「......しかし僕は、思うんだ。この国の人間は本当に、人としての本懐を、遂げているのだろうかと......」
そう言いながら、俺から視線を逸らして、辺りを見回す。
新人の身体を借りながら砂城は、まるで何かを探す様にしながら、しかしその泳いでいた視線は、少し経てば俺の所に、戻ってくる。
その彼の姿を見て、俺は砂城に言う。
「そんな風に話を明後日の方向に持って行って、お前は一体、何がしたいんだ?」
その俺の問い掛けに、砂城は答える。
「べつに......ただ単にこういう話を君と楽しみたい。それだけだよ......」
言いながら砂城は、俺を見る。
口元に余裕を添えて、俺を見る。
そんな砂城に、俺はまた、言葉を紡ぐ。
「雑談がしたいなら、もっと他の方法があった筈だ......わざわざ他人の身体に潜り込んで、意識をすり替えて、やりたいことがただの雑談なら、それは馬鹿げている......異常だ......」
そう俺が言うと、砂城は視線を下げて、小さく笑う。
「フフッ......」
「なんだよ......?」
「いいや、こんな姿になっても君は、僕のことをそうやって、正常な誰かに当てはめようとしてくれるんだね......こんなことをしている時点で、こんなことになっている時点で、もう既に、僕は異常だよ......」
「......そんなこと、とっくに知っている......」
「......」
「だが、わからないこともある......」
「何がだい?」
「どうしてわざわざ、潜り込む対象のバイタルデータを消すような、そんな危険な行為をした?」
「......」
「今お前がしている様に、そんなことをしなくてもお前は、その対象者の意識に潜り込めるんだろ?」
「それは、この子のバイタルデータは消えていないと、そう断言出来てから出る言葉だよ......そんなのはまだ、わからないんじゃないのかい......?」
「いや......わかるんだよ。だってそいつは、昨日の店主の様な、ただのアウトローな国民とは違う。正真正銘、行政府の人間。管理している側の人間だ。そんな奴のバイタルデータが消えたら、俺等の端末には間違いなく、それらについての連絡が来るはずだ......だが今は、それはない......」
そう言いながら、核心的なことをそのまま、俺は砂城に言うつもりでいた。
しかし砂城は、そんな俺の言葉に対して、明らかに落胆した。
落胆しながら、彼は言う。
「......浩一、それは些か甘すぎる。その程度の根拠で、僕のことを判断するのは、あまりにも危険だ......」
「なに?」
疑問符を口にしながら、視線を強める俺に、奴は静かに言う。
「でも、仕方がないことだろうね......こんな
そしてその後に、しばらくの沈黙を挟んで、溜め息混じりに口を開く。
「知らず知らずのうちに掛かる足枷は、その世界に居る住人にはわからない。重くもなく、冷たくもなく、傷を伴うこともない。しかしその足枷は、蝕むのだ。確実に......」
そう言いながら砂城は、その言葉の続きを、俺に視線で投げ掛ける。
そして俺は、彼の視線が示す通り、その続きを知っている。
だから俺は、ゆっくりとそれを、口にする。
「......そしてその蝕まれたモノ達を自覚する時、もはやそれらの存在は危うくなる。それらが知識と呼べるモノなのか、それとも思考と呼べるモノなのか......混沌の中に在り過ぎて、足枷の重さに気付いた時には、もうお遅い」
言い終えたところで、砂城は穏やかな声色で、言う。
「やっぱり......覚えているモノなんだね......」
その砂城の言葉に、俺はうなだれながら言葉を返す。
「あぁ......もう随分と、古いがな......」
そして返した言葉に、砂城は思い出を語るような口調で、言う。
「二千年前くらいの書物だよね......これだけ昔なのに、今と同じ様な文明らしい......」
「文献もそうだが......どちらかと言えば俺等の話さ......もう十年以上も昔のことだ......」
「あぁ、CORDが運用される、ずっと前さ......」
そう言いながら、俺に向けられていた視線は、いつしか遠くを見る様なそれに変わりながら......
明らかに俺ではなく、別の何かに向けられている。
しかし声はそのままに、彼は俺の方へ、語り出す。
「この国の国民は、守られ過ぎているんだ。それはもう、過保護の領域を超えている。君等が管理する健康というモノに胡坐をかいて、自らを戒めることはしない。本来それらは、各個人が、自分達でやるべき行為なのに......」
嘆き悲しむ様にするその視線は、まだ言葉を続ける。
「自由の裏側に在る責任というモノを、人々は嫌い過ぎたんだ。だからそれらを外側へ、他人へ、委託してしまった。しかしそうなってしまったら、何もわからない。何を受け入れて、何を拒絶するべきなのか......悲しいことに、それらをこの国の人間達は、自分達で判断できない......いいや、そもそもそんな考えに、至らない。本当に、悲しいことに......」
そう砂城が言った後に、俺は気が付くのだ。
彼の意図を、彼の思考を......
