「――あら、そこまでおっしゃるのでしたら」 その身体の主、蜂蜜色の髪を持つ令嬢の声には、それまでの微笑みとは違う響きがあった。 軽薄そうな若い男――貴族の得意げな顔が、初めてこちらを向く。 「そんなにご不満でいらっしゃるなら、この婚約、わたくしの方から破棄させていただきますわぁ」 周囲の空気が、凍りついた。 何よりも相手の男が凍りついている。 「お――ほっほっほっ!」 ――その高笑いを聞いて、白石香澄は慌てふためいていた。 物理的にそうしていたのではなく、何とも奇妙な奇妙な状況で。 具体的には、自分の身体ではない誰かの身体の内側で彼女の意識が、魂が、慌てふためいていた。 § § § ――少しだけ時は遡る。 香りの王国、オーブレーヌ。 華やかな夜会の広間は、魔力灯によるシャンデリアの光に満ちていた。 「いやぁ、君には勿体ないくらい、盛大な婚約式になったものだね」 金髪の若い男――オズワルド・ヴァンダール。次期侯爵という肩書きにふさわしい、整った顔立ちに、余裕の笑みを浮かべ、彼女に語りかけている。 「そういえば先日の剣術大会でも、私の腕前には皆驚いていたよ。いやぁ、困ったものだね」 取り巻きらしき令嬢たちが、扇の陰でくすくすと笑いながら聞いていた。誰ひとり、その婚約者の隣に立つ娘へ、気遣うような視線を寄越さない。 {――え、待って!?} その声は、どこからともなく響いた。 {ここ、どこ。この体、誰。なんで私、こんな豪華なドレス着て突っ立ってるの} ――白石香澄は、混乱していた。 ついさっきまで、彼女は自分のデスクにいたはずだった。締め切り間際の資料、冷めきったコンビニのコーヒー、点滅する体調不良のアラート。 それから――真っ暗になった記憶。 冷たく走る、胸の痛み。きっとあれは死の感覚だったのだと彼女は理解した。 {うそでしょ、これ絶対まずいやつだ!} 目の前では、金髪の男が芝居がかった仕草で語り続けている。自分はその正面に立ち、何も言わずに微笑んでいる――らしい。表情筋の動きひとつ、香澄の意志ではない。 {え、私、この状況で笑ってるの。なんで!?} 混乱する香澄をよそに、体
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