笑いながらそう話すが、確かに今年になって初めてお会いすることになってしまった事を申し訳なく思い僕はすぐに返答する。「すみません!なかなか研究所へ来ることができなくて」「いやいや、いいよいいよ。君はまだ大学生なんだから学生生活を謳歌しないと」まあでも卒業したらガッツリ参加してもらうよ、と優しく微笑みかけてくれる。女性だったら惚れているなこれは。五木さんの案内に従って、研究所の奥へと進む。見たこともない機材や薬品が所狭しと並ぶ部屋が幾つもある。少し歩くと一際大きな観音扉の前へと辿り着いた。「さあ、ここが彼方君の理論を形にした機械が置かれている部屋だよ」仰々しい扉を脇にあるスイッチで開閉する。大きな石を引き摺るようなズッシリとした音が響きゆっくりと観音扉が開いていく。完全に開ききり中を見渡すと、まるでスタジアムのような広さで真ん中にドでかいドーナツ型の機械がそびえ立っている。「もしかしてあれが?」「そう、あれが異次元空間へと繋がる機械だ。通称異世界ゲート」8メートルはあるだろうか。巨大なドーナツのように真ん中がくり抜かれた物体が縦に置かれており、周囲には五木さんの開発した反重力装置が4つ並ぶ。まるで土星の輪っかのような、そんな印象を描く機械だ。「想像してたより大きいですね」現代の科学の粋を集めて作られた通称異世界ゲート。異世界へ行くことがより現実味を帯びてきたようだ。「もちろんまだ稼働はさせてないよ、立証実験の時が初めて稼働され
次の使徒を訪ねる前に一度ペトロさんの塔に戻ろうという話になり、僕ら一行は最初の塔へと向かった。転移門があるからすぐとはいえ、今や五人の使徒と人間一人の大所帯だ。街行く神族達も何事かと言わんばかりに驚いていた。塔に入るとペトロさんが僕の仲間がいる部屋へと案内してくれた。扉を開けると僕の視界に飛び込んできた光景は、ソファで寛ぐアレンさん達だった。「な、何してるんですか……?」「あ、おかえりー」「いやおかえりじゃなくて」「いやぁいいよーここは。居心地が凄くいい」でしょうね。もう態度で分かってしまった。アレンさんだけじゃない、クロウリーさんも背もたれに背中を預け読書と洒落込むほどだ。よほどここで待機しているのが居心地良かったのか、ソフィアさん達女性陣も談笑に花を咲かせている。「遅かったねーカナタ。どうだい、首尾は順調?」「順調ではありますけど……アレンさん、吹き飛ばされてましたよね。どうやってここに戻ってきたんですか、いえ、それよりも何してたんですかここで」「ん?あああれかい?あれはビックリしたねー。突然吹き飛ばされたから一瞬僕も何が起きたか分からなかったよ」ケラケラと笑っているが僕は苦笑いだ。まあ五体満足で無事だったから良しとするか。「ここは食べ物も美味しいし空気も美味いんだよ。ずっと神域で暮らしたいねボクは」「本懐とズレてますよ……」アレンさんはもう駄目だ。自堕落極まれりだな。「おい貴様ら!ダラダラしすぎだぞ!」流石に見るに見兼ねたのだろう、最初に僕らを案内してくれたガブリエルさんが吊り目になって怒っ
どちらが先に動くか。緊張感が高まる中、最初に動きがあったのはシモンさんだった。「我が一撃、その身で受けるがいい!牙城崩落!」正拳突きから繰り出されたその一撃は爆撃のような衝撃波を生み出し僕らへと放たれた。当たればどころか余波だけで僕の身体は消し飛ぶであろう威力。「無駄ですよ絶対領域!」対するトマスさんが展開した結界は僕らを包み込み、シモンさんの一撃を受け止めた。しかしミシミシと嫌な音を奏でて拮抗している。「うぐぅ!!流石はトマスの絶対領域か!しかし!吾輩とて無策というわけではないわ!牙城崩落・重ね!」今度は逆の拳から二撃目が放たれた。先程と同じく凶悪な威力であろうその攻撃はトマスさんの結界にヒビを入れた。「む……やります、ね……」歯を食いしばり何とか耐えているトマスさんだが、かなりキツそうだ。手を貸したい所だが僕が何かを手伝った所で何の役にも立たないだろう。お互いが譲らない状況が続くと、ペトロさんがおもむろに指を鳴らした。その瞬間、トマスさんの結界もシモンさんの攻撃も消え去ってしまった。「な、何をするんですか!」「それ以上やると塔が壊れてしまうよ。だいぶ加減していたのは分かるけど熱くなりすぎて本懐から離れてきてるんじゃない?」あれで加減だというのか?建物ごと消し飛ばさん程の威力だったぞ?使徒は人間が太刀打ちできる相手ではないというのがよぅく分かった気がする。「ふうむ……仕方あるまい。ここは引き分けといこう」「引き分け?それはおかしいですね。加減していたとはいえ私の結界を破ることが出来なかった以上、私の勝ちです」「なんだと!?」あーあーまた煽るような事を言ってるよ。シモンさんも青筋立ててキレちゃったじゃないか。「じゃあ次は俺の出番だぜ!」ヤコブさんまで参戦しだしたよ。どうやって収拾をつけるつもりだろうか。
