Masuk冬凪とあたしは蓑笠連中に囲まれて大ピンチだった。あたしは光の球を引き上げるのを助けるつもりで冬凪の腕にしがみついていた。蓑笠連中ばかりでなく、竜巻も狂ったように冬凪とあたしのことを攻撃して来ていた。巻き込んだ瓦礫が猛烈な勢いで冬凪とあたしの体のどこかに当たって鈍い音をたてる。右肩に当たった。腕が根こそぎ吹っ飛ぶかと思った。冬凪は頭部を直撃されて一瞬白目を剥いて気を失いかけたけれど、
「平気」と持ち直してくれたからホッとした。冬凪がいなかったら蓑笠連中と竜巻が押し寄せるこの状況でどうすればいいかわからない。あたし一人でなんて辻川ひまわりもミワさんも絶対助けられない。「手、掴まれた!」冬凪が水面ギリギリまで沈み込んだ口で叫んだ。その背後に生首が口を開けて迫っていた。他の生首もドロ水から生え出る蓮のように生白い首を伸ばしながらこちらに近づいて来ていた。水中で光の球を奪い返そうとしている? その後すぐあたしの喉に生首が巻き付いて来て後ろに引き摺り倒されそうになる。それを堪えているうちにこの間のように息が出来なって来た。その生首の顔があたしの鼻先に迫る。「ともがらがわざをまもらん」同じことしか言えんのか。てか、口臭い。歯磨きしろ! 悪口言うくらいしか出来ない自分が悔しい。全身の力が抜ける。目の前がだんだん暗くなってゆく。「助けて」冬凪に手を差し伸べる。すると、「コミヤミユウは自分でなんとかする子だったぞ!」生首がしゃべった? 首のしめつけが緩くなった。目をあけると、生首のツルツル頭に爪の長い掌が乗っていた。その鋭い爪に力が入り生首を握りつぶす。目玉に爪が食い込み血飛沫が吹き出す。頭部が不気味な音をたててひしゃげ脳汁が吹き出した。ヘドロと血で赤黒くそまった拳の向こうに金色の瞳があった。辻川ひまわりだった。「何で?」「この子の腕を伝って這い出た」冬凪が水面ギリギリに顔を出したまま頷いた。光の球から辻川ひまわりとミワさんを救い出せたのなら、冬凪は立ち上がってもいいはず。「まだミワは中にいる。あの竜巻を殺らないと辻沢がまずい」竜巻は一層勢いを増し、凄まじい速さで六道園の中を移動しながら瓦礫を撒き散らし頭上に迫る光のトンネル。微かに奥行きが見て取れる。「つっこむよ」「5」「4」「3」「「「!!!!!!!!!」」」 カウント間違えたった。 ゴリゴリーン! ゴリゴリーン! 呼び鈴? バスのアナウンス? どっちにしても場違いな音だった。 いや、ちがう。これは光の衝撃に体が擦り潰される音だ。あたし死んだな。 意識が遠くなって世界が暗転。 ―――そして、再びボクは目覚めたのだった。誰か状況を説明してくれないか?ボクの体が刹那ごとに死と再生を繰り返してるのはいい。光が満ち溢れてるのもいい。硬い石のベンチに跨ってるのも許す。でも、なんで後ろのあの子が死にそうなんだ?つまりボクはあの子を、冬凪を守らなきゃなんないってことか。ボクは死にかけ生き直しながら後ろを振り向いた。背中からゴリゴリーンって音がしている。真後ろに向き直ると、全身が溶けて肉塊になりつつあるあの子を抱き寄せる。まだ命は残っていた。 よくがんばったね。さすがボクの鬼子使いだ。 ボクの魂を半分与えてやる。こうすれば鬼子の再生力が移行して体が溶け切らないで済むはずだ。光の中にもう一人いるのが見えた。体が形を保っているってことは、鬼子か、ヴァンパイアか。 大丈夫か? 助けがいるか?「なんとかいけそうです」 それでも相当の負荷がかかっていそうだった。しばらくして光の圧力が小さくなった。あの子の再生に勢いがつきだした。あとちょっとすれば元に戻るだろう。それまではそばにいてあげたい。 光が悪さをしなくなって少しの間そこに止まっていた。あの子が元の姿を取りもどしたので与えた魂を撤収する。あの子が目を覚ます。その目がボクを見つめ
世界樹が作る境界のずっと上方に光を爆発的に放射する点があった。その光は世界樹の樹皮を削り光のチップを撒き散らしながら上昇を続けていた。極彩色の光の尾を引くその爆光こそ、さっき十六夜の体を脱殻にして自分だけギューンした志野婦だった。あたし、冬凪、鈴風が乗る石舟は、志野婦の極彩色の尾に引っぱられて光速を超えたようだった。「どこ行くんだろ」「そんなの(ry」(死語構文) ぬるギレ省略。 上へ上へ。志野婦は光に包まれながら突き進んでいた。石舟は世界樹を横に見てそれに追従する。 どれくらいか分からないけどかなりの時間が経ったはずだった。石舟の上で何回も寝たから。景色は世界樹の光の境界と視界の先を爆進する志野婦の光の点だけだから見てるのに飽きた。それでうとうとして夢を見て覚める。またうとうとして夢を見て覚める。それを何巡もした。