LOGIN「……ほら、早く行くぞ! こんな無気力な奴、一刻も早く人間らしい感情を取り戻させないと、私がおかしくなる!」
赤鬼ギャルの
隣で
街に出ると、当然ながら
まるで動物園の珍獣を見るような視線が、
「うっわ、マジ見てる見てる! なんか私、有名人みたいじゃん?
しょーへー、どう? 私ってば目立ってる?」
「当たり前だろ……こんな格好してる奴、他にいねぇんだから……」
ボソリと呟くと、
街を歩いていると、
「あ! あのたこ焼き屋さん、超美味しそう! 匂いヤバいんですけど!」
「えー! あの服ちょー可愛い! 私に似合うかな!?」 「うっわ、でっけー犬! モフりたい!」いちいち立ち止まり、デカい声で騒ぐ。
その度に、周囲の視線がグッと集まる。 やめてくれ、勘弁してくれ。「……なあ、別に俺、付き合う義務とかないだろ」
「はぁ? なに言ってんの? あるに決まってんじゃん!
アンタが煩悩向き合わないと私ヤバいんだよ? そのためにも、まずはアンタの五感を刺激して、世界には楽しいことがいっぱいあるんだって教えてあげなきゃ!」
「金……持ってねぇぞ」
抵抗する意味も込めて、俺は財布を持っていないことをアピールした。
急に連れ出されたんだから、スボンのポケットには小銭くらいしか入っていないはず……だった。 すると、
「ちょっ……何してんだよ!」
「いやいや、ちゃんと持ってるじゃん! ほらー!」
「……何勝手に人の財布触ってんだよ」
「いーじゃんいーじゃん! 私、アンタの煩悩と失われた活力から生まれたんでしょ?
ってことは、私ってばアンタの一部みたいなもんなワケ! だから、しょーへーのモノは私のモノ~!」
「ハイ、これでクレープ買って!」
「あんた……本当に何なんだよ……」
俺は呆れて
もう、ダルいを通り越して、なんか色々と限界かもしれない。
クレープを受け取った
「あー! 超うまい! アンタも一口食べる? ほらほら!」
すると
「なっ……!?」
「もう! 食べてみなってば! こんな美味しいもの、無気力とか言って食べないとかマジありえん!」
「んんっ!?」
口の中に広がる、予想外の味覚。
とろりとしたクリームの、強烈な甘み。
その奥に感じる、クレープ生地の、ほんのり香ばしい卵の風味。 そして、瑞々しい苺の、キュッとくる酸味と、さっぱりとした爽やかさ。今まで、食べ物なんて腹を満たすだけのものだとしか思っていなかった。
何せ普段は実家仕送りのコメを炊いて、ふりかけか……せいぜい納豆で味を変えるくらい。 味がしても、それはただ「甘い」「しょっぱい」といった記号でしかなかった。でも、今、俺の口の中で混ざり合ったクレープの味は、一つ一つの風味がはっきりと主張してきて、五感を直接叩き起こされるような感覚だった。
鼻に抜ける苺の香りは、街の空気とは違う、生きた植物の匂いだった。
「……どう? 美味しいでしょ?」
ただ、口の中に残る複雑な味の余韻と、それを感じ取った自分自身に、ほんの少しだけ戸惑っていた。この味は……なんだ? 別に、感動するほど美味いとか、そういうことじゃない。
ただ、今まで自分が感じてこなかった「味」という感覚が、確かにそこにあった。
「ほらね! 世界には美味しいものが、楽しいことがいっぱいあるんだよ!
アンタのそのダルそうな目に、もっと色んなもの見せて、食べさせて、触れさせて、聴かせて……アンタの五感を、感情を、全部叩き起こしてやるんだから!」
「えっ、何!?」
俺が驚いて
「あ! 手首と手の甲の“味欲”の模様、ちょっと薄くなってるー!
ラリってボンノー!!
