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砂城の言葉、新堂の選択

Author: kumotake
last update Huling Na-update: 2025-07-19 09:32:11

「......しかし僕は、思うんだ。この国の人間は本当に、人としての本懐を、遂げているのだろうかと......」

 そう言いながら、俺から視線を逸らして、辺りを見回す。

 新人の身体を借りながら砂城は、まるで何かを探す様にしながら、しかしその泳いでいた視線は、少し経てば俺の所に、戻ってくる。

 その彼の姿を見て、俺は砂城に言う。

「そんな風に話を明後日の方向に持って行って、お前は一体、何がしたいんだ?」

 その俺の問い掛けに、砂城は答える。

「べつに......ただ単にこういう話を君と楽しみたい。それだけだよ......」

 言いながら砂城は、俺を見る。

 口元に余裕を添えて、俺を見る。

 そんな砂城に、俺はまた、言葉を紡ぐ。

「雑談がしたいなら、もっと他の方法があった筈だ......わざわざ他人の身体に潜り込んで、意識をすり替えて、やりたいことがただの雑談なら、それは馬鹿げている......異常だ......」

 そう俺が言うと、砂城は視線を下げて、小さく笑う。

「フフッ......」

「なんだよ......?」

「いいや、こんな姿になっても君は、僕のことをそうやって、正常な誰かに当てはめようとしてくれるんだね......こんなことをしている時点で、こんなことになっている時点で、もう既に、僕は異常だよ......」

「......そんなこと、とっくに知っている......」

「......」

「だが、わからないこともある......」

「何がだい?」

「どうしてわざわざ、潜り込む対象のバイタルデータを消すような、そんな危険な行為をした?」

「......」

「今お前がしている様に、そんなことをしなくてもお前は、その対象者の意識に潜り込めるんだろ?」

「それは、この子のバイタルデータは消えていないと、そう断言出来てから出る言葉だよ......そんなのはまだ、わからないんじゃないのかい......?」

「いや......わかるんだよ。だってそいつは、昨日の店主の様な、ただのアウトローな国民とは違う。正真正銘、行政府の人間。管理している側の人間だ。そんな奴のバイタルデータが消えたら、俺等の端末には間違いなく、それらについての連絡が来るはずだ......だが今は、それはない......」

 そう言いながら、核心的なことをそのまま、俺は砂城に言うつもりでいた。

 しかし砂城は、そんな俺の言葉に対して、明らかに落胆した。

 落胆しながら、彼は言う。

「......浩一、それは些か甘すぎる。その程度の根拠で、僕のことを判断するのは、あまりにも危険だ......」

「なに?」

 疑問符を口にしながら、視線を強める俺に、奴は静かに言う。

「でも、仕方がないことだろうね......こんな世界ところに長く居れば、誰でもそうなってしまう......」

 言いながら、哀れみの色を施した奴の瞳は、俺を映す。

 そしてその後に、しばらくの沈黙を挟んで、溜め息混じりに口を開く。

「知らず知らずのうちに掛かる足枷は、その世界に居る住人にはわからない。重くもなく、冷たくもなく、傷を伴うこともない。しかしその足枷は、蝕むのだ。確実に......」

 そう言いながら砂城は、その言葉の続きを、俺に視線で投げ掛ける。

 そして俺は、彼の視線が示す通り、その続きを知っている。

 だから俺は、ゆっくりとそれを、口にする。

「......そしてその蝕まれたモノ達を自覚する時、もはやそれらの存在は危うくなる。それらが知識と呼べるモノなのか、それとも思考と呼べるモノなのか......混沌の中に在り過ぎて、足枷の重さに気付いた時には、もうお遅い」

 言い終えたところで、砂城は穏やかな声色で、言う。

「やっぱり......覚えているモノなんだね......」

 その砂城の言葉に、俺はうなだれながら言葉を返す。

「あぁ......もう随分と、古いがな......」

 そして返した言葉に、砂城は思い出を語るような口調で、言う。

「二千年前くらいの書物だよね......これだけ昔なのに、今と同じ様な文明らしい......」

「文献もそうだが......どちらかと言えば俺等の話さ......もう十年以上も昔のことだ......」

「あぁ、CORDが運用される、ずっと前さ......」

 そう言いながら、俺に向けられていた視線は、いつしか遠くを見る様なそれに変わりながら......

