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序章 第5話 ファーストコンタクト

Author: 輪廻
last update publish date: 2026-01-04 18:46:46

それから七歳になるまでの二年間、私は宗一さんや清さん、薫さんから無償の愛を注がれ、比較的平穏な毎日を過ごしました。

比較的……と言ったのには、勿論理由があります。何気ない日常の中で時折、ふとした拍子に物陰から···の視線を感じたり、視界の片隅に···のものと思しき白い着物の裾が見え隠れしたからです。

どうやら···は、余所者かつ新参者の私に興味津々のようで、直接的な危害こそ加えては来ませんでしたが、それでもまだ幼かった私を怖がらせるには充分な不気味さがありました。

見てくるだけで、特に何もしてこない──ある意味、これが一番恐ろしかったりするものです。頭の中で一体、何を考えているのか。何をしようとしているのか分からない、まるで底なしの沼を想起させる得体の知れなさ。

ゆらぁ……と、彼女が物陰から鬼灯のように赤い瞳で見つめてくる度、急激に体感温度が低くなり、吐く息は冬の朝のように白くなり、二の腕に鳥肌が立つのです。

私に見つかると、決まってくすりと微笑みながらすうっと姿を消すのですが、その行為が好意によるものなのか否かは、当時の私には分かりかねました。

そして、七歳になった年の春──私は裏御三家に奉仕する巫女になるため、候補生として教育プログラムを受けることになりました。

教育プログラムはまず、裏御三家のトップたる各本家の当主たちが候補生たちの適性と成長型を見極めるところから始まります。早熟、普通、晩成……そして不適。ここでまず、巫女としての素質のない子、素質はあっても成長の見込みがない子はふるいにかけられます。

幸い……私は適性があると判断され、成長型は普通であるという結果でした。結果を受けて私が安堵したのは、言うまでもありません。これで少なくとも、私を救ってくれた宗一さん・清さん兄妹……私を一族に迎え入れる許可を出してくれた御堂家の本家当主・清治さん──彼らへの恩義に報いることが出来ないという最悪の事態は、避けることが出来ましたから。

指導は主任教官がそれぞれに一人ずつ付き、特定の分野のみ補佐で他の指導者が呼ばれます。私の場合は、幸か不幸か清治さん自ら指導してくれることになりました。

御堂本家の当主自らが、巫女を教育する……これはかなり珍しいことのようで、私の主任教官が清治さんであると発表された際にはどよめきが上がっていました。普通はベテランの巫女さんや、怪我や定年を理由に巫女、或いは覡を勇退した方が教官として後進の育成に当たりますから。

私の同期は二十数名……そのうち、清治さんが担当するのは私含めて二人でした。

御堂 八雲《やくも》ちゃん……私と同い年の彼女は清治さんの親戚に当たり、伯父の清治さんとは異なり性格は朗らかで明るく、清さんとはまた違ったタイプの絶世の美少女でした。

教育プログラムを受ける前から"傑物"、"今期生の中で明らかに能力や素質が突出している"と高く評価されている子と一緒に、私は巫女としてのイロハを学ぶことになったと言えます。

さて、清治さんが主任教官となったため、私は必要最低限の荷物を纏めて彼の本拠地である御堂本家の屋敷へと移ることになりました。候補生たちは主任教官の本拠地にて教育を受けることが義務付けられていたため、宗一さんや清さんとは暫しのお別れとなりました。

とは言っても、三ヶ月に一度、一ヶ月ほどリフレッシュ休暇と自己鍛錬とを兼ねた特別期間があるので、その時になればまた、すっかり愛しの我が家と化した御陵本家に帰ってくることは出来るのですが……。

御堂本家の屋敷までは、二年前そうだったように軍用の中型多目的ヘリ・UH-60、通称"ブラックホーク"で向かいました。相も変わらず乗り心地は良いとは言えませんでしたが、初めて乗った時に比べて体調はそれほど悪化せず、薬に頼るようなことはありませんでした。

御堂本家の屋敷は、山陰地方の奥深く……立地的には御陵本家と然程変わらないような場所にあり、施設配置や屋敷の様式までそっくりでした。ただ……何というか、御陵本家よりも雰囲気が禍々しかったような気はします。

