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第115話

last update Last Updated: 2025-10-14 09:42:25

 皇羽さんが仮のレオとして、どれほど真剣にアイドルという仕事に向き合って来たか知っている。

「ただの代わり」なんて言うくせに、家の中に防音室を作り歌を練習した。全身鏡張りにし、ダンスを練習した。何度も動画を見て、何度も練習して。コンサートが近くなったら、家に帰らないほど朝から晩まで練習に明け暮れた。

 そこまで身を粉にしてアイドルに携わって来た皇羽さんが、そんな簡単にアイドルを捨てるの? 皇羽さんにとって、Ign:sのコウってそんなにちっぽけな価値だったの?

 久々に、皇羽さんに腹が立って来た。はらわたが煮えくり返るって、きっとこういうことだ。

 いつもの調子で、すました顔をして、決して本心は曝け出さない。私のために行動するのが全てで、それが自分の幸せに繋がっていると「妄信」している。

 違うんですよ、皇羽さん。

 あなたの幸せは、私と一緒にいることで確かに生まれることでしょう。だけど私がいない、あなただけの世界でも、確かに幸せは生まれているはずです。

 そのことに気付いているのか、はたまた、気づいているのに目を瞑って気づかないフリをしているだけなのか―どちらにしろ、私が目を覚まさせてあげないと。

 皇羽さんは、ずっとコウを続けていくべきです。

 それがあなたの幸せに繋がっているのだから。

「あなたがコウを辞めるなら、私は一生あなたと結婚しません。白紙に戻します」

「は?」

「さっきの発言を撤回するまで、私に〝コウを続ける〟と誓うまで……この指輪は、お返しします」

「え……」

 傷ついた皇羽さんの顔。それを見た私の心も、刃物で刻まれたようにズキズキと痛い。

 だけど、皇羽さんに気付いてほしいから。コウをしている皇羽さん、とてもカッコよくて輝いているって知ってほしいから。

 誰かが代わりをできるわけじゃない。あなたが務めるコウを待っている人がいるから。

 そのことにあなたが気づいてくれるまで、私は、あなたの隣に並べない

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