「......だからお前は、バイタルデータを削除したのか......そんなことをしなくても、他人の身体に入り込める筈なのに......」そう俺が言うと、友人は静かに微笑を浮かべて、言葉を紡ぐ。
「......僕は、殺戮者になりたいわけではない。他人の人生に嫉妬もしていない。ただ......警鐘を鳴らしたかった......これほどの危険を孕んでいるこの国に住む人達に......そして不意打ちを与えたかったんだ......この国を管理していると思い込んでいる連中に......」
そう言った後に、友人は俺の瞳をジッと見る。
新人の身体を借りながら、しかしその瞳の奥には、彼が居る。
彼には一体、俺はどんな風に、映っているのだろうか......
一体どんな人間に、見えているのだろうか......
そんなことを考えながら、俺は彼から視線を逸らして、手元にあるカップを持ち上げて、口を付ける。
そんな俺の姿を見て、彼も同じ様に動く。
同じような動作で、同じ様な仕草で、それらを行う彼の姿は、とても奇妙だった。
まるで違う身体の筈なのに、まるで鏡を見ている様な感覚に、襲われる。
似ても似つかない筈なのに、こんな感覚に、襲われる。
俺は彼に尋ねた。
「お前......俺の中には何回入ったんだ......?」
その俺の疑問に、彼はうっすらとした微笑を崩さぬまま、言葉を返す。
「......どうしてだい?」
「いや、今思えば、不思議だったんだ......お前が夢に出てきたり、先生と会話した時の妙な感覚、職場の先輩と食べたラーメンを伸びているって感じたこともあった......」
「......あぁ、あのラーメンか。アレは酷かったね......」
「あぁ......だが俺は、それしか知らない筈なんだ。だってラーメンなんて、どこの店で頼んでも、同じ筈なんだから......」
そう言った後に、俺はさらに砂城に、言う。
「お前は......その気になれば他人と、感覚や思考を共有しながら、生きていけるんじゃないのか?それなのに、お前は......」
言い掛けたところで俺は、彼の表情に、視線を向ける。
そして彼のその表情を見て、俺は何も言えなくなってしまう。
あまりにも悲しそうなそれに対して、俺は言葉を、見つけられないのだ。
けれど彼は、吐き捨てる様に、静かに重く、口にする。
「......そんなことを、求めるなよ」
そう言って、彼はカップの中にある液体を、全て飲み干した。
カップの中身を飲み終えた友人は、しばらくの沈黙の後、俺の方を見て、ゆったりとした口調で言う。「......じゃあ、そろそろ行こうか......」
そう言いながら、その口調と同様に、ゆっくりとした動作で立ち上がる友人の姿を見て、俺の思考はまた、彼の中に流れてしまっていることを理解する。
俺が今何を考えて、何に迷っているのかを、彼はもう既に、理解しているのだ。
「......選択の余地は......ないんだな......」
容赦のない、その友人の様子に対して、俺は少しばかりの諦めを声色に含ませて、言葉を選ぶ。
しかしその選んだ言葉が......
既にその、俺の中で選んだ選択が、決して正しくないそれが......
