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七年経っても、心の灯はまだ灯らず
七年経っても、心の灯はまだ灯らず
Author: タイピスト7号

第1話

Author: タイピスト7号
産後の養生期間を終えたばかりの神原美蘭(かんばら みらん)は、子どもを連れて出生届を提出するため、役所へ向かった。

「すみません、この子の名前は賀茂律(かも りつ)です」

職員がキーボードを数回叩いたが、眉間の皺は次第に深くなっていった。

「賀茂桐真(かも とうま)さん名義の戸籍には、すでに賀茂律という名前の子どもが登録されていますよ」

美蘭は一瞬ぽかんとして、聞き間違いかと思った。

「そんなはずないです、うちの子はまだ生まれて1ヶ月なんですよ!」

その言葉が終わらないうちに、ポケットの中のスマホが震えた。

画面を開くと、桐真の秘書である浅草紗雪(あさくさ さゆき)から送られてきた写真だった。

写真には、桐真が左手で紗雪の腰を抱き、右手で6歳くらいの男の子を抱えている姿が写っていた。3人は幼稚園の入口の前に立ち、まぶしいほどに笑っていた。

その男の子の胸についた名札には、「賀茂律」という3文字がはっきりと書かれていた。

その直後、新たなメッセージが画面に浮かび上がった。

【神原さん、愛人としての気分はどう?あなたは一生、正妻の私の影の中で生きるのよ】

胸が鉄鉗で締め付けられるように痛み、美蘭の指先は震えながら職員に言った。

「すみません……賀茂桐真さんの婚姻関係も調べてもらえますか」

プリンターから吐き出された紙はふわりと軽いはずなのに、手にした瞬間、鉛のように重く感じた。

桐真の婚姻事項欄には、配偶者の名前として「浅草紗雪」とはっきり書かれており、婚姻届の日付は7年前となっていた。

「すみません、お子さんの戸籍登録はどうしますか?」

職員の声は遠くから聞こえるようだった。

美蘭は腕に抱かれて眠る娘の穏やかな顔を見つめ、唇の端に苦笑を浮かべた。

「私の戸籍に入れてください。それに……名前も変えます」

……

役所を出たとき、美蘭の足取りはふらつき、まるで綿の上を歩いているようだった。

スマホが再び震えた。桐真からのメッセージだった。

【愛する妻よ、今会社で会議中だ。終わったら君たちのそばに帰るね】

「愛する妻」という文字を見た瞬間、美蘭はただただ滑稽に感じた。

結婚してから何年もの間、桐真はいつもそう呼んでいた。

出かける時には連絡を入れ、帰宅したら必ずハグしてくれた。

その細やかな優しさのすべてが、今では皮肉の塊にしか思えなかった。

彼女は車のドアを開けて中に座り込んだが、手が震えて鍵を差し込むことすらできなかった。

この業界のルールは彼女も分かっていた。

大企業の夫婦なんて、大抵お互いそれぞれの思惑を抱えているものだ。

だが桐真は、唯一の例外だった。

かつてのパーティーで、ある令嬢が彼女に無礼な言葉を投げたことがあった。

翌日、その令嬢の家族の事業は桐真によって倒産に追い込まれ、一家はこの都市を出て行った。

彼女が何気なく、あの店の限定品が好きだと口にした。それだけで彼は、夜を徹して地球の裏側まで飛び、その限定品を手に入れてきた。ただ、彼女の笑顔を見るために。

一番心に残っているのは、ある健康診断の手違いだった。

検査結果を取り違えた看護師は、美蘭が腎不全だと告げた。

その瞬間、桐真はその場で目を充血させ、医師の白衣を掴んで叫んだ。

「俺の腎臓を彼女にくれ!両方取ってもいい!彼女が死ぬなら、俺も生きたくない!」

その後、間違いだと判明した後、冷静沈着なビジネスの鬼だった彼が、病院の廊下で子供のように泣き崩れた。

「よかった、美蘭。無事で本当によかった……」

桐真の事業はどんどん拡大し、彼のそばには女たちが絶えなかった。周りの人たちは、そのことをいつも彼女に忠告していた。

でも彼は、彼女にとって疑いようのないほど良い夫だった。

それなのに、どうしてよりにもよって紗雪なのか?

