ANMELDEN
十二月下旬。福丘高校のグラウンドは、すでに本格的な冬の装いだった。朝の気温は3度を下回り、土の上には薄い霜が降り、選手たちのシューズが踏むたびに小さな音を立てる。落ち葉はほとんどなくなり、代わりに冷たい風がグラウンドを吹き抜けていく。九州大会での準決勝敗退から約一ヶ月半。チームは「春のセンバツ出場校発表」を待つ間、基礎練習と体づくりに集中していた。監督の山田浩二は毎朝のミーティングで同じ言葉を繰り返した。「冬は土台を作る季節だ。焦るな。来年の夏まで、まだ時間はある」その朝、球太はブルペンの端に立っていた。右腕のテーピングはすでに外れ、医師から「軽い投球練習再開」の許可が出たばかりだった。キャッチャーミットを構えるのは鈴木健。健はミットを軽く叩きながら笑った。「球太、今日から本番だな。緊張してる?」球太は深呼吸して、右手の指をゆっくり開閉した。まだ少し硬い感覚はあるが、痛みはない。握力も8割以上は戻っていた。「緊張……してるよ。でも、投げられる。120キロまで、50球以内。監督のルールだ」健がミットを構え直した。「わかった。ゆっくりいこうぜ」周囲の選手たちが自然と視線を寄せてくる。涼もブルペンの少し離れた位置でキャッチボールを始めていたが、球太のほうをチラリと見た。監督はフェンスの外で腕組みをし、静かに見守っている。球太はセットポジションを取った。心臓の音が耳に響く。右手の指にボールを握り、ゆっくりと振りかぶる。初球。シュッ……!ミットに収まる音が、冷たい空気に吸い込まれた。球速表示板(練習用)が110km/hを示す。「いいぞ、球太!」健が声を上げる。球太は小さく頷き、二球目を投げた。120km/h。まだ硬さはあるが、軌道はまっすぐだった。三球、四球と続け、徐々にリズムが出てくる。10球目。フォークを試す。指先に力を込め、リリース。ボールがわずかに落ちる。健のミットが少し沈む。「落ちてる……!」健が目を丸くした。球太は
十二月中旬。福丘高校野球部のグラウンドは、冬の厳しい寒さに包まれていた。朝の気温は5度を下回り、選手たちの吐く息が白く凍り、土の上には薄い霜が降りていた。九州大会準決勝での敗退から約一ヶ月半。チームは基礎練習を中心に体を動かし続け、春の甲子園出場校の発表を待つ日々を送っていた。この日、球太は病院の再診を受けていた。右腕の状態をチェックし、医師がレントゲンと触診を終えた後、静かに言った。「炎症はほぼ引いている。腱板の損傷も回復傾向だ。軽い投球練習なら、再開しても構わない。ただし、無理は絶対禁止。球速は120キロまで。距離は20メートルから始めろ。週に3回、1回50球以内に抑えろ」球太はベッドの上で拳を握りしめた。声が震えた。「……ありがとうございます」医師は笑みを浮かべた。「焦らずな。来年の夏まで、まだ時間はある」寮に戻った球太は、すぐに監督室へ向かった。山田浩二監督はデスクでスコアブックを広げていた。球太が入室すると、監督は顔を上げた。「早乙女。診断はどうだった」球太は診断書を差し出し、声を張った。「軽い投球練習、再開許可が出ました。120キロまで、50球以内、週3回です」監督は診断書をじっくり読み、ゆっくり頷いた。「わかった。明日から、ブルペンで軽く投げろ。だが、俺が監視する。無理はさせん」球太は深く頭を下げた。「ありがとうございます!」翌朝。グラウンドはまだ霜が残っていた。選手たちはランニングを終え、それぞれのメニューに入る。涼はブルペンでキャッチボールを始め、球速は155キロ前後。ナックルボールの精度も上がっていた。球太はブルペンの端に立ち、健にミットを構えさせた。右腕を軽く回し、深呼吸。「健……いくぞ」初球。軽く投げる。球速は110キロ程度。ミットに収まる音が、静かなグラウンドに響く。健が笑った。「球太! 戻ってきたな!」球太は小
