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2-68.夕霧物語(3/3)

last update Last Updated: 2025-09-14 18:00:18

「最初の額絵は夕霧太夫がいた阿波の鳴門屋の場面だよ」

クロエちゃんが説明してくれた。夕霧太夫は阿波の鳴門屋という街道一の楼閣でとても人気があった遊女だったそうだ。そして一番近くにいるかわいらしい禿さんが伊左衛門で、この二人のつながりが鬼子の最初のエニシだと言った。

「次のは鳴門屋が炎上した時の場面」

 隣の額絵は阿波の鳴門屋が炎に包まれ、夕霧太夫が火中でもだえ苦しんでる様が描かれてある。すでに体は赤く焼けただれ、まるで火炎地獄で責めさいなまれる亡者のよう。

「次のは伊左衛門が、鳴門屋が焼亡したあとの瓦礫の山の中から夕霧太夫を引き出す場面」

焼け落ちた瓦礫の山から黒々とした異形の者が引き出される様子が描かれてあった。夕霧太夫は真っ黒な消し炭のような状態になっても生きていたのだそうだ。

「その横のが三人のアラビア人と伊左衛門が再会する場面」

ここに再び豆蔵くんと定吉くんとブクロ親方が登場する。そして旅姿の遊行上人(この人だけ説明付)が何かを指ししめていた。

「遊行上人が夕霧太夫を青墓にあるブルーポンドに連れて行けと言ってる」

ブルーポンド? それだけなんでカタカナ?

「それでその次のが、黒焦げの夕霧太夫を幟旗の付いた土車に乗せて、伊左衛門と三人の異国の人たちが街道を運んでゆく場面」

 道中の様子が描かれている中、暗い山道の箇所で夥しい数の怪物に一行が襲われていた。

「これはひだるさまというヒダルとはレベチの強敵。あのユウでさえ手を焼いてた。あたしたちは地獄の獄卒って言ってた」

婉曲した刀、シャムシールを振り回して先頭で交戦しているのは大男の豆蔵くんや定吉くんとブクロ親方だ。けれども相当苦戦しているのが分かった。伊左衛門などは片足を切り落とされてしまっている。

「その次は、青墓の杜の近くの六地蔵の前で三人の異国の人たちと伊左衛門が握り飯を分けあっている場面」

 この先に危険が迫っていることを知っている伊左衛門はここで豆蔵くんたちに別れを告げるけれど、豆蔵くんたちはそれを聴き入れず最後まで夕霧太夫に付き従うと言っているのだそう。

「その次の場面は、青墓の杜でこれまでにない数のひだるさまに襲われた一行の激戦の雄姿
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     しばらくしてクロエちゃんが、「あったけど、こんなの不気味すぎ」 と手にしていたのは赤い和蠟燭と取っ手の付いた蝋燭立てだった。「怪談とかに使うやつ」「そうそう」 でも、どうやって火を点けるんだろうと思っていたら、「たしかこの辺に」 とクロエちゃんが鴨居の中を手探りし始めた。「あった。点くかな」 と手に持ったのは上の部分が銀色で薄青色で透明のライターだった。そのライターを何度か擦ってようやく火が点くと、その火で和蝋燭を灯した。みんなの影が揺らぎながら社殿の壁に映っている。クロエちゃんが蝋燭立てを床に置いた。社殿の中には何もなく、板敷の床は土埃が浮き、いつのか分からない足跡がたくさんついていた。一番奥の、普通なら鏡とかがある高くなった場所には何も置かれていなかった。神様不在の神社。そんな感じがした。「さて。ここに夏波を連れて来たのは」 とクロエちゃんが壁の上のほうを指した。そこにはいかにも昔のものといった絵が何枚か掲げてあった。漆塗り風の黒い額に縁どられ、素朴な彩色の絵は所々絵の具がはがれてキャンバスの板目がむき出しになっていた。それがあたしにおそろしいことが描いてあるという印象を与えた。「額絵って言ってね、この神社の縁起、どうやって建てられたかってことね、が描いてある」 冬凪が説明してくれた。「夕霧太夫と伊左衛門の物語だよ」 それからクロエちゃんはその一枚一枚の絵を示しながら、鬼子の祖と言われる夕霧太夫とその従者、伊左衛門の死と再生の物語を語って聞かせてくれた。 一番右の絵には吹抜屋台の寝殿に人々が配されていて、ただそれが物語絵巻とかで見る宮中ではないのは、中央に描かれた女性がどう見ても遊女で、そのまわりに集まっているのが酔客、禿たち、それと彫が深く肌が浅黒い3人の異国の人だったから。その三人のうちの一人は軒を超えるほどの大男だった。そしてその横にいるのは髭面の戦国武将のような男。そして細身の若い男。この三人にどこか見覚えがあると思ったのは、豆蔵くんと定吉くん、それにさっきあたしたちをポルシェにのせてくれたブクロ親方にそっくりだったからだ。

