Beranda / ファンタジー / ノクスレイン~香りの王国物語~ / 「運命の香りと、観察するバイト」

Share

「運命の香りと、観察するバイト」

last update Terakhir Diperbarui: 2025-11-12 14:35:01

 放課後のフレグラントール学園から続く道を、私はひとりで歩いていた。

 今日は、クラリスが風邪で休み。馬車の手配も忘れていたので、学園から屋敷までの道を歩く羽目になった。けれど、不思議と悪くない気分だった。

 こういうのも……主人公っぽくって、よくってよ。

 道はやがて王都の西寄りへと続き、人通りもまばらになっていく。貴族が歩くには、少しばかり品のない街並み。小さな雑貨屋、露店、路地裏の猫たち。

 それでも私は、そのまま歩みを止めなかった。風に乗って、香りが流れてきたから。

 甘くて、静かで、でも芯のある香り。目を閉じると、記憶の奥に触れるような懐かしさがあった。

 この香り、知ってる。

 でも、思い出せない。どこで嗅いだのか、いつの記憶なのか。気づけば、足が勝手に動いていた。曲がり角をいくつか越え、木漏れ日の差す石畳を踏みしめる。

 そして——ひとつの店の前に立っていた。

 『ムーア商店』。店構えはくたびれていて、貴族令嬢が立ち寄るような雰囲気ではない。でも、間違いなかった。この扉の向こうに、あの香りがある。

 やっぱり……この世界には、運命ってあるのね。

 私は、ゆっくりと扉に手をかけた。

 え? なにこの……ちょっと埃っぽい空気。

 ドレスの裾に埃が絡みそうで、一瞬たじろぐ。でも、香りは確かにここから……。

「ムーア商店の者! ここにあるかしらッ!!」

 口から勝手に飛び出たセリフに、少しだけ後悔した。

 あ、語尾ッ!! つけすぎた!? あるかしらって何よ、あるかしらって! 何があるのかさっぱりだわ!

 周囲の視線が一斉に集まる。うぅ、なんかすっごく浮いてる……。でも、今さら引けない! だって、あの香りが……この中に!

 そのとき、店の奥から現れたひとりの青年が、箒を止めて顔を上げた。

 髪がやや長めで、前髪が目にかかっている。無表情で、でもどこか達観しているような顔立ち。……あ、ちょっと好みかも。

「……お客様、どのような香りをお探しで?」

 声は低めで落ち着いていて、でもこちらを見つめる視線が、なぜか妙に鋭い。

 うわ、この人……ここは雑貨屋なのに、何も言わないで私が香水を探しているって見抜いた!?

 あわてて令嬢モードに切り替える。

「ふふ、あなたのような方に理解できるかしらね?」

 うっわぁ! なにこのセリフ!? キメすぎた!? でも、演じるしかない。転生悪役令嬢ならば。頑張れ、頑張れ私!

 彼を見つめる私の視線と彼の視線が交わる。彼と目が合った瞬間、空気が変わった。言葉もなく、ただの視線だった。けれどその一瞥に——息が詰まった。

 えっ、なに、今の……。

 すっと背筋が凍る。演技を貫こうとした私の中の台本が、急に白紙になる感覚。

 冷静に見られている……じゃない。見透かされている……それに、近い。私が貴族らしさを演じていること。さっきの声も、言葉も、立ち振る舞いも。その全部が、嘘だって——この人、気づいてる。

