Partager

第4章: 深緑の瞳

Auteur: Sada Vii
last update Date de publication: 2026-09-05 15:08:27

部屋を完全に横切るよりも早く、私の両手は彼の胸元へと伸びていた。

胸の奥深くから温もりが激しく湧き上がる。それは審査室で見せた時よりも遥かに熱く、鋭かった。私は持てる力のすべてを彼へと注ぎ込む。私の能力は躊躇うことなく応え、彼の血液を、内臓を、そして機能停止に陥りかけているあらゆる場所を駆け巡って損傷を追った。

思考を巡らせる猶予などない。ただ、治療を施すしかなかった。

数分もしないうちに、額から汗が噴き出す。

冷たい硬い石畳に膝をつき続け、背中が激しく軋む。手の関節の芯が焼けるように痛んだが、それでも私は力を注ぎ込み続けた。

「逝かないで。私と一緒にいて。息をして。ただ息をするのよ……お願い」私は息の下で小声で祈り続けた。

彼の体が私を拒むように激しく抗う。だが私はそれ以上の力で押し返し、自分の中に眠っていたことすら知らなかった限界の力を振り絞った。

部屋は次第に暗さを増し、蝋燭の火が短くなっていく。視界の端が白く霞み始めた。

その時、私は違和感の正体に気づいた。

これは毒ではない。

この損傷は、外からの毒撃によるものとは異なっていた。それよりも遥かに古く、深い場所から蝕んでいる。

彼自身の内側で、何かが独りでに崩壊していっているのだ。極限にまで達してしまった病。おそらく床に転がっていた薬湯は、それを抑え込むためのものだったのだろう。

胃の奥が嫌な感覚で締めつけられる。

まずアルファの呼吸が変わり、次いで指先の下で脈打つ細い糸のような鼓動が力強さを増していった。彼の胸が大きく波打ち、私は残された最後の力を振り絞って強く押し当てる。

彼の瞼が開き、私の唇から小さく息が漏れた。

息を呑むほどに美しい深い森の緑。その瞳が、私の顔をじっと見据えた。

私は彼の上に膝をついたまま、両手を胸に置いた状態で疲労のあまり小刻みに震えていた。いつの間にか零れ落ちていた涙が頬を濡らす。

彼の視線は私から離れなかった。彼は、生きている。

二人とも身じろぎ一つせず、冷たい沈黙が部屋を満たした。今にも私の額が彼の胸へと崩れ落ちそうになったが、間一髪で堪えた。けれど無情にも、その努力もすべて水泡に帰す。

激しい音を立てて扉が蹴破られた。

番兵たちが雪崩れ込み、怒号が部屋を埋め尽くす。

「奴が毒を盛ったぞ!」先頭の番兵の叫びが空気を切り裂いた。「流浪者だ! アルファを殺害しやがった!」

背後からさらにいくつもの声が反響する。部屋は瞬く間に人で溢れかえったが、私は依然としてアルファの傍らに膝をついたままだった。手も、彼の体の上に置かれたままで。

「倒れているのを見つけただけです」私は必死に訴えかけた。掠れた声しか出ない。「私が治したのです。この方は死にかけて――」

誰一人として聞く耳を持たなかった。

人混みをかき分け、ダークムーン女史が姿を現した。その鋭い眼差しが惨状を捉え、そして私へと突き刺さる。

彼女の顔が怒りに歪んだ。「やっぱりね。私が自らこの流浪者に気つけ薬を届けさせたのです。アルファを暗殺するために潜り込んできたのだわ。余所者に門戸を開けば、こうなるのよ」

部屋中に同意と怒りの怒号が渦巻き、無数の指先が私を一斉に指弾した。

私は叫び続けた。声を限りに張り上げる。「アルファはご病気なのです、私が連れ戻したのよ! 見て、息をしているわ。目を覚ましているじゃない――」

さらに言葉を続けようとしたその時、左目の端を引き攣らせるような傷痕を持つ長身の男が足を踏み入れ、私の喉からは完全に言葉が失われてしまった。

喧騒が一瞬で静まり返り、誰もが私と同じ圧迫感を抱いたのだと悟った。その謎めいた男は、あたかも私たちが吸う空気さえも自分が支配しているかのように堂々と群衆をかき分けて進み出た。床に倒れるアルファを見下ろし、私を一瞥し、そして周囲の混乱を冷たく見渡す。