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-68.夕霧物語(1/3)

     暗い林道をクロエちゃんも冬凪も押し黙ったまま歩いてゆく。あたしも声を出したらいけないような気になってしまって一言もしゃべらないでいた。でも、気になるのは森の暗闇の中で時折する音、あたしの歩く速度に合わせるように下草を掻き分け踏み分けて何者かが移動する音だった。「冬凪聞こえる?」(小声) すぐ前を歩く冬凪に声を掛けてみた。「聞こえてるよ。あれはヒダル」 ヒダルとはダラダラ坂でいたずらをする妖怪だとミユキ母さんが言っていた。でも今聞こえている音にはそんな空想の話とは違う実在感があった。「大丈夫なの? 襲われたりしない?」「死にそうにならなきゃ何にもできないから大丈夫」 やっぱり危険な存在なんだ。あたしは左右の暗闇に目を凝らしてヒダルを目視しようと思った。たしかに木々の合間に何かが蠢いているのは分かったけれど、その実体が人なのか獣なのかまでは分からなかった。「さ、着いたよ」 先頭のクロエちゃんが林道の向こうが明るく見える場所に立ち止まった。冬凪とあたしもその横に立って開けた景色を見下ろした。そこは縁は梢が高い杉の木に囲まれた、爆心地より急な斜面で囲まれたすり鉢状の土地で底には鳥居と参道と社殿があった。「四ツ辻神社の奥宮。鬼子神社だよ」 始めて来たはずだけれど、なんだか懐かしい感じ。 クロエちゃんは斜面に沿った石段を下りて行った。冬凪とあたしもそれについて鬼子神社に向かったのだった。ヒダルがついて来るかと思って振り向くと、あたしたちが立っていた林道の切れ目のところに沢山の何かがうずくまっているのが見えたけれど、それ以上降りてくる様子はなかった。「ヒダル、ついてこないね」「ここは強い結界が張ってあるから」 冬凪が教えてくれた。するとクロエちゃんも、「ヴァンパイアもここには入れない。あたしたち鬼子の安地なんだよね」 と言った。鳥居は三本足だった。宮木野神社や志野婦神社のは三本と言っても真ん中が途中で切れている簡略版だけれど、ここのは参道方向の地面に斜めに付いていた。社殿は正面に階があり屋形のような建物で奥に長さがあった。誰も参拝に来ないなのか、さい銭箱や鈴が

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-67.コミヤミユウ(3/3)

     クロエちゃんの決断力と行動力にはいつもびっくりする。ちょっと行ってくると言って出かけ、電話してきたと思ったら「今、なんでかパリにいるんだけど」って言ったりする。でもそれがクロエちゃんの今の成功を支えているとミユキ母さんが言っていた。〈♪ゴリゴリーン〉「お迎え来た。はーい。ちょっと待っててすぐ支度するから」 冬凪とあたしは急いで着替えて玄関を出た。するとそこに血のように真っ赤なポルシェが止まっていた。そしてその運転席からこちらを見ているのは、「ブクロ親方」 いつもは作業着姿なのに今はスーツに蝶ネクタイとおめかしして、しかもそれがとっても似合っていた。それを見て冬凪がびっくりするかと思ったけれど当たり前のように、「こんばんは」と言ったので、豆蔵くんと定吉くんの件といい、あたしの知らないエニシが方々に張り巡らされてると改めて思った。 クロエちゃんが助手席に、冬凪とあたしが後部座席に座った。ボボボボボと重低音のエンジンが掛かって出発。ポルシェの後部座席は狭かったけれど、鞠野フスキのバモスくんよりはなんぼか快適だった。なにより風が吹きすさんで寒いとかない。涼しいのはクーラーが効いているからだ。バイパスを走るポルシェの車窓から見えるのは、田んぼと畑と田んぼと畑と田んぼと畑と田んぼ。たまに竹林。飛ぶように風景が流れてゆく。これが全速力というものだよ。鞠野フスキくん。バイパスを降りてそのまま西山地区へ向う。山並みが近づきワインディングロードを軽快に走る。山が深くなり、沿道の木々が高くなってきた。もうすぐ峠を越えるというところまで来た時、ブクロ親方はポルシェを道脇にある駐車スペースに停めた。クロエちゃんと冬凪とあたしは、そこで降りた。ブクロ親方は、「着きました。ここからは歩いて行ってください。明日の夕方、四ツ辻に迎えに上がります」 砂利の音をさせてポルシェをUターンさせると、峠の方には行かずにワインディングロードを下っていった。もう山は暗くなりかけていた。まるで置いてきぼりを食らったような気分だ。「クロエちゃん。何処へ行くつもり?」 クロエちゃんは一人で暗闇が迫った森の中に入っていく。冬凪もその後をついて行くの

