تسجيل الدخول※※※ 部屋の中に入っていった咲良に伸ばしていた手をひっこめる。パタンと小さな音を立てて閉まった扉に俺は小さく息を吐いた。「おやすみ」 呟くぐらいの声でそう言うと、踵を返して隣の部屋へと向かう。 初めてといっていいほど、こんなに一緒の時間を過ごすことができた。 遠くから元樹といる彼女を見つめていただけの俺。それでも彼女のことを少しは知っていると思っていた。 しかし、一緒に過ごしてみて分かったこと。 それはさらに咲良は素敵な女性ということだ。母としての優しさはもちろん。テンポの良い会話に、彼女の持つ雰囲気は、俺の心を穏やかにしてくれる。 一緒にいれば優しくなれるし、甘やかしたくなる。まだまだ俺に遠慮して、本音をみせてくれないのも当たり前だ。 でも、今まで辛い思いをさせた分、俺は彼女を愛したい。そんな思いが溢れる。 あのまま抱きしめて、キスをしてドロドロになるまで抱きたい。それが俺の本音だが、そんなことをしたら咲良は離れて行ってしまうだろう。 大切だからこそ、慎重にならなければ。間違えるわけにはいかない。 そう思っていた矢先、ポケットの中でスマホが揺れる。 自分の部屋に戻り、パソコンを開いて眼鏡をかけて、それに応じる。 明日も二人との時間を作りたい。その思いだけで俺は仕事を始めた。※※※それから一カ月、私たちは週末は恭弥さんの別荘で暮らしている。恭弥さんは金曜日遅くまで仕事をした後、こちらへ来ているようだ。『朝、弥生が起きたら連絡して』その言葉通り、早く起きてしまっても、すぐに恭弥さんは迎えに来る。 ご近所さんも初めのころは、興味津々で彼と彼の高級車を見ていたが、今では恭弥さんとも気さくに話すようになった。 私の両親もすっかり彼とうちとけて、朝食を食べていったり、うちの菓子を東京に買って行くこともありうまくいっているはずだ。 六月に入った今日はとても過ごしやすい天気になるらしい。空を見ながらスマホを手にして、弥生が起きたと連絡をすると、三十分もしないうちに恭弥さんは迎えに来た。「おはよう」 優しい笑みを浮かべる彼に、微笑んでしまいそうになるのを耐えつつ、私も挨拶をする。私たちの微妙な空気を壊すように、弥生が「ぱー」と声を上げる。「弥生、今日はどこに行こうか」 毎週、今までの時間を埋めようとするように、恭弥さんは
「恭弥さん、それ……」 食事を作る手を止めてその場に行き、私もそのかわいらしいおもちゃたちを手にする。「かわいくないか? ふたりが来るって決まってから俺が選んだんだけど」 柔らかな笑みを浮かべて飛び跳ねる弥生の姿に目を細めている彼。「とってもかわいいです。弥生ずっと、これ欲しがってたから」 今年のクリスマスプレゼントに、少し高価だが買ってあげたいと思っていたものだっただけに、驚きが隠せない。「それならよかった」「弥生、パパに何か作ってくれる? 遊んでるから、悪いけど夕食を頼む。俺、本物の料理はまったくできないから」 申し訳なさそうに言う彼に、「ありがとうございます」とお礼を伝えて私はキッチンへと戻る。恭弥さんは週末のためだけに、ここまでしてくれているのだ。私もできる限りのことはしたい。そう思い、恭弥さんと弥生が遊んでいるのを見つつ、夕食の支度を再開する。 彼のリクエストの通り、お子様ランチ。でも、外食では取れない栄養をきちんと取って欲しい。 そんな思いで食材を切っていく。 弥生の分は鶏肉と豆腐のやわらかいハンバーグに、トマトのスパゲティーを添えてブロッコリーを飾る。そして柔らかく煮た野菜のスープ。 恭弥さんと私の分は大人のワンプレートだ。 チキンライスにふわふわの卵をのせたオムライスに、それにデミグラスソースなども選択肢はもちろんあるが、それをやめてケチャップをかける。 その横にサラダと小さなハンバーグに唐揚げにポテト。揚げ物や肉を取りすぎないように、ひとつひとつの量は少なめだ。野菜も食べてもらわなければいけないので、たっぷりの野菜が入ったコンソメスープ。 出来上がったそれを見て、本当にこんなものでいいのかと思うが、彼のリクエストだと考え直して、ダイニングテーブルに置いた。 弥生用の椅子がきちんと用意されていて、私たちがここに来るために準備をしてくれたことに感謝しつつ、遊ぶ二人に声をかける。「夕飯にしましょう」「おっ、弥生、ご飯できたって。行こうか」 トコトコと走ってくる弥生と、その後ろから笑顔でこちらにくる恭弥さん。「おっ、うまそう」 テーブルに並ぶ料理を見て、ぱっと子供のような笑顔を浮かべる。「本当にいいんですか? アルコールに合う料理とか、和食とか……ちゃんと言ってくださいね」 初めて家族以外の男性に料理を振
