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砂城の理想、現実の世界

مؤلف: kumotake
last update تاريخ النشر: 2025-07-19 09:28:16

 店の中は、こうだった......

 

 言葉を一つ残して、男は立ち去った。

 誰もいない、死体だけが一つ転がる店に、俺は置き去りにされたのだ。

 店には誰も居なかった。

 もともとあの男しか、この店には居なかった。

 しかしカクテルを飲んでから、意識を飛ばした後、気がつくと一人増えていた。

 ヒトが一人、増えていた。

 その女は、今日行方を追っていたヒトだった。

 三枝箕郷という、若い女だ。

 しかしその女は、喋りながら正常に狂い始めて、その果てに意識をすり替えられて、最後は自殺した。

 女は死体になった。

 狂った女は、死体になった。

 しかしその後に、今度は初めから店に居た男が、狂い始めた。

 狂った男は、異常な酒の飲み方をしながら、ゆっくり俺と会話をした。

 会話をしながら、次第に熱を帯びる男の思想は、俺を睨みつけた。

 睨みつけられた俺は、その男に銃口を向けていた。

 銃口を向けながら、俺と男はまた、会話を続けた。

 男が考えていることの詳細を......いや、もしかしたら概要を、俺は彼から告げられた。

 告げられた俺は、それらを理解出来なかった。

 しかし理解できない俺に対して、男はさらに、思想を語った。

 頭に銃口を突き付けられている筈の男は、その銃口に額を着けて、思想を語った。

 一頻り話した後に、最後に言い残していた言葉を言い切って、男は俺の前から、姿を消したのだ。

 そして今、やはり俺はこの店に、一人で置き去りにされている。

 しばらくその場に立ち尽くして、さっきまでの出来事を粗方、思い出す。

 そしてその後に、他の誰でもない自分に言い聞かせる様にして、俺は自分の足をゆっくりと、扉の方へ進ませる。

「あぁ......帰らない......とな......」

 誰もいない、死体だけが転がる店を、俺は出て行った。

 そこから先の記憶は、正直なところ、朧気だった。

 意識を失ったわけではなく、ちゃんと自分の足で歩いて、その店から立ち去ったが、歩いている最中も、頭の中には、最後に砂城に言われた台詞が貼り着いて、離れない。

 傲慢という、そういう言葉を使いながら、俺達の居る世界を一括りに否定した彼の台詞が、どうしても......

 どうしても離れては、くれない。

 その足取りのまま、俺は自宅への帰路についた。

 上司への報告は、明日でいいだろう。

 なんて報告するべきだろうか......

 なんて話すべきだろうか......

 十年前の人間が、意識を乗っ取る化け物になって、再犯を犯していると、そう正直に話すべきだろうか......

 どう話せば、正確だろうか......

 どう話すのが、正解だろうか......

 考えながら歩き続ける足取りは、いつの間にか濡れていた。

 目が覚めて最初に視界に映ったのは、知らない天井だった。

 身体を起こして辺りを見回すと、身に覚えのない部屋に居た。

 どうやら昨日、帰路の途中で、いつの間にか気を失っていたらしい。

 どのタイミングで、そうなったのだろうか......

 目をつぶった記憶もなければ、倒れた記憶もない。

 色々なことを考えながら歩いていたことだけは、覚えているけれど......

 そんな風に物思いにふけていると、部屋の扉が開いて、見知った顔が入って来る。

 そして開口一番、その人物は俺の方を見て、言うのだ。

 まるで厄介なモノを見る様な目と声色で......

「......あんな雨の中で......お前さん一体、どういうつもりだったんだい?」

「......白木、先生......えっと、ココは......?」

「俺の家だよ......まったく、長い付き合いの患者が自分の家の前で死んでいるとか、シャレにならないからやめてくれ......」

「そうだったん......ですね......すみません、先生......」

 そう言いながら視線を下すと、先生は俺の様子に、何かを感じ取ったのだろうか......