 言葉を出そうとしても、喉がからからだった。それでも、せめて何か、少しでも、私の中の本当を残したくて。

「……ただ、あの香りが……気になって仕方ないのよ」

 思わず、本音が漏れた。

 あ、やっちゃった。

 仮面が少しだけ剥がれた気がする。でも……止まらなかった。

「甘くて、でも静かで……芯のある香りだったの。忘れられないの」

「まるで、昔の……記憶みたいな……」

 そう。あの香りは、確かに私の記憶を呼び覚ましたのだ。この人なら、わかってくれるかもしれない。私が、ただの変な客じゃないこと。

 そのときだった。

「ちょっと、これ……試してみますか?」

 そう言って、彼が棚の奥から、ひとつの香水瓶を取り出した。見るからに古びた瓶。でも、その瞬間、私の鼻腔が震えた。

 これだ。

「……これ、だわ」

 香りを嗅ぐ前からわかった。確信があった。視線を上げると、彼が静かに言った。

「……お客様、香りの識別、かなり得意なんですね。ここまで分かる人、滅多にいませんよ」

「え? あ……ええ、まあ、子供の頃から鼻だけは利くというか……でも別に、訓練したわけじゃ……」

 言いながら、自分の鼻を押さえた。落ち着け、エレナ。いつもの変人令嬢にならないように!

 でも、彼は落ち着いていた。

「きっと、"そういう体質"なんですね。ちょっと特別な」

 特別な、体質……それって……それってもしかしたら、これが私のスキル?

 店員の男の子の視線は優しく、私の考えを肯定してくれているような、そんな気がする。胸の奥が、少しだけあたたかくなる。

「……あなたの名前は?」

 聞かずにはいられなかった。気づけば、自然と口からこぼれていた。

「フィンです」

 その一言で、何かが決まった気がした。

 その瞬間、私の脳内で鐘が鳴った。いや、比喩じゃなくてマジで。カランカランって——あれ、これ、まさか……。

 隠しルート……来たわねッ!!

 思わず、声に出そうになって、ぎりぎり飲み込んだ。でもテンションは爆上がりだった。

 だって! だってだよ!?

 私がずっと探してた香りを——あの地味店員が、なぜか完璧に察して出してきたのよ! あれってつまり、選ばれし運命の出会いってやつじゃない!? しかも見て、あの態度! 無愛想! 無関心! 無頓着!

 これは……攻略対象にありがちなクール系寡黙男子のパターン!いわゆる実は一番人気ルートってやつ!

 まさか……この子が、そういう……!?

 やばい。もう"ルート確定演出"にしか見えない。ていうかむしろ、そうじゃないと説明つかない!今まで何人のモブ男に話しかけても、全員「は?」だったのに……この人だけは違う。ちゃんと香りの違いを理解してくれた。

 これは……乙女ゲーの隠しキャラってやつよね……!

 でも、冷静になって考えてみると——彼の観察眼、尋常じゃない。私が演技してるって、一瞬で見抜いてた。それに、転生者だってことも、ほぼ確信してる感じだった。

 普通の店員が、そんなことできる?

 もしかして……この人も?

 心臓がドキドキしてるのは、恋だけじゃないかもしれない。緊張と、期待と、そして少しの恐怖。

 でも——それでも、彼の名前を聞けて良かった。

「フィン」

 短くて、覚えやすくて。でもなぜか、とても印象に残る名前。

「わたくし、エレナ・シルヴァーバーグと申しますの。また……お邪魔させていただいてもよろしくて?」

 今度は、素直に出た言葉だった。

 夕暮れも遅く、一番星が輝き始める時間。屋敷の玄関の扉がそっと開いた。

「……ただいま戻りましたわ。クラリス、お出迎えご苦労様ですわ」

 いつもの口調。けれど、どこか違う。私は、急いで玄関に出て、小さく会釈した。

「お帰りなさいませ、エレナ様。ご無事で何よりです」

 今日は、私が風邪で休んでいたため、エレナ様はひとりで学園から戻られることになった。途中で何かあったのではと、ずっと胸がざわついていたけれど……

「……あら、そんなに心配そうなお顔。大丈夫よ、何も問題などございませんことよ? それより体調は大丈夫ですの?」

 そうおっしゃって、エレナ様はふっと微笑まれた。その表情は、これまでに見たどの笑顔よりも、柔らかくて——まるで、心のどこかにあった重たい何かが、すこしほどけたかのように見えた。