着いたその日はゆっくりと旅の疲れを癒し、翌日から教育プログラムが本格的にスタートしました。

やることは世間一般の学校とそう変わりません。基本的には座学と身体機能の訓練です。そこに巫女としての立ち居振る舞い、巫女装束の着付け、神社に於ける巫女の仕事などを教える独自教育が相応に加わります。

座学では義務教育で習う分野を教えつつも、そこから道徳の授業、家庭科の授業など巫女としての務めには不要なものを軒並み排除し、代わりに宗教学と裏御三家の歴史、それから私の人生を狂わせたと言っても過言ではない、忌まわしき"高天原計画"の概要とその顛末を、徹底的に教え込まれます。

特に比重が大きいのは、私たちが生まれ育った祖国たる日本、その固有の信仰体系である"神道"についてです。神社神道、教派神道、古神道、国家神道、皇室神道と、一口に神道と言っても色々とあるのですが、吉田神道のようなメジャーなものから、山王一実神道のような超マイナーなものまで、清治さんによってこれでもかと叩き込まれました。

その中で私が一番強く惹かれたのはやはり、裏御三家の歴史でしょうか。裏御三家の始祖は九人おり、そのうち八人を"夢見鳥《ゆめみどり》"と呼ぶ。夢見鳥は稀に、それまでの記憶や能力を保持した状態で転生してくる。夢見鳥と呼ばれる理由は、想像した物・事象を具現化・具象化する特別な能力、通称"夢見《ゆめみ》"を扱えるから。

私が知っている範囲では、少なくとも宗一さんと清さん、それから何時も隣で授業を受けている八雲ちゃんが他ならぬ夢見鳥とのことで、自分の豪運に驚かされたものです。

あとこれは余談なのですが、夢見鳥の転生体が生まれてくる家は予め決まっており、たとえば宗一さんや清さんならば御陵本家、八雲ちゃんは御堂本家の次に地位の高い御堂の分家……名前も、転生前と同じ名前を与えられるそうなので、八雲ちゃんは何代目、或いは何十代目の八雲ちゃんになるそうです。

因みに、周囲から···と呼ばれている清治さんは違うのかと授業中に私が聞くと、清治さんは半分合ってて半分違うと苦笑混じりに答えました。

身体機能の訓練では実際に、巫女装束を着用して様々な運動をし、実戦に備えます。ここでは敢えて、環境条件を最低最悪にし、装束も不良品を着用させるのが清治さん流とのことです。

地面がぬかるんで足場は最悪。草履なども鼻緒が切れてしまいそうなほど古いもの。加えて訓練相手は、実弾の込められたアサルトライフルやスナイパーライフル、拳銃やアーミーナイフなどで武装した私兵部隊【彼岸】のベテラン兵たち。

草履が脱げ、白足袋を履いたのみの状態でもぬかるんだ地面の上で自在に動き、攻撃を躱せるようにならねば、特務機関【敷島】からの不意打ちや、調査対象の奇襲などの不足の事態に対応出来ない。清治さんは、半ば私たちを殺す気で初回の訓練のプログラムを組んでいました。

「よし──やるぞ。命懸けで相手を無力化しろ。そうでなければ……死ぬぞ?」

清治さんがニヤリと笑うと同時……私は腹部に灼けるような痛みが走ったのを感じ、そのまま後方へと吹き飛ばされて泥濘の中に仰向けに倒れ込んでいました。

訓練開始と同時に銃で撃たれたと知ったのは、医務室のベッドで目を覚ました後……清治さんの持つ夢見で傷を·······して貰い、何とか一命は取り留めたのでした。受けた痛みや身体へのダメージは残るので、直ぐには身動き取れぬ状態へと追いやられましたが……。

隣のベッドには、泥と血に塗れた八雲ちゃんが胸を真っ赤に染め上げた状態で横たえられており、流石の彼女も相手の圧倒的な火力の前に屈しただろうことが容易に想像出来ました。実質、私たちは二人ともここで一度殺されたことになります。