彼が口を開くと、その声が空気を切り裂いた。

「ブラッドファング群れのベータであり、アルファ・ディミトリの副官として命ずる。この流浪者を明日の日没までに斬首に処す。沙汰を待つ間、地下牢へ連行しろ」

膝から力が抜け、指先から腕へと冷気が駆け上がり感覚が失われていった。世界がぐらりと傾く。何か言おうとしたが、喉が固く閉ざされて声にならない。

状況を飲み込む間もなく、番兵たちに両腕を掴まれ、乱暴に引き起こされた。扉へと引きずられていく私の背中を、アルファ・ディミトリの翠の瞳が追っていた。体はまだ動かせないほど衰弱しているようだったが、彼は何も言わず、ただ私を見つめていた。

救い手を演じた結果が、これだった。

番兵たちに引きずり出され、私は地下牢の暗闇の中へと放り込まれた。

見渡す限り冷酷な石壁に囲まれていた。どれほど自分の体を抱きしめても、冷気は骨の髄まで染み込んでくる。松明の灯りは、牢獄の隅まで届きすらしない。私が破滅へと落ちていく姿を見届ける番兵一人すら置かれず、こうして私の最後の夜は過ぎ去ろうとしていた。

奇跡的に開いてくれないかと鉄格子を見つめて立ち尽くしていたが、やがて足の力が尽きた。壁を滑り落ちるようにして、汚れた藁の上にへたり込む。膝を抱え込み、片手をそっと下腹部へと押し当てた。

……赤ちゃん。

自らを枯渇させるほど限界まで力を使ってしまった。それが胎内の小さな命にどのような影響を及ぼしたのか、確かめる術も、尋ねる相手もいなかった。

ゆっくりと円を描くように腹を撫でながら、我が子の無事を守ってほしいと、私は月の女神に何度も囁き祈った。

その瞬間、涙が堰を切ったように溢れ出し、醜い嗚咽となって石壁に反響した。外縁領地のどこかで何も知らずにいるジーナを想って泣いた。明日死ぬ運命の母親の元に宿ってしまった不憫な我が子を想って泣いた。かつての自分と、檻から抜け出すことすら叶わない見知らぬ今の自分を想って泣いた。

スカーフの下で首筋が焼けつくように痛む。腕が疼き、頭が激しく脈打つ。飢えが胃を苛み、疲労が骨を軋ませた。

私の人生は、こんなふうに幕を閉じるのだ。

その夜、眠りが私を訪れることはなく、朝を迎えた時、前夜よりもさらに覚悟は定まっていなかった。

番兵たちが迎えに現れた。私は引きずられる前に、自らの足で立ち上がった。服の皺を伸ばし、焼け爛れた首元を隠すスカーフを高めに巻き直すと、しっかりと前を向いて歩き出した。今日、誰かに打ちのめされた姿を見せるつもりは毛頭なかった。

城内を抜ける道のりは果てしなく長く感じられた。人々はじっと見つめ、私の一挙手一投足に囁き声が付きまとう。それでも私は視線を正面に据え続けた。手は無意識に腹部へと伸びそうになる。

広場に出ると、私の最期を見届けようと熱狂する群衆が待ち構えていた。

けれど、私の目は真っ先にジーナの姿を捉えた。

彼女は最前列に立ち、その青い瞳を私に射ち据え、顎の筋肉が引き攣るほど強く食いしばっていた。ジーナが私の死をただ黙って見届けるはずがない――私の見立ては間違っていなかった。彼女は私に近づこうと、人々を力尽くして押し分け始めた。

番兵が彼女の腕を掴んだが、彼女は猛然と抗った。「離しなさいよ! 私の妹なのよ――」

別の番兵が立ちはだかる。「邪魔をすれば貴様も道連れだ」

ジーナはなおも狂おしい形相で暴れ続けた。

その姿を見るだけで胸が張り裂けそうだったが、それでも視線を逸らすことはできなかった。

「ジーナ!」私は叫んだ。思いのほか声がひび割れて震える。「やめて。お願いだから、やめて。私……もう耐えられない。お願いだから止まって」

彼女の動きが止まり、その瞳が痛切に私を見つめた。彼女の顔の中で何かが砕け散り、私の無言の訴えを悟ったかのように抵抗をやめた。番兵たちに押さえ込まれながらも、彼女の視線が私から外れることはなかった。

ベータが一歩前へ出た。その瞳には一切の感情が宿っていない。

「我らの法に基づき受け入れられたこの流浪者は、アルファ・ディミトリの暗殺を企てた。その大罪により、処刑に処す。これはブラッドファング領地に生きるすべての者への警告であり見せしめである。肝に銘じるがいい!」