「はい、今日は休ませて頂きましたので」

 言葉にしなくても、わかった。エレナ様に、きっと、何か素敵なことがあったのだと。

「……何か、いいことがあったのですね、エレナ様」

 そう問いかけると、エレナ様は一瞬だけ驚いた顔をして、

「……ふふ。そうね、あったのかも知れませんわ」

 とだけ答え、階段を上がっていかれた。その背中を、私はただ静かに見送った。

 良かった。今日は、エレナ様が少しだけ救われた日だったのかもしれない。

 空回りかもしれないけれど、いつも頑張っている私のお嬢様に、明日も良いことがありますように。祈りながら、私はエレナ様の後ろ姿に頭を下げたのだった。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • ノクスレイン~香りの王国物語~   「森のキャンプ地と小さな試練」Ⅰ

     夏の朝は、何かが始まる気配に満ちてた。 学園の中庭には、班ごとに集合した生徒たちが、大きなリュックサックを背負って整列してる。 澄んだ空に白い雲、花壇のラベンダーとローズマリーが香りを立てて、朝露の湿った土の匂いと混じり合う。(きた……完全にサバイバル実習イベントじゃん!) 私――白石香澄としての理性は、心の中で思わずガッツポーズを決める。 乙女ゲームの野外実習ルートといえば、ここから数々のスチルとイベントが開放されるはずなんだ。「お姉様、わくわくしますね!」 隣で、黒髪セミロングのミリアが両手を胸の前でぎゅっと握りしめてる。 スミレ色の瞳が、朝陽を受けてきらきらと輝いてた。「ええ、とても楽しみですわ」 にこりと笑って返すと、彼女はぱっと花が咲いたように微笑んだ。 その様子だけで、胸の奥がじんわり温かくなる。 でも、ふとミリアの笑顔の端に、また微かな陰りが見えた気がした。 班ごとの点呼の後、私たちは輪になって最初の話し合いを始めた。「それじゃあ、まずリーダーを決めましょう」 テオくんの提案に、みんなが顔を見合わせる。「リュシアで異議なし」 ガイルくんが即答して、ユリウスくんとノアくんも頷く。「わたくしも、リュシアさんにお任せしたいですわ」 ミリアも「はい!」と元気よく手を上げた。 満場一致でリーダーが決まると、リュシアちゃんは小さく頷いた。「分かった。それじゃあ、森に向かいましょう」 班ごとの点呼を終えて、私たちは森を歩き始めた。 リュシアちゃんは銀青色のボブカットを風に揺らして、黙々と前を見てる。 表情は相変わらず淡々としてるけど、ほんの少しだけ、口元が緩んでるのを見逃さなかった。(あ……可愛い。完全にスチル映えしてる) リュックから漂うハーブサシェの香りが、歩くたびにふわりと香った。 甘くて涼やかな香りが、森の気配を先取りするように漂う。 男子たちはというと―― ガイルくん(攻略対象A)は率先して重い荷物を背負って、頼もしさ全開だ。さすがは将来の騎士候補って感じ。 ユリウスくん(攻略対象B)は歩きながら道端の植物を観察してる。 テオくん(攻略対象C)は地図を確認しながら、効率的なルートを提案してる。 ノアくん(攻略対象D)は小さなメモ帳に何かを記録中。 私は内心でふふっと笑う。 これぞまさに