 寝ていた寝具の隣にあるソファに腰掛けながら、先生は俺に尋ねる。

「......一体、何があった?」

 尋ねられた俺は、視線を上げて、先生の方に向ける。

 尋ねながらコチラを見る先生の視線は、真っ直ぐ俺に向けられていた。

 俺はその向けられている視線に対して、頭の中にあった言葉を、そのまま口に出したのだ。

「......砂城に、会いました」

 そう自分の口から出た言葉が、とても浮世離れしたモノであることは、なんとなく自覚していたけれど......

 先生なら、自分が昨日見てきた状況を、もしかしたらどうにかしてくれるのではないのかという、そんな淡い期待があった。

 けれど先生は、その俺の言葉に対して、少しばかりの間を置いた後に、茶化すような口ぶりで言うのだ。

「......お前さんは、幽霊は信じない方だと思っていたんだがなぁ......それとも俺は、また夢の話でも聞かされるのかい?」

「いいえ......その......なんて説明していいのか......」

 そう言いながら、俺は間誤付く。

 やはり、わからないのだ。

 どう、話すべきなのか......

 そう考えていると、隣の先生は静かに立ち上がり、声色を明るくして言う。

「......まぁ、まずは朝食にしよう。手伝ってくれ......」

 身支度を整えた後、先生と二人で朝食の準備を進める。

 用意したのは、トースト、サラダ、スクランブルエッグ、スープ、珈琲。

 先生が淹れる珈琲を除けば、どれも大して時間は掛からない。

 だから食事の席に着くのに、そこまでの時間を要することはなかった。

「......」

「ん?どうかしたか?」

「いや、朝から豪勢だなって......」

「豪勢って......おかしなことを言う。手の込んだモノなど、この珈琲くらいだろう」

 そう言いながら、先生は自分が淹れた珈琲を、俺に手渡す。

 俺はそれを両手で受け取りながら、「ありがとうございます」と言った後に、続けて言葉を返す。

「でも、テーブルの上にこれだけ皿があると、やっぱり豪勢に見えますよ」

 そう言った後に、俺は手元にある珈琲に口を付け、温かさと香りに、一息、救われた気持ちになる。

 そんな風に落ち着いていると、先生は微笑を浮かべながら、言葉を返す。

「さてはお前さん、いつもテキトウな朝食をとっている......いや、そもそも朝食を食べる習慣がないな?」

「えぇ......その通りです......」

「やっぱりな。まったく最近の若い奴と来たら......自分の食事を疎かにしながら他人の健康状態を管理するなど......冗談も大概にしてくれ」

 そう言いながら先生は、自分が淹れた珈琲を口にして、その後にまた粛々と食事を進める。

 この人は食事中、あまり話すことはしないのだろう。

 そう察した俺も、先生と同じように、静かに朝食を食べ進める。

 静かな朝の時間が、この部屋に横たわる。

 昨日アレだけのことがあった筈なのに、それらはもう、遠い過去の出来事の様な、もしくは悪い夢でも見ていたかの様な、そういう感情に、流されるのだ。

 しかしそう思った矢先、先生は食べ物を飲み込むと、静かに俺に尋ねる。

「......それで、昨日は何があったんだい?」

「......っ」

「......お前さんとは、それなりに長い付き合いで......行動も言動も、他人よりは理解できているつもりだ。だからあんな所で、しかも雨の中、倒れているなんて、そんなのは余程の何かが無いと、置きようがないだろう?」

 そう言いながら、先生は俺の目をじっと見る。

 そして先生は、言葉を続ける。

「......さらにそれでいて、そこに砂城という名前が出て来るなら、もう流石に、尋ねざるを得ないだろう」

 そう言いながら先生は、またもう一口、今度も珈琲を口にする。

 そんな彼の姿を見て、俺は昨日の出来事を全て、ゆっくりと話し始めたのだ。

 壊さぬように、気を配りながら......

