LOGIN城に着くと、執事のバトラが出迎えてくれた。
(この人は……!)
忘れもしない。忘れられるわけがない。前世でレイスとアンナを引き離し、まだ生きているアンナを、焼却炉に放り込んだ張本人だ。できることなら今すぐ殴ってやりたいが、問題を起こすわけにはいかない。何より、彼はアンナのことなど知る由もないのだ。
「レイス・フレアージュ様でいらっしゃいますね? ご多忙の中、足をお運びいただき、ありがとうございます。ゲイリー王子がお待ちです。どうぞこちらへ」
バトラの案内で応接室に行く。中に入るとゲイリーが本を読んでいた。
(抑えろ抑えろ抑えろ……)
ゲイリーには、バトラ以上の殺意が湧く。長年レイスとアンナを苦しめ、我が子を見殺しにした男。どう考えても、幸せの国の王にふさわしくない。
「君がレイスか。噂は聞いているよ。様々な数式を発表したり、自分の領地に住む住人達がより快適に過ごせるよう、努力しているそうだね」
「領主の娘として当然のことをしているだけですわ」なんと
城に着くと、執事のバトラが出迎えてくれた。(この人は……!) 忘れもしない。忘れられるわけがない。前世でレイスとアンナを引き離し、まだ生きているアンナを、焼却炉に放り込んだ張本人だ。できることなら今すぐ殴ってやりたいが、問題を起こすわけにはいかない。何より、彼はアンナのことなど知る由もないのだ。「レイス・フレアージュ様でいらっしゃいますね? ご多忙の中、足をお運びいただき、ありがとうございます。ゲイリー王子がお待ちです。どうぞこちらへ」 バトラの案内で応接室に行く。中に入るとゲイリーが本を読んでいた。(抑えろ抑えろ抑えろ……) ゲイリーには、バトラ以上の殺意が湧く。長年レイスとアンナを苦しめ、我が子を見殺しにした男。どう考えても、幸せの国の王にふさわしくない。「君がレイスか。噂は聞いているよ。様々な数式を発表したり、自分の領地に住む住人達がより快適に過ごせるよう、努力しているそうだね」 「領主の娘として当然のことをしているだけですわ」 なんとか殺意を抑え、作り笑いをする。実質3度目の人生とは言え、まだ精神が未熟だ。感情を抑え込むのに苦労する。 「謙虚さも兼ね備えているとは素晴らしい。是非、君と結婚したい」 「お言葉ですが、ゲイリー王子。私達はお互いをよく知りません」 「政略結婚というのは、そういうものだろう」 レイスの言葉に、ゲイリーは不思議そうな顔をする。 「えぇ、ですが、すぐには決められませんわ。私にも選ぶ権利がございますから」 「なんだと?」 ゲイリーの目に怒りが滲む。貴族の娘達は王子と結婚したがる。だから、断られるなど微塵も思っていなかったのだろう。何より、王族の申し出を断る自分を許せないのだろう。ゲイリー・バーネットとは、そういう男だ。 「少し成果をあげたからって調子に乗るなよ。この俺が結婚してやると言っているのだから、喜んで受け入れればいいんだ」 「で、出たー。モラハラ男♡ 原始人並のお古思考♡ 幸せの国の次期国王が男尊女卑とかみっともなぁ♡ 平民以下♡ 名ばかり王子♡《結婚とは、男女が支え合うものです。幸せの
翌日、午前中に学会で化学の基礎を発表し終えると、噴水広場に行った。「わぁ、すごい……!」 目安箱は見違えた。テーブルに屋根と壁をつけたような小屋が建ち、目安箱はそこに設置されていた。目安箱はテーブルに置かれ、隣には箱がおいてある。「これなら、目安箱がうっかり噴水に落ちることなんてないでしょう」「本当にありがとう! ところで、この箱は?」「その箱には紙と鉛筆が入ってるのさ。わざわざ家で書いて入れに来るのもめんどうだからね」 昨日の中年女性が言う。きっとこの箱も、彼女が用意してくれたものなのだろう。「皆、本当にありがとう! 私、この領地をもっと快適に暮らせるように頑張るから」「お礼を言うのはこっちの方さ」「そうそう。公爵家の娘さんが、ここまで考えてくれるなんて、思いもしなかったからな」「頼んだぞ、お嬢ちゃん」 彼らの声に胸がいっぱいになる。自分のために始めたことだが、今は彼らのために頑張ろうと心から思える。 目安箱を設置してから、レイスの生活はまた少し変わった。午前中は魔剣士になるための修行、午後は目安箱の確認や、実現させるべきものを見極めたりする。時折学会に顔を出しては数式や化学、科学の基礎を発表していった。 レイスの名は貴族間、平民、学会に轟き、彼女の名を知らない者はほとんどいなくなった。その噂はもちろん王族にも届いたらしい。レイスが学会から返ってくると、父のアルフレッドが興奮気味に話しかけてきた。「すごいぞ、レイス。王子が是非ともお前に会いたいと言っている。ほら、招待状だ」 招待状を受け取ると、明日の午後2時に城に来るように書いてあった。(こっちの予定も考えないで、横暴なんだから) 明日の午後は目安箱を見に行く予定だった。だが、いくら知名度が高いレイスでも、断れば罰せられる可能性が高い。それに目安箱なら、行く前に回収して馬車の中で確認すればいい。「分かりました。明日、城に行ってきます」「あぁ、行ってきなさい。そうだ、今から明日着ていくドレスやヒールを買ってや