見た夢で憶えているのもあるけど誰が見た夢か分からないようなものばかりだった「枝分かれしてる」 冬凪が言ったのは世界樹の光の密度のことだった。それまでは分厚い光が視界を遮って、認識の境界(冬凪)、世界の果て(あたし)にしか見えなかった世界樹が光の流れを分岐させていた。上に行くほど光の流れが枝分かれして別の光の流れを作る。新しくできた光の流れは他の光の流れを避けながら、さらなる分岐を繰り返すけれどそれらの光の流れはどれひとつ絡まることはない。未来に起こることを知っているかのように、時間を逆行するかのように。そうやって世界樹は枝を伸ばすように自らの領域を大銀河に広げていた。これこそ万物流転だった。十六夜と雨の校庭で見たアマゾン川と同じ万物流転を示すもののように感じたのだった。 気のせいか、石舟の速度がさらに上がったように感じた。世界樹の光の逆流が前より速くなったから。おそらく志野婦の爆光がさらに速度を上げたのだろう
「まるで屍蝋化した聖者のよう」 冬凪が言った。世界樹の光の中の十六夜は、薄く開けた目蓋の中の瞳に生気がなかった。鼻の穴は狭く、唇は乾いて銀牙にへばり付いている。頬はこけ顎は尖り傾いだ首に見たことのない皺ができていた。「鈴風さんこれはどういうことなの?」 冬凪が聞くと鈴風は声を振るわせながら、「初めての事なので」 とだけ答えた。残酷に聞こえるかもだけど、赤子がどうなったかなんて知らない。そもそもあれは志野婦なんたから。それよりも母体が損なわれたこと、十六夜が死んでしまったことの方が一大事だった。十六夜が志野婦を宿した時の心の内を思い出す。安心し切って新しい命への期待に溢れていた。腹の子が擬態した志野婦なんて考えていなかった。十六夜は我が子を抱く夢を見たまま逝ってしまったのだ。どんな気持ちだったろう。エニシを切った今となっては心の内を覗くことはできないけど辛いだろうのは分る。可哀想な十六夜。涙が出た。「十六夜が!」 冬凪が叫んだ。世界樹の十六夜が前のめりになり光の柱から抜け出し始めていた。頭を下に向けて後頭部をこちらに見せてくる。髪が巻き付いた首がぬるぬると出て来たあと幅広の肩が続き、さらに広大な背中が露わになった。「何が始まるんだろう」 その言葉が終わらないうちに十六夜の背骨に沿って光のスジが走った。そこから世界樹の光を圧する、さらに眩い光が放射される。「何か出てくる」 嫌な予感しかしなかった。あの映画で魔界衆に堕した宮本武蔵も背中を割って出て来たからだった。その予感は当たってしまった。すぐ後その光の放射から人の頭がにじり出て来たのだ。そしてその顔面が露わになった時、「志野婦様!」 鈴風の表情は分からなかったけれど、その声には明らかな動揺があった。あんたの幻術が完成したんだから喜
ただその十六夜は、何といえばいいのか分からないのだけれど、あたしが螺旋の中心に見た人ではなかった。 言えば、螺旋の中で見た十六夜は世界樹に磔にされて悲惨な様子をしていたけれど、あの十六夜はあたしと園芸部で10円アイスを食べたJKだった。でも今目の前に見えている十六夜は、同じように世界樹にまとわりつかれているけれど、あの十六夜とは違っていた。何が違うのか。よくは分からないけど聖母に見えたり、巨大すぎたりということとは関係ないような気がした。「「なんか違う」」 冬凪と同時だった。冬凪にもあたしと同じ違和感があったみたいだった。「十六夜、だよね?」 思わず口をついていた。 その違和感の正体が何なのか分からなかったけれど、ビジョンに異変が起こったのは分かった。つまり、あたしが螺旋の中に見た時と何かが変わったために、その中心である十六夜に違いができてしまったのだ。「産まれてしまったのかも」 志野婦がだ。そうだとするとここにいる十六夜は何者なんだろう。「鈴風には分かるの? 産まれたかどうか」 最後尾の鈴風がおずおずと答える。「本当ならわかります。私がかけた術ですので。でもこれまでとは感じが違う気がします」 十六夜に志野婦を植え付けたのはクチナシ衆だというのは宮木野線で聞いていた。でもそれが鈴風のしたことだということはここで初めて知った。いや、そうではない。エニシの切り替えの時、そして石舟のアクティベートの時、あたしは鈴風の全てを知った。だから鈴風がしたことが当たり前すぎて、取り沙汰しなかっただけだ。そんなこと気にする必要はないと思っていただけだった。トリマ、鬼子のエニシに聞けばわかることだけど、鈴風に言って欲しかった。「どういうこと?」 語気がつよくなってしまった。「ごめん。説明してくれる?」 鈴風の説明はこうだった。この幻術は志野婦が宿主と入れ替わることで劣化した体を再生するためのものだ。志野婦が身中にいる間は、母体から十分な養分を吸い取れるように赤子に擬態する。そして機が熟すと、つまり出産になると志野婦は再生された元の姿で出てくる。「母体は?」 語気なんて気にしていられなかった。十六夜の体はどうなる?「身体の中心線で二つに割れて、中から志野婦が出て来た後は、着物を脱いだように皮一枚になってしまい