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-67.コミヤミユウ(2/3)

    話があっちの方向にずれたクロエちゃんは、「何だっけ?」「コミヤミユウには生きていたことを忘れない、つまり普通じゃない家族がいるって」冬凪が話のアシストをする。「そうそう。それあたしたちのこと」は? サラッと言ったけど。「フジミユと双子の姉妹」「随分前に亡くなったお姉さんって?」庭でマリーゴールドが風に撫でられて気分良さそうに揺れていた。「あ、それはマリって子だけどあたしはよく知らない。ミヤミユは小さい時にフジミユと生き別れてユウと一緒に育った。苗字もコミヤ」そんな人がいたならなんであたしに教えてくれなかったんだろう。そう思ったのが顔に出てたんだと思う。クロエちゃんが、「ごめんね。夏波にこのこと話すには、鬼子って教えなきゃだったから」と申し訳なさそうに言ってくれた。「で、ここからが本題なんだけど」 とクロエちゃんは改まった様子で言ってから「鬼子が忘れられるのって前に生きた人生の影響を受けないためって言われてるんだよね」 前に生きた人生? それじゃあ、次の人生があるみたい。人生は一回切り。だから面白いって配信ドラマか何かで言ってなかったっけ?「前世ってこと?」「まあ、簡単に言うと、そう。鬼子って何度も生き直すっぽい。知らんけど」(死語構文) 真剣な話の時は使っちゃいけないんだよ。死語構文まじむずい。クロエちゃんはそんなことお構いなしに話を続ける。「で、夏波の前世はコミヤミユウなんだよね」 って言われてもピンとこない。だって知らない人だもの。単刀直入すぎて感情も置いてきぼりだし。「あんまり感動ないみたい」 しばらくあたしの表情を見ていたけれど急にソファーに座ってジタバタし出した。「ほら言ったじゃん。そんなこと夏波の人生に何の関係もないって」 きっとミユキ母さんに言いたいんだと思うけども。 しばらく落ち込んだ風だったクロエちゃんは、時計を見ると、「時間だ。出かけるよ」 と言って立ち上がった。夕方の5時を回ったところだった。「ど

  • ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文)   2-67.コミヤミユウ(1/3)

    「ピーナッツが出てきたときあったよ」 フリッツ・ハッセンのラウンドテーブルの足はそれぞれ4本の金属の細い棒が合わさってできている。それらが一緒になる下の方はポケット状になっていて、ちょうど赤ちゃんが座った目の高さだ。この家に来たばかりの幼い冬凪とあたしは競うようにそこに色んなものを詰め込んでいたとクロエちゃんが懐かしそうに話してくれた。冬凪とあたしが何を突っ込もうと、決して叱ったりしないで、次は何を隠すか、変なものとか面白いものを見つけたらミユキ母さんとクロエちゃんは報告しあって楽しんでたんだそうだ。あたしも何を入れたかまでは忘れてしまっていたけれどその時の二人の笑顔は何となく覚えていた。あー、手乗りカレー★パンマン挟んでたな、そう言えば。  冬凪もあたしも本当の子供ではないのにクロエちゃんとミユキ母さんの愛情を目一杯受けて育ったんだ。それが鬼子のエニシだとしても幸せなことに変わりはないと思った。  鬼子のエニシ。さっきクロエちゃんがぽろっと言った、「ミヤミユがそうだったから夏波も鬼子使い」っていうのがそのエニシに関わることのような気がした。鞠野フスキが勝手に付けた偽名というだけではない関係。それをクロエちゃんは知っている。 「あたしとコミヤミユウの関係って?」  クロエちゃんはソファーから立ち上がって窓際まで歩いて行き、 「玄関脇の奥に山椒の木が何本か植えてあるでしょ」  窓にへばりついて見えもしない山椒の木を確認しようとした。玄関の脇の裏庭に通じるスペースにあたしの身長より高い山椒の木が並んでいる。暗がりであれが目に入ったらドキッとするし、夏になるとアゲハの幼虫がわんさかついてキモいから、あたしはなるべくその存在を忘れて生きている。だから、そういえばあったなと思ったくらいの山椒の木だ。それが何だと言うのだろう? 冬凪が何か知ってるかもと顔を見たけれど首を横に振っただけだった。 「あれ、コミヤミユウがこの世にいた証なんだよ」 鬼子は死ぬと人から忘れ去られてしまう。それは普通の人の記憶から消えるばかりではなく、この世にその人がいた記録までが抹消されてしまう。そうなると、その人が関わったものを残すことくらいでしか証がたてられないんだよと言った。 「鞠野フスキはコミ

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