ログインやっぱり入るのはやめようか。
教師に伝えて家に帰ろうか。もだもだしているうちに「えーん!」とこちらに手を振りながら走ってきてしまった慧護。
「マジごめん! 体育館裏に行ってたら遅れちゃった!」
「……体育館裏? どうして?」膝に手を当ててゼェハァしてる慧護に疑問をぶつければ「狐と狸をもう一度確認したくて」と返ってくる。
「今日は、いなかったんだ」
「……もう夜遅いからそれぞれの巣に帰ったのかも」「うん。そうかもね」「そんなに動物が気になったの?」「だってこの事実を知ってるのは俺と縁だけだし」肉眼では狐と狸に見えたものは、フィルター越しだと姿が映らなかった。
霊的なものだろう。
「生徒はもう俺らだけ? じゃあ早く行こう」
「ま、待って! これ、見て欲しくて」先ほど撮った真っ暗な校舎を慧護に見せる。覗き込んだ慧護は「うわ」
「慧護くん……慧護くん!」 廊下を歩き続ける慧護の腕を掴む。 振り返った慧護は、僕を見て「来たんだ」と呟く。「多くの人を巻き込んだ俺には着いて来ないと思った」「な、なに言ってるの。慧護くんが悪いわけじゃないよ」 ブンブン首を横に振り、皆で集まっていた教室とはまた別の教室に入り込む。中には誰もおらず、2人きりの空間。「……田沼くんのことなんだけど。僕、ずっと前からいけ好かなかったんだよね。だから……慧護くんと田沼くんの関係が破綻してよかった、というか……なんだか性格悪いな、僕」「……」「僕を悪く言うのはいいんだけど、みんなを助けようとしてた慧護くんが悪く言われるのは、許せなくて……着いてきちゃった」「……縁」「一緒にいても、いいかな」 拒否されても、僕は着いていくしか出来ないだろう。1人で生き延びようとも思わない。助かるなら2人一緒がいい。もしくは、2人でやれるだけ足掻いて怪異に呑まれるか。 間違っても田沼たちの元にはいたくない。 慧護は僕を見つめ……ふっと笑う。「そんなにいたいなら、いいよ」「ありがとう」 隣にいることを許されて、安堵するなんて。この場にいなかったら経験しなかっただろう。「あ、そうだ。さっきの怪異の頭に狐と狸がいて……つい撮ったんだ」「結構度胸出てくるようになったじゃん」「写真はまだ確認してないから一緒に見るんだけど――」 画面を確認すると、しっかり動物2匹の姿は写ってはいるが……青白く綺麗に光っているようだった。 肉眼で見た時は普通の動物だったというのに。「……これは、いつも体育館裏で見ていた2匹かな」「不思議な動物といっ
「……俺のせい?」 戸惑いの声を出す慧護に田沼は詰め寄る。「ミヤマのせいだよ。こんな作戦やろうとしなければ、今食われた奴らは生きてたはずだった」 外の状況も確認せず迂闊に扉を開けたのは田沼だ。僕も慧護も嫌な予感がして止めるよう言っていたのに。 緩くなった空気に緊張の糸が解けて気を抜いてしまったのだろう。 そもそも慧護の作戦は実行すらしていない。 事の発端は田沼のはずなのに。 責める田沼と、何も言い返さない慧護に……生き残った周りの人々はだんだんと「そうかも」という空気になってくる。 ミヤマがいたら安心だ。 ミヤマが言うことなら絶対だ。 そう意見して自分の意見を出さず、ただ着いていくだけの人々に慧護が責められるのは……なんだか嫌だった。「起こってしまったことはもう仕方ないよ。それよりも……今後どうするかを一緒に考えない? 友達でしょ?」 慧護の胸ぐらを掴もうとした田沼の前に咄嗟に出て言葉を振り絞る。だが田沼は僕を一瞥すると「陰キャは黙ってろ」と胸を突き飛ばされ地面に倒れ込んでしまった。「縁――」 「とりあえずミヤマと仲良くなっておけば不利は無いと思っただけさ。明るくて優しくて? 宿題も見せてくれる甘い奴でさ? でも、今日でわかった。