これから先の、ありとあらゆる事柄に起因することを思うと、やはりどうしても、意を決して踏み出すことは、容易ではないのだ。
けれどそんな心情も、きっと彼には筒抜けなのだろう。
穏やかな口調で、彼は言葉を返す。
「......君だって、もう既に分かりきっているんだろ......大丈夫、それで正解だよ......懸念する気持ちも、躊躇する気持ちもわかるけれど、最早それしかないのなら、選ぶしかないんだ。たとえそれが、どんなに愚かな選択だとしてもね......」
そう言った後に友人は、立ち上がった時と同じ様な、ゆっくりとした動作で歩き出す。
そして俺も、そんな彼を追って、彼と同じ方へ歩き出す。玄関の扉を開けて、外に出る。
部屋から出ると、そこにはまだ、平日の午後があった。
平凡で、退屈で、今までと何も変わらない日常が、そこにはあった。
部屋を出てから少しばかり歩いた所で、俺は前を歩いている友人に言った。
「なぁ......せめてその恰好は、やめてくれないか......お前の目的にも、俺のやり方にも、そいつの存在は必要ない。解放してやってくれ......」
そう俺が言うと、友人は振り返り、そして変わらない穏やかな声色で言う。
「あぁ、もちろんそれはわかっているよ。これは僕と君だけの......二人で出した結論だ。それを他人へ押し付けるつもりは、毛頭ない」
「そうか......それなら......」
「けれど、君はそれでいいのかい?」
「......」
「どんなに事実を述べた所で、その結末はきっと変わらない。しかし彼の存在があれば、少しばかりではあるけれど、マシにはなる」
言いながら、こちらを見つめる友人の視線は、やはり空虚なそれだった。
そして俺は、そんな友人が、この期に及んでそんなことを考えていることに、少しばかり安堵するのだ。
安堵しながら、俺は言う。
「バーカ。いらねぇよ......そんなの......」
友人と共に歩いた先にあったのは、沢山の機械だった。様々な配線で繋がれた箱型のそれらは、この場所を裕に埋め尽くす程の数で、敷き詰められている。
それもそのはずだ。
なんせその場所に敷き詰められたこれらの機械は、どれも全て、この国を統治しているCORDの運用に必要不可欠なそれらでなのだから......
部屋の様子を見て、友人は言う。
「なんだか、悲しいね......」
「なにが......?」
「時代が進んで、技術が発展したようなことを言ったとしても、結局のところはこうやって、大切な部分はこんな風に無造作に、繋がれている。こんなの、二千年前のこれらと比べても、変わらない。いいや......もっとヒドイのかな......」
そう言いながら、友人はゆっくりと歩き出して、箱型の機械を撫でる様に触って、そしてそれらが敷き詰められている部屋の床にある、極小の隙間に足を入れながら、ゆっくりと歩き出す。
そして俺は、そんな風にしている友人に向けて、言葉を返す。
「言葉の割には、随分と楽しそうなんだな......」
そう俺が言うと、友人は言う。
「そう見えるかい......?」
「あぁ......」
「まぁ......あながち間違いではないよ......だってこんな世の中じゃ、悲鳴どころか、産声すらあがらない......まるで胎動の中に縛られた、こんな世の中じゃ......」
そう言いながら、友人は足元の機械を、軽く蹴る。
友人に蹴られた箱型の機械は、よくわからない音を鳴らす。
しかしその音を聞いているのは、今は俺と友人の、二人だけ......
それ以外に、人間らしい人間は、居やしない。
時間が経てば、次第にその音は鳴り止んで、再び俺と友人の間には、空気だけが流れる。
沈黙を、友人は悠然と断ち切って、口を開く。
「ハハッ......怖い顔をするじゃないか......」
言いながら、コチラを見つめる友人の顔は、酷く穏やかである。
そんな友人に、俺は少しばかり間誤付きながら、言葉を探す。
「イヤ......まぁ、穏やかな心境ではないな......」
そう言いながら、俺も自分の足元に在る箱型のそれらを、ジッと見る。
ジッと見ながら、どうしてだろうか、何の関連性も無い筈なのに、俺は不意に思い出した。
「なあ、文則......」
「ん?」
「ニュースで流れていたデモ活動さ......なぜか今頃、思い出したよ......お前から見て、アレはどうなんだ......?」
「あんなのは茶番だよ......長い歴史で、先人達がそうしてきた様に、世の中に不満を見出して、それらを訴える......」話しながら友人は、ゆっくりとコチラに近づいて来る。
近付きながら、言葉を続ける。
「しかしそれらを訴えたところで、その不満が解消されるわけではないことも、彼らは知っている。本気で変化を望むなら、もっと大きな行動が、もっと鋭い一撃が、この国には必要なんだ......しかしそれらを、誰もやろうとはしない......」
「......だから、茶番だと?」
「......違うかい?」
「......」
俺に問い掛けながら、コチラを見つめる友人の瞳は、やはり空虚なそれだった。
もう何度も、こうして彼と話したけれど、そのどれもが同様なのだ。
彼の瞳には、やはり温度が伴わない。
ひどく冷たく、ひどく空っぽなその瞳は、おそらくこれからも、変わらないのだろう。
だからずっと、違和感はあったのだ......
こんな状態の彼が、どうしてこの国に対して、ココまでのことを思うのか。
どうしてココまでのことを考えて、ココまでのことをしてしまうのか。
どうして彼は、警鐘を鳴らしたいと思うのか......