 話を聞いた後、しばらく間を置いて先生は、洗い物をしながら俺に言う。

「......要約すると......十年前の事件で死んだ筈の砂城は、自分の意識のみをデータ化して、CORDのネットワークにアクセスしている。今はその状態を利用して、他人の身体を乗っ取って、何かを企てている。そしてその砂城には、それを理解してくれる関係者が存在していて......それが、このバイタルデータが消去された人間達だと......こんなところかい?」

 先生はそう言いながら、訝しむ様な表情で、説明をする際に俺が見せた行政府のデータに視線を送る。

 その先生の表情から、俺が説明した内容を、事実として受け止めてくれていることがよくわかる。

 そんな先生の隣で、洗い物の手伝いをしながら、俺は言葉を返す。

「えぇ......でも関係者については、ただ単に砂城が、そう言っているだけかもしれません。あんなことを......あんなことを理解する人間が、それほど居るとは思えません......」

 言いながら、食器の水気を拭う手が止まる。

 信じ難い事象を説明する時は、たとえそれが本当の事だとしても、普通のことを話すよりは、やはりエネルギーを使うモノだ。

 けれどその相手が、それらを全て肯定的に耳を傾けてくれる人物ならば、しかもその人物が白木先生なのは、過去のことも知っているから、その部分の話も含めて聞いてくれるので、本当にありがたい。

 それが、俺が全てを先生に説明した後に抱いた印象である。

 洗い物を終えた後、流れる水を止めて手を拭きながら、さっきまで自分が座って居た場所に再び、先生は腰を落ち着ける。

 そして落ち着きながら、プリズムを起動させて、先生は言葉を紡ぐ。

「これはさっき、お前さんから話を聞いた俺の勝手な印象だが、砂城が言う関係者の存在は、あながち本当のことかもしれないぞ?」

 そう口にしながら向いている先生の視線の先には、プリズムが流すニュースがあった。

 そしてそこで報じられているのは、CORDの運用についての反対派の人間達によるデモ活動だった。

「......っ」

「......その様子だと、普段からテレビは見ない様だな......」

 そう言いながら先生は、さっき食事の時に自分が用意していた珈琲の残りを、口にする。

 そんな先生に、俺は尋ねる。

「コレ......なんでこんな内容のニュースが......?」

「これは民営の放送局だからなぁ......行政府やその近辺の都市で流れる様な国営の放送局では、ありえない内容だろ?」

 言いながら先生は、そのニュースに視線を送り続ける。

 俺だって内容を、まったく知らないわけではなかった。

 なぜなら仕事の合間に目にするネットニュースには、これらと同じモノが散々、流れているからだ。

 先生は続けて、口にする。

「......この国の表現の自由は、もうずっと、古いというにはあまりにも......カビが生え過ぎている程に、根深いモノのはずなのに......それが今や行政府の都合で当たり前の様に、意図も簡単に、捻じ曲げられている......」

 そう言いながら先生は、言葉の最後にチラリとコチラに、視線を送る。

 その先生の視線が、行政府に勤める俺の神経を、少しばかりザラつかせる。

「イヤ味、ですか......?」

「事実だよ、残念ながらな......」

 言いながら先生は、またもう一口、珈琲を口にする。

 そして湿らせた唇で、その空気間のまま、先生は言葉を続ける。

「報じない......あった筈の出来事を、まるでハナから何もなかったかの様にしてしまう。下手をすればフェイクニュースよりもタチが悪いかもな......」

「......それは、そうかもしれない......ですが......」

 そう言いながら俺も、先生が淹れてくれた珈琲を口にする。

 香りも味も、さっきの朝食と同様、とてもいいそれなのに。

 どうしてだろうか......

 さっきまでとはまるで、違う味がするようだ。

 そう考えていると、先生は静かに言葉を返す。

「しかしそう考えれば、実はお前さんだって、砂城がやりたいことが、イヤでも見えているんじゃないのかい?」

「......」

「その沈黙は、図星だな......」

 そう言う先生の声には、少しばかり落胆の色があった。

 この人には、もうそんな所まで、見えてしまっているのだ。

 そして俺も、そこまでハッキリと言われてしまえば、流石に気付く。

 先生が言いたいことが......

 砂城がやろうとしていることが......