五人となり割と大所帯となった僕らが街を歩くと相変わらずみんな平伏していく。 もうこの光景も慣れた。 今の僕は神族から見て謎の人物に映ってるだろうけど、仕方のない事だ。街を出歩かず一瞬で次の使徒の塔まで飛べればいいが、僕は翼を持たない故に地道に歩いて転移門までいくしかない。 それはペトロさん達も理解しているようで、何も言わず僕に合わせてくれていた。二度目となる転移門の前までくると、またペトロさんが水晶玉に手を翳す。 しばらくして転移門がぼんやりと光り始めると各々一歩を踏み出し門をくぐっていく。 今度の街は白を基調とはしているが所々に赤色が目立っていた。 血が滾るような戦いを好むって話だから、多分赤色を使っているんだろう。 巨塔はもう見慣れた。 白い巨大な塔。 使徒の家は全部これだ。塔の中に足を踏み入れると今までと違い、一番上に行くまでの廊下も赤色をふんだんに使っていた。 「はぁ〜目がチカチカするわねぇ〜」 アンデレさんはそう言うが、僕からしてみれば貴方の塔も大概でしたよと言わざるを得ない。 だって水晶が至る所にあったんだからギラギラ感でいえばアンデレさんが圧勝だったのだから。「入るよー」 ペトロさんを先頭に部屋へと入室すると、そこはヤコブさんとはまた違った雰囲気だった。 全体的に赤っぽくていろんな武器や防具が地面に突き刺さっている風景が広がっていた。でも使徒毎に個性があって面白いな。 見慣れない剣も突き刺さってて見ているだけでも飽きが来ない。 しばらく眺めていると剣を携えた白い服の男が奥からこちらへと歩いてきた。「吾輩の部屋に無断で入るとは……」 「あ、きたきた。シモン」 「む、貴様はペトロか。何用だ」 「かくかくしかじか」 ペトロさんは掻い摘んで説明した。 うんうんと頷いて聞いていたシモンさんはゆっくりと口を開いた。「内容は理解した。だが、ただで許可は出せん」 「そういう
「おーい、そろそろいいかな?」ペトロさんの声で僕は瞼を開く。数時間ほど寝てしまっていたようで、視界に飛び込んできたのは見覚えのない天井だった。さっきまでいたはずの図書館ではない。「眠ることすら許されなかったようだね。まあでも許可は貰えたし良かった良かった」ペトロさんは手を叩いて喜んでいたが、僕としては二度とやりたくない交渉だった。ぐっすりとまではいかなかったが仮眠を取れたお陰で多少頭は冴えていた。「じゃあ次ね〜。どの使徒がいいかなぁ?」「あん?そりゃあアイツだろ。万が一力尽くでってなっても使徒の中では一番燃費のワリィやつだ」燃費の悪い使徒なんているのか。あれかな、魔力量があまりない的な感じかな。「確かにそう言われればそうか。よし、決めたよ。カナタ君、次の使徒は恐らく戦闘にはなると思うけど私達がいるから安心するといい」「せ、戦闘になるんですか?」「なるだろうね。彼の望む世界は力こそ全てだからさ。たださっき話してた通り燃費が悪いんだ。初撃さえ防げばなんとでもなる」その初撃がヤバい威力を秘めてるんじゃ……。燃費が悪いって事はどっちかだ。魔法の威力がありすぎて一瞬で枯渇するパターンとそもそもの魔力量が少なすぎて大した魔法も使えないパターンか。後者ならまだいいが、前者だとかなりヤバいのではないだろうか。余波で死ぬなんて事は避けてほしいが。「初撃は俺が防いでやる。ペトロはその人間を守ってな」「ヤコブ、君では防ぎきれないよ。アンデレも一緒に頼んだよ」「はーい、私がいれば百人力ってやつよ!ね!ヤコブ!」「お、おお」一人で抑えられるって意気揚々としてたけどやっぱり女性相手には強くでられないようでヤコブさんは意気消沈していた。
