Mag-log in生理予定日の前日。高校教師として働く私、伊藤栞(いとう しおり)は、婚約者で同僚でもある森山裕紀(もりやま ひろき)のスマホをふと目にしたとき、メモ帳アプリの画面にこんな一文が表示されているのを見つけた。 【明日は予定日。あらかじめバッグにナプキンと鎮痛剤を入れておくこと】 なんて気が利く人なんだろう。裕紀のさりげない優しさに触れて、思わず頬が緩んだ。 ところが翌日。下腹部を重い痛みが襲い、顔面蒼白で自分のバッグを探ったものの、そこには何も入っていなかった。 経血はスカートを赤黒く染め、教室では生徒たちに後ろ姿を指差されてクスクス笑われる始末。 きっと、裕紀は忙しくて入れ忘れただけ。そう思っていたのに―― 新しく赴任してきた教育実習生、望月あかり(もちづき あかり)のSNS投稿を見て、すっと血の気が引いた。 【働き始めて早々、神みたいな指導教官に当たっちゃった!な、なんと、私のためにナプキンと痛み止めを用意してくれたの!おかげで今回の生理はぜんぜん辛くないよー♡】 添えられていた写真は、一錠の鎮痛剤とナプキン、そして温かいジンジャーティーが入ったタンブラー。 写真に写っていた薬は、重い生理痛に悩む私が常に家にストックしているもの。ナプキンだって、肌が弱い私でもかぶれない、決まったメーカーの製品だった。 スマホの画面を閉じ、左手の薬指で光る婚約指輪をしばらく見つめる。 やがてゆっくりと立ち上がると、私は校長室へ向かい、海外の教育研修プログラムへの参加を申し出た。 付き合って7年。裕紀は、結局一度も私の生理周期を覚えてはくれなかった。 ――でも、もう大丈夫。これからは、覚えてもらう必要なんてないから。
view more決勝の当日。私は仕立ての良いスーツに身を包み、自信を持ってステージの中央に立った。堂々とこれまでの成果を披露していく。私が提案した授業は活気に満ちており、アプローチも独創的だと、審査員と観客の双方から高い評価を得た。そして、審査員から「最優秀賞」として私の名前が読み上げられた瞬間、熱い涙がワッと込み上げてきた。この一年以上の血の滲むような努力が、ようやく報われたのだ。客席に目を向けると、辰海が私に向かって微笑んでいた。その眼差しは、まるで自分のことのように誇らしげで、どこまでも優しかった。大会を終えた後、私は研修先の学校から思いがけない推薦状を受け取った。なんと、現地の最難関校で教鞭を執らないかという破格のオファーだったのだ。それと同時に、私の実績を聞きつけた国内の複数の名門校からも、「帰国してうちの学校に来てほしい」という熱烈なスカウトが舞い込んできた。これにはずいぶんと頭を悩ませた。海外の恵まれた教育環境とキャリアアップのチャンスを取るか、それとも住み慣れた国内へ戻るか。私が決めかねているのを見抜いた辰海は、優しくこう言ってくれた。「栞がどんな道を選んでも、僕は全力で応援するよ。もし帰国するなら、僕も一緒に帰る。ここに残るなら、僕もずっとここで栞のそばにいるから」その真っ直ぐで誠実な言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。じっくりと考え抜いた末、私は帰国する道を選んだ。海外の環境は素晴らしいけれど、やはり自分の基盤は国内にある。それに……かつて私を蔑み、傷つけた人たちに、今の私がどれほど変わったか、どれほどの成果を手にしたのかを、胸を張って見せつけたいという思いもあった。研修プログラムの最終日。荷造りを終えた私は、辰海と共に帰国の途に就く飛行機へ乗り込んだ。機体がふわりと滑走路を蹴り上げて宙に浮いた瞬間、窓の外に広がる青空と白い雲を見つめながら、私の胸はこれからの未来への期待で満ち溢れていた。国内へ戻れば、また新しい環境と様々な課題が待ち受けているだろう。でも、今の私にもう恐れはない。私には辰海という最高のパートナーがいて、何より、自分自身で勝ち取った揺るぎない自信があるのだから。国内に戻ると、元の勤務先の学校から熱烈な歓迎を受けた。なんと校長自らが空港まで出迎えてくれ、わざわざ私のために歓迎