 明らかに俺ではなく、別の何かに向けられている。

 しかし声はそのままに、彼は俺の方へ、語り出す。

「この国の国民は、守られ過ぎているんだ。それはもう、過保護の領域を超えている。君等が管理する健康というモノに胡坐をかいて、自らを戒めることはしない。本来それらは、各個人が、自分達でやるべき行為なのに......」

 嘆き悲しむ様にするその視線は、まだ言葉を続ける。

「自由の裏側に在る責任というモノを、人々は嫌い過ぎたんだ。だからそれらを外側へ、他人へ、委託してしまった。しかしそうなってしまったら、何もわからない。何を受け入れて、何を拒絶するべきなのか......悲しいことに、それらをこの国の人間達は、自分達で判断できない......いいや、そもそもそんな考えに、至らない。本当に、悲しいことに......」

 そう砂城が言った後に、俺は気が付くのだ。

 彼の意図を、彼の思考を......

「......だからお前は、バイタルデータを削除したのか......そんなことをしなくても、他人の身体に入り込める筈なのに......」

 そう俺が言うと、友人は静かに微笑を浮かべて、言葉を紡ぐ。

「......僕は、殺戮者になりたいわけではない。他人の人生に嫉妬もしていない。ただ......警鐘を鳴らしたかった......これほどの危険を孕んでいるこの国に住む人達に......そして不意打ちを与えたかったんだ......この国を管理していると思い込んでいる連中に......」

 そう言った後に、友人は俺の瞳をジッと見る。

 新人の身体を借りながら、しかしその瞳の奥には、彼が居る。

 彼には一体、俺はどんな風に、映っているのだろうか......

 一体どんな人間に、見えているのだろうか......

 そんなことを考えながら、俺は彼から視線を逸らして、手元にあるカップを持ち上げて、口を付ける。

 そんな俺の姿を見て、彼も同じ様に動く。

 同じような動作で、同じ様な仕草で、それらを行う彼の姿は、とても奇妙だった。

 まるで違う身体の筈なのに、まるで鏡を見ている様な感覚に、襲われる。

 似ても似つかない筈なのに、こんな感覚に、襲われる。

 俺は彼に尋ねた。

「お前......俺の中には何回入ったんだ......?」

 その俺の疑問に、彼はうっすらとした微笑を崩さぬまま、言葉を返す。 

「......どうしてだい?」

「いや、今思えば、不思議だったんだ......お前が夢に出てきたり、先生と会話した時の妙な感覚、職場の先輩と食べたラーメンを伸びているって感じたこともあった......」

「......あぁ、あのラーメンか。アレは酷かったね......」

「あぁ......だが俺は、それしか知らない筈なんだ。だってラーメンなんて、どこの店で頼んでも、同じ筈なんだから......」

 そう言った後に、俺はさらに砂城に、言う。

「お前は......その気になれば他人と、感覚や思考を共有しながら、生きていけるんじゃないのか?それなのに、お前は......」

 言い掛けたところで俺は、彼の表情に、視線を向ける。

 そして彼のその表情を見て、俺は何も言えなくなってしまう。

 あまりにも悲しそうなそれに対して、俺は言葉を、見つけられないのだ。

 けれど彼は、吐き捨てる様に、静かに重く、口にする。

「......そんなことを、求めるなよ」

 そう言って、彼はカップの中にある液体を、全て飲み干した。

 カップの中身を飲み終えた友人は、しばらくの沈黙の後、俺の方を見て、ゆったりとした口調で言う。

「......じゃあ、そろそろ行こうか......」

 そう言いながら、その口調と同様に、ゆっくりとした動作で立ち上がる友人の姿を見て、俺の思考はまた、彼の中に流れてしまっていることを理解する。

 俺が今何を考えて、何に迷っているのかを、彼はもう既に、理解しているのだ。

「......選択の余地は......ないんだな......」

 容赦のない、その友人の様子に対して、俺は少しばかりの諦めを声色に含ませて、言葉を選ぶ。

 しかしその選んだ言葉が......