ストレートなセリフに私は、彼から視線が外せなくなる。急に一夜の過ちで授かった娘のためだけの結婚。でも、彼は彼なりに私とうまくやろうと努力してくれている。 その気持ちだけで十分だ。「こっちにいる間だけでも、きちんと食事はしてもらいますからね」 そんな気持ちを今度は悟られないように、弥生に話すように私が言うと、恭弥さんは嬉しそうに「頼むよ」と答えた。 その後、弥生の食事もあるため彼の車で買い物に行くことにした。「とりあえずいろいろ揃えたけど、足りないものもあるよな」「そうですね」 確かに食器類もたくさんあったが、どれも高級そうで弥生が落としたりしたらと気が気ではない。「弥生のプラスチック食器が欲しいです」「百貨店に売ってるよな?」 恭弥さんが想像しているのは、きっとブランドの子供用品の店だとすぐにわかる。週末使うだけなら、百円ショップで十分だ。「いえ、そんな高級なものじゃなくていいんです。あっ、食材もそろうし弥生も喜ぶので、ショッピングモールに行きたいです」 最近できた大型のショッピングモール。子供の遊び場も豊富で、たくさんの専門店が入っているとテレビでやっていた。 なかなか行く機会がなく、気になっていたのだ。「ああ、俺も会社の人から聞いたな。行ってみるか」「いいんですか?」 何も考えずに行ってみたが、恭弥さんのような御曹司がそんなところに行っていいのかと思っていたが、中に入ると彼は弥生より楽しそうにしていた。「咲良、あれ飲まないか?」 たくさんの人が並ぶショップですら、その待ち時間を彼は弥生を抱っこして楽しそうに見ていた。 弥生の足りないものを買いつつ、子供の遊び場で遊んだり、フードコートで食事をしたり、すっかり私も楽しんでしまっていた。 こんなにも大人の男性がひとりいるだけで、大変さが違うことを知る。 父は店があるし、母も体調を崩していたこともあり、なかなかこうしてゆっくりと出かけたことなどなかった。 私にとってはとても助かった気がする。彼と一緒にいたくないわけではないが、やっぱりまだ戸惑いも大きい。 弥生が一緒ならば、母親としての自分でいられるので気にはならなかった。 でも……。「任せてもいい? 片付け」「もちろんです」「あるものは好きに使って」 ポンと弥生にするように、私の頭を軽くたたくと、彼は優しい微笑
あの日はあまりよく見られなかったが、五月のゴールデンウィークの祝日、私は弥生を抱っこしたまま別荘を見上げていた。「すごい」 つい漏れた声に、恭弥さんは横で何かを考えているようだった。「プールも危ないよな……。ひとりで弥生が行けないように、柵をもう少し間の少ないものに変えて……」「大丈夫ですよ! これで」 どれだけここにいるかわからないのに、そんなにいろいろ私たちのためにしてもらっては申し訳ない。 そんな思いから出た言葉だったが、恭弥さんは全く聞いていないようで、すでにまたどこかに電話をしている。 弥生はといえば広い庭に目を輝かせて、下ろせとバタバタしている。「弥生、こっちにおいで」 弥生の手を引き、プールとは違う方へと歩いていく彼に、私も一緒についていく。 そこはリビングとは違う部屋のテラスのようで、囲われた専用の扉を開けると、そこは小さな公園のようになっていた。「何家族でも泊まれるようにって設計されているから、ヴィラのような作りになってる。ここはゲストルームの庭なんだけど、弥生が遊ぶのにちょうどよさそうだったから」 海外の映画に出てきそうな複合遊具が置かれていて、下は芝生になっていてとても安全そうだ。 カラフルな滑り台に、ブランコにジャングルジム。そして砂場セット。その光景に弥生はもう夢中だ。「この部屋をふたりの部屋にしたけど、足りないものがあったら言ってくれ」「充分です。週末しか住まないのにこんなにしてもらって」 恭弥さんが中の大きな窓を開けると、そこにはキングサイズのベッドやテレビなど、豪華なホテルのような部屋が広がっていた。「遊んですぐに汚れてもいいように、シャワールームもこっちから行けるから」 テラスからすぐ横にあるバスルームは、まるで海外のリゾートホテルのようだ。「この昼寝をするためのスペースは、弥生の昼寝にも使えそうかな」 海外のリゾートホテルにあるような昼寝をするスペースが付いていて、確かに少しくつろぐにはぴったりのスペースだと思う。 この部屋だけで十分すぎるほどで、生活ができそうだ。そう思いながら部屋を見回していると、彼が言葉を続ける。「俺の部屋は隣」 同じ部屋ではない。 その言葉に安堵したのか、自分でもわからなかった。ここに一緒に泊まると決まってから、そのことを考えてしまい落ち着かなかった。