どうして彼は、この国にこんな一撃を与えたいのか......
ただの仕返しなのだろうか......
自分をこんな風にしたこの国の、CORDに対しての......
ただの快楽主義者なのだろうか......
国一つを管理する、CORDに対しての......
それとも......
そんな風に考えていると、思いの外、自分との距離を近づけていた友人は、俺の顔を覗き込む様な仕草で、しかし瞳は、やはり変わらず空虚のまま、俺に言い放つ。
「べつに......ただ僕は、自分の意思で息をすることの出来る場所を、自分の意思で、引き取ることの出来る場所を、作りたいと思っただけだよ......」
そう言い放った後に、一呼吸置いた後、彼は続けてこう言うのだ。
「だって......そうじゃないと、気持ち悪いだろ......?」
うっすらと、笑みを浮かべながら......
「......っ」
気が付くと、友人の姿はもう、そこにはなかった。
代わりにあったのは、残骸だけだった。
潰された箱型の機械と、引き千切られた配線の残骸が、いつの間にか自分の周りを埋め尽くしていたのだ。
そして手は血だらけで、掴んだままだった配線の残骸は、内側が剥き出しにされていた。
「......なんだよ......コレ......」
仕事の連絡がなかったことを、もっと気にするべきだったのだろうか......そんな風に思いながら、仕事を進める手を止めて、近くのカップに手を伸ばす。
口に付けると、中に入っていた温かい液体が、自分の口を伝って身体の中に流れ込む。
その温かさに多少の心地良さを感じながら、しかし未だ終わらない、PC画面に映し出された始末書の文面に対して、一際強い視線を向けながら......
不意にその言葉を、口にする。
「......どうして、こんなことになったのでしょうね......」
視線を逸らしながら、誰もいない所で一人呟くその言葉に、返答はない。
当然だ。
今この場には、私しかいないのだから......
普段から必要以上に他人と関わることを避けているが、しかしそれでも、人を見る目はある方だと、自負していた。
しかし蓋を開けてみれば、この様だ......
自分よりも年上の人間で、少なからずの冷静さも携えていた筈だっった。
元々調査局に居たこともあって、この仕事に対しての適正もあった。
だから、こうなることを予想できる人間は、おそらく誰も居なかった。
始末書の文章に再び視線を向け、少しばかりの溜め息が出てしまう。
書きかけのその書類には、こう記されていた。
『バイタルデータ消失の国民に対しての外部調査中における、CORD運用施設への立ち入りと破壊行為について』
どの文面をどう切り取ったとしても、やはり救い様がない。
それもその筈だ。
なんせ彼は、彼と私で担当していた仕事の重要性は、もはや問題にならない程の大事件を、しでかしたのだから......
たった十人の国民のバイタルデータの消失など、最早もう、どうでもいいのだ。
監視カメラには、彼の姿がハッキリと映し出されていた。
まるで誰かと会話をしているかの様な、素振りをしていた彼は、そのままの状態でCORDを運用している施設に侵入し、破壊行動を行っていた。
彼の手には、引きちぎれた配線が、握りしめられていたらしい。
自身の血に染まったその配線を目にしたとき、彼は目を丸くして、自分がしていたことを把握していない様な言動をしていたそうだ。
まるで何かに憑りつかれていたかの様な、そんな彼の一連の行動。
彼にだけ見えていた何かに、彼はこの結末に、追いやられたのだろうか......
いいや、そうではないなぁ......
追いやられたちうよりも、
私からは......私達からは見えない何かに、彼はあちら側へ引き込まれたのだろう。
管理されることを当たり前としている、この国の仕組みの外側から現れた何か......
それはもしかすると、私達のすぐ近くに、居るのかもしれない。
彼の上司である人間から連絡を貰った時の感情を、もしも後悔と名付けるのなら、きっとそうなのだろう。
彼のことを送り出したあの行為が、こんな結末を迎えることを知っていれば、きっとそんなことはしなかった。
そう思いながら、自分で淹れた珈琲を口にして、プリズムから流れる情報番組に視線を向けている。
そこに映し出されているのは、よく見知った人物だった。
ほんとうに、よく知っている。
なんせ彼のことを診る様になって、十年以上の歳月が経過したのだから......