お前といない方がいい」 流れが、嫌な方に変わっていく。 生徒たちの目線が棘のように僕たちに突き刺さった。……居心地が悪い。「悪かっ……た」 悪いことはしてないのに。謝った慧護に目を見開く僕とは対照的に、田沼は満足そうに離れていく。「わかったなら出ていけよ。ミヤマと一緒だったらオレたちまで食われちまう」 慧護は黙って教室を出ていく。 僕も慌てて着いていくと「陰キャくんも付き合う相手は選んだら? 今ならオレらのとこに置いてやってもいいけど」と田沼が言う。 何が置いてやってもいい、だ。 こちらから願い下げだ。 廊下に出る前に田沼を振り返り一言伝える。「僕、キミ
作戦を実行する以前の問題。 既に目の前に怪異がいる。 皆が呆然と怪異を見上げる中、グォオ! と大きな鳴き声を上げて……怪異は大きな口を開ける。「恨むなよ」 1番前にいた田沼は後ろにいた男子生徒に言うと、前に差し出した。男子生徒が何か言い返す前に上半身は怪異の口の中に入り込み……背骨がバキバキ、と教室に響き渡る音を出して折れていく。 だらん、と暴れていた両腕が揺れる。 ムシャァ……ムシャァ……と男子生徒の体は怪異の中に取り込まれていく。 ゲップをした怪異は、体に付いている複数の形の違う人間の目で周りをキョロキョロし次のターゲットを探す。 ここからが地獄絵図だった。 皆が悲鳴を上げ散り散りになる。 怪異は中にいる生徒たちを食べ尽くそうと狭い入り口をどうにか潜り抜けようとしている。 教室の隅に縮こまって泣いている者。 机を移動させて怪異が入って来れないようにしている者。 反対側の扉から廊下に飛び出して逃げる者。(……あれ? 怪異の頭にいるのは――) 今まで見た怪異と違うのは、頭の上に狐と狸がいたことだ。その2匹は……怪異に呑み込まれた剥き出しの腕を咥えて取り出そうとしている、のだろうか。 皆が逃げ惑い、心臓も強く脈立ち苦しいくらいなのに頭はどこか冷静でカメラを構えて狐と狸にピントを合わせてシャッターを切る。 その後、慧護に手を引かれて教壇の中に隠れる。 教室にすぐ入ることが出来ないと悟った怪異は目玉をギョロッと廊下に向け一目散に駆けて行く。 数秒後、数人の悲鳴とバキッと骨が折れる音がした。 静寂。「もう、大丈夫みたい」 慧護が教室を見渡して僕に言う。僕も立ち上がり、怯えている生徒たちを見……廊下を少し見つめる。もう狐と狸の姿は無い。
改めて皆に情報を共有する。 あの恐ろしいナニカ――怪異は、人間を丸呑みにするということ。見つけたらずっと追いかけてくるということ。移動速度はゆっくりなのに、追いかけてくる時はとても早いこと。 授業中でも見ない真剣な顔で慧護の話を皆は聞いていく。「あと、皆にも見てほしいんだけど……」 慧護が僕を見る。写真のことだろうと駆け寄り慧護に渡せば、皆に写真を見せていく。 血みどろの校舎。 腸の中にいるような廊下。 怪異を撮ると、中には呑み込まれた生徒たちがぎゅうぎゅう詰めで気を失っているということ。 そのどれもを見せても他の人には伝わらず「ミヤマの頭がおかしくなったのではないか?」と疑問に思われていた。 写真でわかることは僕と慧護にしか本当にわからないようだった。「それで、どうする? 俺こんなところさっさと出たいんだけど」 田沼が言うと皆も口々に「帰りたい〜」「お腹空いた〜」と呟く。 慧護も先程までは逃げ回っていた。解決策などすぐに見つからない……と思っていたが。「この異空間から逃げられないなら。あの怪異を学校の外に追い出す……という案は、どう?」 1つ考えていたようだった。いつの間に思いついたのだろう。「出来るの? そんなこと」 尋ねる1人の生徒に、慧護は口角を上げる。「やってみなきゃわからないだろ?」 * 慧護の思いついた作戦は以下の通りだ。 生徒たちは他の場所へ避難し、怪異を教室に誘き寄せる。 誘発する人は窓際に寄る。 そして真っ直ぐ走ってきたところを瞬時に避けて、窓に激突させるというものだった。 かなり危険だと思う。判断が遅れたら呑み込まれてしまうから。「でも、何もやらないよりはいいはずだ。囮は俺がやる」