 既にその、俺の中で選んだ選択が、決して正しくないそれが......

 これから先の、ありとあらゆる事柄に起因することを思うと、やはりどうしても、意を決して踏み出すことは、容易ではないのだ。

 けれどそんな心情も、きっと彼には筒抜けなのだろう。

 穏やかな口調で、彼は言葉を返す。

「......君だって、もう既に分かりきっているんだろ......大丈夫、それで正解だよ......懸念する気持ちも、躊躇する気持ちもわかるけれど、最早それしかないのなら、選ぶしかないんだ。たとえそれが、どんなに愚かな選択だとしてもね......」

 そう言った後に友人は、立ち上がった時と同じ様な、ゆっくりとした動作で歩き出す。

 そして俺も、そんな彼を追って、彼と同じ方へ歩き出す。

 玄関の扉を開けて、外に出る。

 部屋から出ると、そこにはまだ、平日の午後があった。

 平凡で、退屈で、今までと何も変わらない日常が、そこにはあった。

 部屋を出てから少しばかり歩いた所で、俺は前を歩いている友人に言った。

「なぁ......せめてその恰好は、やめてくれないか......お前の目的にも、俺のやり方にも、そいつの存在は必要ない。解放してやってくれ......」

 そう俺が言うと、友人は振り返り、そして変わらない穏やかな声色で言う。

「あぁ、もちろんそれはわかっているよ。これは僕と君だけの......二人で出した結論だ。それを他人へ押し付けるつもりは、毛頭ない」

「そうか......それなら......」

「けれど、君はそれでいいのかい?」

「......」

「どんなに事実を述べた所で、その結末はきっと変わらない。しかし彼の存在があれば、少しばかりではあるけれど、マシにはなる」

 言いながら、こちらを見つめる友人の視線は、やはり空虚なそれだった。

 そして俺は、そんな友人が、この期に及んでそんなことを考えていることに、少しばかり安堵するのだ。

 安堵しながら、俺は言う。

「バーカ。いらねぇよ......そんなの......」

 友人と共に歩いた先にあったのは、沢山の機械だった。

 様々な配線で繋がれた箱型のそれらは、この場所を裕に埋め尽くす程の数で、敷き詰められている。

 それもそのはずだ。

 なんせその場所に敷き詰められたこれらの機械は、どれも全て、この国を統治しているCORDの運用に必要不可欠なそれらでなのだから......

 部屋の様子を見て、友人は言う。

「なんだか、悲しいね......」

「なにが......?」

「時代が進んで、技術が発展したようなことを言ったとしても、結局のところはこうやって、大切な部分はこんな風に無造作に、繋がれている。こんなの、二千年前のこれらと比べても、変わらない。いいや......もっとヒドイのかな......」

 そう言いながら、友人はゆっくりと歩き出して、箱型の機械を撫でる様に触って、そしてそれらが敷き詰められている部屋の床にある、極小の隙間に足を入れながら、ゆっくりと歩き出す。

 そして俺は、そんな風にしている友人に向けて、言葉を返す。

「言葉の割には、随分と楽しそうなんだな......」

 そう俺が言うと、友人は言う。

「そう見えるかい......?」

「あぁ......」

「まぁ......あながち間違いではないよ......だってこんな世の中じゃ、悲鳴どころか、産声すらあがらない......まるで胎動の中に縛られた、こんな世の中じゃ......」

 そう言いながら、友人は足元の機械を、軽く蹴る。

 友人に蹴られた箱型の機械は、よくわからない音を鳴らす。

 しかしその音を聞いているのは、今は俺と友人の、二人だけ......