清治さんが、私や八雲ちゃんに立ち向かう術を教えなかったのには、無論ちゃんとした理由がありました。

「……実戦に行けば、あれより酷いことになるかもしれないが、さてお前はどうする? 巫女になるという決意は、まだお前の中に残っているか?」

ここで決意が揺らぐようでは、この美しい日ノ本を·······や【敷島】の脅威から守り抜くなど夢のまた夢。あの理不尽を受けても尚、お前は裏御三家への恩義に報いるべく、立ち上がることが出来るか──清治さんは暗に、私にそう問うていたのでした。

「……やります。絶対、貴方たちへの恩義に報いるって。あの日、そう心に決めましたから」

「……大した度胸だ。見事だよ」

理不尽な身体訓練はそれっきりで、以後は夢見の習得と体力錬成を主軸に、稀にゴム弾を用いた実戦想定の訓練が行われました。

夢見……そう、夢見です。清治さんは、私が裏御三家の人間ではないながらも、清さんたち夢見鳥の方々と同じく夢見を扱えるだけの素質があると見込んでいたのです。それこそが、私と夢見鳥の転生体たる八雲ちゃんの主任教官として名乗りを上げた理由でした。

清治さんはその他にも課外学習と称して、御霊信仰のある因縁深い土地や、実際に"高天原計画"が進められていた旧軍施設の跡地などに私や八雲ちゃんを連れていき、人類に敵対的な·······、それから"高天原計画"が如何に危険なのかを間近に感じ取れるよう、実に彩り溢れる教育プログラムを組んでいました。

跡形もなく破壊し尽くされ、建物の残骸が転がる旧軍施設の跡地を見た時、全身を喩えようのない悪寒が駆け巡ったのを今でもよく覚えています。

そうして最初の三ヶ月を過ごした私は一ヶ月のリフレッシュ休暇を与えられ、ブラックホークで御陵本家へと帰還しました。

三ヶ月ぶりに見る本家は何故だかとても懐かしくて、悲しくもないのに涙が溢れるほどでした。

「────」

ふと、屋敷の裏の方から物悲しい笛の音が聞こえてきて、屋敷の中に入ろうとしていた私は足を止めました。清さんでしょうか。ですが、彼女の奏でる旋律とはまた違うような気がします。

この日、清さんは屋敷の傍に建立されている神社で巫女の仕事をしており、帰りが少し遅くなると予め聞いていた私はちょっとした好奇心から、笛の音が何処から聞こえてくるのか確かめることにしました。

屋敷の裏手……整備された小さな石の階段の上の方から聞こえてきます。石段の先は··と呼ばれており、清さん以外の巫女は疎か、清さんを除く全ての者が立ち入りを禁じられている場所でした。

足音を立てないよう靴を脱ぐと、私は慎重に石段を登っていきました。"好奇心は猫を殺す"と言いますが、やはり気になるものは気になってしまい……立ち入りが禁じられている··へと、入ってしまったのでした。

一歩一歩と歩を進める度、白い靴下越しにひんやりとした感触が伝わります。季節が初夏ということもあり、奇妙な心地良さを覚えました。

石段を登り切った先には、手入れされた小さなお社と、注連縄が巻かれた立派なさざれ石があり──その上に一人の少女が腰掛けて、横笛を吹いていました。

身に纏う装束、アルビノという特徴的な外見、そして清さんがそのまま成長したような、極めて神秘的な容貌。見間違える筈がありません。私の脳裏に焼き付いて離れぬ、黄昏に微笑んでいた···でした。

私に気付いたのか、彼女は笛を吹くのを止めました。鬼灯を思わせる両の赤い瞳が、私を捉えます。

さざれ石の上から軽やかな動きでひらりと飛び降りると、彼女はざっざっと足音を立てて私の方へと歩み寄ります。

流石に屋外で足袋跣はまずいと思うだけの良識と倫理観は持っているのか、今回彼女はちゃんと、ぴったりとしたサイズの赤い鼻緒の草履を履いていました。いえ、いつも見掛ける時は屋内でしたので、外で遭遇した今回が異例なだけではあるのですが。

少女は私の目の前でピタリと立ち止まりました。あと一歩前に出れば、そのまま鼻や唇がくっついてしまいそうなほどの至近距離。

近くで見れば見るほど、彼女は美しく、綺麗で、可愛らしく……おまけに清さんとはまた違った、お香のような良い匂いが吐息や髪、装束などから風に乗って香ってきて……一緒にいるだけで頭が段々と恍惚としてきて、どうにかなってしまいそうでした。