十二月に入り、福丘高校野球部のグラウンドは冬の冷たい風にさらされていた。落ち葉が土の上を覆い、朝の練習では選手たちの吐く息が白く凍る。九州大会での敗退から約一ヶ月。チームは春の甲子園出場校の発表を待つ間、基礎練習を中心に体を動かしていた。監督の山田浩二は「冬は土台を作る時期だ。焦らず、着実に」と繰り返していた。 朝練のランニングが終わると、選手たちはそれぞれのメニューに分かれた。篠原涼はブルペンで軽い投球練習を続けていた。肩の疲労はほぼ抜け、ストレートは155キロ前後まで戻っていた。新球のナックルボールも、少しずつ精度を上げている。キャッチャーミットに収まる音が、グラウンドに響く。 「涼、まだナックル使ってるのか」 球太がブルペンのフェンス越しに声をかけた。右腕の包帯は完全に外れ、軽いキャッチボールから徐々に距離を伸ばしていた。まだ公式戦で投げる許可は出ていないが、痛みはほぼなくなり、握力も戻りつつあった。 涼はボールを握ったまま振り返った。 「使ってる。精度が上がってきた。お前が投げられるようになったら……また競争だ」 球太は苦笑した。 「競争……か。俺、まだキャッチボールが精一杯だよ」 涼は静かに言った。 「焦るな。お前は冬を耐える練習をしてる。俺は投げてる。どっちも……来年の夏のためだ」 球太は頷いた。胸の奥で、焦りと期待が交錯する。 午後の練習では、球太は内野ノックを受けていた。ファーストの守備は安定し、送球の精度も上がっていた。監督が時々、球太のフォームをチェックする。 「早乙女。右腕の角度がまだ甘い。もっと肘を立てろ」 球太は汗を拭きながら、繰り返し練習した。投げられない悔しさは
十一月に入り、九州大会準決勝で敗退した福丘高校野球部は、基礎メニュー中心の練習に戻っていた。春の甲子園出場校の発表が1月まで待たなければならない今、選手たちは「来年の夏」を見据えながら、日々の鍛錬を続けていた。グラウンドには、秋の冷たい風が吹き抜け、落ち葉が土の上を舞う。練習の合間に、選手たちの吐く息が白く染まる季節になっていた。 朝練はいつも通り、ランニングから始まった。選手たちは黙々と周回を重ねる。篠原涼は軽めのキャッチボールで肩を慣らし、ストレートはまだ140キロ台後半に抑えていた。肩の疲労は完全に抜けきっていない。監督の山田浩二はブルペンの端で腕組みをし、涼のフォームをじっと見つめていた。 「篠原。今日は120球までだ。無理はするな」 涼は静かに頷き、キャッチボールを続けた。球はまだ走っているが、夏の159キロのキレは少し鈍っていた。それでも、涼の目は鋭く、マウンドへの執着を失っていない。 一方、早乙女球太はファーストの守備練習に汗を流していた。右腕の包帯は外れ、軽いキャッチボールは再開できたが、公式戦での投球はまだ許可されていない。監督からは「12月以降に徐々に」との指示が出ていた。球太はグローブをはめ、藍沢拓巳や他の内野手たちとノックを受けていた。 「球太! もっと前!」 藍沢の声が飛ぶ。球太は素早く動き、ゴロをさばいて一塁へ送球。肘に負担をかけないよう、フォームを意識しながら投げる。送球はまだ硬いが、精度は徐々に戻りつつあった。 練習の合間、球太はベンチに座って水を飲んだ。隣に涼がやってきて、静かに言った。 「早乙女。守備、よくなってきたな」 球太は苦笑した。 「投げられない分、守備で取り返してるだけだよ。涼は……肩、どう?」 涼は肩を軽く回した。 「まだ重い。でも、投げられる。来年の夏まで……間に合わせる」 二人は無言でグラウンドを見つめた。チームは
