第二幕
──お嬢様 その言い方がなんだか含みもあって、そこでもカチンときそうになった。それでも|ここ《・・》はダンス会場なのだから、罵声を浴びせる訳にもいかず、堪えてしまう。 リオンはそんな私をよそに、サッと手を伸ばした。ふんわりと私の手に重なるとふふっ、と微笑みを漏らす彼を見て、なんて悪魔かしらと思ってしまう程、ある意味似合っている。 「どうしました? お嬢様」 「……その「お嬢様」って止めてくれない?」 「どうしてですか?」 私達は手を合わせ、体を寄せ合いながらステップを踏む。正直ダンスが得意ではなかった。しかし日頃の練習の成果もあり、ここまで踊れるようになった。 以前の私ならリオンの言葉に返答なんて出来なかっただろう。 (練習してよかったわ……) 私達がステップを踏めば踏む程、ドレスが揺れている。まるで見えない力に引き寄せられるかのように、雰囲気と空間に身を任せていく。 世界にどっぷりと浸かる、その言葉が一番似合うのかもしれない。 「私は「お嬢様」なんかじゃないわ、名前があるのですから」 「それはそれは」 「貴方からかってる?」 「そんな事ありませんよ?」 私とリオンの視線がバチッと合う。彼はニッコリと微笑み、一方私は苦笑いしか出来ない。 「そんな顔していると楽しめるものも、楽しめませんよ?」 顔と顔が近すぎて、彼の吐息が私の耳を掠める。 ──ドクン。 最初から正直印象が良くないリオン。なのにそんな彼の不意打ちに反応してしまう自分がいて戸惑う。 「っつ……」 なんだか悔しくて、恥ずかしいと思った瞬間だった。 第三幕 「恥じらう姿も可愛らしいですね」 「は?」 「そんな言葉使いはよくありませんよ?」 隠したくても隠す事が出来ない感情の色。顔に出てしまった事を後悔しながらも、彼の姿をチラッと確認する。奇抜な髪色だけど、凄く綺麗な子。見た感じ私よりも年下なのは明白だ。 彼の言う通り「楽しむ」のが一番なのかもしれないと思い、今までの彼の言動をなかったモノのように割り切る。それがいい。きっと…… そう思いながらも、少し気が抜けてしまったのだろうか。私は少しよろけてしまいそうになる。 「気を抜いてはいけませんよ」 そう呟きながら、よろけそうになった私の身体をサポートし、元の体制に戻す彼。私は咄嗟に「ありがとう」とは違う言葉を口走ってしまう。 「抜いてないわ」 「くすくす。強情ですね……それもまたいい」 「……なんなのよ、もう」 リオンの耳に入らないように独り言を呟きながらも、彼のペースになっている事に気付く。ダンスも主導権も。 私の方が年上なのに、どうしてこんなに翻弄されてしまうのか、自分でも分からなかった。 「僕がエスコートしているので、大丈夫ですよ」 「……ええ」 不服だが、彼のエスコートのおかげで助かっているのは事実だから、否定しようがない。切り替えようと思っていたのに、上手くいかない。 リオンはチラリと周囲を確認しながら、私に話しかけてきた。 「皆さんダンスを心から楽しんでいます。だからシャデリーゼ様も」 先ほどとは違うふんわりとした優しい表情で諭された気がした。彼の言動から行動からダンスを愛している事が分かる。 私は自分の都合や感情で動いていたのかもしれない。少しシュンとしてしまったけど、輝くシャンデリアの光を浴びながら自然の流れに身を任せる事にした。 「楽しみましょう。リオン様」 大人にならないといけないと感じたのと、ダンスを心から愛する人達への謝罪も込めて吐いた言葉だった。 第四幕 「なんなのよ、あれは……」 私とリオンが楽しそうに踊っている姿を見つめる一人の女がいる。ギリッと歯を食いしばりながら、睨んでいた。 女は幼さが残りながらも美しい外見をしている。大きなブルーの瞳、品やかな金色の髪、そして淡いピンクのドレスを身に纏っている。 周囲の男性達の目線は女に釘付けだ。誰かが動く前に自分がダンス相手に立候補したいと思っている人もいるだろう。 「どうした? ミシャ」 女の背後からスッと体を守るように声をかけてきた男はこのダンス会場でも有名なクロウだ。有名な資産家の息子で時々現れては、女性達の争いが起こってしまうらしい。 「どうもこうもないわ。