彼が番兵たちへ合図を送った。

最後の悪あがきだったかもしれないが、口から飛び出す言葉を止めることはできなかった。「私はあの方を救ったのよ! 息絶えかけていたのを見つけたの! アルファはご病気で、私が部屋に入る前から内側が蝕まれていた! 私は力を使ったの! 今あの方の心臓が動いているのは、あの部屋で私が手を尽くしたからよ!」

群衆の数人の表情が揺らいだが、判決を覆すには至らなかった。この者たちの目には、私は今なお卑劣な人殺しにしか映っていなかった。

ベータは苛立たしげに足先で床を打ち鳴らし、再び合図を送った。

私は台座へと引き据えられたが、抵抗はしなかった。ただジーナを見つめ続け、意識して腹部にそっと手を添えた。私の人生で本当に大切だった、ただ二人の存在だけに意識を集中させて最後の呼吸を迎えようとした。

番兵たちが処刑の太刀を構えた時、私は静かに目を閉じた。

その瞬間、声が響き渡った。

「その者を解放しろ!」

私の目がカッと見開かれた。

広場の端に、アルファ・ディミトリが立っていた。その顔色は青白く、立つことすらおぼつかない体をかろうじて支えながら。

番兵たちを従えて彼が進み出ると、群衆は左右へと割れた。彼は自らのベータの前に立ち、長い間、冷徹に見据えた。そして私へと視線を巡らせる。

「この命に背かぬ限り、今日首を落とされる者は一人も出さぬ。この流浪の女は、俺個人の庇護下に置く。彼女は俺の新たな専属治癒師だ。指一本触れることは許さん」

彼の威厳ある声が、広場中に轟き渡った。

そして、その深緑の瞳が、再び私へと据えられた。

Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application

Dernier chapitre

  • アルファの傷深き癒やし手   第23章: 取引

    ディミトリの視点「我が方の巡回兵が七名、命を落とした」辛うじて抑え込んだ激怒を滲ませ、ルーカンが一語一語を吐き捨てた。「遺体はブラッドファング国境から一マイルも離れていない場所で回収された。どいつもこいつも、貴様の戦士どもに斬り伏せられてな」私は眉一つ動かさず、彼を冷然と見据えた。「ならば、踏み込んではならぬ場所へ足を踏み入れただけの話だ」彼の瞳が険しさを増す。「奴らは野良狼を追っていたのだ」「ならば、アイアンクローの地で追うべきだったな」彼の拳が磨き上げられた机を激しく打ち据え、広げられていた地図が音を立てて跳ねた。「我が巡回兵を虐殺しておいて、それを国境警備と呼ぶつもりか?」「自らの国境を死守したと呼んでいるのだ」私は返した。「アイアンクローが勝手に無視したからといって、ブラッドファングの法が消滅するわけではない」長い沈黙が、二人の間に落ちた。円卓を囲む我が評議会の幹部たちは不安げに視線を交わし合い、賢明にも沈黙を守ることを選んでいた。ベータ・ペトルは私の右肩の後ろに控え、その引き攣った傷痕のある顔には何も浮かべていなかったが、ルーカンの表情の細かな揺らぎを一つとして見逃していないことは明白だった。沈黙を破ったのは、ルーカンが先だった。「我が戦士の首を刈る時間を少し減らし、自らの領土の統制にもう少し時間を割いていれば、互いにこんな場所で無駄骨を折らずに済んだものを」私は瞬き一つせず、その視線を受け止めた。「ブラッドファングの紋章を纏うすべての戦士は、我が領土の境界線を寸分の狂いもなく弁えている」私の指先が彫刻の施された肘掛けを一度だけ叩き、静止した。「もし貴様の巡回兵がアイアンクローと我が領土の区別もつかんというのなら、問題はその者たちを鍛え上げたアルファの方にあるのではないか?」ルーカンの口元に笑みが広がったが、その瞳には一切の光が宿っていなかった。「貴様は昔から、傲慢さを強さと履き違えている」「そして貴様は昔から、言い訳を統率力と履き違えている」部屋の温度が一気に冷え切っていくようだった。互いに視線を逸らそうとはしない。やがて、ルーカンは鼻から鋭く息を吐き捨てると、背もたれに体を預けた。「案の定だ」彼は吐き捨てた。「ブラッドファングは、自らが流した血の責任など微塵も負う気がないらしい」「ブラッドファングは、ブラッドフ

