LOGIN世界樹から大量の枝葉が降り注いでいた。
それは天の瀑布となって果てない平地を埋め尽くしつつあった。
頭上に聳え立つ老樹はひび割れた樹皮を剥離させ、樹下のあたしたちを恐怖に陥れた。
「ここにいたら潰される」
冬凪が頭上に迫ったサッカー場大の樹皮を指さして言った。
「乗ってください!」
鈴風が自転車に跨がり、繋がれたリアカーを振り向いて叫ぶ。
乗ってるのはあたしだけで冬凪はまだだ。急いでこちらに走って来たけれども、鈴風も速度を緩めず全力で自転車を漕ぐ。
追いつかない。
「冬凪!」
あたしはリアカーの手すりに掴まり手を伸ばす。冬凪は上を気にしながら走るものだから距離が縮まらない。
「冬凪、手!」
冬凪がハッとなって手を伸ばす。でもとどかない。
「想って!」
冬凪が頷く。手が近づいてくる。
二人の指先が触れた一瞬、何かの力が働いて吸い付くように掌が重なった。
その機を逃さず思いっきり引っ張ると、冬凪の体がフワッと空中に浮いてあたしの胸に飛び込んで来た。
その勢いは止まらず、自転車も大地を離れ茶褐色の豪雨の中へ。
「想えた?」
腕の中の冬凪が聞いてきた。
「想えたんだろか」
クロエちゃんが言っていた「想い」とはちょっと違う気がした。
「想えたでいいのではぁ?!」
全力で自転車を漕ぐ鈴風が叫ぶ。めっちゃ忙しそう。
「大丈夫? 変わる?」
「変わって落ちたら大変ですから!」
そりゃそうだ。
その時、リアカーのすぐ後ろを掠めて巨大な樹皮が崩落した。
母宮木野の墓所が轟音と土煙りの中で見えなくなる。
冬凪がその様子を呆然と見つめ、
「ああ、辻沢の神話が、母宮木野の記憶が」
膝から崩れる冬凪を落ちないように支えリアカーの手すりに掴まった。
冬凪はショックが大きすぎて体の震えが止まらなくなっている。
冬凪は
あたしは震える冬凪を抱きしめた。「冬凪、神話なんて作ればいいんだよ!」「誰が?」「あたしたちが!」「そんなこと。神でもないのに」 冬凪は子供のように泣きじゃくりだした。「十六夜に会いに行こう。使命とかいらない。あたしたちの神話をつくろ! 冬凪とあたしと鈴風で」 ヒックヒックしながら冬凪があたしの目を見つめる。そしてもう一度、母宮木野の墓所の土煙を見下ろして、「そっか、あたしたちが新しい辻沢の記憶になればいいのか」 ワンチャンなれんじゃね?(死語構文) その時突然、天地を揺るがす雷鳴が轟いた。耳を裂く大音量、大気が震え落葉の勢いが一瞬止まる。冬凪もあたしも耳を塞いで衝撃波を遮断する。自転車を漕ぐ鈴風は肩を思いっきりすぼめながら全力をキープする。雷鳴は何度も何度も繰り返す。その度に叫び声が出るけれど、全て雷鳴に打ち消されて聞こえない。 その雷鳴は天から降ってきたのではなかった。枝葉に遮られてここからは見えない世界樹の中心から響いてきていた。やがて世界が破裂したような爆発音がした。「世界樹が!」 冬凪が指差す世界樹の幹で爆裂連鎖が起こり、次々に樹皮が剥落しだした。その勢いは枝葉の落下より早く、樹皮がなくなった場所は血の様な樹肌を晒していた。「何が起きてる?」 冬凪が目を丸くして言った。 そんなのわからない。けど、とんでもないことが出来してるに違いなかった。「急ぎましょう」 鈴風が息を切らせながら叫んだ。「分かった。でもそれ、鈴風次第かも」 鈴風が一言、「ですよね」 冬凪もあたしもリアカーに乗ってるだけだ。 その間も雷鳴は轟き続けていた。天地が終わるまで鳴り続けるつもりなのか? と思った途端、雷鳴が止んだ。豪雨のような落葉の音が耳にうるさくなる。そしてしばらくする
世界樹から大量の枝葉が降り注いでいた。それは天の瀑布となって果てない平地を埋め尽くしつつあった。頭上に聳え立つ老樹はひび割れた樹皮を剥離させ、樹下のあたしたちを恐怖に陥れた。「ここにいたら潰される」 冬凪が頭上に迫ったサッカー場大の樹皮を指さして言った。「乗ってください!」 鈴風が自転車に跨がり、繋がれたリアカーを振り向いて叫ぶ。乗ってるのはあたしだけで冬凪はまだだ。急いでこちらに走って来たけれども、鈴風も速度を緩めず全力で自転車を漕ぐ。追いつかない。「冬凪!」 あたしはリアカーの手すりに掴まり手を伸ばす。冬凪は上を気にしながら走るものだから距離が縮まらない。「冬凪、手!」 冬凪がハッとなって手を伸ばす。