うん、いいぞ順調!」
こっちを向いてニカっと笑う。 「超うまいって感じた瞬間、煩悩一個ぶっ飛んだってことね!」「は? 何が……」
俺も
「マジだ……」
思わず呟いた。
「キャハ! 見た!? しょーへー見た!? 私のこの美しい肌が! 一部だけど戻ってる! 復活してる!!!」
「これも全部! しょーへーがクレープの味をちゃんと感じたおかげだよ!
ほら! 味覚に絡むっていう煩悩を、少しだけだけど解放した証拠!」煩悩? 味覚が? いや、あれは別に煩悩っていうか、ただの感覚だろ……。
でも、「うっっっっっっし!!! この調子でどんどんアンタの煩悩解放するよ!
解放すればするほど私の肌が綺麗になるし、自由への道が開けるんだから!」
クレープの味を感じた。
ただそれだけのことで、
除夜の鐘の音を思い出す。百八回。
煩悩の数。「108分の、いくつなんだ……?」
道のりは……果てしなくダルそうだ。
しかし、目の前で自分の手の模様が薄れたことを心から喜ぶ
彼女の喜びは、まるで自分のことのように……
いや、正確には「自分の一部」のことだから当然なのかもしれないが……妙に強く伝わってきた。 とにかく、俺の無気力な日常は、
そして、
俺の煩悩解放大作戦は、こうして、クレープの甘酸っぱい味覚と、赤鬼ギャルの狂喜乱舞から始まった。
(2/108)羅璃の言葉が、俺の頭の中に響き渡る。(逃げるな……ちゃんと受け止めろ……) 羅璃は、俺を無気力の底から救い出し、人との繋がり、夢中になれること、そして生きる喜びを教えてくれた。彼女の導きがなければ、今の俺は存在しない。そして、今、その羅璃が、俺に最後の「課題」を与えている。 それは、「愛」を受け入れること。 俺はゆっくりと立ち上がった。さくらさんの視線が、不安げに俺を見上げている。羅璃は、じっと俺を見つめ、その表情からは一切の冗談めいた雰囲気は消えていた。 ----------「……今日の天宮司さんと……私……どっちの方が……魅力的で……翔平の好み……?」 以前羅璃はそう俺に聞いてきた。「……うれしいよ、しょーへー……」 イヤリングをプレゼントしたとき泣いていた羅璃。 ----------「潟梨君がちょっと良いな……って」 大学で羅璃を監視に来た時の天宮司さんの新鮮な反応。高橋先輩のバンドと聞いて見に行ったライブハウスのサクラ……。「そこで……私が考えた策が……潟梨君を恋人として、結婚前提でお付き合いしていると紹介し…」 ---------- そういえば、御父上に会う切っ掛けはいきなり結婚相手としてだったっけ…… 俺は、さくらさんの前に向き直った。 さくらさんの目には、迷いも、計算もない、ただ純粋な感情が宿っていた。彼女は俺の無様な姿も、俺の隣にいる羅璃の存在も、すべて知った上
「きらーん!羅璃の正体は……天邪鬼だよ!」 羅璃の口から出た言葉に、俺は息を呑んだ。 天邪鬼。 ……ん?邪鬼とどう違うんだ?……と思っていたら…… 「邪鬼とか言ってる雑魚じゃねぇぞ、サクラ」 羅璃は、さくらさんを睨みつけるように言った。 さくらさんは、少し緊張した面持ちで、ただ頷いている。 俺は一体どういうこと?という顔をしていたと思う。 ◇「あの年末……しょーへーお前は、あの時点であらゆる煩悩が体から剥がれかけて、引き摺っていた。そんなニンゲン、初めて見た。全部一塊で喰えばラッキーくらいの気持ちで、お前についていったんだ」 羅璃は、淡々と語り続ける。 ……?ん?……ついてった……?憑いてた?色々なんか初情報が多すぎて混乱する。煩悩って引き摺るものなのか?煩悩って喰らうモノなの?「だが、除夜の鐘を撞いたことで全て一気に剥がれた煩悩の塊が、全て羅璃の体に憑依して、羅璃を強烈に縛ったんだよな……」 すでにほとんどが消えている文様の痕を摩る羅璃。