もっとも、それだけの時間を共有していたとしても、彼がこうなってしまうことを予想できなかった。
幾度となく報道された彼の犯行の映像は、常軌を逸していた。
まるで誰かと会話をしている様な仕草を見せながら、次々とCORDの運用機材を破壊していく彼の姿は、やはりどう見ても、どう見かえしたとしても、異常だったのだ。
しかし気になるのは、その犯行を終えた後、取り押さえられる直前の映像だった。
自らの手に握りしめられていた配線の残骸を、ジッと見つめるようにしていた彼のその仕草は、まるで今まで自分がしていた筈の行動を把握できていない様な......何かに操られていた後の様な......どうしても、そんな風に見えてしまう。
しかしそれも、もしかしたらただの、色眼鏡の産物なのかもしれない。
彼のことを知ってしまっているが故の、そんな妄想が、自分の頭の中にはどうしても、存在してしまう。
人は、内側に居るのモノに対しては、どうしても無防備になるのだ。
それが悪魔の様な行為であっても、ありえない産物の妄想であっても、固く閉ざした、悪意に対して予防されている外側よりも、自らの真意を問われてしまう、脆くて淡い内側は、それらのモノ達を容易く、受け入れてしまう。
「そう考えると、やはり今の世の中は......」
そう口にした独り言は、苦くて芳醇なスープに溶けて、喉を潤す。
滅多なことを言うモノではないと、そう思い直したのだ。
誰がいつ、聞いているかわからない。
それが外側からなのか、内側からなのか、それすらも定かではない。
しかもそれらの事象は、恐ろしいことに結果とは、関係なく見えてしまうのだ。
今プリズムに映る彼の姿も、きっとそうだろう......
きっとこれらの事柄は、彼が自らの意思で選択したことであると、私達の目からはどうしても、そう見えてしまうのだ。
そうであって欲しいと、私は切に願う。
そうでなくては、こんな結末に対しての慰めが、あまりにも不釣り合いだ。
自分がしでかした事の重大さに気が付いた時には、もう遅かった。外側から見られたことが全て事実である以上、弁解の余地などは、ある筈がないのだ。
事がどう転んだとしても、もうこの世界で、俺がまともに生きることは出来ないだろう。
出来ない......筈だ。
なんせ、この国の統治システムを運用する施設での破壊行為を、俺はしでかしたらしいのだ。
まったく......
まったくと言っていい程に、それらのことについての記憶は皆無なのだが、しかしそれでも、映像に映る俺は暴れ回っていた。
暴れて、壊して、そしてようやく気が付いた時には、両手は真っ赤に染まっていた。
配線の残骸を、握りしめていた。
時間を置いて、自分がしてしまったことを考えても、やはり信じられなかった。
それほどまでに、これら一連の事柄は俺にとって、ずっと他人事なのだ。
裁判は、するまでもないだろう。
しかしそれでも、そういう決まりである以上、俺は自身の行為について、話さなくてはならない。
自分の中の事実を、この外側に座る者達に、説明しなくはならないのだ。
どこまで......
一体どこまで、信じてもらえるのだろうか......
俺の言葉は、どこまでまともに、彼等に届くのだろうか......
わからない。
わかる筈が、ない。
裁判官は、俺の前に立ちながら、予め決められて位r言葉を読み上げる。
この場に立つ以上、これから話すことは全て、嘘偽りがないことを誓えと、そういう内容の言葉を読み上げる。
真実を話して、信じてくれる筈がないだろうに......
「......彼等は拒めないだろう。ずっとこの国で、自らの予防を他人に委託してきた人間には、君の言葉を拒むことなんて、出来る筈がない」
頭の中に響く、砂城のその言葉は、おそらく俺にしか聞こえない。
だから俺は、彼の言葉に返答する。
「......そうか?明らかな悪人が話す言葉は、流石に受け入れることはしないだろう?」
俺の言葉に、砂城は少しだけ笑いながら、静かに話す。
「......そうだと、いいけれどねぇ......」
そう言い残して、砂城は姿を消した。
そしてその代わりに、裁判官の声が良く聞こえる。
口上を言い終えた後の、裁判官のコチラを促す言葉が、良く聞こえる。
ココから話せば、良く聞こえるだろうか......
俺の言葉は、僕の思想は、彼等に届くだろうか......
そう思いながら、俺は少しずつ、自らの意思で話し始める。
産声にすらならないことを、自覚しながら......
