「失礼します」と言いながら足を踏み入れた会議室には、普通なら絶対に、御目に掛かることが出来ないであろう偉いさん方達が、会議室の席の約八割を占めていた。
そして残った二割は、俺と上司の二人が座るために空席となっていて、そんな普段の会議では有り得ない様な異質の情景が、息苦しさに似た空気感を作り上げていた。
そしてそんな空気の中、俺達が座り、会議が始まるや否や、向かいに座る一人の偉いさんが、コチラ側に尋ねるべきことを、淡々と口にした。
「さて、早速本題に入るが......突如としてバイタルデータが消去されるなど、前代未聞のこの状況を、君達はどう対処するつもりかね......?」
言いながら、コチラ側をジッと見つめるその人の視線は、気持ちの良いモノではなかった。
そして、そんな視線に耐えかねたのか、それとも単に、その言葉に対しての答えを、予め持ち合わせていたのだろうか......もしくは、その両方か......
俺の隣に座る上司は、前に座るその人に対して、言葉を返す。
「はい、その件につきましては、担当者である彼に直接、そのバイタルデータの持ち主の所に行ってもらい、現地調査してもらいます」
そう言いながら上司は、一度コチラの方にチラリと視線を向け、さらにその勢いのまま、言葉を続ける。
「またそれと並行して、今回起きた事象についての原因究明を、私自ら主導して、行います」
その続けた言葉に対して、もう一人のお偉いさんが口を挟む。
「ほぅ......具体的には、一体どうするつもりかね......?」
「まずは一度、一週間分のCORDの全ログを洗い出します。この作業自体は、そこまで時間が掛からないでしょう。二、三日程度で行えます。その後は、必要であるなら、システム管理課と共同で、CORDの再調整を行いたいと考えております」
そう上司が言い切ったところで、数人の偉いさん方は、一瞬だけ動揺した。
そしてその動揺した偉いさんの一人が、上司に対して言う。
「再調整を行うということは、君は一時的なCORDの運用停止をも視野に入れていると、そういうことかね......?」
「はい、そのつもりです」
その肯定の上司の返答に、また会議室内は、先程と同様か、それ以上に重苦しい空気に飲み込まれた。
そしてその空気の中、先程上司に質問を投げ掛けたお偉いさんが、ため息交じり吐き出す。
「そうですか......まったく......穏やかではないねぇ......」
言いながら、わざとらしく深く椅子に座り直すその偉いさんは、もう一度卓上に置かれた資料に目を通す。変わらずに......
いや、それ以上に......
空気はより深く、重くなる。
しかしその空気の中、先ほど言葉を発していた偉いさんの隣に座るもう一人が、その重苦しい空気の中で一言、核心的な部分を言及してきた。
「しかしこれで、どうして我々が本日集められたのか、合点がいきましたな。要は、その大きな仕事を行うにあたっての許可を出して欲しいと、そういうことでしょう?」
そう言いながらその偉いさんは、上司の方に視線を向ける。
そしてそれらに対して、上司はゆっくりと肯定する。
「はい......その通りです......」
重苦しい空気の中だからだろうか、それとも単に、この人の、こういう場面での言葉遣い的な要因なのだろうか......
ただ肯定しているだけの筈なのに、やたらと言葉が重く感じる。
けれどその返答は、思いの外あっさりとしていた。
「CORDについては、べつに構わないですよ......そうしなくてはいけない状況なら、そうして下さい。けれど問題なのは、コッチでしょう......」
そう言いながら、その偉いさんは卓上の資料の中に記載されている、バイタルデータが消去された国民の情報欄を示唆しながら、言葉を紡いだ。
「このモニタリングデータが消去された国民方々の安全が、しっかりと確認できるかどうか......今回の件で一番大きな問題はココですよ......」
そう言った後に、その偉いさんの視線は上司から、会議に参加している、俺を含めた全員に向けられる。
「先程、このような事態は前代未聞だとおっしゃっていましたが、それは違う。皆さんはもうお忘れですか?十年前のあの事件を......」
そう、その偉いさんが口にした途端、また少しだけ、会議室内の空気が動揺したのを感じた。
しかし構わずに、そのまま彼は言葉を続ける。
「府内ではタブーな話題だとしても、同じ様なことが起きている以上、目を逸らしていても仕方がないでしょう。また犠牲者が出ないとも限らない。もしも本当に模倣犯の存在が在るならば、我々だけでなく、調査局の方にも協力を要請するべきです。彼だけではあまりにも、危険すぎる」
そう言い終えた後に、一部から批判的な視線を受けているこの偉いさんは、そんなことは気にも留めないで、俺の方に視線を向ける。
その時の彼の視線でようやく、俺は思い出したのだ。
十年前の事件の時に、捜査指揮をしていた時の男が、彼だったことを......