「────」

少女は何時も私に見つかった時のように、くすりと可愛らしく微笑んでみせます。

──··の機嫌を損ねるな。

宗一さんの言葉を思い出し、私はたどたどしい口調で懸命に自己弁護を試みます。綺麗な笛の音が聞こえてきたからついつい足を踏み入れてしまった、悪気はなかった、ここが立ち入り禁止の場所なのは知っているから、今すぐ出ていく……心臓が激しく鼓動を刻むのを感じながら、相手の機嫌を損ねないよう必死に口を動かしました。

「……ぷっ。あははっ……」

少女はそんな私を見てころころと、鈴の鳴るような声で笑いました。心底愉快そうに。

気が付くと、当初彼女に対して抱いていた不安や恐怖といった負の感情は、綺麗さっぱり消え去っていました。まるで立ち込めていた暗雲が晴れ、陽の光が大地を照らすかのように。

「────」

少女がそっと、綺麗に手入れされた横笛を差し出してきます。私が困惑気味に顔を見返すと、彼女は声を発さず、唇の動きだけで私にこう伝えてきました。

──···。大事にしてね。

はっと我に返った時には、彼女は既に一陣の風となって私の前から姿を消していました。

これが、···との……命《ミコト》とのファーストコンタクトでした。彼女と触れ合える……それが意味するものとは一体何であるか。それを知ったのは、最初のリフレッシュ休暇を終えて直ぐのことでした。

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  • 万有禊ぐ天津甕星   第四章 第36話 星降る山へと向かいて

    しかしながら、私たちのやるべきことは変わりません。悲観してばかりいたら、それこそ生きて帰ることなど出来ないでしょう。 私は星を司る神・天津甕星と接触を試みるため、和さんを連れて星降山へ……金剛さんたちは車で鳴神山の旧軍施設へと、日没後それぞれ出発しました。 旧軍施設が幾つも残されている鳴神山……神隠しが頻発しているそこで、特務機関【敷島】は何かしているに違いない。それこそが神隠しの正体であり、"高天原計画"の儀式であると私と金剛さんは考えていました。 そのため、金剛さんは私に対し、周防さんや鈴木さんと共に、星降山の調査と鳴神香々星奇譚の読み込みで多忙な私の代わりに、鳴神山の旧軍施設とその周辺を探ってこようと思うが如何、と提案してきたのでした。 甚だ危険な役目ではありますが、どうやら金剛さん的には、私には天津甕星との接触、それから彼の神格の正体を突き止めることに注力して欲しいようで、私は決して無理をしないと約束させた上で、彼の行動を容認する他ありませんでした。 星降山への入口までの道中、和さんは【敷島】の手の者に尾行されていないか、何度も何度も入念に後ろを警戒していました。少しでも足音のような物音が聞こえると、手にした小銃を躊躇なく、背後の暗闇へと向け、誰何する……それを繰り返しました。 護衛任務はこれで二度目だという和さん……まだまだ動きがぎこちなく、金剛さんが纏っているような、余裕綽々、泰然自若といった雰囲気は、残念ながら未だ持ち合わせていないようでした。 物音や周囲の暗闇に対して過度に警戒するその様は、見ていて少し不安になります。こんな時、金剛さんなら……と変に比較してしまうのは、私が彼に安心感を覚えてしまったが故なのでしょう。 和さんと共に、徒歩で香々星神社を出発してから凡そ二十分が経過した頃──天津甕星を祀る神域・香々星之宮へと通ずる、星降山の入り口が私たちの前にその姿を現しました。 薄暗い木々が周囲を覆い尽くし、鬱蒼とした山林を形成している中にポツンと、まるでそこだけ空間が丸ごと抉り取られたかのように入り口は開かれており、巨大な鳥居が存在をこれでもかと誇示する様は、見る者を容赦なく萎縮させます。 「うわ……何というか……雰囲気あるわね、ここ……」 和さんがごくりと、息を呑む音が耳に届きます。彼女はただただ、雰囲気に

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