それに、彼が本気で結婚といっているとしても、今すぐ弥生を連れて、東京で一緒に住むことは考えられない。 昨日まで、両親に会わせることすら悩んでいたのだ。 色々と考えていた私に恭弥さんは優しい瞳を向ける。「とりあえず、週末だけ一緒に過ごしてみてくれないか?」「え?」 意外な提案に私は驚いてしまう。「いきなり東京の俺の元へ来て、環境が変われば弥生も戸惑うだろう。少しずつ慣れる時間を作って欲しい」 そこでいったん私から視線を外すと、恭弥さんは両親の方へ向き直り頭を下げる。「週末は私がこちらへ参ります。それならばお許しいただけますか?」 最後は両親に問いかけた彼に、今度は母が口を開いた。「それぐらいいいんじゃない? 咲良。それで様子を見たら?」 ギュッと手を握りしめて考える。週末だけ三人で過ごす。でも、ここまで彼に言わせておいて、自分にも非があるのに拒否はできない。「わかりました」 そう答えた私に、母は明るく彼に問いかける。「恭弥君、このあと予定は?」「いえ、とくにはありません」 姿勢を正したままの恭弥さんに、母はいつも通り穏やかな笑みでポンと肩を叩く。「もう、かしこまらなくていいのよ。さあ、さあ、ご飯食べていって。咲良も手伝いなさい」 明るい母に感謝しつつ、チラリと彼に視線を向ければ「ありがとうございます」と頭を下げていた。 父もすっかり恭弥さんと打ち解けて、店の話をしたり、和菓子を勧めたりと和やかな時間が過ぎて行った。 弥生も終始楽しそうで、恭弥さんの腕の中で最後は寝てしまった。「恭弥君、隣が咲良たちの部屋だから、弥生を寝かせてくれる?」「わかりました」 そっと壊れ物のように、弥生を抱き上げ愛しいという気持ちを隠すことなく見つめる彼に、心の中がジーンと熱くなる。 こんな日が来るなんて思っていなかった。そして、私たちの眠っている和室に、弥生を寝かす。ふたりで弥生の寝顔を見る日が来るなんて思ってもみなかった。「咲良、ありがとう」 お礼を言われることなどないと、静かに彼を見てから少し目を伏せた。「弥生を生んでくれてありがとう。一緒にいられなくてごめん」「恭弥さん……」 彼が謝るのなら、私も同じだ。「私こそ、弥生のこと連絡しなくてごめんなさい。生まれた時の弥生、見たかったですよね?」 彼がここまで弥生のことを思
そして、約束の日曜日の夕方。店の駐車場に一台の車が停まったのを落ち着かない気持ちで私は見ていた。父の仕事が終わる時間にしてもらったこともあり、こんな時間だ。 裏口はわかりづらいため、私はすぐに外へ出る。そうすれば、恭弥さんは落ち着いたネイビーのスーツにネクタイ姿だった。「マーマー」 しばらく何と言っていいかわからず、彼を見つめていた私だったが、家の中から弥生の声が聞こえてきて、驚いて玄関の方向に視線を向けた。「あの子ったら階段ひとりで降りちゃったのかな」 確かにひとりで階段を降りることはもうできるが、まだまだ危なっかしい。そして私が慌てていて、階段の子供用の柵を開けっ放しにしていたことを思い出す。 恭弥さんそっちのけで駆け出し、玄関を開ければ案の定、弥生は玄関に立っていた。「弥生、ひとりで降りちゃったの? すごいけど危ないよ」 抱き上げてそう伝えれば、弥生は私ではなく外を見ていた。「弥生ちゃん、こんにちは」 柔らかな優しい声が聞こえてきて、恭弥さんが弥生の名前を呼んだことにドキッとする。「はーい」 男性にはなかなか懐かない上に、ちょうど人見知りの時期で初めて会う人には泣くことが多い弥生。 私に抱かれているかもしれないが、恭弥さんににこにこと手を振る。 そっと恭弥さんが差し出した指を、弥生はギュッと握った。「かわいいな」 愛しいものを見るような、優しいまなざしに、私はずっと彼に黙っていたことは間違っていたことを悟る。彼は本当に弥生のことを思ってくれていることが、その瞳から分かった。 産まれた時も、寝返りした時も、恭弥さんは知らない。 申し訳ない気持ちでいると、そこに母が慌てて階段を下りてくる音が聞こえた。「咲良!! 弥生いる?」 そう言いながら降りてきた母は、私たち三人を目にしてピタッと足を止めた。 弥生の手に触れていた指を離すと、恭弥さんは深々と頭を下げた。「初めまして。松前恭弥と申します。今日はお時間を頂き……」 恭弥さんが詫びの言葉を告げだした時、手を離されたことが嫌だったのか、弥生が「あー、あー」と恭弥さんに手を伸ばして何かを訴える。 そして私の腕から抜け出して、恭弥さんの腕に行こうとする。「弥生……」 父親ということがわかるのか、自分を思っていてくれることが子供に伝わるのかはわからない。 そんな弥生に、