会議終了後、休憩室でベンチに座りながら、コーヒーを飲んでいる偉いさんが居たので、挨拶をする目的で、俺は彼に話し掛けた。「お久しぶりです。荒井さん」
そう言うと、俯いていた顔を上げて、俺に視線を向けながら、口元に微笑を覗かせて、彼は言う。
「お前、俺に気付いてなかったろ?目の前に座ってたのに......」
「すみません、会議自体が億劫だったモノで......」
「それにしたって露骨過ぎだ。一応仕事だろ?もうちょい何とかしねーと、今度こそ職無しになるぜ?」
「はい、気を付けます......」
そう言いながら俺も、目の前にあるドリンクサーバーからコーヒーを選んで、ボタンを押す。
出て来るまでの数秒間、俺は背後に座る彼に、なんて話し掛けるべきかを迷いながら、コーヒーを待つ。
そしてそれが出て来た後に、手に取って振り返り、彼の方に視線を向ける。
「荒井さん......なんだか痩せました......?」
「そうかもな......」
「忙しいんですね......流石です......」
「嫌味かよ。こんなクソみたいな仕事......」
「そんな言い方......誰かに聞かれたら、職無しになりますよ......」
そう言いながら、俺は自分のコーヒーに口を付ける。
すると彼は、そんな俺を見ながら、乾いた声で言葉を返す。
「ハハッ、願ったりだな......とっとと楽隠居させてくれ......」
なんだろう......そうとう色々と溜まっているようだ......
そう思いながら、俺は彼を慰める。
「冗談でしょ......あんな空気の中、声を大にして言える人が......まだまだ現役ですよ......」
「言うべきことだったからだよ......まったく、情けない話だぜ......自分たちがやらかしたことに向き合わず、目を逸らす。それを組織ぐるみでやってるんだ。上の連中は再犯が起きることなんて、露ほども考えていない。むしろ十年前のアレは、運が悪い事故の様なモノだったと、そう本気で思い込んでいる奴も居るくらいだ......」
そう言った後に、最後の一口を飲み終えて、ゴミ箱に勢い良く、その容器を投げ捨てる。
そしてコチラに視線を向けると、「昼飯行くだろ?」と言って、俺を昼食に促した。
「今日弁当が無い日なので......奢りなら行きます」
「この野郎、ちゃっかりしてやがる。近くのラーメン屋でいいか?」
そう言いながら、足早に休憩室を出る荒井さんを追いかけるために、俺は容器の中にあるコーヒーを飲み干した後、彼とは違い、静かにその容器をゴミ箱に投げ捨てて、彼の後を追ったのだ。
ラーメン屋の席に着くと、自動でお冷とお手拭きが卓上に置かれた。先ほど飲んでいたコーヒーによって、店に着く頃には、些か口が乾いたからだろうか、俺と荒井さんはどちらも一度、お冷に口を付けた。
そしてその後は特に何もすることはないので、ただボーっと、店の中にあるプリズムで、昼のニュース番組を見ていた。
番組の内容は、なんてことない。
いつも通りの、政府への様々な不満を抱えた国民が、何の規制も無しに、専門家などのコメンテーターを交えて議論していく、どこの局でもやっている様な、それである。
しかしそんな番組を、隣に座る荒井さんは、何故だか楽しそうに見るのだ。
そんな彼に、俺は皮肉交じりに声を掛ける。
「よくこんな番組、そんな楽しそうに見れますよね、荒井さん。俺達一応は、政府側の人間なんですけれど......」
「そんなのは関係ない。ただ面白いじゃないか」
「そうですか?」
「この国は、大昔に比べれば様々な点が発展した。俺等が扱っているCORDだって、科学と医療が発展した代物だ」
「そんな大層なモノですかね......」
「今の国民は
「......そりゃあ、まぁ......でもそれは、悪いことではないでしょう?何も気にすることなく、健康的に長く生きることが出来るんですから......」
そう俺が話し終えた所で、目の前にラーメンが運ばれる。
しかしそのラーメンを見て、隣に座る荒井さんは、少しワザとらしく、ため息を吐く。
「なんです......?」
「コレを見てみろ、中華麵に煮卵、チャーシューにメンマ、ネギ、スープは鶏ガラベースの醬油と来ている」
「えぇ、だって......