  • ノクスレイン~香りの王国物語~   「野外実習の告知と出発前夜」

     夏の空気は、どこか浮き立つような熱を帯びてる。 寮の窓から見える中庭の木々も、昨日より少しだけ青さを増してる気がする。今日の朝礼は、学園全体がざわざわしてて、生徒たちの足音や囁き声がいつもより弾んでた。 教室に漂うのは、緊張と期待が混じった独特の空気。 生徒たちが整列する中、教師が壇上に立って、厳かに告げる。「――本日より一週間後、フレグラントール学園恒例の"野外実習"を実施します」 教室の空気が一瞬でざわめきに包まれる。 私――いえ、白石香澄としての理性は、胸の奥で小さくガッツポーズを決めてた。(きた……! ついに野外実習イベント!) 教師は続ける。「実習は王都近郊の森にて行います。チームごとに行動し、自然観察、野外炊事、そして――協力して課題を達成することが求められます」 完璧だ。ゲームの第2章とまったく同じ設定じゃん。 しかも私、エレナとして図書館で過去の実習記録まで調べてた。森での共同生活、星空の下での語らい、そして学校に戻ってからの打ち上げパーティー――攻略対象たちとの距離が一気に縮まる黄金イベント。 脳裏に浮かぶのは、次々に解放されるイベントCGの数々。特に最終日の告白シーンは神がかってた。(やったぁ……これ絶対に、好感度爆上がりチャンスじゃん! フラグ管理、頑張らなきゃ!) ざわめく生徒たちの間で、私は誰にも見えない心のガッツポーズを決めた。 最前列のリュシアちゃんは無表情で話を聞いてたけど、隣でひそひそと囁くミリアが、私の腕をちょこんとつついた。「お姉様、楽しみですわね……!」「ええ、もちろんですわ」 でもミリアの表情に、一瞬だけ何か複雑なものが見えた気がする。 ……思えば、このときにはもう始まっていたのだ。 いや、もっと前から。◆ 午後の講堂は、高い天井に全学年の声が響いてざわざわしてた。 ステンドグラスから差し込む光の中、生徒たちは学年ごとに整列して立っている。私たちは2年生のエリアで、リュシアちゃんと並んで立ってた。少し離れた1年生のエリアでは、ミリアが私たちの方を見て小さく手を振ってる。 全学年の生徒が集まって、天井の高い空間に声が響く。壇上では上級生が教師に何かを耳打ちしてから下がって、教師が発表台に立った。 手にした紙を見下ろす教師の指先が、微かに震えてる気がする。 でも、きっと気の

  • ノクスレイン~香りの王国物語~   令嬢と、観察眼と、内緒の秘密Ⅱ

     領主館での三度目の訪問は、これまでよりも穏やかな空気に包まれていた。 応接間に入ったとき、ミラベルはすでに席についていた。 椅子の背もたれに小さく体を預け、ちょこんと座るその姿は、まるで大きな家具に埋もれているようだった。「こ、こんにちは……きょうも、ありがとう……ございます……」 小さく手を膝に揃え、控えめに頭を下げる。 声はか細く、けれど前よりもほんの少しだけ張りがあった。 俺は軽く会釈し、今日の課題──招待状の文面添削──に取りかかる。 所作も発声も、変わらず整っている。 けれどその眼差しには、前回までにはなかった余白があった。 言葉の端に、間の取り方に、少しだけ自然な揺れが混じるようになった。「この一文、ご尊家の皆様にもよろしくお伝えくださいという表現ですが……」 俺がそう言うと、ミラベルは袖口をきゅっと指先でつまみ、少し考えるようにして小さく笑った。「……やっぱり、少しかしこまりすぎてしまいます……よね」 その笑みは、初めて言われたから笑うものではなかった。 彼女の中で何かが確かに変わりはじめている。 添削の合間、ふとした沈黙が訪れる。 窓の外、庭の百合が風に揺れているのが見えた。 そのとき──ミラベルが、ぽつりと呟くように言った。「……王都って、どんなところなんですか?」 突然の問いだった。 だが、そこには軽い興味というよりも、ずっと昔から温めていた問いのような響きがあった。 俺は少し考えながら答えた。「ノクスレイン王国は香りの王国と呼ばれているのはご存じですよね? その王都たるペルファリアには様々な香りが流れています」 俺は既に懐かしくなっている王都を脳裏に思い浮かべ、その光景を語る。「通りには香水店が並んでいて、花や果実、木の樹脂にスパイス……流行の香りは季節ごとに変わるんですよ。春は柑橘、夏はハーブ、秋には温かい煙のような香りも流行ります」 ミラベルは目を伏せ、胸元のリボンをそっと撫でながら、くすりと微笑んだ。「……お母さまが、よくそんな話をしていました」 その声は、どこか遠くを見ているようだった。「王都の香りは、季節の舞踏会みたいに入れ替わるのよって……楽しそうに、何度も」 彼女は手元に置かれた白いハンカチを、ちいさな手でぎゅっと握った。「お母さまは、王都に住んでいたことがあるんです