「よくもぶとうとしたわね!このままタダで済むと思わないでよ!」あかりはバッグからスマホを引ったくるように取り出し、画面を裕紀に突きつけた。「私とのツーショットも、偽造を頼んできた時のメッセージ履歴も、全部証拠として残ってるんだからね!これをネットにばら撒かれたら、もう二度と教師なんかできなくなるわよ!」裕紀の顔色が一瞬にして土気色に変わった。彼は慌てて泥だらけのまま這い上がり、あかりのスマホを奪い取ろうと飛びかかった。「ふざけるな!そんなことしてみろ、絶対にお前を許さないぞ!」ついに二人は掴み合いの取っ組み合いを始めた。互いの服を引きちぎらんばかりに引っ張り合い、口汚い言葉で罵り合う。その姿は、あまりにも醜く滑稽だった。周囲の野次馬たちは面白半分にスマホを構え、二人の醜態をパシャパシャと撮影し始めている。私たちは少し離れた場所から、その騒ぎを静かに見下ろしていた。隣に立つ辰海と顔を見合わせる。私の心には、もはや彼らに対する同情の欠片すら残っていなかった。すべては自業自得だ。あの二人は、自分たちの浅ましい欲望と嘘で、自らの人生を根元から腐らせてしまったのだから。やがて、遠くからパトカーのサイレンが鳴り響いてきた。誰かが通報したのだろう。駆けつけた警察官によって、裕紀とあかりは二人揃ってパトカーへと押し込まれた。公共の場での乱闘騒ぎと迷惑行為で連行されていったのだ。その後、風の噂で聞いた話によれば、あかりは本当に証拠の画像や動画をネット上にばら撒いたらしい。裕紀の悪事はあっという間に拡散されて大炎上し、事態を重く見た国内の勤務校は、すぐさま裕紀を懲戒免職処分にしたという。もちろん、あかりもただでは済まなかった。招待状の偽造や私に対する名誉毀損が明るみに出たことで、教育業界から完全に追放されただけでなく、法的な裁きを受けることになった。職も名誉もすべて失った裕紀は、親戚や友人からも白い目で見られ、裕紀の両親も心労のあまり倒れて入院してしまったそうだ。追い詰められた裕紀は、またしても私にすがりつこうと連絡を試みたようだが、あらゆる連絡手段を遮断されている今、私の元へその声が届くはずもなかった。それらすべての顛末を知った日。辰海は私の手をそっと握り、優しく微笑みかけてくれた。「もう、全部終わったね。これからは
――裕紀だった。よれよれのカジュアルな服に身を包み、髪はボサボサ。頬はこけ、目は落ち窪んでいる。かつて学校で「エリート教師」として自信に満ち溢れていたあの姿は、もう見る影もなかった。彼も私に気づいたようだ。死んだ魚のようだった瞳にパッと異様な光が宿り、周りの目も気にせず、ズカズカとこちらのテーブルへ近づいてきた。「栞!やっと見つけた、本当に栞なんだな!」裕紀の声は酷く掠れており、その顔には狂気じみた歓喜と、押し付けがましい後悔が入り混じっていた。「お前を探すために、ずっと……ずっと待ってたんだ。やっと会えた!」私は不快感に眉をひそめ、無意識のうちに辰海のほうへ体を寄せていた。すると、辰海は私の手を下からそっと、けれど力強く握りしめてくれた。そして、私を庇うように裕紀の前に立ち塞がると、穏やかだが氷のように冷たい声で告げた。「森山さんですね。何かご用でしょうか? 