「......」
「なんですか、さっきから......?」
「いいや......ただ昔は、一口にラーメンと言っても、色々な味や特徴があったらしいんだ。日本の東と西では麺の細さが違ったり、味も塩ベースのモノから、コッテリと濃い豚骨なんてモノもあったらしい......それがお前、今じゃラーメンと言えば、どこの店に行っても必ず、コレが出て来る......」
そう言いながら箸を手に持って、手を合わせた後に、彼はそれを食し始める。
そして食しながらも、まだ話を続くのだ。
「管理すると言っても、やり過ぎだよ......
不満を口にしながら、食事を進める彼に対して、俺は苦笑いを浮かべながら言葉を返す。
「......仕方ないですよ......そんな二千年も前の時代と比べても......」
そう言いながら、箸をつけたラーメンは、少し麵が伸びていた。
昼食を食べた後、荒井さんと別れた俺は、その足で上司の許に向かい、例の仕事についての打ち合わせを行った。今回の一件に対するこの業務が、何よりも最優先になるため、今まで行っていた通常業務は、一旦は新人が引き継ぐことになるらしい。
まぁアイツなら、要領良く熟してしまうのだろうが......
そんな風に思いながら、俺は今回訪ねなくてはならない人達の住所が記載された書類に目を通す。
しかし目を通した途端、俺は目の前にいる上司に問い掛けた。
「コレは......少し不味いんじゃないですか......」
問い掛けた俺に対して、上司もまた一呼吸置きながら、言葉を返す。
「......えぇ、そうですね......けれど仕方がありません......」
そう言いながら上司は、俺の方を見ずに、けれど俺が言いたい事を、既に理解している彼は、肯定の意味なのだろうか、静かに視線を伏せた。
しかしそんな彼に対して、俺はさらに問い掛ける。
「十年前は、失踪者は皆全員、身寄りがない者達だけでした。けれどこの資料を見る限り、今回はそうではないですよね......」
「......そうですね。今回対象となっている国民は皆、親族などの関係者が生存していることを確認しています」
「......自分でこんなことを尋ねるのは、気持ちの良いモノではないですが、仕事なので、一応確認します。関係者への説明は、正直にお話しても、問題はありませんよね......?」
そう俺が尋ねると、上司は伏せていた視線を戻し、彼は真っ直ぐとコチラを見ながら言葉を返した。
「もちろんです。何よりもまず人命が重要なのは、さっきの会議でも結論として出されています。それに、こんな重大なことを国民に伏せていることの方が、どうかしているんです」
「......それは、そうですが......」
「それに、まだそのリストの方達が、皆失踪していると決まったわけではありません。ただ単に、コチラ側のモニタリングデータが見えなくなっただけという可能性だって、十分にあり得ます」
「......そうですね......」
その後の言葉を、俺は飲み込む。
そしてそんな俺を見て、上司は俺との打ち合わせを終わらせるのだ。
「新堂さん、明日から、よろしくお願いしますね......」
その彼の言葉を聞いて、俺はもう、彼に何も言うべきではないと悟る。
「......はい、わかりました。失礼します。」
そう言葉を残して、俺は上司よりも先に、会議室をあとにした。
事務所へ戻る途中、俺は自分に嫌気が差していた。さっき自分の口から出た言葉。
何かを隠蔽することを、まるで当たり前のように考えている様なあんな台詞が、まさか自分の口から出るなんて......
俺もとうとう、夜気が回ったのかな......
そんな風に思いながら、事務所に戻り、仕事をする為にPCを起動させ、いつも通りにそれらを始める。
それらをやりながら、けれど頭の中には、やはりチラつくのだ。
さっき自分が吐いた言葉と、飲み込んだ言葉が逆だったなら、まだ気持ち的にはマシだったと......
そんな風に......
そこまで思いながら、けれど思い返す様に、思い直す。
上司もわかっている筈なのだ。
ただ健康をモニタリングするだけの装置が、日本という国を統治するシステムに、なりえるわけではないということを......
CORDが国民の健康を管理する。
それは本当のことだ。
けれどそれ以上に、それらはその人の生命活動の過程を診ている。
そしてそれ故に、その人が何をしているのかを、よく観ている。
まるで高い所から、監視するように......