あれを見て」 ミシャはスッと私とリオンを指さすと、クロウの視線も彼女の指先を追いながら、視線を移していく。クロウは私達の光景を見つめながら、愉快そうに笑った。 「リオンの奴もすみにおけないな」 「……」 ミシャは違う言葉を期待していたのだろう。しかしクロウから出た言葉は悪意のあるものではなかった。基本サッパリしているクロウの性格を理解しているミシャだが、自分の味方になってくれると思っていたのだろう。 「どうした?」 ミシャの様子に気付いたのか、心配そうに声をかけるクロウ。彼は背後から彼女の真ん前に移動し、ミシャと同じ目線にする為に屈んだ。 「どうしたも何もないわよ……」 「はっきり言わないと分からないぞ?」 「私以外の女と踊っているリアンなんて見たくない」 その言葉を聞いたクロウは困ったようにミシャの髪を撫でた。 「ここはダンス会場だぞ? リオンだって他の女性とダンスをするだろう」 「……今まで断ってた」 小声で呟くミシャの声はクロウには届いていない。 「え?」 「だから!! リオンは今までダンスを断ってきたのよ。私以外の女は誰一人選ばなかったのに」 クロウはミシャの機嫌をどうにか直すように考えながらも、彼女の真っ赤になっている瞳から零れる雫を指で拭った。 「泣くな。お前のそんな顔を見る為にここに来たんじゃない」 「だったら……」 クルリと彼女に背を向け、私達を確認すると、振り返った。 「何処の令嬢か分からないが。今回は諦めなさい」 まるで父親が幼子に言うように甘い口調。その中にも厳しさはあるだろうが。どちらかと言うと砂糖のように甘かった。 「……」第五幕 自分のペースで進みたいのに、リオンがそれを許さない。正直彼の事なんてどうでもよかった。どうせ目立ちたいだけ、そう思って変な目で見てただけだった。 ──それなのに。 私の身体をしっかりサポートしながら、余裕のある笑みで私を見つめるリオン。その視線が熱くて、痛くて、頬が赤くなってしまいそうになる。 視線から逃れようにも、密着度が高すぎだ。変なプライドで先ほどのように体制を崩してリオンに迷惑をかけるのも嫌だ。本来なら主導権を握るのは私なはずだった。 エスコートをされる前に自分が優位に立つ事で、安心をしていた部分もある。リオンはどうだか分からないけれど、他の男性からすると、私みたいなタイプはめんどくさいと思う。 突き放す事で、どうにか回避出来ると思ってたのが甘すぎたのかもしれない。 「何を考えているのです?」 「へ?」 「顔に出ていますよ?」 「は、はあ?」 「先ほど「楽しむ」と言った言葉は偽りだったのでしょうか」 私が他事を考えている事に気付いていたリオンは|わざと《・・・》落胆したように演技をし始めた。彼からしたら、私の反応を見る為にしただけのようだったが、そんな事に気付く事が出来ない私は、内心「マズイ」焦り始める。 「楽しんでいるわ」 「本当ですか?」 「勿論よ。じゃなくとダンスに対して失礼でしょう?」 「そうですよね。シャデリーゼ様のような素敵な方がダンスを冒涜するような真似しませんよね……僕の勘違いだったのかもしれません」 ──うっ……。 真っ直ぐ向けてくる言葉には悪意があるように感じて、ない。純粋に思っている事を口にしているだけみたいだ。私はリオンの様子を伺いながら、余計な事を考えるのはやめようと心に誓った瞬間だった。 第六幕 今までロクに殿方と踊った経験のない私は二曲目で疲れてきた。リオンの手から逃げようと何度も試みたけど、なかなか離してくれなくて困るのが本音だ。 最初、このダンス会場に来た頃は、色々な方に声をかけられていた。しかし私はお父様の言いつけの通りに来ていただけで、誰かとダンスを共有する事なんて、興味がなかった。 一応講師がついていたので、ある程度は踊る事は出来る。だけど、どうしてもこの空間に馴染めなかったのだ。 私とリオンの姿を見ている人達から、色々
