21話 無意識と繋がる
協力者に力を貸してもらうと、天田の後を尾行するように命令をした。自分達の近くにいるのは天田だけ。過去の事も、伊月の事も知っている天田はノビラにとって恰好のターゲットだと考えるのが近道だった。 しかしどうしても考えられない事が複数浮かんでくる。その疑問を形に変える為に、見えない罠を用意していた。 「店に通っているよ、そこに奴がいる」 「そうか二人は繋がってたんだね」 天田とノビラの出会った場所はあの店で間違いないだろう。時間をかけて姿を隠していたノビラがこうも簡単に表で生活している理由に繋がっていくと、予想は確信へと変化した。 「後は書類で」 細かな事を今聞くことは愚問だろう。徹底的に調べてから一つの書類として手にする事が出来れば、なんの目的で近づいたのかが明白になるはずだ。 一日で環境に変化があった薫は、思っている以上に疲れていたようだ。ご飯も食べず、ただひたすら子供のように眠る姿に癒されながら、電話を切った。例え聞かれたとしても、仕事関係と言えば、それ以上は踏み込んでこない。そんな単純な薫が可愛くもあり、心配でも会ったのだった。 薫は遠くから感じる伊月の声に反応しながら、眉をぴくりと動かす。一瞬、苦しそうな表情になっていたが、何事もなかったように、夢の中へと沈んでいった。 夢の作る世界は何の色も持たない空白の世界。その中に地上と天空があると、異常な速度で落ちていく。地上に足を沈めると、じんわりと温かいものが纏わりつきながら、薫の心を修復するように、包み込んでいった。 「温かい」 夢の中のはずなのに、温もりを感じている。この感覚は遠い昔に知っている記憶の一部から厳選されたものだった。母体の中で眠る命の煌めきのように、美しく、悲しい。共鳴していく感情に揺られると、自分が泣いている事に気づいた。 場面は切り替わると、ノビ23話 新しい縁 熱が下がったのを確認すると、起きた時に食べれるように、雑炊を用意した。メッセージが入ったのを確認すると、メモを書き残して、薫の部屋から出ていく。まだ一緒に居たい気持ちを抑えながら、自分の次の行動へ繋がる手立てを手に入れる為に—— 着替えを持ってこなかった伊月は、マスクのお陰で和田に成り切っていく。泊まりだと指摘されたとしても、逃げ道は作っているから大丈夫だと言い聞かせると、目的地の地図を確認しながら、歩いていく。「ここか」 20分歩いたぐらいにやっと目的の建物が目に入る。平日だからか、人の姿は見えない。自分の部屋に戻るような感覚で、トントンと階段を上がっていくと、古びた部屋部屋が物静かに佇んでいた。呼び鈴を押すと、ガチャリとドアが開かれた。「僕だけど」「入って」 この部屋は時々だが情報を売買する時に使う隠れ家のような場所だ。ある人物の息がかかった一部の人間しか使用出来ない為、簡単には表に出る事はない。どの時代になっても表裏一体。「これが頼まれていた資料だ」 茶封筒に封じられている情報は天田の調査報告書だった。表面的に見える部分は勿論、裏で何をしているかが全て記されている。「弱みを握られた可能性はあるだろうな。それともお前が気に入らなかったとか」 皮肉を混ぜながら、ハッと腹から笑うと、口元のピアスが揺れた。情報屋は名乗らない、ただ仕事の為に必要なものを用意するだけなのだから、そこには名前なんて必要ない。 これ以上、踏み込む事はしない。正直、ある程度の顔見知り程度にはなっているのだから、呼び名でも教えてほしい気持ちはある。全てはルールによって成り立っている世界。どう思おうが、変わる事はない、これからも。「まぁ、どう感じているのかは本人しか分からないかもね」 あっけらかんとした雰囲気を漂わせながら、口走ると、余裕を持っているように見せてくる。張り合いたいのか、こうやって人の感情を逆撫でしてくる。「今回の情報料は」 財布の中には念の