魔術師の先生と馬術の先生から太鼓判を押されたレイスは、時間が出来た。その出来た時間でお茶をしつつ、これからどう動くべきかを考える。 この世界は、前世と少し違った動きをしている。ほとんどが記憶通りなのだが、メリンダと1年も早く会ったのは予想外だった。もしかしたら他にもそういった異変が起きるかもしれない。なら、どう対策を取るべきか? 何かいい策はないかと、火野玲海の記憶を手繰り寄せる。 数学、アニメ、映画などでごった返した火野玲海の記憶から、とあるゲームのワンシーンが鮮明に浮き出る。「味方を増やそう」 思い出したのは、有名なRPGシリーズだ。主人公パーティにいる姫が、実は赤子の頃にすり替えられた偽物だと判明し、兵士達に追いかけられる。そんな姫を救ったのは街の人々。姫は慈善活動に力を入れ、人々の暮らしを豊かにしていった。そうした功績が国民の心を動かし、危険を犯してまで姫を助けた。「幸せの国と言われてても、きっと何か不満はあるはず」 レイスは簡単な設計図を書いて部屋を飛び出すと、敷地内にある小屋を訪ねた。「ファベル、ちょっといい?」「おぉ、レイス嬢ではありませんか」 小柄で小太りの老人が、人懐っこい笑みを浮かべる。彼はファベル。屋敷のメンテナンスをしたり、物を直したり作ったりしてフレアージュ家を支えている。「実は、作って欲しいものがあるのよ。これなんだけど」 レイスは先程書いた設計図を見せた。設計図に描かれているのは箱。上に長方形の穴が空いており、後ろの面はスライド式で開閉できるようになっている。「作るのは構いませんが、この箱はなんですかな?」「目安箱よ」「めやす、ばこ?」「そう。ここに、領地の人達に改善してほしいことを書いた紙を入れてもらうの。それで少しでも皆の暮らしを豊かにできたらいいなって思って」「おぉ、なんと素晴らしい! うーむ、そうですなぁ。そんな大事な箱なら、ここはスライド式で開くのではなく、ドアのように開閉できるようにして、鍵をかけてはいかがですかな?」「確かに。それなら大事な皆の声を
13歳になったレイスは、友人達とお茶会をする。そこに予期せぬ人物が現れた。将来側室となるメリンダだ。メリンダは装飾過多なドレスを身にまとい、誰よりも目立っていた。 彼女はレイスを見つけると、ニヤニヤしながら近寄ってきた。「あなたが才女と噂のレイス? なんかぱっとしなぁい。同じ公爵家の娘でも、こんなに差があるのね。メリィは愛されてるから、こんなに素敵なドレスや宝石をパパとママにもらってるけど、あなたといったら、なにその貧相なドレス。平民かと思ったわ。きっと、愛されてないのね。だから必死に勉強してるんでしょ?」 メリンダはレイスのつま先から頭のてっぺんまで見て、クスリと笑う。メリンダに同調するかのように、周りの少女達もクスクス笑う。(侮るなよ、日々SNSでレスバをし、新古問わず様々なアニメや映画でネットミームの元ネタ作品を網羅してきた私のレスバ力を) この頃になると火野玲海の記憶はすっかり馴染み、自分の記憶と認識していた。「メリンダ、あなた何歳?」「え?12歳だけど? なに、おばさん」 メリンダのおばさん呼ばわりにくすくす笑う。「うっわ、着飾ってばっかで頭わるーい♡ てか、12歳なのに自分のこと自分の愛称で呼ぶとか、はずかしー♡ きんもー。中身空っぽなの見え見え♡《あなたのご両親は、着飾ることばかり覚えさせて、肝心の中身を育てなかったのですね。自分のことを名前や愛称で呼ぶのが可愛いとされるのは、5歳まででなくて?》」 静かに微笑みながら返すレイスに、メリンダはゆでダコのように顔を真赤にして怒る。「なによ、おばさん!」「はぁ? おばさん? まだ13歳だし、あんたとひとつしか変わらないんですけどー? そもそも結婚できる歳でもないし。《おばさん? あら、では来年あなたはおばさんね。それに私達、まだ結婚できる年齢でもありませんのよ? 同じことを、あなたのお母様に言えるのですか?」「ママは関係ないじゃない」「ぷぷ、公爵家の娘なのに、親のことまーだパパママって読んでるの? だっさぁ♡ 未熟を若さと思い込んでるとか、勘違い乙でーす。《あなたの言動には、幼稚さが滲み出ていて、とてもひとつ下の令嬢と話している気分にはなれませんわ。4,5歳の子供を相手してる気分になります。私のお友達に公爵家令嬢は他にも何名かおりますが、ご両親をパパママなど、甘えた呼び方を