「......そこまでハッキリと言われれば、流石に......しかしそれでも、それが正しいやり方とは、到底、思えません」

「それは君の物差しだよ......彼の物差しは、おそらくもっと違う所にある」

 そう言った後に、先生は最後の一口を飲み干した。

 空になったカップを静かに、テーブルの上に置く。

 置きながら、少しばかりの溜め息を吐いて、先生は言う。

「正しさというのは思想だよ。そしてそれは主観的で、酷く抽象的だ。だから具体的な数値での裏付けが、客観的な理屈が必要になる......」

 その言葉の後に、俺も珈琲を飲み干した。

 珈琲を飲み終えて、使い終わったカップを、テーブルの上に静かに置く。

 その行動の切れ目に、先生はさらに、言葉を続ける。

「砂城は、正しさには興味がない。特に今のこの国の正しさに対しては、興味がないどころか、憎悪すら感じているかもな......だからそれを奴に訴えたところで、奴の計画が止まることはないだろう」

「......」

「それでも止めたいと思うなら、それはもう、殺すしかないのさ......」

「......そんなの、もっと出来ないですよ......だって奴には、身体がない......」

 そう言いながら、自分の言葉に少しばかり、失笑する。

 そうだ、もう単純な話、打つ手がないのだ。

 身体を持たずに、他人の身体に刷り込める奴の意識だけを殺す術を、俺は知らない。

 いくら考えても、わからない。

 沈黙が横たわる部屋の中で、思考は鈍る。

 こんな風に考えていることも、もう既に、砂城に知られていることだろう。

 厄介な話だ。

 そんな風に思いながら、俺は静かにその場を立って、先生に告げる。

「......帰ります、先生」

 そう言いながら、俺は自分が使ったカップを片付けようと、それをキッチンに持って行く。

 そんな俺の姿を見て、先生は「置いといてくれて構わない」と言う。

 だから「ごちそうさまでした」と言い残して、俺は外に出る準備を始める。

 着替えも借りていたので、昨日着ていた服に着替えて、忘れ物が無いかを確認して、靴を履く。

 その姿を見て、先生はさらに、俺に言う。

「こんな台詞は精神科医としても、それに国民としても、失格なのかもしれないが......もしも本気で砂城を止めるなら、奴と同じ土俵に立つしかない」

「......それは、俺に死ねって......奴と同じ様な、意識だけの存在になれって......そういう意味ですか?」

 言いながら、俺は先生に視線を送る。

 その俺の顔を見て、しかし先生は穏やかな表情で、言葉を返す。

「そんな酷い言い方をしたつもりはないがね......だが事実、対岸に居ながら済ませられる様な話なら、お前さんは今頃、そんな顔をしていない......」

「......そんなに酷いですか?」

「フフッ......帰ったら鏡で見てみるといい」

「......いいですよ、べつに......覗き込む様なツラでもないですから......それに、そんなことをしなくても、たぶんもう、わかりましたから......」

 その言葉の後に、先生は少しだけ、柔らかい声色で言葉を紡ぐ。

「......そうかい......ほんとお前さんは、優秀な患者だよ......」

 その言葉を背中越しで聞いた後、俺は先生の家を後にした。

「あぁ、先輩......よかった、無事だったんですね......」

 白木先生の家を後にして、自宅の最寄り駅まで着いたところで、俺はそう声を掛けられた。

 その声は、よく知っている。

 なんせずっと、教育係として共に仕事をしていたのだからだ。

 振り返り、姿を確認すると、そこに立って居たのは、やはり新人だった。

「......お前、こんな時間になんで、ココに居るんだ?」

 そう俺が尋ねると、新人はその整った表情を豊かに変化させて、俺に言う。

「いや......出張に行った先輩と連絡が取れないって......だから様子を見て来てくれって、そう言われたんです......大丈夫そう......ですね......」

 そう言いながら新人は、覗き込む様にコチラを見る。

 そんな新人の姿から、一度視線を外しながら、俺は言う。

「......あぁ、そうか。そういえばメールを確認していなかったか......すまない。迷惑かけた......」

「いいえ......大丈夫なら、全然......」

 そう言いながら、彼はジッと俺を見る。

 俺はその視線に対して、なるべく穏やかな声を装って、言葉を返す。

「......せっかく来たんだし、茶でも飲んでいくか......?」

 そう俺が言うと、新人はその表情を穏やかにして、言う。

「......そうですね、せっかくなので、お言葉に甘えます......」

 そう言って、新人は俺の後をゆっくりと、着いて来る。

 もうそこまで距離はないけれど、新人はゆっくりと、俺に着いて来る。

 そして部屋に着いた後、俺が促すと、「おじゃまします」と言いながら、新人は部屋に入る。

 そしてその後に、俺も自分の部屋に入り、扉を閉めたのだ。

「......」

 閉めた途端、後ろから聞き馴染みがない、しかし聞いたことがある......