「喰らうどころか、羅璃が煩悩の塊に喰われる形になったんだ」 手のひらを掲げて電灯にかざす羅璃。「逃げても呪縛から抜け出せず、このままでは羅璃の力を吸い尽くされて、消滅してしまうところだった……しょーへーの溜め込んだ欲求の煩悩は極めて濃縮された呪いの力みたいなもんだったんだよな~マジやばくね?ってなったんだよね…あの坊主、絶対全部分かっててしょーへーに鐘撞かせたよな~」 そうか……そういえば、あのお寺……羅璃に引っ掻き回されてあの後一度も行ってないけど…あの住職には何か見えていたのだろうか? それにしても……羅璃の説明に、いかに人間性を失くして生きていたのかを思い知らされる……羅璃も大変だったのだな……「こうなると、元の持ち主である翔
完成したゲームは、ネットのゲーム配信プラットフォームを使って、無料で遊んでもらおうということになった。 インディーズタイトルとして集金できる方法も検討したが、山本中会長が「利益を追求するのは、プロになってからで良い」と言ったので、誰も反対しなかった。 その会長のセリフは『プロのゲーム開発者を目指す』という、強い決意の表れだと感じた。 配信を開始すると、予想外の反響があった。 シンプルなゲーム性、中毒性のあるテンポと難易度が受けたのだろう。 数名のゲーム系配信者の目に留まり、彼らに紹介されたこともあって、あっという間に数千本のダウンロードに届いた。 ユーザーからの評価もそこそこ良く、想定よりもバズったと言って良いだろう。 俺たちが作ったゲームが、見知らぬ誰かのPCの中で動き、楽しんでもらえている。 その事実に、胸が熱くなった。 その夜、さくらさんも呼んで、サークルメンバーとささやかな祝賀会が開かれた。 メンバーも多くないこのチームは小さな居酒屋に席を取り、これまでの苦労話や、今後の夢を語り合う。「やっぱり会長はゲーム業界目指すんですか?」「いやぁ~どうしようか……と悩んではいるよ。叔父さんがゲーム業界の人って言ったけど、色々大変だっていう話は聞いているからね……でも、今回こうやって身内以外にプレイしてもらって生の感想を貰った達成感得ちゃうとね……」「全然迷ってないじゃん……悩んだふりしてもう決めちゃっているんでしょ?」 普段は大人しめの中村山くんがアルコールの力もあってかツッコミがキツイ。「どうなんだろうな……実際プロの現場ってこんな少人数じゃないだろうし、そんな中でどれだけ自分たちの思い通りのものを作れるのかとか……まあ、今回だって羅璃君が焚きつけなければ僕らは無為に時間を消費するだけだったしな……」「そうだそうだー羅璃様に感謝シロー!!」 羅璃は相槌打ちつつさくらさんと話し込んでいた。 俺はグラフィッカーの寺社杜さんと今どき
後日、さくらさんの母親からさくら経由で、千明が高校に復帰したこと、そして軽音部に入部したこと、さらにはさくらと同じ大学を目指すことを決めたと教えられた。「大学進学とか翔平さんができるなら、私にもできそう」 千明は、そう言ったらしい。 俺は複雑な気分になった。 俺は、羅璃にここ半年で半ば強制的に引っ張り上げられたようなものだが…… しかし、千明にとっては、それが大きな一歩になったのだとしたら、素直に喜ぶべきだろう。 さくらさんは、千明が自分で何かをやろうと決めたことを、心から喜んでいるようだった。 ある日、さくらさんが俺のアパートを訪れ、羅璃に手作りのカップケーキを渡した。「羅璃さん、本当にありがとうございました」 さくらさんが深々と頭を下げる。「千明さんが、自分から前向きになって……上之園さんも父も女子高校生の気持ちを動かすことは難しく、同世代とは言えないまでも、若い人の行動が良い影響を及ぼすことの証明になったと……私も自分を解放するためにバンドを始めましたが、その力や行動で良いことばかりがあるわけではないと改めて反省しました……羅璃さん、気づかせてくれて本当に感謝しています」 羅璃は、満面の笑みでカップケーキを受け取ると、自慢げに食べ始めた。「しょほへー、見てみろぉよ! 羅璃は感謝されてるんだぞぉ!んぐんぐ……」 いや流石に食べ終わってからしゃべれよ…… 羅璃に煽られて、俺は少しだけ複雑な気分になる。 お礼は、羅璃にばかりで俺にはないのか、と。 すると、さくらさんが、小さなラッピングのクッキーを俺に差し出した。「あの、翔平さんにも……あります」 羅璃がもらったカップケーキと比べると、明らかに小さい