足元を見下ろすと、遥か下方に漆黒の空間が口を開いていた。そこを見ると目の焦点が合わせられない真の暗黒だった。見つめていると目が離せなくなって目玉から脳幹ごと吸い取られそうな感覚。深淵を覗けば深淵がとかいうセリフが生優しすぎることを知った。「これって、ブラックホールに吸い込まれてるんじゃ?」「ワンチャン、あるかも」(死語構文) この時ほど死語構文がクソだと思ったことはなかった。あたしたちがここで死んだら死語もクソもないからだ。 足元のブラックホールは巨大すぎる上に、暗黒の水晶玉が光をバグらせてそこに近づいているかどうかは分からなかった。けれどリング端末の赤いポイントはさらに点滅を激しくしカナメにますます近付いて来ているようだった。「あそこに何か見えます」 鈴風が下を指さして言った。足元のずっと下には光が溢れる銀河の中心に暗黒の巨大水晶玉が嵌っているのが見えた。そこに突き刺さった光の束がこちらに迫り上がってあたしの視野を埋め尽くし光の世界樹になっているのだった。その幹にあたる部分にそこだけ光が歪んでいる場所がある。光の流れが何かを迂回するように外側に出っ張っている。世界樹が大きすぎて実際の距離は分からなかったけれど、それは手を伸ばせば届きそうだった。リング端末を見ると赤い点は点滅を止めカナメにベッタリくっついてしまって役に立たないくなっていた。「これ、スワイプ出来るっぽい」 後ろから冬凪が差し出して来たリング端末のマップの背景は白一色でなく濃淡があった。あたしも自分のリング端末のマップを指でスワイプしてみた。すると平板な画面に濃淡が出来て来て何かを表示し始めた。さらにスワイプする。どんどんその形がはっきりしてくる。「いざよい?」 そこに現れたのは光に包まれた十六夜の顔だった。光の流れが十六夜の髪を洗っている。額は艶やかで美しく、目を優しく瞑り、鼻筋がスッと通って、少し開けた口から牙がのぞいている。頬はピーリング後にニベアしたくらいツルツルだった。その十六夜は、まさに光輝くフードを被った聖母だった。「見て!」 冬凪が小さく叫んだ。光の世界樹を見た。そこにはリング端末で見たままの十六夜が存在していた。全身を世界樹の光の中に包まれれ、顔だけ外部に突き出している。ただ縮尺がバグっていた。その顔は8千
冬凪、鈴風、あたしの乗る石舟は、銀河の中心から吹き出す広大にして高大な世界樹という名の宇宙ジェットを目の前にしていた。極彩色の光が流れてゆく方向を上だと判断して、かろうじて天地を把握しているような状況で、完全にあたしたちは座標を見失っていた。 希望があるとすればリング端末のホロ画面に表示された3Dマップだった。それは扇型をしていてカナメの部分が石舟の位置を表し、その中に点滅する赤いポイントこそ、前園十六夜のいる場所だとあたしの直感は教えてくれていた。「行かなきゃ」「どうやって? また想うの?」「それしか方法ないから」 冬凪が言いたいことはわかった。もうクロエちゃんの「想う」は2回も使ってしまった。いや、母宮木野の墓所で使ったのが最初だから3回だ。3という数字はキリがいいからリミットな感じするし、こんなチート技、ゲームなら何回も使えないものだ。「試してダメだったら、他の方法考えない?」「それはいけど」と冬凪は渋々だ。ここまで来ての冬凪の思い切りの悪さは普通ならイラっとするところだけど、あたしはそうはならなかった。閃き先行のあたしと違って冬凪はじっくり考えてから行動する子だ。きっとあたしには分からない問題が見えていて、後ろでいつものポーズして考えを巡らしてるに違いない。あたしは冬凪の解決策を待った。そしてようやく冬凪が重々しい口を開いて言った。「チート技は3回までって言うし。言わないかな?」 は? あたしとおんなじこと考えてた。むしろどうした冬凪、なんだけど。 そこに鈴風の注意喚起が入る。「夏波さん、冬凪さん。この石舟落ちてませんか?」 冬凪がそれを受けて、「それは世界樹の光が上へと移動してるから自分たちが下がって感じるだけかも」「でも光の速さが」 世界樹を見ると極彩色の光が最初見た時よりもずっと速度を増して上へと移動していた。石舟の体勢はずっと同じだったし重力があるわけでもないから、あたしたちは石舟の動きを体感できてなかったらしい。 各自リング端末のマップを見た。赤いポイントが激しく点滅しながらカナメの中心に近づいて来ていた。「「「あーね」」」