 重い、金属が擦れる様な、それを持つときに鳴るような、そんな静かな音が、後ろから聞こえる。

 俺は後ろに視線は送らず、その代わりに、後ろに居るはずの新人に......

 いや......新人の姿をした友人に、声を掛けるのだ。

「そんなに焦るなよ......珈琲か紅茶くらいは、淹れてやる......」

 そう言いながら、俺はゆっくりと振り返る。

 振り返ると、友人は新人の声で、こう言うのだ。

「よくわかったね......浩一......」

 引き鉄に指を掛けていない姿を見て、俺は安堵した。

 なんせ、この部屋は賃貸だ。

 借り物の箱を傷つけるわけには、いかないだろう。

 部屋に入り、俺と友人は、相対するように座る。

 それぞれの前には、俺が用意した、紅茶が入ったカップが置かれている。

 けれど友人の前には、それだけではない。

 先程俺に向けていた拳銃が、カップとは反対の所にあった。

 時間はおそらく、昼頃に差し掛かろうとしているのだろう。

 外が朝よりも、少しばかり、賑やかだ。

 しかしそれとは対照的に、この部屋の中は、酷く静かだった。

 シンっとしていて、物音一つ、聞こえない。

 それも、単に音だけがという話ではない。

 この部屋を占めている空気が、俺と友人の間に流れる感覚が、まるで生きている人間達のそれらとは、異なるような......

 この部屋だけは、今いる現実の世界とは切り離されている様な、そんな不思議な感覚に陥るのだ。

 その空気の中、目の前の友人は、口を開く。

「......あまり驚いては、いないようだね......」

 そう一言口にした後に、ゆったりとした動作でカップを持ち上げて、彼は紅茶に、口付ける。

 その彼の姿を見た後に、俺も同じようにカップを持ち上げて、自分で淹れた紅茶に口を付けた後、一言、口を開く。

「......まぁ、昨日の今日で、こんな風に出て来られてもなぁ......」

 そう俺が言うと、友人の視線は俺の視線と交じり合う

 そしてしばらく間を置いて、言葉を紡ぐ。

「......どうして、気が付いたんだい?」

 その彼の疑問符を聞いて、俺は落胆する。

 落胆しながら、俺は答える。

「簡単な話だ......お前が使っているその身体、そいつは俺のことを、苗字にさん付けで呼ぶ。先輩なんて言葉、そいつの口からは、聞いたことがない」

「へぇ......」

 興味なさそうに、彼は視線を逸らす。

 その彼の姿を見て、俺はさらに落胆して、言葉を続ける。

「それに俺の周りの人間は、仕事に対して案外、律儀な奴が多いんだ。だから、たかが一日連絡が取れないくらいで、こんな昼に差し掛かる時間に、俺を訪ねたりはしない」

「それは些か、健全な人間関係とは、言い難いけれどね」

 聞き捨て、ならなかった。

「健全なんて言葉を、お前が使うのか......」

「ダメかな?」

「ダメだろ......」

「どうしてだい?」

「言わなきゃわからないのか......」

「そうだね、言ってくれた方がわかりやすい、言って欲しいかな」

「既に人ですらない奴が、人の道理を語るなと、そう言っているんだ......」

「......そんな風に、君は言うのかい?」

 言いながら友人は、俺を見つめる。

 友人の瞳はもう明らかに、人ではない。

 この国の電子の海中に、深く潜り込んで溺死した友人は、他人の身体を間借りして、俺を見る。

 そんな受け入れ難い現実は、俺が視線を逸らそうとも、やはりそこに在ったのだ。

 