この病院に配属されて、もうすぐ一年近くになる。 研修医として、目が回る様な思いをしながら熟す仕事に、少しずつ慣れてきた。 幸いなことに、同じ患者さんを担当する先輩は、仕事が出来て、その上性格もいい。 だから仕事のことで相談した内容に関しては、いつでも適格な助言をくれるのだ。 しかし今日に限っては、僕も先輩も、初めて対応するこの患者さん達に、やはり戸惑いは隠せない。 僕と先輩の目の前に居る患者さんたちは、様々だった。 明らかな未成年も居れば、若い青年、中年や老人。 それでいて男女関係なく、同じ病室のベットで横になっている。 その光景を見ながら、僕は横に立つ先輩に向けて、静かに口にする。「年齢はともかく、男女同じ病室なんて、初めて見ました......」 その光景を見ながら、先輩も同じように、口にする。「そうだな、この病院では俺も初めて見たよ」「えっ、前の所では普通だったんですか?」 そう俺が先輩に尋ねると、先輩は何かを言い掛けようとする。 しかしそのタイミングで後ろから、僕等二人に話し掛ける人がいた。「いや~ほんと、ヘルプ助かるよ。急に申し訳ないねぇ......」 声がする方向に振り向くと、立って居たのは、中年の医者だった。「お疲れさまです。あの先生、この患者さん方って......」 そう僕が言い掛けたところで、先生は僕が、一体何を訊きたいのかを察した様で、先生は言葉を返す。「あぁ、この人達は皆同じ症状だよ。どこにも異常はない。ただ眠っているだけだ。強いていうなら、ずっと長く夢を見ている」「えっ、それって......」 そう僕が言い掛けた所で、看護婦の方が先生を呼んでしまう。 そして先生は、ゆっくりとした足取りで、その看護婦の方へ行く。 その姿を見送りながら、僕は訊きたかったことを、飲み込んだ。 しかし隣の先輩は、そんな僕に向けて言う。「とりあえず、点滴チェックと体温だな。反対側から任せていいか?」「えっ、あぁ......はい」 どうやら先輩は、勝手を知っているようだった。 体温と点滴のチェックを終えた後、僕と先輩は自販機で飲み物を買って、少しの休憩をとっていた。 口を飲み物から離した後に、先輩は僕に尋ねる。「お前、ゲームはする方?」 唐突に尋ねられたその言葉に、僕は少しだけ考えながら、返答した。「えぇ
「......しかし僕は、思うんだ。この国の人間は本当に、人としての本懐を、遂げているのだろうかと......」 そう言いながら、俺から視線を逸らして、辺りを見回す。 新人の身体を借りながら砂城は、まるで何かを探す様にしながら、しかしその泳いでいた視線は、少し経てば俺の所に、戻ってくる。 その彼の姿を見て、俺は砂城に言う。「そんな風に話を明後日の方向に持って行って、お前は一体、何がしたいんだ?」 その俺の問い掛けに、砂城は答える。「べつに......ただ単にこういう話を君と楽しみたい。それだけだよ......」 言いながら砂城は、俺を見る。 口元に余裕を添えて、俺を見る。 そんな砂城に、俺はまた、言葉を紡ぐ。「雑談がしたいなら、もっと他の方法があった筈だ......わざわざ他人の身体に潜り込んで、意識をすり替えて、やりたいことがただの雑談なら、それは馬鹿げている......異常だ......」 そう俺が言うと、砂城は視線を下げて、小さく笑う。「フフッ......」「なんだよ......?」「いいや、こんな姿になっても君は、僕のことをそうやって、正常な誰かに当てはめようとしてくれるんだね......こんなことをしている時点で、こんなことになっている時点で、もう既に、僕は異常だよ......」「......そんなこと、とっくに知っている......」「......」「だが、わからないこともある......」「何がだい?」「どうしてわざわざ、潜り込む対象のバイタルデータを消すような、そんな危険な行為をした?」「......」「今お前がしている様に、そんなことをしなくてもお前は、その対象者の意識に潜り込めるんだろ?」「それは、この子のバイタルデータは消えていないと、そう断言出来てから出る言葉だよ......そんなのはまだ、わからないんじゃないのかい......?」「いや......わかるんだよ。だってそいつは、昨日の店主の様な、ただのアウトローな国民とは違う。正真正銘、行政府の人間。管理している側の人間だ。そんな奴のバイタルデータが消えたら、俺等の端末には間違いなく、それらについての連絡が来るはずだ......だが今は、それはない......」 そう言いながら、核心的なことをそのまま、俺は砂城に言うつもりでいた。 しかし砂