トマスさんの出した条件は案外緩く僕は快諾した。話すだけだなんてそんな緩い条件を出してくるとは思わなかったのか、ペトロさんも苦笑いしていた。「話をするだけで許可をくれるというのかい?」「それはそうでしょう。別世界の話など望んでも聞けるものではないですから」想像していたより別世界の情報は価値が高いようだ。これなら案外他の使徒の許可を貰うのも楽かもしれないな。ペトロさん達はまた明日迎えに来ると言い残し塔から出て行った。僕はというとトマスさんの部屋で椅子に腰かけ話をすることに。「ふむ、なかなか興味深いものです。動く鉄の馬車に空飛ぶ乗り物ですか。確かにこちらの世界にはない技術です」トマスさんが特に興味を持ったのは自動車や飛行機といった科学の分野だった。こっちの世界は魔法という概念が存在している為科学というものは発展していない。恐らくこっちの世界で飛行機を作ろうと思うと膨大な時間が必要になるだろう。「それに魔法というものが存在しない世界ですか……不便で仕方ないでしょう」「いえ、それが意外とそうでもないんです。さっきも言った通り科学があるので遠く離れた人と顔を見て話す事ができたり新幹線っていう凄く速い地上の乗り物もあるので」「それは是非とも見てみたいものです。カナタと言いましたね、君がこの世界でそれを再現する事はできますか?」原理は理解しているが再現するにはまず部品を作るところから始めなければならない。当然そうなれば精錬技術も遥かに高度な技術が必要となり、まずはそこから始めるとなれば膨大な時間がかかってしまう。やはり知識だけあっても実現には程遠い。「すみません、僕も作り方とか原理は分かるのですがそもそもの前提知識や技
トマスさんの巨塔に入ると内装はこれまでと少し変わり、至る所に本棚が置かれてあった。真面目だと聞いてはいるがやはり勤勉タイプのようだ。上階に来ると、いよいよトマスさんの部屋だ。僕は緊張しながら扉の前に立った。「入るよトマス」ペトロさんが両手で扉を開くと、そこは図書館だった。いや、正確には図書館に来たかと錯覚するほどに本棚で囲まれた部屋だ。「うえぇ、いつ来ても相変わらずの本の数だな」「ほんと、これだけの本をよく集めたものよね~」アンデレさんもヤコブさんも大量の本を見て嫌そうに顔を背ける。まあこの二人は本とは無縁そうな雰囲気があるし、当然の反応か。僕としてはどんな本があるのか興味が尽きない。洋風の図書館というのか螺旋階段まであって上階にも本棚が所狭しと並べられていた。しばらく本棚を眺めていると、眼鏡をかけた白い服の男性が螺旋階段から降りてきた。「騒がしいと思ったら……貴方達でしたか」とても理知的な見た目をしているトマスさんは僕らを一瞥しフンと鼻で笑った。それが癇に障ったのかヤコブさんが一歩前に出た。「ああ?来てやったのになんだぁその態度は!」来てやったという表現はちょっとおかしくないかな?どちらかといえば僕らが頼みに来たって感じなんだけど。「来てやった?私は貴方達を呼んだ覚えはありませんがね」まあそうだろうね。だって勝手に来たんだから。しかもアポなんて取ってないし。「まあまあヤコブ、落ち着きたまえよ。トマス、君に用事があってね」「ペトロさん、貴方が用事というとあまりいい思い出がないのですが」過去に何があったんだろう。トマスさんの表情が本当に嫌そうな顔になっているし、凄く気になってきた。「まあまあまあ、それは置いといて。トマス、別世界の人間に興味はないかい?」「置いておくというそのセリフは私の方です。&helli
僕を含めた四人で次に向かったのは第二使徒トマスと呼ばれる人の所だ。使徒は全部で十二人。今の所許可をもらえたのは第三使徒ペトロさん、第五使徒アンデレさん、第七使徒ヤコブさんだけだ。後三人もの使徒に許可をもらわなければならないのはなかなか骨が折れる。それに次に会うトマスという方はそれほど懇意にしている使徒ではないらしく、扉でひとっ飛びという訳にもいかないらしい。その為街に繰り出し塔へと向かう転移門へと足を運んだのだが、なかなか辛かった。使徒は他の神族にとって敬うべき存在。つまり、街を歩けば目につく神族がみな膝を突いて頭を垂れるのだ。なかなか経験できない光景だった。それに使徒が三人も一緒にいればあの人間は何者なんだと、声には出してなかったが神族達の表情が物語っていた。「ここだよここ」ペトロさんの案内されたのは転移門と言わんばかりの巨大な門だった。想像していたのは魔法陣の上に立って転移する的なものだったのだが、まさしく門であった。「これが転移門ですか」「そう、ここをくぐる前に行先だけ登録するんだよ。少し待っててくれるかな」そう言ってペトロさんは門のすぐそばまで行き水晶玉みたいな物に手を翳す。「よし、これで大丈夫だ。さあ行こうか」僕は恐る恐る門をくぐる。当然くぐる瞬間は目を瞑ってしまった。目を開けるとこれまた雰囲気がガラッと変わって白を基調としながらも三階建て以上の建物ばかりが目立つ。治めてる使徒ごとに街の雰囲気は変わるようだ。「あの塔に彼はいるよ」ペトロさんが指差す方向には代わり映えのしない巨塔があった。雰囲気が変わるのは街だけで塔の外観は全て同じ造りになっているようだった。「簡単に許可をもらえますかね?」「うーんどうだろうね。トマスは良くも悪くも真面目だから」真面目な使徒なのか。それなら僕と相性はいいかもしれない。一応こう見えて僕は研究者タイプなんだ。真面目
