LOGINタイミング
いつの間にか寝てしまっていた。私はムクリと起き上がると、昨日お風呂に入ってない事に気付く。気を張っていたのと、お酒がまわっていたので疲れたのかしら。 この事がお父様に気付かれたら、|また《・・》怒られる。私も一応令嬢だから、そういう所はきちんとしなさいと叱られた所で、今日だ。まぁ自室にも簡易的なお風呂があるのだからいいのだけど…… 私には専属のメイドがいる。いつも私の生活や体調管理をしてくれているルビー。私とルビーは年が近い。今年30になった私の二つ上になる。 昔は優しかったのに、婚期を逃してしまった私に対してお父様と同じように性格の改善を要求し始めたのだ。私は自分の性格を好んでいるし、男性の為に変えるつもりもないから、大変。 令嬢の中で、年が近い子達は皆結婚している。タイミングを逃した私を心配しているようで、色々な縁談が来るようになった。 何度も何度も逃げ続けている私に対し、怒ったのはルビーとお父様。正直、お父様は怒りを通り越して呆れているようだが、ルビーは辛抱強く、叱ってくれている。 (まぁ……私が悪いんだけどね) そんな事を考えてもキリがない事くらい、私だって理解している。過去は戻ってこないのだから、今の現状でどう動くかが重要。 「んー」 考える事に疲れた私は、両手を上にあげ、背伸びをする。そしてまだ誰も起きていない時間帯なのをいい事に、お風呂に入る支度をした。 1アップ お風呂のドアを開けると、水が張られている事に気付いた。そしてそこには一枚のメモが貼られている。私はネグリジェを脱ぎ、そのメモへと手を伸ばした。 <いつでも入浴出来るように水を張っています。後は自分で調整してください> 筆跡を見るとルビーの字だ。私は見抜かれていた事に、肩を落としため息を吐く。最後に小さな文字で、書かれていた言葉を見つめながら── <隠そうとしても無駄ですからね> 綺麗な文字でそう書かれていた。ああ、また怒られる……まぁ、昨日時点で気づかれても仕方ないか、と割り切ると、水だけ張られている浴槽に近づいた。 私は右手でどれくらいの冷たさか確認すると、そのまま水を浸透させていく。 「今日はいつも以上に冷たいわね。まるでルビーの怒りのよう」 ポツリと呟くとその表情が頭の中で浮かんできた。私はくすっ、と笑うと浸していた手を抜き、代わりに左手で波紋に合わせながら魔法を発動する。 「ルーツ」 私の言葉に反応するように、コポコポと水の温度が上昇していく。今日は熱めに入りたいから、意識を集中させて、っと。数秒の間で自分の期待通りの温度になった事を確認し、体を沈めていった。 「ふぅ」 本来なら令嬢は「魔法」を使う事が出来ない。しかし私の場合は違った。祖母の血が原因のようだ。まだ祖母が生きている時に試しで「お前もやってごらん」と言われ、見よう見真似でしてみると出来てしまったの。 普段はルビーが温度管理してくれて入っているんだけど、何せこんな事が多いから、スパイスの一環として、使用しているようなもの。 「気持ちいい。温度もベストね」 さっきまで入浴する事に対して後ろ向きだったが、入るとやはり癒される。この時間も私の中で心と体を癒す大切なひとときなのだ。 2アップ あまりにも気持ちよくて長湯をしてしまった。少しのぼせたようだ。私は髪を乾かしながら、微睡んでいる。 「本当に、便利ね」 両手で長い髪を挟みながら、空気の流れを変換していく。すると風は微力だが温度を一定に保ちながら、テキパキと髪を乾かし続けた。 (これくらいでいいかしら。喉が渇いてきたわ) 魔法を使う事には慣れているのだが、何せのぼせと喉の渇きが酷い。以前から感じていたけど、魔法の副作用なのかもしれないと思う。祖母にも人によって副作用の出方が違うとも教わっていたから、これがそうなんじゃないかと考えているの。 ──コンコン 「入っていいわよ」 「失礼します「お嬢様」」 ガチャリとドアが開き、ルビーが入ってきた。タイミングがいい事、そう思いながらも、決して口には出さない。ここで何か言ったら反論されるのが見えているから。 「喉が渇いたでしょう? 飲み物をお持ちしました」 「……ありがとう」 私の目の前にグラスが置かれる。私は待っていましたとばかりにグラスに手を伸ばした。唇をつけようとすると、ルビーの視線を感じた。 「昨日はごめんなさいね」 「いつもの事ですから慣れています」 「あら、そう」 コクンと水を流し込み、喉を潤していく。全身に浸透していく感覚に酔いしれながら、ゆっくりと飲んでいた。 「ダンス会場で何かありましたか?」 