 それ以外に、人間らしい人間は、居やしない。

 時間が経てば、次第にその音は鳴り止んで、再び俺と友人の間には、空気だけが流れる。

 沈黙を、友人は悠然と断ち切って、口を開く。

「ハハッ......怖い顔をするじゃないか......」

 言いながら、コチラを見つめる友人の顔は、酷く穏やかである。

 そんな友人に、俺は少しばかり間誤付きながら、言葉を探す。

「イヤ......まぁ、穏やかな心境ではないな......」

 そう言いながら、俺も自分の足元に在る箱型のそれらを、ジッと見る。

 ジッと見ながら、どうしてだろうか、何の関連性も無い筈なのに、俺は不意に思い出した。

「なあ、文則......」

「ん?」

「ニュースで流れていたデモ活動さ......なぜか今頃、思い出したよ......お前から見て、アレはどうなんだ......?」

「あんなのは茶番だよ......長い歴史で、先人達がそうしてきた様に、世の中に不満を見出して、それらを訴える......」

 話しながら友人は、ゆっくりとコチラに近づいて来る。

 近付きながら、言葉を続ける。

「しかしそれらを訴えたところで、その不満が解消されるわけではないことも、彼らは知っている。本気で変化を望むなら、もっと大きな行動が、もっと鋭い一撃が、この国には必要なんだ......しかしそれらを、誰もやろうとはしない......」

「......だから、茶番だと?」

「......違うかい?」

「......」

 俺に問い掛けながら、コチラを見つめる友人の瞳は、やはり空虚なそれだった。

 もう何度も、こうして彼と話したけれど、そのどれもが同様なのだ。

 彼の瞳には、やはり温度が伴わない。

 ひどく冷たく、ひどく空っぽなその瞳は、おそらくこれからも、変わらないのだろう。

 だからずっと、違和感はあったのだ......

 こんな状態の彼が、どうしてこの国に対して、ココまでのことを思うのか。

 どうしてココまでのことを考えて、ココまでのことをしてしまうのか。

 どうして彼は、警鐘を鳴らしたいと思うのか......

 どうして彼は、この国にこんな一撃を与えたいのか......

 ただの仕返しなのだろうか......

 自分をこんな風にしたこの国の、CORDに対しての......

 ただの快楽主義者なのだろうか......

 国一つを管理する、CORDに対しての......

 それとも......

 そんな風に考えていると、思いの外、自分との距離を近づけていた友人は、俺の顔を覗き込む様な仕草で、しかし瞳は、やはり変わらず空虚のまま、俺に言い放つ。

「べつに......ただ僕は、自分の意思で息をすることの出来る場所を、自分の意思で、引き取ることの出来る場所を、作りたいと思っただけだよ......」

 そう言い放った後に、一呼吸置いた後、彼は続けてこう言うのだ。

「だって......そうじゃないと、気持ち悪いだろ......?」

 うっすらと、笑みを浮かべながら......

「......っ」

 気が付くと、友人の姿はもう、そこにはなかった。

 代わりにあったのは、残骸だけだった。

 潰された箱型の機械と、引き千切られた配線の残骸が、いつの間にか自分の周りを埋め尽くしていたのだ。

 そして手は血だらけで、掴んだままだった配線の残骸は、内側が剥き出しにされていた。

「......なんだよ......コレ......」

 仕事の連絡がなかったことを、もっと気にするべきだったのだろうか......

 そんな風に思いながら、仕事を進める手を止めて、近くのカップに手を伸ばす。

 口に付けると、中に入っていた温かい液体が、自分の口を伝って身体の中に流れ込む。

 その温かさに多少の心地良さを感じながら、しかし未だ終わらない、PC画面に映し出された始末書の文面に対して、一際強い視線を向けながら......