だからCORDを反対する人たちの気持ちも、分からなくはないのだ。
生まれた時から埋め込まれた機械によって、生きている間は、垢の他人に全てを観られているなんて......
それを当たり前と思わない人達からすれば、それを気持ち悪いと思うのは、当然のコトなのだろう。
そんな機械が、何かのバグで、バイタルデータを損失しただって?
それはあまりにも、無理があるだろう......
そこまで考えて、俺は仕事を進める手を止めた。
「......一体、いつからだ......?」 不意に口から出た、自分に対する、小さな自問。一体いつから俺は、こんな風に考える様になった?
今までは、CORDに対してこんな風に考えていなかった。
俺にとっては、CORDの存在は当たり前のこと過ぎて......
だからCORDに対して、嫌悪を向ける人達の存在を肯定することなんて、多分なかった。
十年前の時だってそうだ......
あの時だって俺は、事件を解決する事だけしか考えていなかった。
そうだ......
今までは当たり前のこと過ぎて、それらに対して興味がなかったのだ......
それなのに今となっては、昔の自分の、CORDに対しての鈍感さが......
なんだろう......許せない......?
許せないで、あっているのだろうか......?
どうしてこんな感情を持ち合わせているのか、それ自体は本当に、わからないけれど......
「なんだろう......疲れているのかな......」 「いやいや、新堂さん。明日から長期出張ですよね?そんなんで、大丈夫なんですか?」「えっ......あぁ、まぁ......なんとかするよ......」
無意識のうちに零れた言葉に対して、まさか言葉が返って来るとは思っていなかったから、少しばかり戸惑いながら、俺は新人にそう返す。
けれど新人は、そんな俺に対して、さらに話を続ける。
「出張、何処でしたっけ?」
「......福岡だよ」
「うわ、九州ですか......そうなると飛行機ですね。明日は早いんですか?」
「あぁ......まぁそれなりになぁ......」
そう言いながら、俺も自分が進めていた仕事に、再度取り掛かる。
ちなみに長期出張というのは、建前だ。
今回の一件、もしかしたらCORDの運用に関わる事態になるかもしれない。
だから内密に、慎重に、全ての事象を進める必要があるということで、俺が明日から行う仕事の詳細を知っているのは、上司を含めた、さっきの会議に出ていた、上の人間だけなのだ。
それ以外の人間には、俺は明日から、福岡の研修所へ、長期的な出張に行くということになっている。
「研修って......何をするんですか?」
「えっ......あぁ、まぁ色々だよ......CORDの運用システム的な部分についての学習研修さ......」
そう俺が言うと、新人は少しだけ不満そうに、言葉を返す。
「そんなの、学んだところで業務には使わないじゃないですか。どうせ僕等がやる仕事は、ずっと変わらないんですから......」
「なんだよ、仕事に不満があるのか?」
「仕事自体にはないですよ。けれど忙しくなるのは、誰だって嫌なんです。だからとっとと、帰って来てください」
そう言いながら、しかし手元では変わらずに、彼は仕事を続ける。
その勤勉さ、少しだけ面白くもある。
「......なんか、笑ってます?」
「......いいや......そうだな。出来そうならそうするよ......」
ほんとうに、出来るならことならそうしたいところだ......
「えぇ、そうして下さい。じゃないと、僕が請け負う仕事がさらに増えそうなので......」
言いながら、彼が進める仕事は、やはりいつもと変わらない。
国民の健康状態を、CORDを通して管理して、そのモニタリングデータを元に書類を作成し、次の課に府内メールで送る。
何も変わらない。
この間までは、俺も当たり前の様に行っていた、それらの仕事。
けれど明日からは、それらとは違う、どちらかと言えば昔に似た仕事をすることになるのだ。
見ず知らずの誰かを探す、そんな仕事を......