公爵家令嬢というのは、人前で完璧に振る舞うことを求められる。テーブルマナーはもちろんのこと、些細な所作まで見られる。だから大半の令嬢は現代でいうマナー講師をつけているのだが、レイスはそれを断った。 アルフレッドは何か言いかけたが、レイスが紙とペンを見せると押し黙った。 レイスのすることに口出しをしないと約束をしたものの、世間体を気にするアルフレッドは、過去に1度だけ口出しをした。やはり剣術は必要ないのではと言われたのだ。 その時、紙とペンを出し、「私に解けない問題が出せるのなら言うことを聞きます」と言ったら、彼なりに問題を出した。だが、レイスにとってその問題を解くのは、赤子の手をひねるよりも楽な作業だった。問題をすらすら解かれて以来、アルフレッドが口出しをしようとする度に、こうして紙とペンを見せるようにしたというわけだ。 前世の記憶でマナーや所作が完璧なレイスは、ますます剣術や魔法の修行に力を入れる。 フレアージュ家の使用人達は、レイスは人知れず努力してマナーなどを学び、習い事をこなしていると思い込み、レイスを尊敬したり心配したりした。「レイスお嬢様、たまにはお休みになられたらいかがですか?」 そう声をかけられたのも、1度や2度ではない。少しでも早く上達したいレイスは休むつもりなどなかったが、ジェネロルまで休むように言ってきた。師範に言われては、休むしかない。 だが、大人しく部屋で休んでいるようなレイスではなかった。 休日、レイスはノートや筆記用具を持って、王立図書館へ足を運ぶ。王立図書館に立ち入ることができるのは王族と貴族のみ。 小説の類をあまり置かないせいか、王立図書館の常連は学会に赴くような中高年男性が多く、まだ15歳にもなっていない少女のレイスは浮いていた。(あの辺がいいかしら) 数や数式について書かれた本が並ぶ本棚に目をつける。そこには先生と呼ばれるような人物が何人もいる。おまけに、本棚の近くにはテーブルが置いてあった。 レイスはテーブルに座ると、ノートを広げ、式を書いていく。答えがマイナスになる引き算、この世界にはない筆算や掛け算。そして因数分解。 2ページ分ほど書くと、その問題を解いていく。「失礼、お嬢さん。それは何かな?」 初老の男性は、立派なあごひげを撫でながら、興味深そうにレイスのノートを覗き込む。その男の名は
父から許可をと協力を得ることに成功したレイスは、今まで以上に習い事に力を入れた。今まではやる気がなかった馬術もひとりで馬に乗れるまで成長し、魔法も基本的なものさえ習得できればいいと考えていたが、アンナの件で、それだけではないと学び、なんとか中級魔法まで使えるようになった。ちなみにレイスの年齢で中級魔法を扱えるのは、10人にひとりほどの割合だ。 問題は剣術だった。まずは木刀で練習をするのだが、この木刀が意外と重く、一振りするのも一苦労。見かねた師範・ジェネロルは、短刀を模した木刀に変えてくれた。 短刀になることで、レイスでも簡単に振るえるようになったのはいいが、今度は相手との距離が近くて怖くなってしまう。「ごめんなさい……。ジェネロル様……。私、剣術向いてないのでしょうか?」 母としての愛情や痛みを分かっているとはいえ、まだ12歳。思うように上達せず、挫けそうになる。「謝ることはありません、レイス嬢。あなたはよくやっています。私はあなたを誇らしく思いますよ」「え?」 予想もしてないジェネロルの言葉に顔を上げると、彼は優しく微笑んでいた。「剣を握ろうとする女性はほとんどいません。貴族となると、なおのこと。ですから、私はレイス嬢が興味を持ち、懸命に学ぼうとしてくれるだけで充分嬉しいのです。それに、木刀といえど、重たいのですから、今のあなたには、数回素振りが出来ただけでも充分」「それでは、いけません」「レイス嬢?」「私は、守りたい者がいるのです。そのためにも、強くならなきゃ……」 再び木刀を握ろうとすると、ふわりと抱きしめられる。その体温は高く、少し汗臭い。ジェネロルは小声で何か言ったが、聞き取れない。「ジェネロル様?」「あなたは、あなた様は、なんて気高いのでしょう。まだお若いのに、そのような覚悟を持っていたとは……。このジェネロル、必ずやあなた様を立派な魔剣士にしてみせます」「ジェネロル様……!」 感動で胸が震える。兵士はざっくり2つにわかれる。ひとつは剣や盾などの武具のみで戦う騎士や剣士。そして、武器と魔法を駆使して戦う魔剣士。 魔剣士は魔法が使えればなれるというわけではない。魔法を使いながら戦うのは、右手と左手それぞれ別の絵を描くような難しさがある。大半は魔法か剣術のどちらかに傾いてしまい、中途半端な戦い方になって命を落とす。