十月下旬。九州大会は準決勝の日に突入した。 福岡市内の市民球場は、九州各地から集まった観客で埋め尽くされていた。福丘高校のスタンドは青と白の応援旗で染まり、太鼓の音が響き渡る。 対戦相手は鹿児島代表の薩摩実業高校。夏の甲子園ではベスト8まで進んだ経験を持ち、投打のバランスが抜群の強豪だ。エースの右腕・黒木は最速154キロのストレートと鋭いフォークを武器に、打線は1番から9番まで切れ目がない。福丘にとっては、九州の頂点に立つための最大の試練となった。 試合開始前、ベンチでスターティングメンバーが発表された。監督の山田浩二が静かに読み上げる。 「先発ピッチャー……佐藤大輔。キャッチャー鈴木健。ファースト……早乙女球太」 選手たちの間に小さなざわめきが起きた。篠原涼の名前が、スタメンにない。ベンチスタートだ。 涼は肩にテーピングを巻いたまま、ベンチの端に座っていた。監督が涼に視線を向ける。 「篠原。ここまでの連戦で肩に疲労が溜まっている。今日は大事を取ってベンチスタートだ。状況次第で上がるが、無理はさせん」 涼は静かに頷いた。表情は変わらないが、肩を軽く押さえる仕草に、疲労の色がにじむ。 球太は右腕のテーピングを軽く押さえながら、監督を見た。監督は球太に言った。 「早乙女。お前はファーストで先発だ。藍沢はベンチ待機。守備は無理をするな。だが……打席では、思い切り振れ」 球太は深く頭を下げた。 「はい。俺……打って、守って、チームを勝たせます」 スタメン発表後、
九州大会準決勝は、あと2日後に迫っていた。福丘高校野球部は準々決勝を快勝し、ベスト4進出を決めたばかり。チームは勢いに乗っていたが、連戦の疲労は確実に蓄積されていた。山田監督は「準決勝まで完全休養日を設ける」と言い、選手たちに自由時間を与えた。グラウンドでの練習は禁止。体を休め、頭をリセットし、次の試合に備えろ、という監督の判断だった。選手たちはそれぞれの時間を過ごすことにした。翔は地元の友達とゲームセンターへ、健は実家に帰って母親の手料理を食べに、大輔は寮で映画を見ながら体を休める。涼は一人でジムに行き、肩のコンディションをチェックしながら軽く筋トレをしていた。球太は、久々に実家に帰ることにした。退院してから約1ヶ月。右腕の包帯はついに外れ、医師から「自由に動かして構わない。ただし、投球はまだ禁止。12月以降に徐々に」との許可が出ていた。右手はまだ完全ではないが、肘を曲げ伸ばし、指を動かす分には痛みはほとんどなくなっていた。握力も少しずつ戻り始めていた。朝、寮の玄関でリュックを背負った球太は、みんなに声をかけられた。「球太、実家か。ゆっくり休めよ」翔が手を振る。健が笑顔で言った。「母親の手料理、食べてこいよ。俺みたいに太るなよ」球太は笑って答えた。「わかった。みんなも……体、休めてくれ。準決勝、絶対勝とう」涼が最後まで見送りに来て、静かに言った。「早乙女。家族に……ちゃんと話せよ。お前の今の気持ちを」球太は頷いた。「ああ。ありがとう、涼」電車に揺られ、約1時間半。球太の実家は福岡市郊外の小さな住宅街にあった。駅から歩いて15分。見慣れた道、懐かしい匂い。実家の門をくぐると、母親が玄関で待っていた。「球太! おかえり!」母親の声が弾む。球太はリュックを下ろし、母親を抱きしめた。右腕がまだ少し痛むが、構わなかった。「ただいま……母さん」父親も仕事から早めに帰ってきていた。リビングで家族3人が揃うのは、夏の大会以来だった