  • ノクスレイン~香りの王国物語~   令嬢と、観察眼と、内緒の秘密Ⅰ

     領主館は町の南、段丘の上にあった。 高台に築かれたその屋敷は、外から見れば石造りの地味な建物だが、門を抜けた瞬間に空気が変わる。 芝は短く刈られ、敷石には靴跡ひとつなく、花壇には季節外れの百合が咲いていた。 整いすぎている。どこか、誰かが無理をしてまで整えているような気配。 門を通ったところで年配の家令が現れ、俺を迎えた。 痩身で無表情だが、所作はまさに貴族の屋敷にふさわしい品格を感じさせる。「冒険者ギルドから参りました、フィンと申します。本日のお約束の件で」 俺は軽く頭を下げながら、用意していた依頼状を差し出す。 家令は一礼のままそれを受け取り、目を通すでもなく懐にしまい込んだ。 彼は無言で一礼すると、静かに先導を始めた。 歩き出してすぐ、低い声でぽつりと呟くように言った。「……お嬢様は、少々変わったお方でして」 一拍の間を置いてから続けた。「……それゆえに、どうか、ご無礼があっても……」 それだけ言うと、家令はそれ以上何も語らなかった。 けれど、その一言に、屋敷の人間が彼女をどう見ているかが滲んでいた。 敬意と距離。その両方があるような声音だった。 俺はその背を追う。 途中、廊下の掃除をしていたらしい中年の女性が、視線を上げぬまま深く礼をした。 屋敷に仕える者の動きまで、徹底されている。 案内された応接間もまた、完璧だった。 机の脚に至るまで磨き込まれ、絵画は傾きなく額装されている。 座っていいのか不安になるほど整然とした空間。着席を促してから、一礼をして家令は下がってゆく。 入れ替わるようにメイドがお茶を運んできた。 しばしの時間がすぎる。 ──そして、扉が開いた。 現れたのは、まるでおそるおそる舞台に出てきた子猫のような気配をまとった人物だった。 淡い色合いのドレスに身を包み、細い首元には控えめなリボンの飾り。 肩より少し長く伸ばしたふわりとした亜麻色の髪。 歩みは慎重で、スカートの裾を踏まないよう気をつけている様子が微笑ましい。 顔立ちは愛らしく、どこかあどけなさが残る。 年齢は十五歳だったっけ。 その存在は、まるで守ってあげたくなるような、小動物めいた可憐さがあった。「は、初めまして……ミラベル・オルシエールと申します……」 声は震えるようにかすかで、喉の奥から押し出すような高音。