  • アルファの傷深き癒やし手   第22章: オロスタ

    スカーレット/レイヴンの視点普段の私なら、彼女にすべてを打ち明けていただろう――アレルギーの発作のことも、ダークムーン女史の突然の怯えも、アルファ・ディミトリの冷酷な脅迫の数々も。何一つ躊躇うことなく、最後の細部に至るまですべてを話していたはずだった。だが、アルファ・ディミトリのあの警告が、頭の中で激しく反響していた。――二度と俺の病について誰かに口を割ってみろ。その時は、俺自らの手でお前の首を刎ねる。彼は、フィオナが誰であるかを正確に把握していたのだ。『お前が執着しているあの女戦士』私たちの命を危険に晒すわけにはいかなかった。「……話せば長くなるの」私は代わりにそう告げ、無理やり小さな笑みを浮かべた。「昨日は、思った以上に体力を削られちゃって」フィオナは納得のいかない眼差しで、じっと私を見定めていた。「本当に、それだけ?」私は腹部に手を添え、精一杯の懇願の目を向けた。「今はね、説明を聞くことよりも、あなたのお腹の姪か甥がご飯を欲しがっていると思うの」彼女はもう一呼吸だけ私を見つめ、やがてその口元が微かに引き攣るように綻んだ。「赤ん坊を盾にして私を丸め込む気?」彼女は尋ねた。「効き目はあった?」フィオナはお手上げとばかりに首を振った。「あんたには敵わないわ」彼女はため息をついた。「とにかく、無事でいるって約束して……それと、その子は絶対に女の子にしなさいよね」悪戯っぽい笑みが彼女の唇に浮かぶ。「小さなレイヴ――」彼女は顔をしかめて言葉を飲み込んだ。「小さなスカーレットを見るのも、悪くないもの」私の唇から、小さな笑い声が零れ落ちた。「善処してみるわ」「そうしなさい」時折、フィオナがどうやってこんな無茶を平然と通してしまうのか不思議でならなかった。彼女は微塵の警戒心も見せず堂々と厨房を闊歩し、あたかも自分がこの場所の全権を任されているかのように、焼きたてのパンや肉のロースト、果物や野菜を次々と籠に詰め込んでいった。彼女が手を止めた頃には、清潔な布の下に、私の一日分を優に賄えるほどの食料が整然と隠されていた。私は溢れんばかりの籠を見つめ、それから彼女を見上げた。「フィオナ……」彼女はただ、悪戯っぽく笑みを返すだけだった。息の下で小さく笑いながら、私はもう一度彼女を抱きしめた。「ありがとう」彼女の肩に顔を埋め、私は囁いた。「何から

  • アルファの傷深き癒やし手   第21章: 真の友

    スカーレット/レイヴンの視点胸のざわめきが一向に収まらなかった。私はその場に縫い止められたように立ち尽くし、周囲を行き交う治癒師たちの姿もほとんど目に入っていなかった。磨かれた床を擦る優美なドレスの裾、視界をかすめては消える仕立てのいい礼服、そして期待に満ちて高潮する会話のざわめき――そのすべてが、意味をなさない耳障りな雑音へと溶けていく。もし、ルーカンに気づかれたら?短く染めた赤毛と、首筋の焼け爛れた皮膚だけでは、覆い隠しきれなかったとしたら?奴がスカーレット・ベインの仮面を見破り、目の前に立つ女こそが自ら投げ捨てたルナだと気づいてしまったら?私がその身に宿す我が子の気配に、奴が感づいてしまったら?私の手は本能のままに下腹部へと伸び、ゆったりとした衣服の下にまだ隠し通せている小さな膨らみをそっと包み込んだ。冷たいパニックの爪が、胸の奥を激しく締め上げる。その結末が、すでに脳裏でありありと再生されていた。アイアンクローへと引きずり戻される姿。再びルーカンの前に引き据えられる姿。誰もが息を潜めて見殺しにする中、彼の平手打ちが顔面を激しく打ち据えるあの痛みの記憶。恐ろしい可能性が次から次へと頭の中に雪崩れ込み、呼吸が浅くなっていく。どれほど必死に押し止めようとしてもそれは止まることなく溢れ続け、やがてその重圧の下で息もできずに溺れていくような錯覚に陥った。周囲の動きにほとんど意識を向けられずにいたその時、私の視界にダークムーン女史が入り込んできた。私は目を瞬かせた。出会って以来初めて、彼女はあからさまな軽蔑の目を向けてこなかった。その表情は周到に整えられていたが、何かが決定的に変わっていた。背筋は相変わらず硬直したように伸びていたが、胸の前で組み合わされた両手は指の関節が白くなるほど固く握りしめられている。その瞳の奥には、以前には決して見られなかった警戒の色が宿っていた。彼女は……酷く怯えているように見えた。「なぜ着替えていないのですか?」いつになく声を潜め、彼女は尋ねた。その瞬間、唐突に一つの考えが閃き、自らを制止する間もなく体が勝手に動いていた。私は小さく咳き込み、両肩を内側へと丸めて、ただでさえ縮こまっていた体をさらに小さく見せた。背筋を力なく項垂れさせ、口を開いた時も、声の掠れや弱々しさを隠そうとはしなかった。「申し訳ありま