 不意にその言葉を、口にする。

「......どうして、こんなことになったのでしょうね......」

 視線を逸らしながら、誰もいない所で一人呟くその言葉に、返答はない。

 当然だ。

 今この場には、私しかいないのだから......

 普段から必要以上に他人と関わることを避けているが、しかしそれでも、人を見る目はある方だと、自負していた。

 しかし蓋を開けてみれば、この様だ......

 自分よりも年上の人間で、少なからずの冷静さも携えていた筈だっった。

 元々調査局に居たこともあって、この仕事に対しての適正もあった。

 だから、こうなることを予想できる人間は、おそらく誰も居なかった。

 始末書の文章に再び視線を向け、少しばかりの溜め息が出てしまう。

 書きかけのその書類には、こう記されていた。

『バイタルデータ消失の国民に対しての外部調査中における、CORD運用施設への立ち入りと破壊行為について』

 どの文面をどう切り取ったとしても、やはり救い様がない。

 それもその筈だ。

 なんせ彼は、彼と私で担当していた仕事の重要性は、もはや問題にならない程の大事件を、しでかしたのだから......

 たった十人の国民のバイタルデータの消失など、最早もう、どうでもいいのだ。

 監視カメラには、彼の姿がハッキリと映し出されていた。

 まるで誰かと会話をしているかの様な、素振りをしていた彼は、そのままの状態でCORDを運用している施設に侵入し、破壊行動を行っていた。

 彼の手には、引きちぎれた配線が、握りしめられていたらしい。

 自身の血に染まったその配線を目にしたとき、彼は目を丸くして、自分がしていたことを把握していない様な言動をしていたそうだ。

 まるで何かに憑りつかれていたかの様な、そんな彼の一連の行動。

 彼にだけ見えていた何かに、彼はこの結末に、追いやられたのだろうか......

 いいや、そうではないなぁ......

 追いやられたちうよりも、いざなわれたというべきか......

 私からは......私達からは見えない何かに、彼はあちら側へ引き込まれたのだろう。

 管理されることを当たり前としている、この国の仕組みの外側から現れた何か......

 それはもしかすると、私達のすぐ近くに、居るのかもしれない。

 

 彼の上司である人間から連絡を貰った時の感情を、もしも後悔と名付けるのなら、きっとそうなのだろう。

 彼のことを送り出したあの行為が、こんな結末を迎えることを知っていれば、きっとそんなことはしなかった。

 そう思いながら、自分で淹れた珈琲を口にして、プリズムから流れる情報番組に視線を向けている。

 そこに映し出されているのは、よく見知った人物だった。

 ほんとうに、よく知っている。

 なんせ彼のことを診る様になって、十年以上の歳月が経過したのだから......

 もっとも、それだけの時間を共有していたとしても、彼がこうなってしまうことを予想できなかった。

 幾度となく報道された彼の犯行の映像は、常軌を逸していた。

 まるで誰かと会話をしている様な仕草を見せながら、次々とCORDの運用機材を破壊していく彼の姿は、やはりどう見ても、どう見かえしたとしても、異常だったのだ。

 しかし気になるのは、その犯行を終えた後、取り押さえられる直前の映像だった。

 自らの手に握りしめられていた配線の残骸を、ジッと見つめるようにしていた彼のその仕草は、まるで今まで自分がしていた筈の行動を把握できていない様な......何かに操られていた後の様な......どうしても、そんな風に見えてしまう。

 しかしそれも、もしかしたらただの、色眼鏡の産物なのかもしれない。

 彼のことを知ってしまっているが故の、そんな妄想が、自分の頭の中にはどうしても、存在してしまう。

 人は、内側に居るのモノに対しては、どうしても無防備になるのだ。

 それが悪魔の様な行為であっても、ありえない産物の妄想であっても、固く閉ざした、悪意に対して予防されている外側よりも、自らの真意を問われてしまう、脆くて淡い内側は、それらのモノ達を容易く、受け入れてしまう。

「そう考えると、やはり今の世の中は......」

 そう口にした独り言は、苦くて芳醇なスープに溶けて、喉を潤す。

 滅多なことを言うモノではないと、そう思い直したのだ。

 誰がいつ、聞いているかわからない。

 それが外側からなのか、内側からなのか、それすらも定かではない。

 しかもそれらの事象は、恐ろしいことに結果とは、関係なく見えてしまうのだ。

 今プリズムに映る彼の姿も、きっとそうだろう......

