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last update Data de publicação: 2026-08-24 15:59:45

お姫様抱っこで運ばれたのは、最上階のスイートルーム。

とても広く……ロマンティックな部屋だった。

カーテンのない全面窓から、バルセロナの夜景が一望できる。

こんなところに、宿泊してるなんて……一体彼は何者なんだろう。

「あのっ。本当に、大丈夫ですから……下ろしてください」

彼の首筋に縋りながら、私は早口でそう告げた。

「馬鹿……他人のことなら擦り傷一つで涙目になってたくせに」

「だって、血が……」

「だから、自分のことを心配しろって言ってんの」

ソファに下ろされると思いきや、彼は素通りすると、奥にある重厚なドアを開けた。

キングサイズのベッドが目に入り、心臓が激しく波打つ。

「あ、あ、あ、あ、あのっ」

彼の香りが濃くなった気がする。獣のような……。

ドキッとした。

「私、そんなつもりじゃ……」

今更ながらに慌てた私は彼の腕の中で身じろぎした。

彼は、ベッドに膝を乗り上げて、そっと私を仰向けに横たえる。

逃れようとして、頭の中に鋭い痛みを覚え、また私は動けなくなる。

背中がマットにつくと同時に、黒い影が私の上に覆いかぶさる。

(どうしよう……私……このまま……?)

ドキドキが止まらない。

彼の端正な顔が近づいてきて……。

逃げなきゃと思うのに、体が全然動かなかった。

彼の香りが鼻腔を満たし、私はギュッと目を閉じた。

後頭部に、何かが差し込まれる。

「よし」

妙に落ち着いた声。

目を開けると、彼がベッドから片足を下ろしたところだった。

(枕を……調節してくれただけ……!?)

頬が一気に赤らむのを感じる。

(キス……されるのかと思っちゃった…………!)

「じっとしてろ」

彼は厳しい顔でそう言うと、部屋から出ていった。

(まだ……安心できないわ……)

今私はスイートルームのダブルベッドに横たわっている。

逃げなきゃと思うのに、体が緊張で動けない。

やがて、彼がコップを載せたトレイを運んで戻ってきた。

彼はもう一度枕を調節すると、私の口にコップを近づけ、水を飲ませてくれた。

「……ありがとうございます……」

手慣れた様子に爆発しそうだった心臓が落ち着きを取り戻す。

「……悪かったな」

地を這うような低音で言うと、彼は項垂れた。

「俺が誘ったせいで、こんな……迎えに行くべきだった」

彼は申し訳なさそうに顔を歪める。

「今夜はここにいろ。朝になったら部屋まで送ってやる」

心の底から、心配してくれているのがわかる。

私なんかに。

泉の蓋が開いたように……感情が込み上げてくる。

「優しいんですね……」

私はつい、彼の頭に手をのばし、その頭をそっと撫でた。

「……は?」

彼は顔を上げ、心底呆れたような顔で私を見た。

「……っと、なんだ、この手は」

よしよしを続けている私をじっと見つめる。

「……落ち込んでるから……慰めようかと……私なんかのために……」

ポカン、と彼の口が開く。

そして、ふっと笑った。

「……もっと怒ってもいいんだがな。俺にも、あの男にも」

「え……?」

「傷つけられたのに、誰かの傷を気にする……君のような人間は初めてだ」

とくん、と心臓が甘くときめく。

私も初めて……。

そんな事言われたの……。

私は彼の腕を引き寄せた。

「あの……私……」

自分でも……何故そんな態度をとってしまったのかわからない。

でも……彼の手を離せない。

「ごめんなさい。嘘つきました……さっき……下心はない、なんて」

きっとトマトみたいに赤くなった顔で……私は彼をまっすぐに見る。

「……酔ってるな」

くぐもった声。私は首を左右に振った。

「……一杯だけです……」

「薬が……」

「もう抜けてます」

本当は見つめるだけで心臓が破裂しそうだった。でも、ぐっと堪えて瞳で訴える。

引いちゃ駄目だ。そう思った。

「なんて顔だ……」

くぐもった声。

半開きになった私の唇に、生温かいものが触れ、それが、彼の唇だと気づくのに数秒かかった。

「え?」

「え、じゃないだろ」

彼は素早い動きでシャツを脱ぐと、私の上に覆いかぶさってきた。

「あ、あのっ」

私は思わず逃げをうつ。

「おいこら待て」

たちまち両手首を握られて強い力でシーツの上に縫い留められる。

「……瞳が揺れてる……不安なんだな」

彼の目が優しげに細められる。

「……駄目だ。可愛い」

長い夜が始まった。

 

 

朝方3時に目がさめた。

下半身に残る鈍い痛み……。

寝息にハッとして横を見ると、彼は私の隣りで、綺麗な寝顔を晒していた。

 

最高の夜だった。

こんなに丁寧に抱かれたことは一度もない。

目を閉じると、彼の指の動きや、唇の感触……様々な事が脳裏に浮かぶ。

幸せな……甘く切ない数時間。

きっとまた、落ち込む日々はあるだろうけど、その度にこの夜を思い出そう。前を向いて歩いていこう。

背筋を伸ばす。

ゼロだった自信が……満ちていく。

これから少しずつ増やしていこう。

 

寝ている間中、私の頭を支えてくれていた彼の逞しい左腕。

その拳に、私は持っていた絆創膏を貼った。

守ってくれて負った傷。その傷が、とても愛おしくて……。

 

ベッドからおりると衣服を着替え、持っているだけのお金をサイドテーブルにのせた。

彼にもらったものは、プライスレス。

だからこそ、対価を払いたかった。

ゴミ女と言われた私に惜しみなくくれた、優しさと温もりに感謝をこめて。

 

 

日本に帰国すると、私は即アパートを借りた。

有給休暇はあと3週間。会社には達也と直美がいる。

(退職するしかないのだろうか)

一部上場企業とはいえ、リゾート会社の経理を3年という微妙なキャリアだ。転職できたとしても確実に待遇は下がるだろう。

 

(駄目よ。浮気をされた側が、損をするなんて……絶対に)

 

スペインで出会った、名前も知らない彼を思い出す。

彼ならきっと、真正面から問題と立ち向かい、突破してしまうのだろう。

 

(……自信を持たなきゃ。たとえ嘘でも)

 

背筋を伸ばした瞬間、

 

「うっ」

 

吐き気がした。

トイレに駆け込みすっきりした後、もしや、という疑惑が頭をよぎり……。

 

訪れた産婦人科で妊娠を告げられた。

 

(彼の子だ……)

 

名前も知らない、彫刻のように美しい男の顔と、その声が、頭の中をぐるぐると回り始めた。

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