22話 人の有り難さ じっとりとした体をゆっくり拭き始めていく。最初自分で吹いていた薫を見かねて、伊月がタオルをぶん取った。「何す……」「ちゃんと拭けてないだろ。僕が拭くよ」 タオル越しに伝わってくる手がゆっくりと背中をなぞると、何だかゾクゾクしてしまう。こうやって人に吹いてもらうのは、子供の頃以来だった。母の柔らかい口調と温もりを思い出していると、無言になっていた薫に、声をかける。「気持ちいい?」「うん」 伊月がそう言うと、在らぬ妄想をしてしまう自分が何だか恥ずかしく思えた。一生懸命看病してくれているのに、不謹慎なのだろう。 伊月に言われるまま、熱を測るといつもより体温が高い。基本平熱が36度に到達しないのに、今日に限っては37度もある。疲れが溜まっているのかもしれない。「無理してたんだね、気づけなかった」 申し訳なさそうに呟くと、手の動きが止まった。どうやら拭き終えたようだ。「今日は安静にして。明日様子を見て、休みを取ろう。僕も明日は有給取ったから」 薫が寝ている間に上司に連絡を終わらしていた薫は、そう言いながら、服を着せていく。脱がされる事はあっても、逆はなかなかない二人は、まるで新婚のような雰囲気を纏いながら、横になった。 悪夢を見ないようには出来ない。それでも少しでも気分を紛らわそうと、昔話を話してくれる。伊月也の配慮かもしれない。ふわふわと氷枕が脳を冷やしていく。次第に虚になって、空に飛んでいきそうだった。 意識を手放そうとしている薫の額に、優しいキスを落とすと、まるで母親のように、優しく頭を撫で、寝かしつけていく。「ん……」 顔を赤くしていた薫の表情が緩やかに変化していく。寝る前に氷まくらを設置したのが正解だった。部屋にあった解熱剤の効果もあるだろう。一つのベッドで二人が寝ている。なかなか寝れない伊月は、うっすら開けていた瞼を、ゆっくりと閉じると、頭の中で数を数え始めた。「おやすみ」 寄り添いながら、互いの熱
21話 無意識と繋がる 協力者に力を貸してもらうと、天田の後を尾行するように命令をした。自分達の近くにいるのは天田だけ。過去の事も、伊月の事も知っている天田はノビラにとって恰好のターゲットだと考えるのが近道だった。 しかしどうしても考えられない事が複数浮かんでくる。その疑問を形に変える為に、見えない罠を用意していた。 「店に通っているよ、そこに奴がいる」 「そうか二人は繋がってたんだね」 天田とノビラの出会った場所はあの店で間違いないだろう。時間をかけて姿を隠していたノビラがこうも簡単に表で生活している理由に繋がっていくと、予想は確信へと変化した。 「後は書類で」 細かな事を今聞くことは愚問だろう。徹底的に調べてから一つの書類として手にする事が出来れば、なんの目的で近づいたのかが明白になるはずだ。 一日で環境に変化があった薫は、思っている以上に疲れていたようだ。ご飯も食べず、ただひたすら子供のように眠る姿に癒されながら、電話を切った。例え聞かれたとしても、仕事関係と言えば、それ以上は踏み込んでこない。そんな単純な薫が可愛くもあり、心配でも会ったのだった。 薫は遠くから感じる伊月の声に反応しながら、眉をぴくりと動かす。一瞬、苦しそうな表情になっていたが、何事もなかったように、夢の中へと沈んでいった。 夢の作る世界は何の色も持たない空白の世界。その中に地上と天空があると、異常な速度で落ちていく。地上に足を沈めると、じんわりと温かいものが纏わりつきながら、薫の心を修復するように、包み込んでいった。 「温かい」 夢の中のはずなのに、温もりを感じている。この感覚は遠い昔に知っている記憶の一部から厳選されたものだった。母体の中で眠る命の煌めきのように、美しく、悲しい。共鳴していく感情に揺られると、自分が泣いている事に気づいた。 場面は切り替わると、ノビ
20話 始まる夜 今まで関わろうとしても拒絶されるの繰り返しだった和田は、自分の正体を告げた事により、仕事中も側にいたい衝動に駆られた。しかし周囲の目がある。急に距離感が近くなると、違和感を感じる人が増えていくかもしれない。「待てよ……」 薫とこれからの事をじっくり話して、設定を作り込むのはどうだろうかと考え始めた。多少の時間は必要になるけど、何度もアタックした和田に薫が折れた状況を作るのがいいのかもしれない。本当の姿は見せないように、気をつければいいし、二人がお泊まりをした噂も都合よく流れている。「ふふん」 唾をつけて仕舞えば、薫に変な虫はつかないと考えた伊月は、和田としての行動を取りつつ、心の中で軽やかなスキップをした。「おはよう」 伊月の妄想に水を差したのは天田だった。この姿で話すのは面接の時以来だった。和田の正体を知らない天田は、仕事上の顔でたわいも無い会話を続けている。「面接の時以来だね、最近はどう?」 薫にちょっかいをかけるようになった和田が気になって仕方がない様子。伊月は知っている薫と関わる社員には必ず、声をかけている事を。