唐突に聞いてくるルビーに視線を注がせながら、グラスを置いた。私は何も言うつもりはなかったが、軽くリオンの事を告げる。 するとルビーは驚いたように目を見開いた。今までの私とは明らかに何かが違ったのだろうか。自分ではその変化に気付いていないのだけど、ルビーには一目瞭然だったよう。 「物好きもいるのですね。よかったじゃないですか」 「物好きって何よ」 「リオン様、と言うとクベルト伯爵のご子息ですね。まだ若いのに、なんと言うか……」 困った笑みを浮かべながらそう言うルビーの表情は少し安心しているようだった。 3アップ 「クベルト伯爵のご子息なのね」 「はい、そうですよ。奇抜な髪色の方ですね、社交界では有名です」 「……知らなかった」 「「お嬢様」は興味を持たないと話を流す癖がありますからね。以前わたくしがお伝えしたのですが、覚えていないでしょう?」 どうせ、と心の声が聞こえてきた気がした。私は言い返す言葉が見つからず、話を逸らそうとする。 「そういえば以前から思っていたのだけど、その「お嬢様」ってやめてもらえないかしら?」 「……何故です?」 「私、今年で30よ?」 「それが、何か?」 キョトンと首を傾げるルビーを見ていると、この年齢でお嬢様はないでしょう、と言ってやりたくなる。それに私とルビーの付き合いは長い。お父様の目がある訳でもないし、もう少しフランクに関わりたいのが本音だもの。 「では「シャデリーゼ様」がよろしいのですか?」 「それも嫌ね」 「では何とお呼びになればよろしいのですか?」 「呼び捨てでいいわ。私とルビーの仲じゃない」 「それは難しいですね。私と「お嬢様」は立場が違いますから」 ガクッと肩を落としながら、ジトーとした目でルビーを見つめる。しかしルビーは表情を崩す事なく「メイド」として仕事を全うしようとしている。 「はぁ……もういいわよ」 「そうですか「お嬢様」」 今まで提案をする事を躊躇っていたのに、勇気を出して伝えると簡単に玉砕された。元々真面目だから、仕方ないのかもしれない。3スウィブル ソッと触れた手から温もりが広がっていく。リオンとの関係性とはまた違った新鮮さを感じた。だけど、きっとこの予感は心の中から消してしまわないといけない。自分が苦しむ結果になると予感してる。 「ここまでくれば大丈夫でしょう」 口調が元に戻っている事に気が付いた。私はクロウを見つめると、悪戯な笑みでウィンクをする。二人の内緒だと言うサインでもあるようだ。どうにか察する事が出来た私は、ソッと手を離し、いつものシャデリーゼに戻った。 「それではご案内しますね、|シャデリーゼ《・・・・・・》様」 「はい」 私はここから歩いていく。勿論リオンの元へと満面の笑みで向き合う為に、だ。令嬢として、一人の女として歩いていく決意は出来ている。リオンの傍にミシャがいようと、そんな事なんて関係がなかった。 歩いていくと、皆様が待っていると言う部屋についた。緊張しながらもコンコンとノックをし、ドアを開ける。私がクロウと一緒に現れる事により、周りの視線が少し気になるけど、ここはひるんではいけない。 「──失礼します」 私の背中には見守るようにクロウがいる。私は真っすぐな瞳でリオンを見つめた。その横にはクベルト伯爵が驚いた表情でこちらを見ている。 「遅れて申し訳ありません」 私が一言添えると、我に返ったクベルト伯爵はいつもの表情を取り戻し、笑みで迎えてくれる。リオンは少し表情が曇っている様子だが、今の私には関係ない。視線を動かしてミシャがいるのか確認したのだが、そこに彼女はいなかった。 少し気が抜けそうになるが、まだ予断は許されない。もしかしたら遅れてくるかもしれないからだ。クロウが親戚なのだから、ミシャも来るに決まっている。私はそう判断していた。 彼女を見ていて分かる。リオンに対して愛情よりも恐ろしいものを抱いているのが。執着心に近い