桐真は、昔は紗雪のことを一番見下していたのに。

紗雪はかつて神原家の使用人だった。

ある日、紗雪はわざと胸元の大きく開いた服を着て、桐真にコーヒーを差し出した。

その場で、桐真はカップを叩きつけ、鋭い声で怒鳴った。

「くだらない色仕掛けなんかするな!明日からもう来なくていい!」

そして、彼はすぐに美蘭を強く抱きしめ、目には熱い想いが宿っていた。

「俺の心には君しかいない。そんな恥知らずな女なんて、一人残らず追い出してやる」

紗雪は泣きながら土下座して、許しを請うたが、桐真は一瞥すらくれなかった。

「俺が愛してるのは美蘭だけ。他の女なんて目に入らない。君みたいな汚れた存在、二度と俺の前に現れるな」

紗雪は顔面蒼白で立ち上がり、その日のうちに荷物をまとめて家を出た。

後日、桐真が紗雪を会社の秘書として雇ったとき、美蘭にはこう説明した。

「美蘭、浅草は仕事を失ったあと、家族に年老いた男に売られそうになって、毎日死にたがってたんだ。

彼女が外で俺たちのことを中傷するのが怖くて、目の届くところに置いておいた方が安心だと思ったんだ」

美蘭はそのとき、それを信じた。

まさかこの二人が、彼女の目の前で6年以上も関係を隠し通し、子どもまで育てていたなんて思いもしなかった。

彼女は歯を食いしばり、目に溜まった涙を堪えながら、探偵に連絡した。

30分後、位置情報付きの動画が送られてきた。

彼女は車を飛ばし、位置情報の場所へ直行した。

桐真は会社になどおらず、ちょうど律の幼稚園の保護者会を終えたところだった。

彼は紗雪の手を握り、もう片方の腕で律を抱いていた。

三人が横に並んで横断歩道を渡る時、彼の顔に浮かぶ優しい笑みは、美蘭と撮ったどんな家族写真よりも自然で温かく、彼女の目に痛いほど突き刺さった。

彼女はアクセルを踏み込み、桐真の車を追って郊外の別荘地まで向かった。

すると、桐真が先に車を降り、トランクから大きな箱を取り出した。

中にはたくさんのおもちゃが詰まっていた。

律は歓声を上げながら、おもちゃを抱えて走り去った。

紗雪は桐真に身を寄せ、甘えるように言った。

「律を甘やかしすぎだよ」

「俺の息子だ。甘やかして当然だろ?」

桐真はそう言いながら彼女の唇に軽くキスをした。

「それに、今日もらったご褒美シール、彼が一番多かった。俺の自慢の息子だ」

紗雪は目を潤ませながら彼を見上げた。

「桐真、ありがとう。律のために最高の名門小学校を用意してくれて。

実はね……あの子ができたのは予定外だったの。だから、あなたを困らせたくて、遠くから見るだけでよかったの。私たち、あなたと神原さんの邪魔なんて絶対に……」

「くだらないこと考えるな」

桐真は彼女の頬をそっとつまみ、声は小さかったが一言一句はっきりと聞き取れた。

「彼女には絶対にバレない。それに、君こそが俺の正妻。君と息子に尽くすのは当然のことだ」

紗雪は涙を笑みに変えた。

桐真は彼女の耳元でそっと低く囁いた。

「夫婦なんだから、夫婦の義務も果たさないとな?」

紗雪の顔は一気に真っ赤になった。彼女が彼に抱き上げられて、そのまま別荘の中へと入っていった。

美蘭は車の中で、胸を鈍い刃物で何度も刺されたような気持ちになりながら、呆然と家路へ車を走らせた。

夜、桐真がドアを押し開けて入ってくると、いつも通り、入るなり両腕を広げて彼女を抱きしめようとした。

「美蘭、待たせた?今日は赤ちゃんのことで疲れただろ?」

美蘭は動揺をまったく見せず、冷静なままそっと横へ身をずらした。

「娘の戸籍のことなんだけど……」

「戸籍なんて、俺が今度行って手続きするよ。君は気にしなくていい!」

桐真の声は突然きつくなり、美蘭の顔色が青ざめるのを見ると、すぐに柔らかい声に戻して言った。

「今の戸籍手続きは面倒なんだ。君は産後なんだから、家でゆっくり休んで。この件は俺に任せろ」

美蘭はうつむいたまま、静かにうなずいた。

娘の戸籍がすでに神原家に登録されていることを、彼には話さなかった。

それに、彼女は帰り道で、桐真が一番憎むライバルに電話をかけたことも話さなかった。

彼女はスマホをしっかり握りしめ、揺るぎない声でこう言った。

「私はまだ独身です。あなたさえ望むなら、7日後、私たち結婚しましょう」
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