  • ノクスレイン~香りの王国物語~   辺境の街と観察眼Ⅱ

     副支部長のヴァルターに連れられ、受付にたどり着く。  そこには茶髪の受付嬢とは別に、中年の女性事務員が書類整理をしていた。 ヴァルターが軽く顎を引くと、女性事務員が小さく頷いた。 ──あ、なるほど。この二人、阿吽の呼吸だ。 単純な上下関係じゃない。どちらかというと、共犯者みたいな。「では、よろしくお願いしますね、フィンさん」 「はい、頑張ってみます」 軽く俺の肩を叩いて、ヴァルターは奥に消えていく。  その背中を見送りながら、俺は思った。(まずは、この支部の空気に慣れることから始めよう。急いでも、ボロは出してくれなさそうだ)「レミィです、よろしくお願いいたします!」 「フィンです。色々教えてくださいね」 受付嬢のレミィさんに改めて挨拶されて、俺は大きく頷いた。レミィさんは、さっそく手元の書類を一つ俺の元によこす。「じゃあ、まずは軽い依頼からですね。今日の午後に一件、町の配達をお願いしてます」 ……流れるように仕事が振られた。うん、わかってたけどね。 初日は配達。  二日目は行商人の護衛任務の手配。  三日目には、魔物避けの結界符を届ける手伝いで、郊外の農場まで歩いた。  やってくる冒険者は目白押し。 冒険者ギルドの仕事というのは、つまるところ雇われの口利きだ。  魔物退治に薬草集め、護衛に猫探しまで──依頼の中身は多種多様。 だが根っこはどれも同じ。  困ってる誰かに代わって、それを片づけてほしいって話だ。 だからギルドは、冒険者の溜まり場でもあり、腕の貸し借りを仲立ちする場所でもある。 剣の腕があっても、求められてるのが薪割りなら話にならない。  必要なのは、適材適所。そして、それを見極める目。 それが俺の、表向きの役目ってわけだ。 仕事を進めるうち、何人もの冒険者と顔を合わせた。  怒鳴ってばかりの男。剣を磨くことしか考えてない女。ギルドの帳簿を盗み見ようとする若造。  善人も悪人も、平等に火薬のような空気をまとっていた。 町も、店も、通りも──どれも熱を持ちすぎている。 だからこそ、少しずつ見えてくるものがある。 俺は密かに調査を進めていた。 物資の搬入リスト、冒険者への支払い記録、業者との取引履歴──数字の裏に隠された痕跡を探す。 ヴァルターと商人たちの会話にも耳

  • ノクスレイン~香りの王国物語~   辺境の街と観察眼Ⅰ

     王都ペルファリアから馬車でおよそ一ヶ月。 峠を越えた瞬間、乾いた風と一緒に、喧騒と土埃と──欲望のにおいが押し寄せてきた。 帝国との境界近く、王国の西端にある町、グランヘルデ。 もともとは砦の跡地にできた、寂れた辺境の村だったらしい。 けれど今は、町全体が膨れあがっていた。 地中から遺構らしきものが見つかった──それが全ての始まりだ。 未踏破、構造不明、魔物出没。 だが同時に、古代の魔導具、未知の鉱石、魔物素材── 資源と価値の塊が地中に眠っているとなれば、当然、欲に駆られた連中が集まる。 それは、王国史に幾度も刻まれてきた、ダンジョン・フロンティアの始まりだった。 通りには、肩をぶつけ合って歩く冒険者たち。 武具屋の前には魔物の素材が雑に吊るされ、簡易宿の玄関には今日潜る者の名簿が晒されている。 昼から賭けに興じる者、情報屋の小声に耳を傾ける者、買い込んだポーションを胸元に詰めていく者。 市場も、酒場も、裏通りの娼館も、どこも満員だ。 熱気はある。だが、それは生命力ではなく、何かもっと乾いた、切羽詰まった熱だ。 町の空気は、重く、鋭く、荒れている。 ここには、金と命と魔力を賭ける者しかいない。 ────さて、ここからは少しだけ本気を出していこう。 王都のようにのんびりした雰囲気でやっていては、トラブルを招くばかりだとも思うしね。 いつもは半分閉じている瞼をしっかりあけ、瞳を凝らす。 辺境にいる間は、これで行くかな。 ……疲れるけど。 ギルド支部は、町の北端、段丘の上に建っていた。 白い壁と青い屋根の仮設庁舎。王国式の意匠を模してはいるが、どこか無理がある。 建物の前には、王国の旗と、ギルドの青い紋章旗が並んで掲げられていた。 風に翻るそれらを見上げながら、俺は小さく息をついた。(さて……一ヶ月ぶりの仕事か。今度は、ちょっと違うけど) ハルデンから聞いた話は単純だった。 副支部長ヴァルター・グレインの不正疑惑。物資の横流し、予算の私物化、報告書の改竄。 ただし相手は元商人で、証拠隠滅は巧妙。正面から追及しても尻尾を掴ませない。 だから俺が来た。表向きは「人手不足解消のための応援職員」として。 実際は、地味に、静かに、観察して回る係として。 支部の中は、外の喧騒が嘘みたいに静かだった。 この時間なら

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status