店の中は、こうだった...... 言葉を一つ残して、男は立ち去った。 誰もいない、死体だけが一つ転がる店に、俺は置き去りにされたのだ。 店には誰も居なかった。 もともとあの男しか、この店には居なかった。 しかしカクテルを飲んでから、意識を飛ばした後、気がつくと一人増えていた。 ヒトが一人、増えていた。 その女は、今日行方を追っていたヒトだった。 三枝箕郷という、若い女だ。 しかしその女は、喋りながら正常に狂い始めて、その果てに意識をすり替えられて、最後は自殺した。 女は死体になった。 狂った女は、死体になった。 しかしその後に、今度は初めから店に居た男が、狂い始めた。 狂った男は、異常な酒の飲み方をしながら、ゆっくり俺と会話をした。 会話をしながら、次第に熱を帯びる男の思想は、俺を睨みつけた。 睨みつけられた俺は、その男に銃口を向けていた。 銃口を向けながら、俺と男はまた、会話を続けた。 男が考えていることの詳細を......いや、もしかしたら概要を、俺は彼から告げられた。 告げられた俺は、それらを理解出来なかった。 しかし理解できない俺に対して、男はさらに、思想を語った。 頭に銃口を突き付けられている筈の男は、その銃口に額を着けて、思想を語った。 一頻り話した後に、最後に言い残していた言葉を言い切って、男は俺の前から、姿を消したのだ。 そして今、やはり俺はこの店に、一人で置き去りにされている。 しばらくその場に立ち尽くして、さっきまでの出来事を粗方、思い出す。 そしてその後に、他の誰でもない自分に言い聞かせる様にして、俺は自分の足をゆっくりと、扉の方へ進ませる。「あぁ......帰らない......とな......」 誰もいない、死体だけが転がる店を、俺は出て行った。 そこから先の記憶は、正直なところ、朧気だった。 意識を失ったわけではなく、ちゃんと自分の足で歩いて、その店から立ち去ったが、歩いている最中も、頭の中には、最後に砂城に言われた台詞が貼り着いて、離れない。 傲慢という、そういう言葉を使いながら、俺達の居る世界を一括りに否定した彼の台詞が、どうしても...... どうしても離れては、くれない。 その足取りのまま、俺は自宅への帰路についた。 上司への報告は、明日でいいだろう。 なんて
やりたくない仕事を、しなくてはならない日というのは、呆気なく来てしまうモノである。 今日がその一日目。 一人目の国民は、若い女性だった。 国民番号:三千四十八番 三枝 箕郷(さえぐさ みさと) 二十歳 昼間は大学に通いながら、夜はアルバイトとして飲食店で働いている。 それ以外には、コレと言った特徴があるわけでもない。 いたって普通の学生である彼女のことを、在籍している大学の事務に尋ねてみたりもしたが、二ヶ月程前から、講義に出席していないという情報以外、手掛かりらしいそれらは、残念ながら得ることは出来なかった。 だから俺は、彼女がアルバイトとして在籍している飲食店へ、足を運ぶことにした。 時刻は二十時を少し回った辺り。 店の住所を見て、少しばかり覚悟はしていた。 煌びやかな灯りが彩る表の通りを、少しばかり外れて、しかしそこから深く路地裏の方へと続く道を、しばらく歩いて数十分。「ココか......」 目の前に現れたその店は、飲食店というよりも、廃墟の様な風貌だった。 周りの景色も相まってか、少しばかり空気が重い。 一見すると、その建物が店をやっているのかわからなくなるような、そういう佇まいだ。 ほんとうに、ココであってるのだろうか...... そう思いながら、やはりすぐには尋ねる気になれなくて、その建物の前で少しばかり、立ち往生してしまう。 そして、しばらく経ったくらいだろうか......「あんた、入らないのかい?」「えっ......」 振り返ると、そこには背の高くて線の細い男が立っていた。 いつからそこに居たのかは、わからないけれど...... 男は俺の方を見て、溜め息混じりに言い放つ。「客じゃないなら、悪いけれど帰ってくれないか?いつも大して客が居るわけでもないが、今日は特に酷いんだ......」 そう言いながら、男は俺から視線を逸らして、店の中に入ろうと、すぐ近くを歩く。 けれどそんな男に向かって、俺はさらに尋ねる。「失礼ですが、アナタは......?」「俺はココの店主だよ。そういうアンタこそ一体何者なんだい?いつもこんな所に来る様な人には見えないけれど?もしかして......行政の人間かい?」 言い当てられて、俺は些か、動揺してしまう。 そしてその動揺を隠せないまま、俺は返答する。「......はい