この病院に配属されて、もうすぐ一年近くになる。 研修医として、目が回る様な思いをしながら熟す仕事に、少しずつ慣れてきた。 幸いなことに、同じ患者さんを担当する先輩は、仕事が出来て、その上性格もいい。 だから仕事のことで相談した内容に関しては、いつでも適格な助言をくれるのだ。 しかし今日に限っては、僕も先輩も、初めて対応するこの患者さん達に、やはり戸惑いは隠せない。 僕と先輩の目の前に居る患者さんたちは、様々だった。 明らかな未成年も居れば、若い青年、中年や老人。 それでいて男女関係なく、同じ病室のベットで横になっている。 その光景を見ながら、僕は横に立つ先輩に向けて、静かに口にする。「年齢はともかく、男女同じ病室なんて、初めて見ました......」 その光景を見ながら、先輩も同じように、口にする。「そうだな、この病院では俺も初めて見たよ」「えっ、前の所では普通だったんですか?」 そう俺が先輩に尋ねると、先輩は何かを言い掛けようとする。 しかしそのタイミングで後ろから、僕等二人に話し掛ける人がいた。「いや~ほんと、ヘルプ助かるよ。急に申し訳ないねぇ......」 声がする方向に振り向くと、立って居たのは、中年の医者だった。「お疲れさまです。あの先生、この患者さん方って......」 そう僕が言い掛けたところで、先生は僕が、一体何を訊きたいのかを察した様で、先生は言葉を返す。「あぁ、この人達は皆同じ症状だよ。どこにも異常はない。ただ眠っているだけだ。強いていうなら、ずっと長く夢を見ている」「えっ、それって......」 そう僕が言い掛けた所で、看護婦の方が先生を呼んでしまう。 そして先生は、ゆっくりとした足取りで、その看護婦の方へ行く。 その姿を見送りながら、僕は訊きたかったことを、飲み込んだ。 しかし隣の先輩は、そんな僕に向けて言う。「とりあえず、点滴チェックと体温だな。反対側から任せていいか?」「えっ、あぁ......はい」 どうやら先輩は、勝手を知っているようだった。 体温と点滴のチェックを終えた後、僕と先輩は自販機で飲み物を買って、少しの休憩をとっていた。 口を飲み物から離した後に、先輩は僕に尋ねる。「お前、ゲームはする方?」 唐突に尋ねられたその言葉に、僕は少しだけ考えながら、返答した。「えぇ
「......しかし僕は、思うんだ。この国の人間は本当に、人としての本懐を、遂げているのだろうかと......」 そう言いながら、俺から視線を逸らして、辺りを見回す。 新人の身体を借りながら砂城は、まるで何かを探す様にしながら、しかしその泳いでいた視線は、少し経てば俺の所に、戻ってくる。 その彼の姿を見て、俺は砂城に言う。「そんな風に話を明後日の方向に持って行って、お前は一体、何がしたいんだ?」 その俺の問い掛けに、砂城は答える。「べつに......ただ単にこういう話を君と楽しみたい。それだけだよ......」 言いながら砂城は、俺を見る。 口元に余裕を添えて、俺を見る。 そんな砂城に、俺はまた、言葉を紡ぐ。「雑談がしたいなら、もっと他の方法があった筈だ......わざわざ他人の身体に潜り込んで、意識をすり替えて、やりたいことがただの雑談なら、それは馬鹿げている......異常だ......」 そう俺が言うと、砂城は視線を下げて、小さく笑う。「フフッ......」「なんだよ......?」「いいや、こんな姿になっても君は、僕のことをそうやって、正常な誰かに当てはめようとしてくれるんだね......こんなことをしている時点で、こんなことになっている時点で、もう既に、僕は異常だよ......」「......そんなこと、とっくに知っている......」「......」「だが、わからないこともある......」「何がだい?」「どうしてわざわざ、潜り込む対象のバイタルデータを消すような、そんな危険な行為をした?」「......」「今お前がしている様に、そんなことをしなくてもお前は、その対象者の意識に潜り込めるんだろ?」「それは、この子のバイタルデータは消えていないと、そう断言出来てから出る言葉だよ......そんなのはまだ、わからないんじゃないのかい......?」「いや......わかるんだよ。だってそいつは、昨日の店主の様な、ただのアウトローな国民とは違う。正真正銘、行政府の人間。管理している側の人間だ。そんな奴のバイタルデータが消えたら、俺等の端末には間違いなく、それらについての連絡が来るはずだ......だが今は、それはない......」 そう言いながら、核心的なことをそのまま、俺は砂城に言うつもりでいた。 しかし砂