でもとどかない。「想って!」 冬凪が頷く。手が近づいてくる。二人の指先が触れた一瞬、何かの力が働いて吸い付くように掌が重なった。その機を逃さず思いっきり引っ張ると、冬凪の体がフワッと空中に浮いてあたしの胸に飛び込んで来た。その勢いは止まらず、自転車も大地を離れ茶褐色の豪雨の中へ。「想えた?」 腕の中の冬凪が聞いてきた。「想えたんだろか」 クロエちゃんが言っていた「想い」とはちょっと違う気がした。「想えたでいいのではぁ?!」 全力で自転車を漕ぐ鈴風が叫ぶ。めっちゃ忙しそう。「大丈夫? 変わる?」「変わって落ちたら大変ですから!」 そりゃそうだ。 その時、リアカーのすぐ後ろを掠めて巨大な樹皮が崩落した。母宮木野の墓所が轟音と土煙りの中で見えなくなる。冬凪がその様子を呆然と見つめ、「ああ、辻沢の神話が、母宮木野の記憶が」膝から崩れる冬凪を落ちないように支えリアカーの手すりに掴まった。冬凪はショックが大きすぎて体の震えが止まらなくなっている。冬凪は
世界樹を見上げている冬凪に、「ダメっぽい」 報告すると、「クロエちゃんもここに来たって言ってなかった?」 言ってたような気する。でもそれは最近のことではなさそうだった。記憶の狭間にクロエちゃんを探しにゆく。クロエちゃんはいつも笑顔で冗談ばかり言ってるけど、大事なことをあたしたちに教えてくれた。藤野家の家訓もクロエちゃんが作ってくれた。「クソコメ、クソリプする。 舌打ちをする。 靴の踵をふむ。 道に唾をはく。 物に当たる。 準備もないのにオートバイの後ろに乗れと言う。 軽自動車に乗せてもシートベルトをしろって言わない。 そういうやつとは付き合うな」 理由は、最初はいい顔するけど下手打った時こっちに八つ当たりすからだそう。そういうの、まだよくわかんないけど大事そうだ。 突然あたしは思い出した。 藤野家の、裏庭に抜ける場所に山椒の木が何本かあって、小学生のころ夏の初めにその実を採ることが恒例になっていた。下の方に成っているのはいいけれど上のほうのはクロエちゃんでも届かなかったから、冬凪にもあたしにも無理と思っていた。それで手をこまねいていたらクロエちゃんが、「採れるよ。やってごらん」「「どうやって?」」「キャタツ?」 冬凪が倉庫に走ろうとしたら、「そんなのいらない。想うだけでいい」「「おもう?」」「そう。想う」 クロエちゃんは、トンと地面を軽く蹴ると、スルスルと山椒の木の梢の高さまで飛び上がって、一番上の青々とした房をむしると、ストっと地面に降りて来た。「ね」 ねって。 それで冬凪が先に言われた通りに想いを込めて地面をトンと蹴ると、山椒の木を超えてしまうほど高々と飛び上がった。梢を行き過ぎて落ちながら慌てて山椒の実を取ろうとしたけれど、枝を千切っ
鈴風とあたしも母宮木野の墓所から出て行く冬凪の後について行こうすると、ヘルメット男が黄色い牛乳瓶の箱を渡してきた。「これを頼む。自転車に乗せておいてくれ」 それを受け取った鈴風が先に出て行った。あたしが身を屈めて出口の通路に入ると、背後で水が激しく繁吹く音がした。振り返ると天井の水溜まりが渦を巻いていて、ヘルメット男が石室の中央で大きくなっていく渦を見上げていた。見る間に渦巻きが下に伸び石室の中が水飛沫でいっぱいになってヘルメット男が見えなくなった。激しい繁吹きの音が止んで石室の水飛沫が晴れた。渦巻きが消えていた。ヘルメット男もそこにいなかった。天井が鏡のような水溜まりに戻る。そして石室のどこかからヘルメット男の声が聞こえて来た。「夕霧に伝えてくれ。やっとこの世を去れる。ありがとう、と」 石室の空気が変わり入った時のぞわぞわ感が戻ってきた。そして水滴が地面から天井に逆上がりする状態になった。「ヘルメットさん。ユウさんなら、きっとまた会えるよ」 あたしはそう言い残して母宮木野の墓所から出たのだった。 墓所の外は来た時と景色が一変していた。天蓋の枯れ葉の雲から茶褐色の瀑布がいく筋も平地に落ちかかっていた。その下では山が出来、山脈となって平地を枯れ葉で埋め尽くしている。「どうしちゃったの?」「わかんない」 冬凪も降りしきる茶褐色を見上げて不思議そうにしている。鈴風が何か知ってないか顔を見たけど、「さっぱりです」 お手上げのようだった。「で、どうする?」 トリマ帰らなきゃいかんだろ。「牛乳配達の人は?」「天に召された」 めっちゃ低い天だけど。「は? どいうこと?」「ここにいるのはあたしらだけ」 冬凪は頭を抱えながら、「まじか。運転は誰がす