 きっとこれらの事柄は、彼が自らの意思で選択したことであると、私達の目からはどうしても、そう見えてしまうのだ。

 そうであって欲しいと、私は切に願う。

 そうでなくては、こんな結末に対しての慰めが、あまりにも不釣り合いだ。

 自分がしでかした事の重大さに気が付いた時には、もう遅かった。

 外側から見られたことが全て事実である以上、弁解の余地などは、ある筈がないのだ。

 事がどう転んだとしても、もうこの世界で、俺がまともに生きることは出来ないだろう。

 出来ない......筈だ。

 なんせ、この国の統治システムを運用する施設での破壊行為を、俺はしでかしたらしいのだ。

 まったく......

 まったくと言っていい程に、それらのことについての記憶は皆無なのだが、しかしそれでも、映像に映る俺は暴れ回っていた。

 暴れて、壊して、そしてようやく気が付いた時には、両手は真っ赤に染まっていた。

 配線の残骸を、握りしめていた。

 時間を置いて、自分がしてしまったことを考えても、やはり信じられなかった。

 それほどまでに、これら一連の事柄は俺にとって、ずっと他人事なのだ。

 裁判は、するまでもないだろう。

 しかしそれでも、そういう決まりである以上、俺は自身の行為について、話さなくてはならない。

 自分の中の事実を、この外側に座る者達に、説明しなくはならないのだ。

 どこまで......

 一体どこまで、信じてもらえるのだろうか......

 俺の言葉は、どこまでまともに、彼等に届くのだろうか......

 わからない。

 わかる筈が、ない。

 裁判官は、俺の前に立ちながら、予め決められて位r言葉を読み上げる。

 この場に立つ以上、これから話すことは全て、嘘偽りがないことを誓えと、そういう内容の言葉を読み上げる。

 真実を話して、信じてくれる筈がないだろうに......

「......彼等は拒めないだろう。ずっとこの国で、自らの予防を他人に委託してきた人間には、君の言葉を拒むことなんて、出来る筈がない」

 頭の中に響く、砂城のその言葉は、おそらく俺にしか聞こえない。

 だから俺は、彼の言葉に返答する。

「......そうか?明らかな悪人が話す言葉は、流石に受け入れることはしないだろう?」

 俺の言葉に、砂城は少しだけ笑いながら、静かに話す。

「......そうだと、いいけれどねぇ......」

 そう言い残して、砂城は姿を消した。

 そしてその代わりに、裁判官の声が良く聞こえる。

 口上を言い終えた後の、裁判官のコチラを促す言葉が、良く聞こえる。

 ココから話せば、良く聞こえるだろうか......

 俺の言葉は、僕の思想は、彼等に届くだろうか......

 そう思いながら、俺は少しずつ、自らの意思で話し始める。

 産声にすらならないことを、自覚しながら......

 

 

 

 