いくら昔から知っている間柄と言っても、人間関係まで踏み込むは違うと感じている。「お久しぶりですね、うまくいってます」 彼の言葉には二つの意味が隠れている。仕事の事と薫との事だ。少し含みがある表現をしたから、もしかしたら勘付かれたのかもしれない。少し眉毛がぴくりと反応をした。その様子を見て、薫に関わる事をよく思っていないと確証を得る事が出来たんだ。「そうなんだ、最近、君の噂を聞いてね。プライベートな事に踏み込むつもりはないんだけど、自粛してくれないかな」 変な重圧を感じる。余程、仲良くして欲しくないと見える。見えない火花が二人の視線の間を行き交いながら、時間が止まったように流れていく。プライベートに踏み込むつもりはないと言いながら、完全に踏み込んでいる。「……考えておきます」 拒否も受け入れもせず、中途半端な状態をわざ
19話 傍観者の影 あんな事のあった次の日に出勤するのを心配した伊月だったが、真面目な薫は嫌な顔を一つもせず、出勤する旨を話した。一度止めると、それでも伊月がいるのなら、行くと休もうとしない。意思の固い薫を変える事は難しいと考え、自分も出勤する事にした。 「無理はダメだからね」 「勿論、伊月がいるなら無理はしない」 甘い雰囲気に悶えそうになってしまう。その破壊的な笑顔を他の人にも見せるのかと思うと、妬けてしまった。 「どうしたの? なんか機嫌悪い?」 伊月の内情を知らない薫は、無防備で近づいてくる。おでことおでこが合わさると、息遣いをダイレクトに感じてしまった。朝から気持ちが高まっていきそうになる。 「っつ……もう時間だから行くよ」 これ以上、近づかれると我慢出来なくなってしまう。伊月は避けるように、体を離すと、モゴモゴと何かを言っている。薫には届かない声で、気づかれないように、気持ちを形にすると、首を横に振り、妄想を手放した。 「薫って罪な男だね」 そう言い切ると、何度も頷きながら、一人部屋を出ていく。その姿を追いかけると、やっと並んで歩いた二人は会社へと向かった。 そんな二人を見つめる姿があるとも知らず、部屋から普通に出てくる二人の様子を、なんとも言えない気持ちで見ている傍観者の姿がある。 部署が違う二人の接点は、あまり多くない。それでも薫の同僚から情報を提示してもらっているからこそ、全てを把握する事が出来ていた。天田はその事にも気づいていない様子。誰が情報を渡しているのか、検討のつかない薫は、邪心を払うと書類を次々と捌いていく。 「おっ、今日はやる気だな。どうした何か良い事でもあったか?」 天田は探るように聞くと、鋭い視線で薫を支配しようとする。その呪縛に気づく事
18話 曖昧な記憶 お互いの今までを離し終えると、薫の頭を撫でながら言った。 「よく頑張ったね、待っててくれてありがとう」 何度も諦めようと思っていた過去の自分を恥ずかしく思いながら、目の前にいる伊月の目を直視出来ない。恥ずかしさが広がっていく。そんな薫の手を重ねると、トクントクンと脈が伝わってくる気がした。この温もりをもう二度と離さないと誓いながら、二人の失った時間を取り戻していく。 「ある程度は、分かったけど……これからどうするつもりなんだ?」 ざっくばらんに説明していた伊月から詳しい話をもっと聞きたいと思ったが、どうやら薫に言えない事も多いらしい。何度か買わされると、空気を読んだ薫は、あえて触れずにいた。 「僕は伊月として動く事は出来ない。だから正体を隠したままで、生活を続ける気だよ」 「そうなのか。一緒にいれると思ったのに、残念」 昔のように、一緒にいる時間を取れないのは仕方のない事だ。それでも、出来る限りは一緒にいたい気持ちを否定するつもりはなかった。項垂れながら、しょんぼりしていると、子供を見るような目で見つめながら、苦笑いをする。 「僕はね、ずっと薫を見てきたんだ。君は気づいていないかも知れないけど、側にいたんだよ」 初めて聞く情報に、驚きながら聞き返すと、簡単に白状した。 「君の後輩の和田っているだろ。あれ僕だよ」 「え」 「それと君が熟睡している時に、何度も家に忍び込んだし、気づかないの凄いよ」 「は?」 口を大きく開けたまま、静止する薫を見て、吹き出す伊月。予想以上の反応に新鮮さを感じて、笑い転げている。ずっと心配していた薫の気持ちは、簡単に砕けると、時間を返せと言わんばかりに、彼の頬を抓った。 「なあにふんだよ」 思い切り抓