  • アルファの傷深き癒やし手   第20章: 来訪者

    スカーレット/レイヴンの視点私は背後の連結扉を閉め、その冷たい木肌に背中を預けて立ち尽くした。長い間、ただ息を整えることだけに集中する。アルファ・ディミトリが最後に残した言葉のせいで、心臓はいまだに激しく早鐘を打っていた。アイアンクロー。その名だけで全身に悪寒が走り、どれほど必死に葬り去ろうとしても、ルーカンの記憶が容赦なく水面へと浮かび上がってくる。私は腹部をそっと抱え込み、震える息を深く吸い込んだ。胸の奥を締め上げるパニックを、力づくで鎮めようと言い聞かせる。眠らなければ。休息が必要だ。準備ができていようとなかろうと、明日は容赦なくやってくるのだから。覚束ない足取りで部屋を横切り、着替える気力すらなくベッドへと倒れ込んだ。首筋のスカーフはいつも以上に窮屈に感じられ、その粗い布地がアレルギーの残した蕁麻疹を擦る。目を閉じ、無理やり体を寛がせようとした。だが、無駄だった。眠りに落ちかけそうになるたび、ルーカンが再び私を見つけ出すのだ。あの冷酷な瞳。頬を張り飛ばされた瞬間の激痛。そして、私には決してなり得ないすべての理想を体現しているかのように、彼がライリーを見つめていたあの眼差し。私は横を向き、本能のままに腹部を守るように体を丸めた。もし、奴に気づかれたら?染め上げた髪や、首の無残に焼き潰された刻印だけでは、私という存在を隠しきれなかったとしたら?私が奴の子を宿していると感づかれたら?その思考が、私の体を完全に縛りつけた。呼吸は浅くなり、胸の奥が鉄の帯で締めつけられるように苦しくなる。奴を避けるためのあらゆる道を必死に模索したが、思考はいつだって同じ結論へと行き着いてしまう。私は、ただの一専属治癒師にすぎないのだ。他部族から訪れるアルファと同じ広間に並び立てるほど、重い身分ではない。ルーカンが目を留めるほど、価値のある存在ですらないのだ。朝一番にアルファ・ディミトリを診察しさえすれば、残りの一日は治癒師区画の奥深くに身を潜めていればいい。それだけで済むはずではないか?その考えが胸の圧迫感をわずかに和らげ、ようやく息が通るようになった。極度の疲労と、アレルギーの残滓、そして今日一日の重圧が、ついに私を呑み込んだ。眠りが訪れた。だがそれは、平穏とは程遠いものだった。連結扉を叩く鋭いノックの音が、私を眠りから引きずり起こした。