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    「失礼します」と言いながら足を踏み入れた会議室には、普通なら絶対に、御目に掛かることが出来ないであろう偉いさん方達が、会議室の席の約八割を占めていた。 そして残った二割は、俺と上司の二人が座るために空席となっていて、そんな普段の会議では有り得ない様な異質の情景が、息苦しさに似た空気感を作り上げていた。 そしてそんな空気の中、俺達が座り、会議が始まるや否や、向かいに座る一人の偉いさんが、コチラ側に尋ねるべきことを、淡々と口にした。「さて、早速本題に入るが......突如としてバイタルデータが消去されるなど、前代未聞のこの状況を、君達はどう対処するつもりかね......?」 言いながら、コチラ側をジッと見つめるその人の視線は、気持ちの良いモノではなかった。 そして、そんな視線に耐えかねたのか、それとも単に、その言葉に対しての答えを、予め持ち合わせていたのだろうか......もしくは、その両方か...... 俺の隣に座る上司は、前に座るその人に対して、言葉を返す。「はい、その件につきましては、担当者である彼に直接、そのバイタルデータの持ち主の所に行ってもらい、現地調査してもらいます」 そう言いながら上司は、一度コチラの方にチラリと視線を向け、さらにその勢いのまま、言葉を続ける。「またそれと並行して、今回起きた事象についての原因究明を、私自ら主導して、行います」 その続けた言葉に対して、もう一人のお偉いさんが口を挟む。「ほぅ......具体的には、一体どうするつもりかね......?」「まずは一度、一週間分のCORDの全ログを洗い出します。この作業自体は、そこまで時間が掛からないでしょう。二、三日程度で行えます。その後は、必要であるなら、システム管理課と共同で、CORDの再調整を行いたいと考えております」 そう上司が言い切ったところで、数人の偉いさん方は、一瞬だけ動揺した。 そしてその動揺した偉いさんの一人が、上司に対して言う。「再調整を行うということは、君は一時的なCORDの運用停止をも視野に入れていると、そういうことかね......?」「はい、そのつもりです」 その肯定の上司の返答に、また会議室内は、先程と同様か、それ以上に重苦しい空気に飲み込まれた。 そしてその空気の中、先程上司に質問を投げ掛けたお偉いさんが、ため息交じり吐き出す

  • アンビリカルワールド   消えた国民、隠された事実

     事務室に入り、午後の業務のためにPCを起動する。 そして隣に座っている新人も、業務を行うために、同じ動きでPCの電源を入れて、さっきと同じ様な口調で、しかしさっきとはまるで別の話題を「あっ、そういえば新堂さん」という言葉を皮切りに、俺に促す。 そしてそこからは、本当にただの雑談だ。 休日に昔ながらのカフェやバーに行くことを趣味にしているこの新人は、そこで食べた料理や飲み物、その店の雰囲気や、そこで会った初対面の女性と過ごした一夜なんかも、よく話題にして俺に話す。 まったく...... 無駄に顔が良い新人のその話題は、後半の方は特に、危うい気もするのだが...... 休日は家に居ることが多い俺にとっては、週初めの月曜日に話されるその話題が、些か鬱陶しいと思う反面、自分だとそういう所には出向かないし、もちろん初対面の女性なんかとも、そういうことになることはない。 だから彼のそんな話は、聞いている分には、まるでチープな深夜ドラマでも見ている様な、そういう感覚になって、少しだけ面白かったりする。 だからまぁ飽きもせず、毎週そんな話を、俺は彼から聞いている。 矛盾していると、自分でも思いながら。「さぁ、そろそろ仕事をしよう」 そう言うと、新人は少しだけ、不満そうな表情をする。 どうせまた明日も、同じ話をする癖に。 そんな風に思いながら、PCの画面を確認して、そして午後の業務を行う。「......えっ?」「ん?どうしたんですか、新堂さん」 そう言いながら、新人は俺のPCの画面を覗き込む。 そしてその画面を見て、新人も俺と同じような、表情になる。「これ......どういう、状態ですか......?」「いや、俺もわからん......」 そう......そこに映されているのは、モニタリングされたデータと、そのデータの対象とされている国民の顔写真と名前が、細かく列記されていた。 ある数名を除いて......「こんなの、はじめて見ましたよ。モニタリングされたデータだけが、綺麗に空白にされているなんて......何かのバグ......ですかね......?」 そう言いながら、俺の方を見る新人に、言葉を返す。「どうなんだろうな......もしバグなら、お前の方でも、同じことが起きているんじゃないのか......?」「そ

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