「失礼します」と言いながら足を踏み入れた会議室には、普通なら絶対に、御目に掛かることが出来ないであろう偉いさん方達が、会議室の席の約八割を占めていた。 そして残った二割は、俺と上司の二人が座るために空席となっていて、そんな普段の会議では有り得ない様な異質の情景が、息苦しさに似た空気感を作り上げていた。 そしてそんな空気の中、俺達が座り、会議が始まるや否や、向かいに座る一人の偉いさんが、コチラ側に尋ねるべきことを、淡々と口にした。「さて、早速本題に入るが......突如としてバイタルデータが消去されるなど、前代未聞のこの状況を、君達はどう対処するつもりかね......?」 言いながら、コチラ側をジッと見つめるその人の視線は、気持ちの良いモノではなかった。 そして、そんな視線に耐えかねたのか、それとも単に、その言葉に対しての答えを、予め持ち合わせていたのだろうか......もしくは、その両方か...... 俺の隣に座る上司は、前に座るその人に対して、言葉を返す。「はい、その件につきましては、担当者である彼に直接、そのバイタルデータの持ち主の所に行ってもらい、現地調査してもらいます」 そう言いながら上司は、一度コチラの方にチラリと視線を向け、さらにその勢いのまま、言葉を続ける。「またそれと並行して、今回起きた事象についての原因究明を、私自ら主導して、行います」 その続けた言葉に対して、もう一人のお偉いさんが口を挟む。「ほぅ......具体的には、一体どうするつもりかね......?」「まずは一度、一週間分のCORDの全ログを洗い出します。この作業自体は、そこまで時間が掛からないでしょう。二、三日程度で行えます。その後は、必要であるなら、システム管理課と共同で、CORDの再調整を行いたいと考えております」 そう上司が言い切ったところで、数人の偉いさん方は、一瞬だけ動揺した。 そしてその動揺した偉いさんの一人が、上司に対して言う。「再調整を行うということは、君は一時的なCORDの運用停止をも視野に入れていると、そういうことかね......?」「はい、そのつもりです」 その肯定の上司の返答に、また会議室内は、先程と同様か、それ以上に重苦しい空気に飲み込まれた。 そしてその空気の中、先程上司に質問を投げ掛けたお偉いさんが、ため息交じり吐き出す
事務室に入り、午後の業務のためにPCを起動する。 そして隣に座っている新人も、業務を行うために、同じ動きでPCの電源を入れて、さっきと同じ様な口調で、しかしさっきとはまるで別の話題を「あっ、そういえば新堂さん」という言葉を皮切りに、俺に促す。 そしてそこからは、本当にただの雑談だ。 休日に昔ながらのカフェやバーに行くことを趣味にしているこの新人は、そこで食べた料理や飲み物、その店の雰囲気や、そこで会った初対面の女性と過ごした一夜なんかも、よく話題にして俺に話す。 まったく...... 無駄に顔が良い新人のその話題は、後半の方は特に、危うい気もするのだが...... 休日は家に居ることが多い俺にとっては、週初めの月曜日に話されるその話題が、些か鬱陶しいと思う反面、自分だとそういう所には出向かないし、もちろん初対面の女性なんかとも、そういうことになることはない。 だから彼のそんな話は、聞いている分には、まるでチープな深夜ドラマでも見ている様な、そういう感覚になって、少しだけ面白かったりする。 だからまぁ飽きもせず、毎週そんな話を、俺は彼から聞いている。 矛盾していると、自分でも思いながら。「さぁ、そろそろ仕事をしよう」 そう言うと、新人は少しだけ、不満そうな表情をする。 どうせまた明日も、同じ話をする癖に。 そんな風に思いながら、PCの画面を確認して、そして午後の業務を行う。「......えっ?」「ん?どうしたんですか、新堂さん」 そう言いながら、新人は俺のPCの画面を覗き込む。 そしてその画面を見て、新人も俺と同じような、表情になる。「これ......どういう、状態ですか......?」「いや、俺もわからん......」 そう......そこに映されているのは、モニタリングされたデータと、そのデータの対象とされている国民の顔写真と名前が、細かく列記されていた。 ある数名を除いて......「こんなの、はじめて見ましたよ。モニタリングされたデータだけが、綺麗に空白にされているなんて......何かのバグ......ですかね......?」 そう言いながら、俺の方を見る新人に、言葉を返す。「どうなんだろうな......もしバグなら、お前の方でも、同じことが起きているんじゃないのか......?」「そ