店の中は、こうだった...... 言葉を一つ残して、男は立ち去った。 誰もいない、死体だけが一つ転がる店に、俺は置き去りにされたのだ。 店には誰も居なかった。 もともとあの男しか、この店には居なかった。 しかしカクテルを飲んでから、意識を飛ばした後、気がつくと一人増えていた。 ヒトが一人、増えていた。 その女は、今日行方を追っていたヒトだった。 三枝箕郷という、若い女だ。 しかしその女は、喋りながら正常に狂い始めて、その果てに意識をすり替えられて、最後は自殺した。 女は死体になった。 狂った女は、死体になった。 しかしその後に、今度は初めから店に居た男が、狂い始めた。 狂った男は、異常な酒の飲み方をしながら、ゆっくり俺と会話をした。 会話をしながら、次第に熱を帯びる男の思想は、俺を睨みつけた。 睨みつけられた俺は、その男に銃口を向けていた。 銃口を向けながら、俺と男はまた、会話を続けた。 男が考えていることの詳細を......いや、もしかしたら概要を、俺は彼から告げられた。 告げられた俺は、それらを理解出来なかった。 しかし理解できない俺に対して、男はさらに、思想を語った。 頭に銃口を突き付けられている筈の男は、その銃口に額を着けて、思想を語った。 一頻り話した後に、最後に言い残していた言葉を言い切って、男は俺の前から、姿を消したのだ。 そして今、やはり俺はこの店に、一人で置き去りにされている。 しばらくその場に立ち尽くして、さっきまでの出来事を粗方、思い出す。 そしてその後に、他の誰でもない自分に言い聞かせる様にして、俺は自分の足をゆっくりと、扉の方へ進ませる。「あぁ......帰らない......とな......」 誰もいない、死体だけが転がる店を、俺は出て行った。 そこから先の記憶は、正直なところ、朧気だった。 意識を失ったわけではなく、ちゃんと自分の足で歩いて、その店から立ち去ったが、歩いている最中も、頭の中には、最後に砂城に言われた台詞が貼り着いて、離れない。 傲慢という、そういう言葉を使いながら、俺達の居る世界を一括りに否定した彼の台詞が、どうしても...... どうしても離れては、くれない。 その足取りのまま、俺は自宅への帰路についた。 上司への報告は、明日でいいだろう。 なんて
やりたくない仕事を、しなくてはならない日というのは、呆気なく来てしまうモノである。 今日がその一日目。 一人目の国民は、若い女性だった。 国民番号:三千四十八番 三枝 箕郷(さえぐさ みさと) 二十歳 昼間は大学に通いながら、夜はアルバイトとして飲食店で働いている。 それ以外には、コレと言った特徴があるわけでもない。 いたって普通の学生である彼女のことを、在籍している大学の事務に尋ねてみたりもしたが、二ヶ月程前から、講義に出席していないという情報以外、手掛かりらしいそれらは、残念ながら得ることは出来なかった。 だから俺は、彼女がアルバイトとして在籍している飲食店へ、足を運ぶことにした。 時刻は二十時を少し回った辺り。 店の住所を見て、少しばかり覚悟はしていた。 煌びやかな灯りが彩る表の通りを、少しばかり外れて、しかしそこから深く路地裏の方へと続く道を、しばらく歩いて数十分。「ココか......」 目の前に現れたその店は、飲食店というよりも、廃墟の様な風貌だった。 周りの景色も相まってか、少しばかり空気が重い。 一見すると、その建物が店をやっているのかわからなくなるような、そういう佇まいだ。 ほんとうに、ココであってるのだろうか...... そう思いながら、やはりすぐには尋ねる気になれなくて、その建物の前で少しばかり、立ち往生してしまう。 そして、しばらく経ったくらいだろうか......「あんた、入らないのかい?」「えっ......」 振り返ると、そこには背の高くて線の細い男が立っていた。 いつからそこに居たのかは、わからないけれど...... 男は俺の方を見て、溜め息混じりに言い放つ。「客じゃないなら、悪いけれど帰ってくれないか?いつも大して客が居るわけでもないが、今日は特に酷いんだ......」 そう言いながら、男は俺から視線を逸らして、店の中に入ろうと、すぐ近くを歩く。 けれどそんな男に向かって、俺はさらに尋ねる。「失礼ですが、アナタは......?」「俺はココの店主だよ。そういうアンタこそ一体何者なんだい?いつもこんな所に来る様な人には見えないけれど?もしかして......行政の人間かい?」 言い当てられて、俺は些か、動揺してしまう。 そしてその動揺を隠せないまま、俺は返答する。「......はい