第二幕 ──お嬢様 その言い方がなんだか含みもあって、そこでもカチンときそうになった。それでも|ここ《・・》はダンス会場なのだから、罵声を浴びせる訳にもいかず、堪えてしまう。 リオンはそんな私をよそに、サッと手を伸ばした。ふんわりと私の手に重なるとふふっ、と微笑みを漏らす彼を見て、なんて悪魔かしらと思ってしまう程、ある意味似合っている。 「どうしました? お嬢様」 「……その「お嬢様」って止めてくれない?」 「どうしてですか?」 私達は手を合わせ、体を寄せ合いながらステップを踏む。正直ダンスが得意ではなかった。しかし日頃の練習の成果もあり、ここまで踊れるようになった。 以前の私ならリオンの言葉に返答なんて出来なかっただろう。 (練習してよかったわ……) 私達がステップを踏めば踏む程、ドレスが揺れている。まるで見えない力に引き寄せられるかのように、雰囲気と空間に身を任せていく。 世界にどっぷりと浸かる、その言葉が一番似合うのかもしれない。 「私は「お嬢様」なんかじゃないわ、名前があるのですから」 「それはそれは」 「貴方からかってる?」 「そんな事ありませんよ?」 私とリオンの視線がバチッと合う。彼はニッコリと微笑み、一方私は苦笑いしか出来ない。 「そんな顔していると楽しめるものも、楽しめませんよ?」 顔と顔が近すぎて、彼の吐息が私の耳を掠める。 ──ドクン。 最初から正直印象が良くないリオン。なのにそんな彼の不意打ちに反応してしまう自分がいて戸惑う。 「っつ……」 なんだか悔しくて、恥ずかしいと思った瞬間だった。第三幕 「恥じらう姿も可愛らしいですね」 「は?」 「そんな言葉使いはよくありませんよ?」 隠したくても隠す事が出来ない感情の色。顔に出てしまった事を後悔しながらも、彼の姿をチラッと確認する。奇抜な髪色だけど、凄く綺麗な子。見た感じ私よりも年下なのは明白だ。 彼の言う通り「楽しむ」のが一番なのかもしれないと思い、今までの彼の言動をなかったモノのように割り切る。それがいい。きっと…… そう思いながらも、少し気が抜けてしまったのだろうか。私は少しよろけてしまいそうになる。 「気を抜いてはいけませんよ」 そう呟きながら、よろけそうになった私の身体をサポートし、元の体制に戻す彼。私は咄嗟に
0話 ステップ 私の隣には貴方がいる。それは永遠と続くものだと思いながら、彼とのダンスを楽しんでいた。私は体を彼に預けるとフフッと微笑みながら、見つめる。彼は私より若い、それでも私とのダンスを選択してくれた事が嬉しい。 「リオン」 「──ん?」 私の言葉を待ちながら、ステップを踏んでいる私達。そんな二人を遠目から見つめてくる彼女の視線が痛い。きっと私がリアンを独占している事が許せないのだろう。 現実はミシャを選ばず、私の手をとった。それが答えであり、私が彼女に勝った証明の一つ。 まぁ? 私が彼を支配しているからミシャの元へ行けないんだけどね。 嬉しそうに彼女の悔しそうな表情を思い浮かべながら、言葉を紡いでいく。 「私をダンスの相手に選んでくれてありがとう」 「……あぁ」 「今日の貴方、とても素敵ね。いつもより輝いてる」 「……そうか?」 「ええ」 彼は困ったような顔をしながらも、私の言葉に声に答えてくれる。その度に満たされていく心の中。表面的に出さないようにしないと、と自分を戒めながら、ふんわりと笑顔を作っていく。 リオンと初めて出会ったのは二年前のこの日。このダンス会場で彼を見つけたの。華奢な体に赤い髪、その間にふんわりと隠れている金色に光る髪。変わった髪色をしている子ね……それが彼の第一印象。本来なら自分より年下の子なんて興味がなかった。 私の運が悪かったのか、色々な意味での経験不足な男ばかりだった。だからきっとリオンも同じだと思っていたの。 ──もう、二年経ったのね キラキラ輝く、天井に敷き詰められているシャンデリア達が微笑みながら「あの時」へと戻してくれるの。 第一幕 私は視線を彼からシャンデリアへと注ぎ、ホウッとため息を吐く。週末になると開かれるこのダンス会場。ここには色々な立場の人達が集まり、ひと時の癒しとして出会いとダンスを楽しんでいる。 自分の意思で来た訳じゃないのに、何故だか天井から零れ落ちそうなシャンデリアを見る事が楽しみになっている。お父様が「結婚」の二文字を出して、ここに来ている訳だけど、そんな気は起きなかった。 「綺麗」 シャンデリアはまるで海のようで幻想的な絵画を見ているように感じた。私はその光景に目を奪われていると、声をかけてくる人がいた。 「シャデリーゼ様ですか?」 私はフッと我