頭の中で色々考えている間にまたぬちょ……ぐちょ……と音を出してナニカが廊下を歩いて来る気配。 田沼には静かにしてもらい、もう一度死角になる場所からシャッターを切る。今度は迂闊に見つめずにすぐに隠れることが出来た。 ナニカが遠のいてから画面を確認する。自然と慧護も覗き込む形になって見えるようにカメラを差し出した。 そんな僕たちの一部始終を見て「なんだよ、バディかよ……」と田沼が呟いた――ことにも、僕たちは気付かない。「……ほら、これ」「ああ。……青木たちが中で気を失っている。俺たちには写真を撮るとそう見えるんだが……田沼には何も見えないか?」 慧護がもう一度田沼に写真を見せるも、田沼は気持ち悪いものを見たように顔を顰め「あのキモいやつのまんまだよ」と言う。「やっぱり僕たちにしか見えないんだ……どうしてだろう」「うーん。それはまあ、追々考えるとして。ここからどうやって抜け出すか……ずっとここにいるわけにもいかないだろう」「とりあえずまだ残ってる奴らを見つけようぜ」 田沼の提案に、教室を覗きながら人が隠れていないかを確認していく。 しかし不気味な程に静かで人間はこの3人しかいないのではないかと錯覚してしまう程だった。「もうみんな食われてたりしてな……」 田沼の呟きに、写真を思い返す。どういうからくりかわからないけど、まだ死んではいないと思いたい。「肝試しは結構な人数が参加してたから、こんな短時間に全滅……なんてことはないと思うけど」「僕らは時間が経ってナニカの情報があるけど、いきなり目の前にしたら何も出来ないで呑み込まれてしまったかもね」 静かに移動していると、3階の教室でガタ、と音がした。 人間がいるか、化け物がいるか。 慧
下手に歩き回るよりは、教室に隠れてじっとしている方が無難。ナニカも教室の中までは入って来ない。 扉の近くで足音がしないか確認してる慧護と、カメラを常に構えている僕。「……なんだか少し、張り込みしてる記者みたい」 静かな空間で、ぽつりと呟く。「確かに、記者って辛抱強さが大事だったりするよな」 慧護も声のトーンを落として言葉を返して来る。 自身の心臓の音がこんなに伝わるのは初めて。だけど、これは恐怖心とかではなく。生きている、という証拠だった。 と、遠くでバキッ! と何かが折れる音と鼓膜が破れそうな程の高い悲鳴が聞こえた。それから、ドタドタと走って来る音。 走る速さからナニカではない。逃げている生徒なはずだ。 慧護はタイミングを図って扉を開け真横を通り過ぎる人物を教室に引き込む。「うわあ!」「やっぱり田沼だ。よかった、合流出来た」「……あれ。ミヤマと……陰キャくんじゃん」 逃げていた最中だったからか床に倒れ込んで荒い呼吸をしている。僕を見て残念そうにはしていたが……それでもナニカ以外と遭遇したことで「助かった……」と呟いていた。「休憩しながら教えて欲しい。田沼、一緒にいた人たちは?」「……食われたよ」「それは、あのよくわからないナニカ……だよな」「ああ。さっきの悲鳴聞こえたか? あれは……さっきまで一緒に逃げていた青木だったよ」 クラスメイトが。|酷《むご》い死に方をしている。僕が身震いしてる間、慧護は淡々と田沼に聞いていく。「……あのナニカの移動速度は?」「基本ゆっくり。でも……一度見つかってしまうと逃げるのでやっとだ。隣にいる人を助ける余裕なんてない。アイツに見つかったら最後だと思え」