「失礼します」と言いながら足を踏み入れた会議室には、普通なら絶対に、御目に掛かることが出来ないであろう偉いさん方達が、会議室の席の約八割を占めていた。 そして残った二割は、俺と上司の二人が座るために空席となっていて、そんな普段の会議では有り得ない様な異質の情景が、息苦しさに似た空気感を作り上げていた。 そしてそんな空気の中、俺達が座り、会議が始まるや否や、向かいに座る一人の偉いさんが、コチラ側に尋ねるべきことを、淡々と口にした。「さて、早速本題に入るが......突如としてバイタルデータが消去されるなど、前代未聞のこの状況を、君達はどう対処するつもりかね......?」 言いながら、コチラ側をジッと見つめるその人の視線は、気持ちの良いモノではなかった。 そして、そんな視線に耐えかねたのか、それとも単に、その言葉に対しての答えを、予め持ち合わせていたのだろうか......もしくは、その両方か...... 俺の隣に座る上司は、前に座るその人に対して、言葉を返す。「はい、その件につきましては、担当者である彼に直接、そのバイタルデータの持ち主の所に行ってもらい、現地調査してもらいます」 そう言いながら上司は、一度コチラの方にチラリと視線を向け、さらにその勢いのまま、言葉を続ける。「またそれと並行して、今回起きた事象についての原因究明を、私自ら主導して、行います」 その続けた言葉に対して、もう一人のお偉いさんが口を挟む。「ほぅ......具体的には、一体どうするつもりかね......?」「まずは一度、一週間分のCORDの全ログを洗い出します。この作業自体は、そこまで時間が掛からないでしょう。二、三日程度で行えます。その後は、必要であるなら、システム管理課と共同で、CORDの再調整を行いたいと考えております」 そう上司が言い切ったところで、数人の偉いさん方は、一瞬だけ動揺した。 そしてその動揺した偉いさんの一人が、上司に対して言う。「再調整を行うということは、君は一時的なCORDの運用停止をも視野に入れていると、そういうことかね......?」「はい、そのつもりです」 その肯定の上司の返答に、また会議室内は、先程と同様か、それ以上に重苦しい空気に飲み込まれた。 そしてその空気の中、先程上司に質問を投げ掛けたお偉いさんが、ため息交じり吐き出す
事務室に入り、午後の業務のためにPCを起動する。 そして隣に座っている新人も、業務を行うために、同じ動きでPCの電源を入れて、さっきと同じ様な口調で、しかしさっきとはまるで別の話題を「あっ、そういえば新堂さん」という言葉を皮切りに、俺に促す。 そしてそこからは、本当にただの雑談だ。 休日に昔ながらのカフェやバーに行くことを趣味にしているこの新人は、そこで食べた料理や飲み物、その店の雰囲気や、そこで会った初対面の女性と過ごした一夜なんかも、よく話題にして俺に話す。 まったく...... 無駄に顔が良い新人のその話題は、後半の方は特に、危うい気もするのだが...... 休日は家に居ることが多い俺にとっては、週初めの月曜日に話されるその話題が、些か鬱陶しいと思う反面、自分だとそういう所には出向かないし、もちろん初対面の女性なんかとも、そういうことになることはない。 だから彼のそんな話は、聞いている分には、まるでチープな深夜ドラマでも見ている様な、そういう感覚になって、少しだけ面白かったりする。 だからまぁ飽きもせず、毎週そんな話を、俺は彼から聞いている。 矛盾していると、自分でも思いながら。「さぁ、そろそろ仕事をしよう」 そう言うと、新人は少しだけ、不満そうな表情をする。 どうせまた明日も、同じ話をする癖に。 そんな風に思いながら、PCの画面を確認して、そして午後の業務を行う。「......えっ?」「ん?どうしたんですか、新堂さん」 そう言いながら、新人は俺のPCの画面を覗き込む。 そしてその画面を見て、新人も俺と同じような、表情になる。「これ......どういう、状態ですか......?」「いや、俺もわからん......」 そう......そこに映されているのは、モニタリングされたデータと、そのデータの対象とされている国民の顔写真と名前が、細かく列記されていた。 ある数名を除いて......「こんなの、はじめて見ましたよ。モニタリングされたデータだけが、綺麗に空白にされているなんて......何かのバグ......ですかね......?」 そう言いながら、俺の方を見る新人に、言葉を返す。「どうなんだろうな......もしバグなら、お前の方でも、同じことが起きているんじゃないのか......?」「そ