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    「失礼します」と言いながら足を踏み入れた会議室には、普通なら絶対に、御目に掛かることが出来ないであろう偉いさん方達が、会議室の席の約八割を占めていた。 そして残った二割は、俺と上司の二人が座るために空席となっていて、そんな普段の会議では有り得ない様な異質の情景が、息苦しさに似た空気感を作り上げていた。 そしてそんな空気の中、俺達が座り、会議が始まるや否や、向かいに座る一人の偉いさんが、コチラ側に尋ねるべきことを、淡々と口にした。「さて、早速本題に入るが......突如としてバイタルデータが消去されるなど、前代未聞のこの状況を、君達はどう対処するつもりかね......?」 言いながら、コチラ側をジッと見つめるその人の視線は、気持ちの良いモノではなかった。 そして、そんな視線に耐えかねたのか、それとも単に、その言葉に対しての答えを、予め持ち合わせていたのだろうか......もしくは、その両方か...... 俺の隣に座る上司は、前に座るその人に対して、言葉を返す。「はい、その件につきましては、担当者である彼に直接、そのバイタルデータの持ち主の所に行ってもらい、現地調査してもらいます」 そう言いながら上司は、一度コチラの方にチラリと視線を向け、さらにその勢いのまま、言葉を続ける。「またそれと並行して、今回起きた事象についての原因究明を、私自ら主導して、行います」 その続けた言葉に対して、もう一人のお偉いさんが口を挟む。「ほぅ......具体的には、一体どうするつもりかね......?」「まずは一度、一週間分のCORDの全ログを洗い出します。この作業自体は、そこまで時間が掛からないでしょう。二、三日程度で行えます。その後は、必要であるなら、システム管理課と共同で、CORDの再調整を行いたいと考えております」 そう上司が言い切ったところで、数人の偉いさん方は、一瞬だけ動揺した。 そしてその動揺した偉いさんの一人が、上司に対して言う。「再調整を行うということは、君は一時的なCORDの運用停止をも視野に入れていると、そういうことかね......?」「はい、そのつもりです」 その肯定の上司の返答に、また会議室内は、先程と同様か、それ以上に重苦しい空気に飲み込まれた。 そしてその空気の中、先程上司に質問を投げ掛けたお偉いさんが、ため息交じり吐き出す

  • アンビリカルワールド   消えた国民、隠された事実

     事務室に入り、午後の業務のためにPCを起動する。 そして隣に座っている新人も、業務を行うために、同じ動きでPCの電源を入れて、さっきと同じ様な口調で、しかしさっきとはまるで別の話題を「あっ、そういえば新堂さん」という言葉を皮切りに、俺に促す。 そしてそこからは、本当にただの雑談だ。 休日に昔ながらのカフェやバーに行くことを趣味にしているこの新人は、そこで食べた料理や飲み物、その店の雰囲気や、そこで会った初対面の女性と過ごした一夜なんかも、よく話題にして俺に話す。 まったく...... 無駄に顔が良い新人のその話題は、後半の方は特に、危うい気もするのだが...... 休日は家に居ることが多い俺にとっては、週初めの月曜日に話されるその話題が、些か鬱陶しいと思う反面、自分だとそういう所には出向かないし、もちろん初対面の女性なんかとも、そういうことになることはない。 だから彼のそんな話は、聞いている分には、まるでチープな深夜ドラマでも見ている様な、そういう感覚になって、少しだけ面白かったりする。 だからまぁ飽きもせず、毎週そんな話を、俺は彼から聞いている。 矛盾していると、自分でも思いながら。「さぁ、そろそろ仕事をしよう」 そう言うと、新人は少しだけ、不満そうな表情をする。 どうせまた明日も、同じ話をする癖に。 そんな風に思いながら、PCの画面を確認して、そして午後の業務を行う。「......えっ?」「ん?どうしたんですか、新堂さん」 そう言いながら、新人は俺のPCの画面を覗き込む。 そしてその画面を見て、新人も俺と同じような、表情になる。「これ......どういう、状態ですか......?」「いや、俺もわからん......」 そう......そこに映されているのは、モニタリングされたデータと、そのデータの対象とされている国民の顔写真と名前が、細かく列記されていた。 ある数名を除いて......「こんなの、はじめて見ましたよ。モニタリングされたデータだけが、綺麗に空白にされているなんて......何かのバグ......ですかね......?」 そう言いながら、俺の方を見る新人に、言葉を返す。「どうなんだろうな......もしバグなら、お前の方でも、同じことが起きているんじゃないのか......?」「そ

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