部屋全体がとても暑く、何もしていないのに服には汗が滲んでくるほどだった。ペトロさんとアンデレさんを見ればとても涼しい顔をしており、二人は暑さが平気のようだった。数歩進むと更に熱気は凄く、僕の額には大粒の汗が浮かぶ。使徒の特殊な力か知らないが僕だってペトロさん達みたいに涼しい顔でいたいものだが、あまりの暑さにそうは言ってられない。「ん?あ、もしかしてこの部屋暑いかい?」ペトロさんが僕の様子に気づいてくれたようで声を掛けてくれた。それに僕は頷き返すと、ペトロさんはおもむろに指を弾いた。その瞬間、暑く感じていたはずなのに一気に涼しくなった。何か結界のようなものを張ってくれたのだろうか。「悪いね。人間はこの暑さだと辛いというのを忘れていたよ」「結界ですか?」「そう。私達は呼吸をするかのように身体を覆っているけど君達人間はわざわざ発動手順を踏まなければならないのを忘れていたよ。それに君は魔法があまり得意ではないだろう?」その通りだ。得意か否かではなく赤眼のせいであまり魔法が扱えない。ペトロさんはこの短い時間でその事にも気づいていたらしい。「それにしても趣味悪いよね~ヤコブの部屋って」アンデレさんは首を横に振り嫌そうな顔をする。まあ僕も趣味がいいかと問われれば首を振らざるを得ないしな。「あ、来たみたいだよ」ペトロさんが指差す方向を見ると溶岩が盛り上がりその中から白い服を着た男が出てきた。髪は短髪で赤く目も吊り上がっていて不良みたいな見た目だ。少なくとも僕がプライベートだったら話し掛けはしないタイプの見た目だった。「おいおいおい!なんだって二人が俺の所にきたんだ?それにそこの人間はなんだ?」「まあいいじゃん。とりあえずさ、この子が世界樹に行きたいらしいから許可ちょーだい」何の説明もしてないけどいいのだろうか?アンデレさんの問いかけにヤコブさんは数秒無言になると頷いた。「お?まあいいけどよ。って説明の一
扉をくぐった先はまた別の光景が広がっていた。周りは宝石のように光り輝く巨大な水晶が散乱している。ペトロさんの部屋とは大違いだ。「ここは私達使徒の求めるものが表現されているんだ。私の場合は果てしなく広がる平穏を望む。だから草原が広がっていただろう?ここの使徒は違うのさ」「水晶……輝かしい生を歩みたい、とかそんなところでしょうか?」「おお、察しがいいね。君、頭いいって言われないかい?」どうやら当てずっぽうが正解だったようだ。輝かしい生を歩みたい、か。言ってはみたけど実際よく分かっていない言葉だ。何をもって輝かしい生といえるのか。「その使徒様はどこにいるんですか?」「私が来たことは気づいているはずだからもうすぐ来るよ」ペトロさんがそう言ったタイミングで目の前の水晶が激しく砕け散った。「ふぅ~お待たせ!」現れたのはペトロさんと同じく白い服を着た女性だった。煌びやかな恰好をしてるのかと思いきや、まさか同じ白い服だとは思わなかった。「来たねアンデレ。ちょっと今日は紹介したい人がいてね」「何かしらペトロ。貴方が紹介したいだなんて珍しい事もあったものね~」ペトロさんは僕の方を見た。挨拶しろって事かな。「初めまして城ケ崎彼方です」「城ケ崎?えらく変わった名前ね~。で?ペトロが紹介したって事は普通の人間ではないのでしょう?」「はい。僕は別世界から来た人間でして――」もう何度目かも分からな自己紹介をするとアンデレさんの目が輝きだした。ペトロさんと同じく僕は興味深い対象であったらしい。話し終えるとアンデレさんは期待に満ちた表情に変わっていた。まるで初めて見た生物を観察するかのように。「へぇ~面白いね~!ペトロ、なかなか面白い子を連れてきたね!」「そうだろう?別世界となれば我々の手が届かない場所だ。だからこそ面白い」「うんうん!それでこの子がどうしたの?」ペトロさん