運命 二人の令嬢が交わる時、本当の運命が動き出す。一人は光の力を扱う者、もう一人は闇の力に支配される者。全ては繋がっていないように見えて、繋がっているのだ。 「おとう……さま」 「……」 「お父様!!」 考え事をしていたグール伯爵を現実へと引き出したのはシャデリーゼだった。ずっと何度も何度も呼ばれていた事に気が付かない程、過去の忌々しい思い出に支配されていたのだろう。 しかし何も知らないシャデリーゼからしたら、いつものグール伯爵と様子が違う事でかなり心配をしている。ハッと我に返ったグール伯爵は、何事もなかったように口を開いた。 「シャデリーゼ、来ていたのか」 「やっと気がつきましたか? 顔色が悪いですわ」 この純粋な瞳を守る為に、今まで生きてきた。あんな過去の事を今になって思い出すとは……|その瞬間《とき》が近いのかもしれないとグール伯爵は悟る。 「体調が悪いのですか? そうなら無理はいけませんわ」 「大丈夫だ、考え事をしていただけさ」 「あんな長時間ですか?」 何かを隠しているグール伯爵に疑いのまなざしを向けるシャデリーゼ。いつもの彼女ならきっと「お父様」の言葉を鵜呑みにしていたのかもしれない。しかし彼女は直観力に優れている部分がある、何かが起こりそうな感覚がすると、グール伯爵に忠告をするのだ。 「とりあえず横になってください。お母さまを呼んできますわ」 「……すまない」 一度言い出したら聞かないのを知っているグール伯爵は、安心したかのように苦笑いをして提案を受け入れる。じゃじゃ馬で女らしくない娘、だが本当は誰よりも真っすぐで純粋なのだから。 そこには愛がある── 香るのは不思議な匂い 私の心をかき乱そうとする匂い 嫌な感覚の中でも自分の道を守るしかない その先に何があるのかは誰にも分かる事などないだろう お父様の様子が変だった。何度呼んでも抜け殻のようで、何かに魂を取られ
6スイング 花の香りが部屋中に充満している。その中で『お香』と言う異国のもので匂いを漂わせているらしい。炎を灯す事で煙と共に香りが出るような仕組みになっている。 私はこの匂いがあまり好きではない。その香りを纏っている一人の女を連想させてしまうからだ。だから一端、別の場所で民を装う服装に着替えて、あの部屋へと向かう。 表の道はおもおもの店で成り立っている。そこには私達が口にするものとは見た目も匂いも違う食べ物が並べられている。最初の頃は物珍しさに購入して食してみたが、私には合わなかった。 その部屋があるのは黒い建物で作られた裏路地にある店だ。独特の雰囲気の中で存在を醸し出している。普通の店でないのは分かり切っていた事だった。 私の配下の者達が調べてくれたおかげでこの店に辿り着く事が出来たのだ。 ザッ── 慣れていない靴を履いているせいか、どうも歩きにくく感じる。足が少し重いような感覚の中で店の内部へと踏み入れた。 「いらっしゃいませ」 この国とは思えない程の異空間の中に迷い込んだようだった。異国の地の生地を初めて見た。何重にも羽織っているような着こなしに、目を奪われてしまいそうだった。 「ブルーの瞳の方がこの店に来るのなんて珍しいですわ。さぁさぁ、部屋の方へ」 「……ああ」 黒い着物と呼ばれる羽織を着た女性が先頭に立ち、道案内を始めた。外観からしたらシンプルな作りのように見えたのだが、色々な仕掛けがある。急に武器が飛んできたりとか、こんな屋敷は初体験だ。 「この屋敷の造りは……」 「カラクリと呼ばれています。この店に来る方は簡単に超える事が出来るかと……貴方様も軽やかに避けているじゃありませんか」 「……」 「ふふっ」 無表情で女の話を聞く事しか出来ない。自分から言葉を発してしまうとボロが出そうになる。武器が飛び交う中で冷静に判断するのは、いくら私とて、難しいもの。 「無言を貫く……それも一つの選択肢でしょう」 意味
3スイング 「クベルト貴様!!」 十人の兵士に囲まれているクベルトと父親。二人が逃げれないように円陣を組まれてしまっている。 「お久しぶりですね……クレイ伯爵」 ドアの向こうからゆっくりと近づいてくる人影と声。兵士はその人物が通れるように間を開け、敬礼する。 「グール・リベスタ!!」 「閣下の名前を呼び捨てにするなどど、愚弄だ」 一人の兵士が怒号を鳴らすのをクスクスと笑いながら、いいのだよ、と諭した。兵士の横をスッと通り、二人との距離を詰めていく。クベルトは自信を持ち、凛としたリベスタの横顔を見つめる。自分とは違う世界で生きている人間。妬ましくもあり、羨ましくもあり、そして美しく感じた。 それがクベルトとグールの出会いだったのだ── ガシャンと机を叩くクレイ伯爵、その姿はあまりに哀れだった。リベスタがここにいると言う事は、違法取引の密売に気付かれたとしか思えなかったクレイ伯爵は、自分の息子の裏切りを知る事になった。 「私が|ここ《・・》に来た意味が理解出来ていますよね?」 二人の間を割るように、大量の資料を机の上にばらまき、目を通すようにと命令する。『お願い』ではなくあくまで『命令』なのだ。国家権力を使っているから逃げる事は出来ない。 クレイ伯爵に冷静な眼差しを向けていたかと思うと、思い出したかのようにクベルトの方へ向き、困ったように笑みを見せた。 「クベルト様も確認していただけますか?」 「は……い」 こんな大物に話をかけられるなんて考えもなかったクベルトは自分が大きな物事を動かしてしまった事実を回らない頭で受け入れようとした。自分が望んだ事なのだ、こうでもしないと自分の運命も立場も変化はない、と言い聞かせながら……