あたしは目を瞑り正座してお縄を頂戴する体で両手を前に差し出した。小屋の床には柊が持って来た露草の生首が転がっているはず。生首を持参した柊が田鶴さんと地下道で逃げてしまった今、警察に捕まるのはあたししかいなかった。外の騒々しさがこの小屋にも迫る中、足音が近づいて来るのを聞いて観念したところだった。小屋の扉がそっと開く音がしたので目を開けると、目の前にいたのは、あたしと同じように床にへたり込んだ、白地にブルーのラインが鮮やかなセーラー服の、あたしだった。「夏波大丈夫?」 グレーのブレザーに紺の細タイ、ボックスプリーツのスカートの冬凪が向こうのあたしに声を掛ける。じゃあ、あたしは誰? 自分の服装に目をやると、深紅のフレアスカートで、腰に大きな黒いリボンがついた制服を着ていた。これを辻川町長のマンションで選んで着たのは鈴風だった。つまりあたしは今、鈴風なのだ。目の前のニセのあたしが、「冬凪さん。わたし、鈴風です」 と言ってこっちを見た。その途端、あたしの意識が横に引っ張られて体の外に飛び出した。すぐに意識の移動は停止し再び身体感覚を取り戻した。その間一瞬だけ鈴風とあたしとの両方を視野に入れた位置に抜け出していた。そして移動が終わったとき目の前にいたのは、深紅の制服を着た鈴風だった。自分はセーラー服を着ていた。「戻ったっぽい」 まだくらくらする頭を揺すりながら言うと、「わたしも戻りました」 鈴風がそれに応じた。「エニシの切り替えをした者同士は究極のエンパシー状態となってお互いの魂を行き来する。夏波は鈴風の、鈴風は夏波の記憶を自分のものとして感じ取ったはずだ」 ヘルメット男が説明する。魂のことはよく分からないけれど、確かにあたしは鈴風として鈴風の記憶をトレースした。「それが鬼子のエニシだ」 あたしは鈴風の手を取って一緒に立ち上がった。そして二人の薬指を目の高さまで持ち上げてみた。あたしの薬指の第二関節から赤い糸が鈴風の薬指の第二関節につながっているのがうっすらと見えた。あたしは鈴風に近寄りハグをした。鈴風もそれに応えて抱き返してくれた。その時、鈴風の体から熱い波動が伝わって来て弾け飛びそうになった。それはユウさんや冬凪から感じる波動だ
小屋の床に寝かされた柊が虚ろな目で天井を見つめていた。「気づいたの?」「いいえ。夜明け前なのでまだです。今は閾の時で何も分かっていないはずです」 と田鶴が説明した時、「風鈴姉さん」と柊が妾に言った。妾は寝言に返事をすると起きて来られなくなると教わっていたので田鶴を見て確認した。田鶴が首を横に振って返事をするなと意思表示する。「風鈴姉さん。いるんでしょ。返事をして」 妾は一瞬、屍人の問いかけを思い出した。けれど柊の目はいつもの光を宿してこちらを見つめていたので、「ここにいるよ。なんだい?」 と返事をした。すると柊は、「露草に一万円札を取られちゃった。今から行って取り返してくるね」 と言うと突然飛び起き、小屋の戸を蹴倒して外に出て行ったしまったのだった。 その後、千福楼から聞こえて来たのは、戸板を破る音、窓が壊れる音、材木をひしぐ音、家財が倒れる音、怒号、悲鳴、怒号、悲鳴、悲鳴、怒号、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、そして最後に断末魔。それが数十分続いて静かになったと思ったら、小屋の入り口に血を全身に浴びた裸の柊が立った。その片手には髪の毛を掴んで生首をぶら下げていた。その首は赤黒い血が塗りたくられてよく分からなかったけれど、露草のもののようだった。「風鈴姉さん。はい。これ」 ともう片方の手に持った血まみれののし袋を妾に手渡してきた。流石にそれは受け取れないと手をこまねいていると、「お願い。受け取って」 と突き出してくる。「それは柊がもらったものでしょ。ただ受け取れないよ」 と応えると、「じゃあ、これをあげる代わりに約束して」「何を?」「もし、風鈴姉さんがまた鬼子に会うことがあったなら、妾と思って助けてあげて」 そう言うと、のし袋を妾の手にねじ