  • アルファの傷深き癒やし手   第19章: アイアンクロー

    スカーレット/レイヴンの視点全身の皮膚が焼けつくように疼く中、私は浅い呼吸を繰り返しながら横たわっていた。唇は腫れ上がり、見知らぬ誰かのもののように感覚が鈍い。赤く爛れた蕁麻疹が噴き出した首筋から顎にかけて、激しい熱が広がっていた。無意識のうちに喉元へと手が伸び、荒れた肌を弱々しく掻きむしりそうになって、慌てて押し留める。吸い込む息の一つひとつが、先ほどよりも重く苦しかった。アルファ・ディミトリは私を見下ろして佇み、その深い森の緑の瞳をじっと私に据え続けていた。その顔立ちを、判別のつかない微かな動揺がよぎる。顎が固く引き結ばれ、まるで今にも何かを口にしそうに見えた。だが、主扉への鋭いノックの音が、その言葉を遮った。彼は即座に背筋を伸ばした。「入れ」小さな角盆を携え、ダークムーン女史が足を踏み入れてきた。湯気を立てる薬湯の杯の傍らには、蓋のされた料理の皿が載せられている。温かな出汁の香りと焼きたてのパンの匂いが、ふわりと部屋を満たした。普段であれば生唾を呑み込んでいたところだったが、今の私には、内側から渦巻く吐き気が食欲を抱く隙すら与えてくれなかった。ベッドへと近づく彼女に、アルファ・ディミトリは眉をひそめた。「食事など命じてはおらん」ダークムーン女史の声は、これまで耳にしたことがないほど柔らかかった。優しさすら帯びている。あの女が持ち合わせているはずもないと誓ってもよかったような、痛切な気遣いの響きがそこにはあった。「病の者には相応の滋養が必要です、アルファ」彼女は言った。「私は……スカーレットの体を案じておりましたので」鼻で笑ってしまいそうになったが、その嘲笑は腫れ上がった喉の奥で詰まった。これは、私の知るダークムーン女史ではなかった。私の懇願を無視して一日中無理やりナッツを喉の奥へ押し込み……治癒師区画全員の前で私を辱め抜いたあの女が、突如として私の生死を心から気遣うかのように振る舞っているのだ。私は代わりに、無理やり笑みを浮かべた。だが、そうした瞬間に激しい後悔が襲った。腫れ上がった唇に激痛が走り、顎へと這い上がる蕁麻疹の芯まで鋭く突き刺さる。全身のあらゆる場所が痛んだ。それでも、私は笑みを貼り付け続けた。頭を垂れ、新たな敵を作らないこと――それだけが、私の知る唯一の生き残りの術だったのだから。アルファ・ディミトリは長い間ダー

  • アルファの傷深き癒やし手   第18章: 臆病の代償

    ディミトリの視点彼女の手からトートバッグが滑り落ち、鈍い音を立てて床を打った。彼女の体が床に激突するよりも早く、私は動いていた。片腕を彼女の腰に回し、膝の力が抜けてぐったりと私に預けられた体を支え止める。腕の中の彼女は、想像していたよりも遥かに軽かった。私は眉をひそめた。ベッドへと運ぶのに、わずか数歩しか要しなかった。自ら自覚していた以上の慎重さで、私は彼女をマットレスへと横たえた。短い赤毛が暗い色のシーツの上に散らばり、その鮮烈な色合いが零れた血のように鮮やかに浮かび上がる。私の視線が彼女の全身を走った。唇が腫れ上がり始めていた。怒りに満ちた赤い蕁麻疹が首筋の皮膚を斑に染め、スカーフの端を越えて顎へと這い上がっている。彼女の弱々しい片手が喉元へと持ち上がり、衝動を止められないとばかりに、炎症を起こした皮膚を指先で掻きむしっていた。呼吸は本来あるべき速さを超え、浅く乱れていたが、気道はまだ完全に塞がれてはいなかった。異様な紅潮が顔全体に広がり、普段の青白い肌色を痛々しく塗り替えている。何かがおかしい。私の脈が跳ね上がった。私は彼女を見下ろして立ち尽くし、両手を固く握りしめた。彼女は、たかが一人の治癒師にすぎない。もし今夜命を落としたとしても、別の治癒師を私の部屋にあてがえば済む話だ。別の誰かが薬湯を検分し、毎晩私の体を診察し、同じ務めを果たせばいいだけの話なのだ。だが、その思考はあまりにも荒唐無稽だった。これまで何年もの間、何十人もの治癒師が私に仕えてきた。彼らは私を診察し、病状を観察し、活力を与えると信じ込んだあらゆる気つけ薬を調合してきた。だが、その誰一人として私が病に冒されていることに気づきすらしなかったのだ。彼らにとって、私は単に疲れやすい、あるいは過労に倒れたアルファにすぎなかった。誰もそれを疑わなかった。誰も、その奥底を覗き込もうとはしなかった。彼女だけが、違った。他の誰もが何も見出せなかった場所に、初めて病の存在を見抜いたのが彼女だった。唯一の、存在だった。私の顎が強く引き結ばれた。彼女を失うということは、この体に癒やすべき何かがあると気づいた唯一の治癒師を失うことを意味していた。私は息の下で呪態を吐き、枕元の卓に置かれた受話器へと手を伸ばした。画面の上を素早く指先で滑らせ、首席治癒師を呼び出す。ノックは、予

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status