後日、なぜか千明が俺の通う大学のオープンキャンパスに参加していた。 もちろん、さくらさんと羅璃も同席だ。 この企画は、羅璃が「この際、推しが普段どんなことしているのか、実体験してもらおう」と言い出したものだ。 最初は、「羅璃が千明と一緒に住んで、翔平がグータラ大学生なだけではないと知ってもらおう」とか、恐ろしいことを言い出したのだが、さすがに「犯罪だからやめてくれ」と懇願する羽目になった。 千明自身は「どうせ家には帰っていない」と開き直っていたが、さくらさんがなんとか説得して、オープンキャンパスに落ち着いた形だ。 まずは講義の見学。 法学部の講義室に足を踏み入れた千明は、学生たちの真剣な眼差しや教授の難しい専門用語に、最初から戸惑っている様子だった。「ねぇ、羅璃さん、これ、何言ってるか全然わかんないし、つまんなーい~……ウチ思うんだけど……『勉強なんか意味ない』『学歴社会は終わった』ってネットでも見るし~友達も皆言ってるんだよね~だるぅ~って」 千明が、俺の隣で小さな声で羅璃に囁く。 羅璃は、フッと笑って肩を竦めた。「しょーへー、千明に大学の意義を教えてやれよ」 俺は、羅璃に促され、千明に話しかけた。「まあ、いきなりは難しいよな。でも、千明ちゃんはさ、『勉強なんか意味ない』とか『学歴社会は終わった』とか、ネットとか友達から聞いたことそのまま言ってるだけだろ? それって……本当のことかな?」「え~どういう意味ですかぁしょーへーさん?」「今俺と会話している千明ちゃんは日本語で話が通じ合っているよね?」「え?当たり前じゃん」「でも……じゃあ、すいませんさくらさん……」 さくらさんに話を振る。 さくらさんは意を得たと頷き突然英語で話しかける「I'd like to ch
女子高校生千明がさくらさんに駆け寄っていくのを見て、羅璃がニヤニヤしながら千明に話しかけた。「で? 千明の推しは誰なんだよ? やっぱりサクラ?」 千明は頬を染めて頷いた。羅璃は、そんな千明を見て、満足げに俺の方を振り返った。「なあ、千明、羅璃の推し活のことを教えてやるよ~ 翔平?!羅璃の推しは誰だと思う?」 俺は一瞬言葉に詰まった。羅璃の推し? もしかして……さくらさんとか? 羅璃は俺の煩悩の具現化のはずだし、推しとかあるのか? 羅璃は、混乱している俺の様子を見て、フッと笑った。「そんなの、しょーへーに決まってんだろ?」 羅璃の言葉に、千明は「え?」と声を上げた。 俺と羅璃を交互に見て、目を丸くする。 羅璃は、そんな千明に向かって、わざとらしい声で言った。「こんな冴えないオッサン、千明は推せないだろ?」「オッサンは無いだろ! せめてお兄さん……!」 俺は、思わずツッコミを入れた。羅璃は、俺の反応を楽しんでいるようだ。「羅璃の推し活舐めんなヨ~ しょーへーはな……欲望含めたすべての煩悩を解脱しちゃって、正月に死ぬところだったんだぞ…… それを推し活……活力ぶっこんで羅璃がここまで復活させたんだぞ。」「え?俺死ぬところだったの?」初耳だ……「生きたいって言うのは煩悩だぞ、しょーへー……逝きたいってのも煩悩だけどな」「さっきライブで逝きかけたけどなー」回想する俺。 ニカリと笑う羅璃。「そんな冗談いえるなら、今は大丈夫ってことだ……どう、千明。これがギャル