申し訳ありませんが、栞は今、僕の恋人です。これ以上、彼女に付き纏うのはやめていただきたい」裕紀の顔から、一瞬にしてスッと血の気が引いた。彼は信じられないというように私を見つめ、それから辰海が私を庇うように握っている手へと視線を落とした。その瞳には、かつてないほどの苦痛と深い悔恨が入り混じっていた。「恋人……? 嘘だろ、栞。お前、本当に俺を見捨てるのか? 悪かった、俺が全部悪かった!だから、もう一度だけチャンスをくれないか!」裕紀は必死に身を乗り出し、すがるような声を張り上げた。「あかりとはもう完全に縁を切ったんだ! あいつはただの嘘つきだった、俺は騙されてたんだよ! 今になってやっと分かったんだ、俺が本当に愛しているのは……お前だけだって!」どれほど必死に後悔を口にされても、私の心は湖面のように静まり返ったままだった。私は辰海に握られていた手をそっと抜き、裕紀を真っ直ぐに見据えて、淡々とした声で告げた。「裕紀。私、もうあなたを愛してないの。過去のことはもう二度と思い出したくない。だから、お願い。もう二度と私の人生に関わらないで」裕紀がなおも何かを言おうと口を開きかけた瞬間、辰海が一歩前に出て、私の視界から彼を完全に遮った。「森山さん、いい加減にしてください。これ以上しつこくするなら、本当に警察を呼びますよ」辰海の底冷えのする声と、
裕紀はポカンと口を開け、信じられないという顔をした。「偽造?違います、そんなはずはありません!これは、あかりが俺のために用意してくれたもので……」あかりの顔からスッと血の気が引いた。彼女は慌てふためき、必死で弁解を始める。「ち、違います、私じゃないです!私はただ森山先生のために手続きのやり方を聞いただけです。まさか偽造だなんて、本当に知らなかったんです!」途端に、二人は見苦しく責任をなすりつけ合い始めた。さっきまでの仲睦まじい恋人ごっこはどこへやら、醜い保身の言い争いを見下ろしながら、私は口角を上げて冷たく笑った。あかりが何か厄介事を起こすかもしれないと踏んでいた私は、事前に校長に「部外者の招待状に不審な点がないか確認してほしい」と耳打ちしておいたのだ。まさか本当に文書偽造にまで手を染めているとは、彼女の愚かさは私の想像以上だった。結局、裕紀は警備員に取り囲まれて事務室へ連行され、さらに現地の警察から事情聴取を受けることになった。あかりもまた文書偽造への関与を厳しく問われ、滞在先の学校へ通報されたことで、教育実習生の資格そのものを一発で取り消される処分が下った。警備員に連れられていく二人の惨めな背中を見送りながら、私はようやく胸を撫で下ろした。だが、これで終わりではない。これはまだ始まりにすぎない。あの二人が私から奪い、踏みにじったものの代償は、これから少しずつ、確実に支払わせてやるつもりだ。……その後、裕紀は警察の取り調べを受け、公文書偽造の罪で重い罰金を科せられた上に入国制限リストに登録され、強制的に帰国させられた。教育実習生という身分を剥奪されたあかりも、逃げるように帰国したらしい。彼女が空港から飛び立つ直前、SNSには「責任逃ればかりの最低な男」と、すべての罪を裕紀になすりつけるような恨み言が書き込まれていた。あの二人のくだらない茶番が綺麗に片付いたおかげで、私はようやく心置きなく研修に打ち込むことができるようになった。この半年間、私はスポンジが水を吸うように、すべてを吸収するつもりで懸命に学んだ。現地の先進的な教育実践に積極的に参加し、自分自身の指導スキルを飛躍的に向上させただけでなく、ついには研修プログラムの「優秀研修生」の表彰を受けるまでに至ったのだ。そんなある日のこと。研修の一環で、現地のモデル