ミシャの心 ねぇ、あの時の事覚えてる?── あたしは貴方の事が大嫌いだった。理由はどんくさいから。いつもあたしの後ろを追いかけてきては、転ぶの繰り返しで、何度振り返って、駆け寄ったか消してしまいたいくらい、心の中に想い出として残っている。 『嫌い』は『好き』の反対でありイコールなの。 いつの間にかそんな貴方の事を可愛いと感じるようになった。男の子らしくない貴方と触れ合う度に、優しさが満ちていく感覚がした。 心が満たされるって言うのかな? あたしより年上の貴方の名前は『リオン』 年齢を重ねれば、重ねる程、彼は大人になり、たくましくもあり美しい男性へと変貌を遂げていく。あたしは昔と何も変わらない、悪く言えば変化がないのかもしれない。人の見方によれば『安心』に結び付くものかもしれない。 他の女性の影なんて、見えなかった。特別はあたしだけ。他の女性はあたしの立場を超える事なんてないと過信していた……今、考えると幼稚な考え方だったのかもしれない。 今のあたしはクロウの膝の上で眠っている。暴走なんてしたくなかった。迷惑かけたくなかったのに、どうしても止めれなかった。クロウはこんな情けないあたしでさえも受け入れてくれる人。私とは血が繋がっていない事も、幼少の頃、お父様とお母様の話を盗み聞きしていたあたしは、その事実を聞いて、泣きそうになったのを覚えている。 「……あたしは一人ぼっち」 両親もあたしと血の繋がりがない、身近な存在であたしの心を守ってくれているクロウでさえ、他人なのだから、ショックが隠せなかった。一人だけの空間に置き去りにされた感じに、絶望を感じてしまった。 「もう期待なんてしない」 そう決めていたはずなのに、リオンの存在があたしの心を癒したの。だから、もう一度『信じて』もいいかもしれないと、淡い気持ちを抱いていた。 あたしはクロウ
4シェイプ リオンの部屋で穏やかな時間を過ごす私達。この満たされた空間を邪魔する人なんて誰もいない。見つめ合う私達はゆっくりと微笑み合う。この世界に二人しかいないようにーー リオンの手が私の頬に触れようと手を伸ばしてくるーーひんやりとした感触を確かめるように瞳を揺らした。 彼の瞳は真剣な光を灯しながら訴えかけてくる。リオンが何を望み、語りかけているのかを理解した私は受け入れるように頷く。 「……分かっているわ」 覚悟は出来ている。男性の部屋に入る事の意味を理解している私は高鳴る心臓の音を抑えながら目を瞑った。 余裕があるように見えたリオンはただポーカーフェイスを演じているだけ。余裕があるように見えるが、全くない。感情が突き走って体がついていかない。早る気持ちを緩ませながら、私の唇へキスを落とした。 「……ん」 最初は壊れないように優しく、啄むようにキスをする。私の反応を確かめるように、次第に深く深く絡めていった。どこにも行き場のない熱をお互いの体温へ送りながら、息が高まっていく。 「はぁ……ん」 勝手に出てしまう声を止める術はなかった。私はその甘さに理性を壊され、自分を保つ事に必死になっている。これ以上されると壊れてしまうだろう。覚悟を決めていたはずなのに、経験した事のない感覚は知らない自分を見せようとしている。怖くなってしまった私は後ろへ逃げようとすると、リオンは私の後頭部に手を添え、逃さない。 私達は「恋人」と言う立場を捨て「婚約者」へとなった。 5シェイプ リオンが自分以外の女性を愛する所なんて見たくない、想像もしたくない。私の隣にはいつもリオンがいて、その横で笑っている自分がいて……クロウとクベルト伯爵は見守ってくれる。それがミシャの願いであり、夢だった。 リオンの顔が見たく鳴ったミシャはルンルン気分で彼の部屋へ行った。急に現れた自分の姿を見て、どんな表情をするのか、喜んでくれるのかドキドキしながらドアの隙間から様子を見ていた。 「……は?」 彼女の視界が捉えたのはリオンとダンスをしていた相手、あの時の女性がいた。どうして彼の部屋にいるのか分からない。二人は見せつけるように唇を重ねていく。見たくない現実を受け止める事が出来ないようだった。 「何よ……あれ」 隠れて見ている事も忘れて、静かに呆然と立ち尽くしている。その様子に