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エイプリルフールの嘘と銀薔薇
エイプリルフールの嘘と銀薔薇
Auteur: ヘリオトロープ

第1話

Auteur: ヘリオトロープ
個室のドアを開けた瞬間、生クリームたっぷりのケーキが顔面に激突した。

部屋の中に爆笑が弾ける。

クロエは革張りのソファの肘掛けに腰掛け、片手にスマホを構えながら、まるで優勝トロフィーでも手にしたかのように勝ち誇った笑い声を上げていた。

「だから来るって言ったでしょ」

彼女は言った。

「ほらウィルソン、賭け金の支払いよろしく」

クリームがまつ毛に絡みつき、顎へと滴り落ちる。ウィルソンが近づいてきて、いつもの優しげで控えめな微笑みを浮かべながら、ナプキンで私の頬を拭った。

「おいおいヴィヴ、随分と着飾ってきたじゃないか」

彼は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。私に対してではなく、汚れたドレスに対して。

「賭けをしてたんだよ。君は来ないって俺は言った。もし俺が勝ってたら、明日にでもプロポーズするつもりだったんだけどな。でも君が来ちゃったから、俺の負けだ。結婚の話はまた来年に持ち越しだな」

毎年のエイプリルフール。ウィルソン・ヘイルはクロエ・マーサーと結託し、私への偽装プロポーズを仕掛けてきた。

去年は、あるクラブのVIPルームで、テーブルにキャンドルを並べ、友人たちの半数がスマホで撮影する中、彼は私の前に片膝をついた。

ついに本気になってくれたのだと、私は思った。だが、指輪の箱が開いた瞬間、銀色のグリッターのりが私の手に噴射された。

クロエはスマホを落としそうになるほど腹を抱えて笑った。私の目に涙が浮かんでいるのに気づいて、ようやくウィルソンの顔から薄ら笑いが消えた。

その後、彼は私の汚れた手を握りしめ、こう誓ったのだ。

「来年こそは、ヴィヴ。誓うよ。冗談抜きで、本当のプロポーズをする」と。

だから、エイプリルフールの前夜に彼からメッセージが届き、私たちの初デートの場所だったジャズバーに呼び出された時、私はその言葉を信じてしまった。

髪を綺麗にセットし、彼のお気に入りだった黒のサテンドレスを身に纏い、パールのピアスを着け、かつて彼が「危うい魅力がある」と褒めてくれたヒールを履いた。

インスタに投稿する文章さえ打ち込んで保存してあった。馬鹿げた小さな夢が叶った時のための、馬鹿げた報告の言葉を。

「明日が何の日か、分かってるの?」

私は尋ねた。

「俺たちの6回目の記念日だろ。おいおい、俺が忘れるとでも思ってたのか?」

そう、彼は忘れてなどいなかった。だからこそ、余計にタチが悪い。自分が何を台無しにしているのか、彼は完全に理解していたのだ。

私は、6年間身につけてきた安っぽいペアリングを指から外し、床へと落とした。指輪が大理石にぶつかり、冷たく澄んだ音を立てる。それは、部屋の嘲笑を切り裂くほどに鋭い音だった。

「ウィルソン」

私は静かに告げた。

「私たち、これで終わりよ」

彼の顔から笑みが消え、あからさまな苛立ちの色が浮かんだ。

「大袈裟にするなよ。たかがケーキだろ、ヴィヴ。ドレスのクリーニング代なら出す。クロエはこれまでもっと酷いイタズラをしてきたし、正直、今夜の彼女は手加減してくれた方だぞ」

クロエが両手を挙げ、いかにも傷ついた、身の潔白を装うような素振りをみせた。

「ただのジョークじゃない。気に入らなかったなら、分かったわ、もう二度とやらない。だからって、なんでいきなり別れるなんて話になるのよ?」

後ろのほうで誰かが鼻で笑った。

「だから言ったろ、こいつはジョークが通じないって」

これが、彼らのサークルにおける絶対の「ルール」だった。クロエが泣けば、全員が彼女を慰める。クロエが一線を越えても、全員がそれを「おふざけ」と呼んで持て囃す。クロエが私に屈辱を与え、私が笑わずにいると、なぜか「空気を読めない私」が悪者にされてしまうのだ。

彼女と初めて会った日のこと。ウィルソンが私のために開いてくれたディナーの席で、クロエが「トゥルース・オア・デア」をやろうと言い出した。他の皆にはくだらない質問や簡単な罰ゲームばかりだったのに、私の番になった途端、彼女はディナーテーブルの真ん中で「ベッドでの喘ぎ声をしなさいよ」と要求してきたのだ。

私は断った。

すると彼女は突然泣き出し、部屋を飛び出していった。その場にいた男たちは全員、彼女を追いかけた。ウィルソンでさえも。私のためのディナーだったはずなのに、キャンドルが燃え尽きるまで、私は一人きりで食事を終えた。

それ以来、彼が私をグループの集まりに連れて行くのは、クロエの機嫌が良い時だけになった。

そして今、彼はあの時と同じ、うんざりしたような苛立ちを込めて私を見下ろしている。

「ヴィヴィアン、クロエに謝れ」

以前の私なら、そうしただろう。屈辱を飲み込み、彼のメンツを保ち、「二人きりの時は私を愛してくれているから」と自分に言い聞かせてきた。

だが、今夜は違う。

私はクラッチバッグとコートを手に取った。

「ウィルソン・ヘイル。私たちは終わりよ。今度こそ、本当にね」

部屋を出て行く私の背中に、クロエの声が容赦なく突き刺さった。

「本当に追いかけなくていいの?あなたの彼女、かなり怒ってるみたいだけど」

ウィルソンが短く鼻で笑う音が聞こえた。

「ただの癇癪さ。あいつに帰る場所なんてあるわけない。それに、お前をあやすより、あいつをなだめる方がずっと楽だからな」

その言葉は、すべてを綺麗に切り捨ててくれた。

そして、彼を許し続けてきた私の中の甘い感情が、ついに完全に沈黙した。

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